570話 雪が降るとはしゃぐおっさん少女
雲に覆われている空からチラチラと雪が降ってくるのを見て、はふぅと息を吐く。真っ白な息が小さなお口から吐き出されるのを見ながら少女は呟く。
「雪合戦。雪合戦がやりたいです。中に石を入れたり、氷になるほど硬く握っていない雪玉で」
「きゃー! みーちゃんも雪合戦! 雪合戦をするの!」
「ん、三人で雪合戦? もう少し人数が欲しい」
雪が降りしきり、世界は真っ白になって外を出歩く人も少ない中で三人の幼女みたいな少女たちが公園にいた。
ショートヘアの艷やかな黒髪に宝石のような黒目、桜の花のような色の小さいお口、可愛らしい顔つきの小柄な子猫を思わせる少女、その名は朝倉レキ。ただし、いらない存在が中にいるとかいないとか。
金髪おさげの姉の荒須リィズに、無邪気な笑顔が可愛らしい蝶野美加ことみーちゃんも一緒にいる。
「やっぱり人がいないと駄目ですか。むぅ、お姉ちゃんの言うとおり四人は欲しいですね」
大勢で雪合戦をするのは楽しそうだ。おっさんだと、もはや雪合戦など禁忌になるが、少女ならば問題はないだろう。シャウトで集めようかしらん。当方超能力者2幼女1、職業は問いません。パーティーメンバー募集中でーすとかで。
ネトゲでそれをやると一時間経っても、職業が偏り過ぎでしょとメンバーは集められないだろうけど。私ならこのメンツを見たら絶対に参加するけど。そしてそのまま怪しいおっさんが少女たちに絡んでいますと通報されて逮捕されるのが、確定した未来だろうけど。
自らを省みれるおっさん少女が内心でアホなことを考えている中で、リィズが提案をしてくる。
「ん、カマクラでも良い。餅を希望」
「カマクラにするの? そっちも楽しそう!」
みーちゃんはなんでも良いらしい。レキとリィズと遊ぶのならなんでも楽しいみーちゃんなのだ。
「餅ですか。それも良いですね。うん、餅も良いですね! たくさん食べましょう。色々なトッピングで」
カマクラだとリィズは提案したが、餅の方に比重を置くレキは花咲く微笑みでウキウキと賛同する。
餅でも雪合戦でも何でも良い。楽しければ良いのだとレキは考えるが、そろそろレキだとアホなところが可哀想なので遥に戻そう。
社会人なら雪はワクワクして心躍るが通勤を考えるとうんざりする。だが少女ならば心躍り遊ぶだけなので問題はない。今は社会人的なおっさんも遊ぶだけだけど。
「ではカマクラを作りましょう。ふふふ、以前とは違うカマクラを作っちゃいます。新カマクラを見せちゃいましょう」
カマクラは以前から何回も作っているが、そろそろ新しい物を作りたいよねと、ぴょこんと飛び跳ねて精神は常に子供な少女は手をえいえいおーと掲げるのであった。
一面雪景色で雪深い。道は雪かきされているが公園は足元がすぼっと潜ってしまう。三人の背丈なら太腿まで潜っちゃうのだが、なぜか三人共に雪上に立っており、んせんせと汗をかきながら雪を集めていた。
「ねーねー、どれくらいでカマクラできるかな?」
バスケットボールぐらいの雪玉を作りながら、みーちゃんが尋ねてきて、リィズが少し考え込む。
「ん、どれくらい大きなカマクラを作る、妹よ?」
その小さな手に自分と同じぐらいの雪玉を軽く持ちながらリィズが聞いてくるので、遥はフンスと胸を張り答える。
「この公園はかなりの広さですからね。屋敷のようなカマクラを作りましょう。エスキモーの住むみたいなやつ」
「あれはカマクラではない。が、楽しそう」
でしょうと手を空に掲げて、遥は得意げな表情で雪をサイキックで集めながら。空に雪を漂わせて街中の雪を集めちゃいながら答える。遂にサイキックを遊びで使うようになった碌でもないことをするには定評があるおっさん少女である。
「レキおねーちゃん、それはカマクラ?」
街中から集められる雪は何故か汚れもなく真っ白な雪。純粋に雪だけを選別して集めているのだが、その様子はバトル漫画の主人公がなにか必殺技を放とうとしているようにしか見えない。なにしろ雪の川が空に生まれてレキの元へと集まっているのだから。
そんな雪は公園の広場に集められていたが、もちろん街中から集めているので文字通り雪山となっているのでみーちゃんが不思議そうにコテンと小首を可愛らしく傾げて尋ねてきた。
いったいなにを作るのかとリィズも興味津々で大人ほどの大きさになった雪玉を片手で持ちながらやってくる。
「なにって、エスキモーのあれです。カマクラを作るって言ったらカマクラなんです」
あくまでもカマクラを作るとのたまう札幌雪祭りができそうなほどの雪を集めて超能力少女は悪戯そうにムフフと笑う。
自分の力を十全に使えるようになったアホな少女は、手をぐるぐると大きく回しながらさらなる超能力を使用し、リィズとみーちゃんがポカンとその様子を口を大きく開けながら眺めている中で自称カマクラを作るのであった。
数十分後、三人は七輪に網を乗せて、餅を焼いていた。少しずつ焼けてきてプクーっと膨らむのをみーちゃんが指でつつこうとするがリィズが止めたりする。ちゃんとお姉ちゃんをやっているリィズである。
「焼けてきたね! もう食べれるかなぁ?」
「そうですね、もう少しプクーっと膨らむのを待ちましょう。膨らめば膨らむ程柔らかくなるので」
みーちゃんがワクワクの表情で、まだかなまだかなと焼けるのを待っているので、遥はニコニコ笑顔で待ったをかける。崩壊前はお餅なんて七輪で焼いたことはない。というか、おっさんだけで七輪でお餅を焼いていたら、早まるなとか警察が助けに来ちゃうかもとかアホな想像をしていたし。
だが、崩壊後はこういう風に季節を感じるようなイベントをたくさんやってきたなぁと、楽しいなぁと幸せを感じる。このようにほのぼのとした時間はお金では買えないものだ。少なくともおっさんの財力では。買った場合の結果も確定しているしね。
どこか優しい目つきをして焼け始めた餅を眺めている遥にリィズが訝しげに声をかけてくる。
「妹よ、なにか変。なにかあった?」
それを言うなら、おっさん少女は常に変であるがそれを言ったらきりがないし、いつもと違う様子にリィズは違和感を感じたらしい。
遥はさすがはお姉ちゃんだなぁと思いながらも、かぶりをふって否定する。
「特に何もありませんよ。崩壊後の世界でも楽しいことはたくさんあるなぁって思っていたんです。お姉ちゃんたちにも出会えましたし」
「ん、私も妹やみーちゃんたちと出会えて幸せ。砂漠のオアシスにいた頃はこんな生活になるとは思ったこともなかった」
リィズはどことなく大人っぽい笑みを浮かべて同意してくる。そうだよね、オアシスではこんな暮らしが待っているとは思わなかっただろう。
「みーちゃんもみーちゃんも! レキお姉ちゃん、リィズお姉ちゃんに出会えて幸せ!」
相変わらずの元気溢れる笑顔で、みーちゃんも手をあげて楽しそうにこちらを見てくるので、癒されちゃう。
この時間は大切な思い出になるだろうと、再び優しい笑みになる少女をリィズは再び違和感を感じて首を傾げていたが、特に追及はしてこなかった。それもまたリィズの優しさであり、なにかあるなら話してくれるだろうという信頼関係もあると信じているのだ。
遥はその気づかいに嬉しく思う。空からは雪がシンシンと降り、その中で七輪の炭がパチパチと弾け燃える音だけが静寂の中に響く。たぶん静寂に包まれていると思いたい。ドアがドンドンと叩かれる音が聞こえてきたりするけど。
「ところで、ドンドンとドアを叩く音がするんだけど、妹よ、そろそろ開けた方が良いと思う」
「あの叩き方はあまり力が無いから豪族さんではないですよね。たぶん豪族さんじゃないですよね?」
怖がる様子を見せながら、遥は恐る恐ると七輪から離れて白いドアの前へと、ちょこちょこと移動する。
「入ってまーす。しばらく出る予定はありませんので、お帰りをお願いしま~す」
帰ってください、勧誘とか営業活動はいりませんとお断りを入れる子供な少女。
「レッキーでしょぉ? 開けてよ、アタシたちも入れて欲しいんだけどぉ~?」
ドアの向こうから聞こえてくる声に、おっさん少女はホッと安堵しちゃう。この声は恐れていた人たちではないよねと。
「その声は英子さんですね。いらっしゃいませ! カマクラへようこそ!」
「お邪魔します~」
白いドアを開けると相変わらずギャル系な顔つきをしている英子と後ろには孤児院の子供たちがいて、ぞろぞろと入ってきた。10人程の人数で皆もこもこの厚着をしている。
物珍しさにカマクラを見渡しているが、たしかに本格的なカマクラなんてあんまり見た事はないだろうねと遥は手を奥へと振って案内する。自慢のカマクラなのだ。
「どうです? 凄いでしょう? このカマクラを作るのに頑張ったんです」
ムフフと平坦なる胸を張って少女は自慢げに言うと、ジト目が返ってきたので、ウッと怯んじゃう。
「ほんとーにカマクラを作ったと言い張るのレッキー?」
「そうですよ? ほら、外につけた看板にカマクラと書いておきましたよ? 雪でできているしカマクラですよ」
目をバッシャバッシャと泳がせておっさん少女はどもりながら答える。英子へと顔を向けないで明後日の方向を見ながらなので説得力は抜群だ。カマクラの定義とは雪でできた建物のことなのだ。
「外のどよめきが聞こえる? アタシたちは空に飛んでいく雪を追いかけてきたんだけど、これがカマクラ?」
外は全然静寂に包まれていなかった。人々が集まりカマクラを指さして珍しそうに見ながら騒いでいたりした。
「ちょっと想像していたカマクラと違うかもですが雪でできているしカマクラにしておきましょうよ」
「レッキーがそれで良いんならいいけど。で、これなに?」
「フードコートですね。滑り台とかもありますよ」
カマクラだと言い張るその口であっという間に否定の言葉を口にするおっさん少女であったりした。
周囲は煌めく雪でできた大型のモール、というかフードコートだった。雪でできた建物なので寒さを感じるかと思ったら、まったく感じずに自重で壊れることもない不可思議なる建物である。
「最初は大きなカマクラを作ろうと思ったんです。ですが、不思議なことに豆腐型建物レキ式になっちゃったんです。おかしいですよね? なんで私の作る物は豆腐になるんでしょうか?」
う~んと細っこい腕を組んで、十全なる力を操れるようになったのにと本気で悩むおっさん少女。残念ながらどれだけ強大な力を得ても建物のセンスは弱小だった模様。世界の理に書いてあるのだろう。おっさんは豆腐型にしか建物が作れないとか。
世界の理のせいにする少女へと呆れながらも英子はニヤリと笑う。
「それでここの建物はバーベキューセットとかが置いてあるけど使えるの?」
「もちろんです。使える物しか置いていませんよ」
フードコートと言ってもバーベキューとかができるように長細いテーブルもあり、キャンプ場にも似ている場所である。そしてそのテーブルにはバーベキューセットとかが置いてありご自由にお持ちくださいとも書いてあった。
「それじゃ、せっかくだし使わないとね? みんないったん食料を持ってくるよ~?」
「大丈夫です。今日は野菜やお肉、餅も売り出しています。1個10円です」
壁を指し示すと、溶けるように消えて野菜や肉を満載した棚が現れたので、子供たちもおぉ~と感心してくれる。こんなこともあろうかと、というかあるだろうと用意しておいたのだ。
「久しぶりにレキのお店、フードコートです! 英子さん、外の人たちも入れちゃってください。ただし豪族さんたちは除いて」
きっと怒られちゃうのでと、楽しそうに無邪気な微笑みをおっさん少女は浮かべるのであった。




