572話 決戦の地にて
阿蘇山。古くは高天ヶ原が生まれたと語られる山の火口。崩壊後は阿蘇山は完全に活性化した様子で、さらに火口付近は広がり辺りは溶岩地帯となっていた。
人間が住むどころか、存在するのも不可能な高熱の溶岩の上をのんびりと一人のおっさんが歩いていた。
スーツ姿に革靴を履き、やる気のなさそうなくたびれた感じのおっさんである。しかしながら、一瞬で何者をも燃やすはずの大河となっている溶岩の上を歩きながら、ドロドロに熱で溶けた溶岩の中へと沈むことはなく、革靴も燃えることもなく。
汗一つかくこともなく、下手くそな鼻歌をハミングしながら歩くその姿は、人間が見れば驚愕するに違いない。ただし、神秘性のないくたびれたおっさんなので、誰にも話さずに幻覚かなと記憶からも消し去ってしまうだろうが。
そんな都市伝説にもなれなさそうなくたびれたおっさんは、火口の中心に到着したので、ピタリと立ち止まる。
「オールエンチャント、オールマルチボディ、妖精強化」
呟きと共におっさんの身体に超常の力による強化がされる。完全に力を把握しており、見かけは多少身体の周りが揺らいだだけである。
うんうんと身体が強化されたおっさんは満足げに頷く。強化が残ったままボス戦に入れるなら、当然強化をするのは当たり前なのだ。セコい感じもするがおっさんはそんなことは思わない。
おっさんおっさんとおっさんと言う言葉かゲシュタルト崩壊しそうであるが、その正体はおっさんぼでぃ、本来の朝倉遥の姿である。容姿についてはおっさんなのでいらないだろう。ただ一言くたびれたおっさんだけで十分だ。
「さてさて、それではチケットを使わせてもらおうかな」
ヒョイとアイテムポーチから黄金に輝くチケットを取り出し、指で挟む。何が出るのかと、内心ではワクワクしていたり。サクヤが煎餅を齧りながら現れたらイベントスキップ確定。ナインがカフェオレを持って現れたら一休みだねと、くだらないことを考えつつ、手にあるチケットをちぎった。
チケットが粒子となり消えて、その瞬間
全てが停止した。流れる溶岩も、火口から噴き出す煙も。感知内にいる空を飛ぶ小鳥も、森に住む動物たちも。
全てが停止し、耳が痛いほどの静寂に包まれる。
そうして天から光の柱が2柱、遥の目の前に降りそそぐ。その光は見ているだけで平伏したくなるような……ならないや。ちょっと明るすぎる金と銀の光の柱であった。一般人ならひれ伏すかもだけど、おっさんは多少肌がピリピリするぐらいかな?
既に人を超越したくたびれたおっさんすーぱーぁとなっている遥は眩しいので多少目を細めて眺める。人を超越したおっさんすーぱーぁ……物語の主人公ならかっこ悪くて、超越するのはちょっととお断りをいれちゃうかも。
ビル程もある二本の光の柱。そこから厳かなる声が聞こえてきた。その声の宿す力になるほど世界を停止しなければ、普通の生命体は魂ごと掻き消えてしまうと遥は気づく。
「よくぞ来た、朝倉遥よ。我らが望みし者よ」
「我らの停滞世界にて、立てる者よ。待ち望んでいた」
「なんかあれだよね。一緒に暮らしているけど、デートの時は外で待ち合わせをするラブコメみたいだよね」
金と銀の柱から聞こえる女性の魂すらも吹き飛ばす力の込められた声。そして常に余計なことを言うなんの力も込められていないおっさんの声。
遂に遥は同等の力を持って、始原の神と対峙する。マトモな神様なら、配役チェンジでと言い張るだろう。
しかしながら、始原の神たちはそのような茶々をスルーして話を続ける。ここで反応するとぐだぐだになると知っているからである。さすがは始原の神様たち。始原の神様でなくても知っているかもしれない。
「私は創造の者。名前は人間では発音できぬ。銀の女神と呼ばれている」
銀の柱から抑揚を変えずに話が続けられる。
「私は破壊の者。名前は人間では発音できぬ。金の女神と呼ばれている」
金の柱から抑揚を変えずに話が続けられる。
「ん? サクヤが創造? ナインが破壊?」
少し意外であったので、遥は驚く。戦闘とクラフトサポートが反対の役割であったからだ。ナインはなにかを作るのが大好きだし。
「ふっ、仮の姿での」
「あ〜、なるほどね。何でも創造できるなら、クラフト好きにはならないもんね。そして何でも破壊できるなら戦闘に興味を持つことはない。お互いに持っていないものに興味を持っているわけね」
「……ソウデス」
銀の柱が理由を言う前に口を挟み答えを導く遥。相変わらずの察しの良さに不満そうに銀の柱が認めてきた。
「今こそ、汝が創られた理由。我らの目的を話そう!」
一際声を大きくして、銀の柱が壮大そうな意図を話そうとするので、おっさんは身構えて言う。
「あんまり長いと眠たくなるし、立ったままだと疲れるから椅子を出して良い?」
おっさんはなにもしなくてもお疲れなのだ。立ったまま話を聞くのは若い者に任せて楽に聞きたいのである。
「遥さん? もうちょっと緊張感を持ってくださいよ? なんでいつもどおりなんですか」
遂に耐えきれなくなり、ツッコミを入れる銀の柱。おっさんは気にせずにソファを取り出して溶岩の上に置く。テーブルも出してコーヒーとドーナツも出す万全ぶりだ。
「カフェオレではないのですね。今作りますね」
金の柱が消え去り、ナインが柱が消えたあとからトテトテと現れて、いそいそと笑みを浮かべてカフェオレを遥のために作り始めた。宙から取り出したミルクをナインが真剣な表情で温めるのを見て、銀の柱もぽふんと消えて、サクヤが口を尖らせながら、遥の対面へと不満いっぱいですという表情で椅子に座る。
ちなみに二人ともメイド服姿である。
「遥さんはもぉ〜、もぉ〜、私は牛になりますよ? まったくもぉ〜」
「へいへい。それで? 話の続きをプリーズ」
遥は平然と話を促し、カフェオレを待つ。しょうがないですねと、コホンと咳払いをして語り始めた。
「私たちはこの世界が生まれると同時に生まれました」
ちらりとサクヤはナインへと視線を向ける。アイコンタクトで次のセリフ! 合わして、合わして〜! と語っていた。交互に話して神秘性をもたせようというのだろう。
そっと作ったホットカフェオレを遥の前に置いて、ナインも語りだす。少しため息が聞こえたのは気のせいに違いない。
「しかしながら、私たちはイレギュラーでした。本来は始原の者とは一柱だけなのです」
サクヤはナインのセリフ回しに満足げに嬉しそうにして、話を紡ぐ。
「一柱で生まれる始原の者は三つの力を持っています。その三つとは創造、維持、破壊です」
「断る」
「ですが私たちは創造と破壊を持つだけの欠陥品でした」
「もう働きたくないです」
おっさんはなぜか話をバッサリと切るが、サクヤはテーブルに身を乗り出しながら諦めない。バンバンと片手でテーブルを叩き、涙目になりながら抗議をする。
「心理戦は聞き終わってからにしてください! 話を続けますからね!」
「話の流れから、もうわかったよ。わかっちゃったけど、話が終わるまでは聞くよ」
美少女の涙には弱いおっさんは渋々と頷き、サクヤはフンスと鼻息荒く椅子に座り続きを語る。
「私たちは生まれた時から完成しています。それが始原の者だからです」
「他の世界の始原の者たちは、それを知って嘲笑し、あまつさえ私たちの世界を奪い管理してやろうと襲いかかる者もいました」
ふむ、と一応話を聞いている遥へとサクヤとナインが伝え始めて、サクヤはヨヨヨとハンカチで泣いてもいないのに顔を抑えていた。いらん演技である。壮大な物語はイジメいくないと言う話に変わっていた。
「ですので、襲いかかる者も嘲笑する者たちへも、私たちは懸命に抵抗して殲滅しました」
ナインが平然と言う内容に違和感を感じてしまう。なんか物騒なセリフが聞こえたよ? 殲滅? 殲滅しちゃったの? というか勝てたの? ナインはえいえいっと、可愛らしく猫パンチを放つふりをしてるけど、殲滅しちゃったの?
疑問が表情に出ていたのでサクヤが見抜いて、コクリと頷く。
「なぜ三つの力を持つ完全なる敵に勝てたのか疑問なんですよね? 答えは簡単でリソースは同じだったんです。相手は10、こちらも10ずつで」
すぐにその内容にピンとくる。
「そりゃ相手は勝てないね。創造、破壊に10のリソースを全振りでしかもサクヤたちはニ柱、相手は三つにリソースを分けているから、最高でも8」
スキルで例えれば良い。一つの権能しか持たないから10レベルのサクヤたちと、他の権能に最低でも1は振らないといけないから、最高でも8レベルの敵。1の違いで力の次元が変わるので、まったく敵は敵わなかったに違いない。しかもサクヤたちはニ柱いるのだし。
「そのとおりです。そうして次々と敵を滅ぼしている中で、敵の一柱が負け犬の遠吠えをしてきました」
「そうなんです。ナインと一緒にいじめっ子をざまぁしていたら言われました。貴様らは世界の維持はできずに、ただ世界を滅ぼしていくだけだろうと」
うん、ざまぁとは言わないよ? 最初から相手より強いのに殲滅しちゃったのをざまぁとは言わないよ?
「なので、嘲笑してきた始原の者たちをとりあえず殲滅し終わってから、私たちでも世界の維持ぐらいできると、今は亡き始原の者たちへと教えてあげようと、管理者がいなくなった世界で試しました」
カフェオレのおかわりは入りますかと微笑みを浮かべて、なんでもないように、とんでもないことを言うナインである。
「失敗しました。5000年程でその世界は生命なき世界になりました。たまたま初心者だから失敗したと思って、不思議にも管理者がいなかった世界を5000個程試しましたが、同じ結果でした」
「なので、自分の生まれた世界でないと駄目なのかと考えて、姉さんと共に自分の世界へと戻り、世界を創造しました」
語り続ける二人。なるほど壮大な物語だね。壮大すぎて、破壊神の旅にしか聞こえないよ。気のせいかな? おっさんがドン引きしている中でも話は続く。
「私は頑強な竜の世界、癒やしが得意な神族、狡猾な悪魔族、不老にして力のある巨人族の世界を作りました。ですが、どんなに力のある存在を創造しても滅んでしまいました。戦争の末もあれば、自死もありました。なので、アメーバーだけの世界なら大丈夫でしょうと、アメーバーの世界を創り、喰い合って滅んでしまったのを見て、考えを変えました」
「アメーバーだけって、もう維持だけが目的だよね。なにその世界?」
ツッコミを慣れた様子で無視して、サクヤたちは遂に至った考えを披露する。
「維持ができる眷属を創造すれば良いと。そして維持を司る眷属を創り出すために、今まで創った者たちを試しましたが、元々力のある存在である者たちは新たな力に耐えれませんでした」
「アメーバーも? アメーバーも?」
「そこで眷属になれば力を受け取れる、リソースに空きのある力の弱い存在を創ることにしたんです。それが人間でしたが……皆、力に溺れるか、人々のために力を使い、どちらにしても力を使い果たして消えていきました。私たちの目的、力を受け取りながらも、新たに自らの力を生み出して、使った力を回復できる存在する者にはなれませんでした」
ナインもサクヤのセリフを受け取り、真面目な表情で語る。
そろそろ話が終わりそうだと、おっさんは緊張する。いつの間にか食べられてしまい、最後のドーナツまでも食べようとするサクヤから、私が食べるんだと、手で懸命にガードもしている。既に水面下では高度な心理戦が始まっていた。
「そうして、長い年月を失敗に終わり、もう運に任せましょうと投げやりになり、力のキーを成長系RPGゲームとして適当に置いておいたら、若い人ではなく、予想外にくたびれたおっさんが釣れました。とりあえず、親しい人たちの記憶を消し去っておきましたが、失敗するだろうと考えていた存在」
スゥと、息を吸ってサクヤは告げる。
「予想外に成功してしまった者。それが貴方です、朝倉遥さん」
「うん、殴って良い?」
その驚愕の真実にショックを受けて、拳を強く握りしめるおっさんであった。最後のドーナツもサクヤに奪われてもいたりした。