57話 おっさん少女のボス部屋突入
最上階に到着した遥はテッテッと小柄で可愛いレキぼでぃのコンパスの短い足で、そのコンパスの短い足に似合わない高速で移動していた。凄い速さである。しかしその身体は髪がなびき、服が風圧で少しはためくのみである。
ゲームキャラであるチートな美少女は一定以上の自分の速さが生み出す影響を受けないのである。高速で石ころに当たっても歩いているのと同じ影響しか受けない。どんなに高速で走っても壁に当たっても、痛たっで移動時は済んでしまうゲーム仕様なのだった。
おっさんの場合は長い距離を見た途端にヘイタクシーなので、比較対象にはならない。
曲がり角に来たら、床をキュキュッと鳴らして鋭角に移動して悲鳴が上がった場所へと駆けるレキぼでぃである。
しかし、曲がり角を曲がった遥は驚いた。ずっと長い廊下が続いていたのだ。
「これビルの外壁に沿って作られた廊下だよね?」
ちょっと考えてサクヤに確認すると
「そうですね。恐らくは外周を回るように作られていると思われます。多分フロア全体をぶち抜いた大部屋になっているのでしょう」
エッヘン、これが戦闘用サポートキャラですよと、多少威張りながら教えてくる。
ボス戦なら、大部屋だよね。極めてわかりやすいよ。多分2Dのカメラ目線なら、隣で大部屋で待っているボスが見えたんではと思ったが、サクヤが教えられて嬉しそうなので黙っていた優しいおっさん少女であった。
反対側に急ごうと次の曲がり角を曲がるレキぼでぃ。恐らくはこの通路にデカくて立派な大扉があると思っていた。
しかし、曲がり角を曲がった遥は驚いた。
「これ静香さんがやったわけ?」
つい疑問形になるが仕方ない。機動隊みたいな重装備の格好をしたサルモンキーたちが穴だらけで多数倒れ伏していた。随分な重装備であり、防弾ヘルメット、防弾チョッキ、ライオットシールド、ガトリング砲を装備しているのに全て倒されていた。
「恐らくは。ご主人様、五野静香も力を増しているみたいですね。お気をつけください」
サクヤが、特に問題は無さそうですが、という表情で伝えてくる。ご主人様への信頼が半端ない。もしくはレキぼでぃへの信頼である。遥が思考するに後者であることは間違いはない。
この惨状を見て静香を倒しておいた方が良いか迷う遥である。なんか最終局面辺りで、静香から戦うことになると思っていたわ。とか言われて激戦になりそうなパターンである。ゲームでよくあるパターンだ。
でもそういう最後の戦いで、一つしか手に入らないアイテムをドロップして、倒れ伏した静香から、こんなことになると思っていたの。これは貴方が使ってお嬢様。とか勝利した後に語られるパターンかもしれない。
様子見だなぁと物欲に弱いコレクターなおっさん少女は静観することにした。断じて物欲に負けたわけでは無いのだ。静香と戦うから嫌なのだ。
予想した通りに、通路の真ん中ほどにはサルモンキーたちの死骸だらけの中に、ドデンといかにもこれからボスがいますよ、という感じでゴテゴテ装飾のある大きな大扉があった。細く開いており、その隙間を静香が通ったであろうことがわかる。
遥もその細い隙間に、そろりと小柄な身体を滑り込ませ中に入る。
広い部屋である。多分フロア全体をぶち抜いているのか、主の改変行為で変わったのかも知れない。
フカフカの毛の長い真っ赤な絨毯がレッドカーペットの如く主だろう敵まで敷いてある。周りには均等に柱が聳え立っており、そこには旗が幟のようにくくり付けてある。
幟には、清き一票をキングに! と書かれている。それらがへんぽんとそこら中にあるのであった。
ハァ〜と溜息をつく遥。正体解ったよ。出オチも良いところだねと思う。多分議員か何かが変異したミュータントなのだろう。あからさま過ぎる、もう少し捻ってよと敵に注文するおっさん少女。
目の前に視線を戻すと、主とそれに対する静香がいた。静香の周りにはフヨフヨとミサイルっぽいのが浮いている。恐らくはあれで通路の敵を倒していったのだろう。それを見て、格好良い!私も作って使いたいと思う遥である。遥も新人類に進化したいのである。しかし使い捨てっぽいので、高価そうだ。おっさん少女が作る可能性は微レ存である。
そんな静香を見ると、ムンクの叫びみたいな顔をして、両手を頬にあてて驚いている。対する主はウハハハハと機嫌良さそうに笑っている姿があった。
「何があったんですか? 静香さん!」
精神攻撃だろうかと、警戒しながら静香に詰め寄る遥。あの静香があのような姿をするのは普通ではない。
「見て! お嬢様!」
レキぼでぃが来たことに、たった今気づいたと言う感じで手を震わせながら主を指差す。
そんなに凄い敵なのかと、観察する遥。
全身はパワードスーツぽいのに身を包み、目はスコープみたいなゴーグルをつけている。片手にはグレネードランチャーを下部につけたアサルトライフル。両肩にはショルダーミサイル。腰にはグレネードとコンバットナイフ装備である。かなりの強敵そうだ。
「確かに強そうですね。静香さん」
あまりにも重装備なので慄いたのだろうかと、静香に話しかける遥。
「違うわ!もっとよく見て!」
苦しそうな表情をして、更に指差ししながら言い募る静香。
もう一回遥は高笑いを続けている主を見る。敵はこちらが恐れていると思い攻撃してこないようだ。
そうして見てみると、主の後ろには玉座みたいなデカイ椅子が置いてある。その周りには宝石やら金のインゴットに札束が置いてある。多分山のようにしたかったのだろう。よくゲームで見る財宝の山である。ゲームでは財宝の山があるのに、単なる背景として表示されているので取れなくていつも悔しい思いをする。
しかし現実では、そんな山が作れるはずがない。何兆円必要なんだという感じになるだろう。そのため、子供が遊ぶ砂山みたいな小ささであるのが、哀愁を感じさせる。それでもたいしたものではあるが。
そして、主を観察して見て、理解した。ハァと嘆息して真面目に言ってますか? という顔で静香に聞く。
「あれですか? ジャラジャラとつけているやつ」
主に指差すレキぼでぃ。主は成金よろしく宝石の嵌まった高そうなネックレスをたくさんつけて、指には宝石付きの指輪をぞろぞろと、腰とかにもジャラジャラと何か貴金属をつけていた。トドメはクルミのように手の平に宝石をいくつも乗せて、ゴリゴリと噛み合わせている。
なるほど、静香には耐えられない場面かも知れない。貴金属の扱いが雑過ぎる。あれでは宝石類は傷だらけに指紋と指の脂だらけになる。貴金属が可哀想だ。
遂に精神の限界を超えたのだろう静香が叫んだ。
「貴金属をクルミのように雑に扱うんじゃねぇぇぇぇ!」
恐ろしい迫力である。まるでヒステリックな女性である。静香の周りの空気がビリビリと震えている感じがする。
「行けっ! ミサイルビット!」
静香の叫びを待っていたかのように、周りにフヨフヨ浮いていたミサイルビットとやらが、猛犬みたいに飛んでいく。敵を食い破ることは確実でありそうな凶悪な武器だ。
その静香の叫びにビビる敵。高速で近づき貫こうとするミサイルビット。命中すると思われた。
だが寸前でミサイルビットはあらぬ方向にバラバラにそれてしまう。
遥は驚愕してこんなのゲームで見たことあると静香に聞く。
「ジャマー持ちです! 静香さん気をつけてください!」
なかなか多芸な奴だ。油断できないなと遥が考えたところ、静香が叫び答えた。
「いいえ!ジャマーじゃないわ。私が回避させたの。だって当たったら宝石も粉々になるかも!」
唖然とするおっさん少女。さすが静香、ブレない心である。
「だからお嬢様! なるべく宝石を傷つけないで倒して! 私は後ろで援護するわ!」
この間と全く同じ。いや、もっと酷いことを静香は言ってきた。簡単なミッションなのに、縛りプレイがついたようである。達成ボーナスはあるのだろうか。
「じゃあ、私は後方に行くわね」
と言いながら、何故か横の柱に回り込む静香。狙いは玉座の周辺に散らばっている貴金属に間違いはない。
「やっぱり女怪盗に、転職を勧めますよ」
ぽそりと諦め風で呟いて戦闘に入るレキぼでぃであった。