571話 雪のフードコートで楽しむおっさん少女
雪のフードコート。広大な公園に突如として現れた建物である。壁を恐る恐るつついてみても、見た目は雪なのにびくともしない。指がめり込むことも、雪が削れることもないし、ただの白い壁ではないかとも邪推してしまう。
不思議なのはそれだけではない。今使っている食器もである。薄い透明のグラスはやはり氷でできているはずなのに、熱々のホットココアを入れても溶ける様子はなく、焼きたてのステーキを置かれた氷の皿も割れる様子はない。
いつもながら不思議だが、今回のは特に不思議だなぁと織田椎菜はまじまじと食器を見てしまう。
レキとみせかけて中はおっさんな遥はその様子を見て、てってこと小さな手足を振りながら歩み寄り声をかける。
「どうかしたんですか、椎菜さん?」
「あぁ、レキちゃん。いや、この食器とか不思議だなぁと思ってたんだよ。なんで溶けないの、これ?」
椎菜の言葉に腕を組んで、フムフムとわかったような表情で遥は真面目に答えた。
「先人たちの知恵ですね。昔の人はみんなカマクラを作る時は合わせて作ったらしいですよ?」
「こんな皿を先人たちが作れたら、みんな凄腕の超能力者になっちゃうよ。普通の食器が不要になっちゃうし」
「たしかにエコではありますが、困ったことにもなりそうですね。食器屋さんが潰れちゃいます。この技術は封印しておかないと」
「レキちゃん以外に作れないと思うけど………。ま、まぁ封印するのは寂しいし雪が降ったらたまにはいいんじゃない? ところで叩かれた場所は大丈夫?」
レキの頭を見て椎菜が心配そうにするが、口元が笑っているので説得力がない。レキの頭に餅が膨らんだように殴られたあとのこぶがあるからだ。もちろん玩具だけど。
昔のお笑い芸人がやりそうなことをしている思考が古いおっさん少女だが、実際にさっきは殴られたのだ。
「児童虐待です。痛かったんですよ。ごちんって殴られたんですから」
痛かったとアピールするおっさん少女へと、すぐ近くから怒鳴り声がかけられる。聞いただけで震えがきそうな野太い声で。
「勝手に目立つことをするなと、以前に注意したよな姫様? ミュータントが現れたかと大騒ぎになったんだからな」
豪族がビールをかっくらいながら怒っており、それを蝶野や仙崎がまぁまぁと宥めていた。
先程恐れていた存在、神様より怖い豪族が来て、おっさん少女にげんこつを見舞ったのである。
「百地代表、そこまで怒らなくても。子供のやることですし」
対面に座っていたイーシャがビール瓶を豪族に差しだして注ぐのだが
「子供は街中の雪を集めたりしねぇ。あいつは甘やかすとどこまでも調子にのりますからな」
ムスッとしながらも豪族はビールを注いでもらう。
「イーシャさんも飲んでください。どうぞお注ぎします」
「あら、あまり飲むと酔っ払ってしまいますわ」
「ご安心ください。その場合は私がお守りしますので」
イーシャへとビールを注ぎながら仙崎が力強く言って、周りの男たちが俺も俺もと口を挟んでくるので、仙崎はシッシッと追い払う仕草をする。なんだかんだと騒がしい。
「あっちは騒がしいね。お酒って美味しいのかなぁ?」
「コマンドー婆ちゃんがいればもっと騒がしいはずなのに、前線にいるとは残念です。お酒はどうなんでしょうか、大人になるまでお預けですね」
椎菜の言葉に日本酒大好きな中の人は、私も帰ったらお酒を飲もうと決意する。
「あちらが騒がしいんなら、こっちも負けずに騒げばいいでしょっ! お肉追加よっ!」
お皿に山ほどのお肉を乗せて褐色少女の光井叶得が元気よく遥の隣に座る。
「そうそう、お酒が無くてもいいものだよ?」
荒須ナナもお皿に肉を山盛りにしてくるが………食べきれるかなぁ?
「ん、あの棚にはアイスもあった」
「見てみて! みーちゃんはケーキ持ってきちゃった!」
「凄いバイキングだよね。ところでレキちゃん? クレープがないんだけど?」
リィズとみーちゃんがご機嫌な様子でデザート類をもってくるが、不破結花が恨めし気にこちらを見てくるので、ムフフと笑いテーブルに新たなる鉄板を取り出す。なんでも持っている少女に隙はないのだ。いつか使うからと倉庫をゴミアイテムで埋めてしまい、あとで整理に苦労をするパターンである。
「いいですよ、クレープを作ってみましょう。レキにお任せあれっ!」
料理スキルに不可能はないのだ。空中にて小麦粉や卵を呼び出して、あっという間に風を巻き起こしタネを作っちゃう。氷のボウルに入れたらあとは焼くだけである。
「結花さん、中にいれたい物を持ってきてください。ホイップクリームも置いてあるはずですよ」
「ラジャー! 結花隊員、クレープの具を確保に向かいます」
「リィズも行く!」
「きゃー、みーちゃんも確保しに行きます」
結花が目を輝かせて敬礼をして、果物やケーキなどのコーナーへと駆けていき、リィズたちも面白そうだとついていく。
その様子を見て、それじゃあリィズお姉ちゃんたちが持ってきたアイスとかをまずはクレープにしようとタネを焼き始める。
ふんふん~と鼻歌を歌いながら周囲を観察する。休みの日、雪で閉じこもっていた人々が突然の祭りみたいなイベントを聞いて集まって騒いでいた。
綾や灯里、真琴やディーたちも劇団仲間たちと集まってバーベキューを楽しんでいるし、早苗を中心に牧場仲間に不知火姉妹や助けられたばかりのユマも戸惑いながらも幸せそうに微笑んでいる。
瑠奈が鈴や陽子、シスと共にダンジョン攻略について話し合っているので、あのメンバーはダンジョンギルドでパーティーを組んだのだろうか。
全員が全員、今この場では幸せそうな笑顔でいるのを見て、遥は優しい気持ちになる。
「レキちゃん、なにかあったの?」
ナナがそんなレキの様子に違和感を感じたのか、リィズと同じく尋ねてくるので、さすがは母娘だねと苦笑交じりに先程と同じくかぶりを振って答える。
「特になにもないですよ。皆が幸せそうにしているので嬉しく思ったんです」
「そう? あんたなんか遠い目をしていたわよっ? 全然似合わないから止めるのねっ」
叶得の言葉にぷんすかと怒ったふりをして抗議する。どことなく不安な様子を見せてくる叶得へと、子供らしく唇を尖らせて。
「私も遠い目をすることがあるんです。そんな叶得さんのお口をクレープで塞いじゃいます」
ていっ、とクレープを叶得のお口へと突っ込んで、悪戯そうに笑みを浮かべて。だが、その様子を見て、ナナも不安気に見つめてきていることに気づく。
しょうがないなぁと、遥は苦笑しちゃう。不安気になることなどないのに。
「はっ! まさか本部でなにかあったの? 嫌な親父になにか言われたとか?」
「なんでもありませんって。というか、今の私は凄いんですから。どこらへんが凄いかというと、何枚もクレープを一瞬で焼けるんです」
てやぁ、と空中にタネを放ると、炎に包み込ませて見せる。あっという間にきつね色の焼き加減バッチリの皮となりお皿にととんと置かれる。それを見て、皆はおぉ~と歓声をあげて拍手をしてきた。
パチパチと拍手を貰い、どーもどーもと照れながらお辞儀をしていると
「あー! 先にクレープ焼いてる! 私の分はある?」
「ふぉぉぉ~! リィズは今のを見た。妹よ、私に今の技を教えるべき」
「みーちゃんは生クリームだけでお願いします」
結花が私の分は~と叫び、リィズは裾を引っ張ってきて、超能力の使い方を尋ねてきて、みーちゃんはお皿に乗せたホイップクリームを差しだしてきて、それじゃ、私もと椎菜たちも皮に果物やらを乗せてクレープを作り出す。
ワイワイと騒がしく賑やかになり、さっきの不安な様子を払拭して、少女たちは楽しそうに宴を再開するのであった。
それからしばらくして、空は晴れており、夜空に星が煌めく中で、昼間の騒がしい雰囲気はなくなり静寂に包まれている真夜中。
すでに誰もいなくなったフードコートの屋根に腰かけて脚をプラプラと振りながら、幼い少女はほぅと白い息を吐く。
「そういえば冬に吐く息が白いなんて思っていたのは子供までだったなぁ、働いている間にそんなことは思わなくなったよ」
呟きながら、もう一度息を吐く。白い息は空中に溶けていき、遥はそれを楽しそうに寂しそうに眺める。
「大人になると色々と忘れてしまうということですか? マスター?」
そっと隣に座ってきた少女をちらりと見てから、肩を竦めて考え込む。
「どうだろう。私が元々そういった性格だったのか、元々そういった記憶がないのか………どっちだとナインは思う?」
「結果が同じならば、その過程に悩む必要はないと思いますよマスター」
「ナインは合理的だなぁ。たしかに一概にはそうだと言えるように思えるけど、たぶんそれは違うと思う」
寂しいじゃないかと思いながら、ナインを眺める。風が吹き金の髪がなびき、星明りの下、照らされる少女の顔は美しい。笑みを崩さずに、常に遥の味方となってくれる少女。
「過程を覚えていることは、きっと無駄にならない。もしも今日のこのイベントがたんなる知り合い同士のイベントなら私は幸せな気持ちにもならなかっただろうし、皆もそこまで楽しめなかったかもしれない。そう思わないかな?」
「………マスターのおっしゃる通りかもしれません。私たちは常に結果だけを求めてきました。過程などどうでも良いと考えていました。ですが、マスターと出会って過程を楽しんでいます。たしかにそうですね、今の私なら過程が大事だと理解できます」
仄かな優しい笑みでのナインの答えに、だよねと遥も優しい笑みとなる。これが必要ないと言われたらショックを受けちゃうよ。
「このイベントでなにがわかりましたか、マスター?」
「ん~………。人々が幸せなのは嬉しかったよ。………でも人々の暮らしを守っていこうとかはあんまり思わなかったなぁ。やっぱり私は元からそういう性格だったのかも」
これだけの力を持ちながら、自分はやはりどこか適当で、
人間との暮らしを見ても、どこか視点が違うのだろう。
そうでないと、人々をゲーム感覚で助け続けることもなかったであろうとも考える。
少し寂しいが、それで良かったのだとも思う。
ナインはうんうんと頷きながら、笑みを消して真剣な表情になり尋ねてきた。
「それでこそマスターです。気まぐれで人としての意思を持ちながらも、人とは違うもの。自分を特別な存在だと気づいているのに、特別だとは思わない者。決心したのですね? お別れも言わなかったみたいですが?」
「そこは慰めてよと言いたいところだけど、ナインやサクヤはそこで慰めることはしてくれないよね。だってナインたちも私と同じく理解できないことだから」
遥はふぅと息を吐き、白い色をつけるのを見ながら真剣な表情へと変わる。
「そろそろ遊びの時間はおしまいだ。神チケットを使う準備はできたからね。最終決戦へ向かうよ」
その言葉は小さな呟きであるが、しっかりとナインには届き
再び突風が巻き起こり、雪が空中へと舞い上がっていく。
そうして風が止まり、舞い散った雪が再び地面に落ちていくが、先程までいた二人の少女の姿はどこにも見えず
ただ静寂に包まれて雪が舞い落ちるだけであった。




