575話 おっさん少女
レキの意識が自分の中に戻ってくるのを遥は感じて、僅かに目を瞑り感謝の言葉を口にする。
「ありがとうレキ。お願いした通りに戦ってくれたんだね」
精神世界に戻ってきたレキは眠たげな目でコクリと頷く。その魂は疲れ切っており、下手をしていたら消滅していたかもしれない。
「問題ありません、旦那様。これで私たちの勝利ですね」
ふわりと花咲くような微笑みを浮かべる少女へと、おっさんは頭をなでなでしてあげながら労わる。
「あぁ、これで彼女たちに勝てる道筋が見えたよ。これからは私に任せて少し寝るといいよ」
「はい。随分とダメージを負いましたが………次こそはナインに勝ちますので」
次があると信じてレキは眠りに入り、精神世界は閉じられる。
「まったく問題はないよ。私は攻略サイトを見ながらならナイトメアモードでも勝てるんだ」
地味に情けないことを言いながら、目を開く。おっさんだって、無限ロケットランチャーを欲しい時は攻略動画を見ながら最高難易度をクリアできるぐらいの腕はあるのだ。
眼前には竜が立ちはだかり、その口内から高熱のブレスを吐きだしてきていた。真っ赤に燃える炎のブレスを薙ぎ払うように首を動かしながら放ってくる。遥は翼をフルパワーに展開させて、ブレスが当たるすれすれを飛行する。
当たらぬブレスは大地を貫き、一帯を爆炎の地へと変えていく。神域に世界の位相をずらさなければ、大変なことになっていただろう。だが、今はたとえ星が破壊されても銀河が破壊されても問題はない。
やりたくはないが、これが維持の力だ。創造と破壊の及ばぬ力。この世界は今遥の手によって守られていた。今の世界は遥の内部にあると言っても良い。遥を倒さなければ世界にダメージを与える事はできない。おっさんの内部………いたくないと抗議の声をあげる人もいるかも。
髪を風でなびかせながら、遥はブレスの回避先に雷が飛んでくるのを見つける。悪魔が両手から雷を発生させて、回避方向に放ってきたのだ。悪魔の放つ雷は広範囲であり、回避も難しい超常の力だ。
「プチ念動障壁」
遥は眼前に迫る雷に対して、少女のちっこいおててと同じ大きさの半透明で蒼色の水晶のような障壁を生み出す。
小さい障壁では敵の攻撃をカバーできないと思われたが、雷はその障壁に先端が命中すると後続に光る雷も併せて全てが吸い込まれるように障壁へと命中して消えていった。
雷の軌道を一瞬の内に計算した遥が全ての雷の軌道が合わさるポイントに念動障壁を配置したのだ。
「アイスブリッツマシンガン」
手から小さき氷の弾丸を次々に生み出して、マシンガンの如く氷のシャワーを竜と悪魔へと放つ。ドングリよりも小さい弾丸は、されど絶対零度の冷たさを放ちながら竜と悪魔を凍らせていく。
そのまま凍りつくかと思われた竜と悪魔であるが、敵の後方から温かな光が飛び、氷を溶かしその冷えた身体を癒す。
敵の後方には神が手を突き出し、癒しの光を放っていた。先程からこの繰り返しであり、遥は合間合間に攻撃をしてくるサクヤの相手もしており、苦戦していた。
いや………苦戦しているように見せかけていた。
いつもの眠そうな目へと戻し、天使の翼を翻しながら少女はサクヤへと視線を向ける。
先程までの展開なら隙を狙いサクヤが攻撃してきたのだが、銀髪少女は間合いをとり様子をみていただけであり、その理由もわかる。
金髪ツインテールの少女が漆黒の翼を羽ばたかせて、合流を果たしていたからだ。サクヤの待っていた援軍が来たというわけだろう。
「ふふん、遥さん、貴方の作戦は失敗しました。ナインをレキが抑えている間に私を倒すこともできず、またナインにレキは碌なダメージを与える事もできませんでしたよ。そろそろ戦いも終わりのようですね」
遥が見たことの無い冷酷な表情で、冷笑をその美しい口に浮かべるサクヤ。勝利を確信しているに違いない。
「遥………。なぜレキさんは最後に私たちの勝ちだと呟いていたんですか? この状況でなぜ?」
だが、ナインは警戒を露わにしていた。破壊の光にて吹き飛ぶ瞬間にレキが呟いた言葉を気にしていた。負け犬の遠吠えだろうかと考えるが、レキがそのようなことを口にするタイプではないと理解しているために。
サクヤもナインのその言葉に反応して、警戒の色を見せる。
油断をしない二人だなぁと遥は苦笑しながら、戦いが一時的に止まったと理解して目を瞑りながら口を開く。
「殲滅………。殲滅したと言ってたよね?」
「? たしかに言いました。私たちを嘲笑するものに、ざまぁをしたと」
予想とまったく違うセリフに怪訝な表情でサクヤが返答するのを、うんうんと頷き話しを続ける。
「始原の者たちは一柱、対してサクヤたちは二柱だから勝てたと言っていたけど、一つ言わなかったことがあるでしょ」
「言わなかったこと? ………なにをです?」
ナインがこの話の終わりがどこにあるのか、嫌な予感をしながら尋ね返してくる。
「始原の者たちは連合を組まなかったのか? ということさ。力で負けて数でも負けている始原の者たち。このままでは滅ぼされるのを待つだけであった哀れなる者たち」
「それは………たしかに途中から連合を組んできましたよ? ですが」
「相手にはならなかった。実際はレベル8の者たちもいなかったか、少数であったか………。どちらにしても数を揃えて連合を組んだ始原の者たちでも、サクヤたちには勝てなかった。パワーの差は残酷だ。10レベルのパワーを持つサクヤたち。1の違いで次元が変わる戦闘力を持つ世界では、数を揃えても無駄だったんだ。実際は君たちの内、一人だけでも敵の連合を打ち破ることは簡単だったんでしょ?」
「えぇ………。その通りです。ですが、それがなんだと? 私たち二人を相手にしても、その論理でいけば問題はないと? 遥の今のパワーでは私たちとの差は僅か。次元の違うレベルには達していないはずです」
多少早口になりながらも、ナインが問い詰めてきた。焦りが表情に僅かに浮かんでいる。
「ナインの言う通りです。今のナインとレキの戦闘でもレキは成長していましたが、それも僅かな力。たとえるなら宇宙の広さと同等の力に一粒の小惑星が力として足されたようなもの。私たちの力とはそれだけ強大なものなのです」
サクヤもナインの言葉に同意して、遥では私たち二人には勝てないと言外で告げるが、空に蒼色の天使の翼を生やす少女はゆっくりと告げた。
「圧倒的格上との戦い、負けイベントの後で主人公は驚異のパワーアップをする。小説や漫画だと王道すぎて反対に今時は笑っちゃうけど、それでも心が熱くなる展開だよね」
二人がその言葉にどう答えようかと迷う中で、遥は真実を口にする。
「レキの戦闘力が上がらないのは方向性の違い。彼女は技などの知識を重んじる。だからパワーが上がらないのは当たり前。で、問題です。レキの権能は実際は私の物です。そして成長の方向を私はどうしているでしょうか?」
「まさかっ! そんなことが?」
「だとすると………」
話の終わりを予想して二人の表情が険しくなる中で、遥はゆっくりと目を開きながら答えを告げる。
「レキは最大限の成長をしてくれた。本来は傷も与えられない相手に傷を与えて、格闘をして、敵の必殺の技に僅かながらも対抗したんだから」
サクヤとナインが身構えて力をみなぎらせる中で
「これが作戦だったんだ。レキの成長をフィードバックして私が強くなるのが、サクヤとナインに勝利する唯一の道だったんだ」
開かれる瞳の奥に深い光を宿し
「これがおっさんと少女の合わせた力。これがおっさん少女の力だぁぁぁぁぁ!」
銃を仕舞い、両腕を広げておっさん少女は力を解放する。
その小柄な体躯から膨大な蒼い粒子が生み出されて、力の波動が周囲へと伝播していく。
「ぐぎゃぁぁぁ」
「ぎひぃぃぃぃ」
「ぬぅぉぉぉぉ」
おっさん少女が力を解放しただけで、サクヤの眷属は身体を崩壊させて消えていき、その波動だけで世界が揺れて地球が惑星核から亀裂が入り崩壊を始める。
大地の亀裂から溶岩が噴出しはじめ、空気が失われて星の空が頭上に見えてくる。
蒼色の天使の翼を広げ、遥はサクヤとナインへと視線を向けて、桜の花が咲くような魅力的な可愛らしい笑みを魅せる。
「もちろん、私の成長の方向性はパワー9に知識1だよ。わかってくれたと思うけど」
てへっ、と小さく舌を出して悪戯が成功しちゃったねという風におっさん少女は笑うのであった。
サクヤは蒼褪めた表情で遥を睨んできていた。
「騙しましたね………。眷属に苦戦している姿に疑問を持つべきでした。時間稼ぎをしていたのは間違いだったのですね」
「凄いパワー………。これは次元が違う?」
ナインも感じ取れるパワーを解析して苦々しい表情になる。感じ取れるパワーは12? それとも13? いいえ、戦闘になったらもっと跳ね上がる気がする。そしてそれはきっと間違いではない。
それは自分たちが勝てないことを示していた。連合を組んだ始原の者たちが、自分たちには勝てなかったように。
「姉さん………。これは切り札をこちらも切るべきです」
諦めることはしない。それは始原の者としての誇りでもあり、これまでの失敗が無駄になることを意味するからだ。
「仕方ありませんか………。たしかにこのままでは勝ち目がありません」
サクヤもナインの言葉に同意して、二人は手を繋ぎ合う。
なんとなく何をするのか遥は理解するが邪魔をすることはしない。これが他の敵なら邪魔をしてそのまま倒すが、二人とは全力で戦うつもりだからだ。ここでハッキリと力の差を見せつけるのだ。
眩しい光が二人を覆い、その姿を見ながら遥は静かに平然とその様子を動揺なく見つめる。
そうして光が収まり、その中から巨大な異形が姿を現してきた。
白金の粒子を放ち、朽ちるような灰色の竜をベースに獣のような悪魔の腕を4本、美しい神の腕が4本、身体は金属の音をシャラシャラとさせる鱗を覆い、背中には竜、悪魔、神の翼を生やし、頭部に彫像のようなサクヤとナインの上半身を生やす6つの目をもつ邪悪な竜の頭をもたげさせて。
「我こそは始原の者。汝、朝倉遥よ。我らの真の力を受けるがよい」
機械音声のようなサクヤとナインの声が重なるような、耳障りの悪い声で竜が告げてくる。
その巨大な姿は100メートぐらいであろうか。放つ言葉の一言一言で地球の崩壊が早まり、大地は完全に割れようとしていた。
「うんうん、やっぱり最終決戦と言ったらこんなボスだよね。グッジョブ、サクヤ、ナイン」
恐ろしいほどの力の波動をあっさりと受け流しながら、遥は親指をたてて喜んじゃう。眠そうな目は変わらずに、その姿に臆することもなく、楽しそうな微笑みで。
そうして半身に身構えて、拳を突き出して始原の者へと告げる。
「強敵が最終変身をするのは負けフラグです。今までの私の戦いを見てこなかったんですか? いわゆるフラグを建てるというものです」
レキのような口調にて語る遥。だが、これも遥なのだ、レキが生まれる前の戦闘モード。
「この戦いも終わりです。終わりを見させてあげましょう、哀れなる者よ、旅もここでおしまいです」
クイッと手を挑発するようにすくい上げて、おっさん少女は最後の戦いを挑むのであった。