565話 白き悪魔と犠牲者
巨大な雄鶏はなぜか白い羽毛に覆われた人間の腕を持っており、バーナーが腕に取り付けられていた。それ以外は羽毛に覆われているが、たんに筋肉ムキムキな鶏である。既にその時点で異常な鶏ではあるが。
「コケーッ! この俺様は人間の知識を得て、ブロイラーの鶏は臭くて食えないという傲慢な人間への憎しみから生まれた存在! その名もチキンブロイラー! 美味しい食い物の為に、安い庶民の味方の評価を下げるんじゃない!」
どこか理不尽な怒りの声をあげる化物雄鶏チキンブロイラー。
なぜか玩具をぶら下げた首飾りをしているが、それは懐かしの携帯ゲーム機でもっとよく見てみれば、刺さっているゲームがメタルなマックスの2であるのがわかったであろう。
どうやらゲームに影響されたボス鶏の模様。たしかにラスボスよりも強かった敵である。
ビシッと丸太のようなその腕で紙人形たちを指差すチキンブロイラー。
「ふしゅるるる、小生意気なハンター共よ! この俺様が焼き尽くしてくれるわ!」
チキンブロイラーは鶏なので、暗い洞窟内では目が悪かった。鳥目なので。どう見ても紙人形は人間には見えないのだが。
紙人形は槍を構えて、そのひょろひょろとした足を踏み出す。その踏み込みは紙なので弱々しいだろうと思えたが、ドンッと音をたてて床に踏み跡を残し、意外な速さでチキンブロイラーに迫る。
その穂先はゴールドチキンをあっさりと貫く程の威力を持ち、チキンブロイラーの身体にも風切り音をたてながら命中して貫くと思えた。
「ふしゅるるる、ひ弱だな、ハンター共!」
モフッ
モフモフッ
だが、命中した穂先は白い羽毛に阻まれてかすり傷一つ与えることは敵わなかった。見かけによらず、モフモフなチキンブロイラー。
「チキンパンチ!」
腕を振り上げて、チキンブロイラーが風を巻き起こし先頭の人形へと右拳を唸らせて叩く。人形はその拳で弾けるが、他の人形は混乱せずに機械的に迎撃に入る。
人間を遥かに上回る速度で人形たちは今度は羽毛に覆われていないチキンブロイラーの頭を狙う。
「チキンウイング!」
背中に生える羽根を羽ばたかせると、羽毛が舞い散り槍を突き出してきた人形たちの穂先に纏わりついてしまう。白い羽毛の塊となった穂先は無論鋭さを無くしモフモフとなってしまい
「ふしゅるるる、必殺チキンバーナー!」
チキンブロイラーの顔はもちろん鶏なのだが、それでも凶悪な表情を浮かべて、手に装着している火炎放射器から勢いよく炎を噴き出す。
その炎は今なお舞い散る羽毛を燃やし、紙人形に着火させてその高温で覆い、あっさりと焼き尽くすのであった。
自らにも炎が纏わりついてしまうが、まったく燃えないで、綺麗な羽毛のままでいたので火炎無効なことがわかる。
紙人形が燃え尽きて、灰が空中を漂う中でチキンブロイラーは勝鬨をあげ、バッサバッサと得意げに羽根を羽ばたかせる。
「コケー! 見たかハンター共! このチキンブロイラー様の力を! もう水炊きで臭くて食えんなどとは言わせないぞ! よし、続けて人間狩りだコケー!」
ふしゅるるるとチキンブロイラーが咆哮すると、辺りから無数のサンドラットや歩くキノコの化物ファンガスや二つの頭を持つ蛇ツインヘッドがぞろぞろとどこかから現れてきた。
チキンブロイラーの咆哮により集まったミュータントたちにより人間の拠点はあっと言う間にミュータントの巣へと沈んでしまうのだった。
邪悪なる白き悪魔チキンブロイラーは眷属が集まったことに勢い込んで、自ら先頭に立ち歩き始める。
「ふしゅるるる、人間共め! 今度はお前らを家畜にしてやる!」
怒りながらチキンブロイラーは力強く歩き始める。
一歩
二歩
三歩
「コケ、コケー」
そこにゴールドチキンが奪われた卵を回収できたと、自らの羽根に抱える卵をチキンブロイラーに見せると
「おぉ! 卵を回収できたか! よし、宴だ! ん? 美味そうなキノコがいるな」
チキンブロイラーは喜び、後ろについてきたキノコをトトトトと啄み食べ始めた。サンドラットもツインヘッドにパクリと食われて、ゴールドチキンたちはキノコの餌と、天敵の蛇に騒ぎ始め、サンドラットはちょこまかと逃げ始めて、狂乱の宴会となる。
「なにかあったようだが、忘れたな。ふしゅるるる、別にどうでも良いことに違いない」
鶏なのであっさりとチキンブロイラーは人間狩りを忘れた。卵を取り返すといった継続している内容なら忘れないが、自発的な思考はすぐ忘れてしまうのだ。
三歩歩けば忘れる鳥頭なチキンブロイラーであったりした。どこかのおっさんと同じである。
まぁ、このアホなところがあるから人間たちは生き残っていたわけだが。
パワーだけはある鶏なチキンブロイラーたちは人間の巣を奪い取り騒ぎ立てるのであった。
ぜぇぜぇと息が荒く、汗が額を伝う感触に詩音は体力作りをしなくては駄目ですねと痛感して座り込んでいた。座る地面はコンクリートの硬い感触がして、ここがビルであるとわかる。
「どうぞお嬢様」
セバスチャンが水筒を差し出してくるのを、ありがとうと笑顔で答えて水を煽る。ゴクゴクと飲み、喉を艶かしく水が伝う。
周りの逃げてきた人々も疲れて座り込む中で、千春だけはちょこまかと歩き回り飴を配っていた。
「疲労を少し癒す飴だよ。食べて食べて。病人にはバナナをあげるね」
人に好かれる明るさを魅せる千春に、人々は多少笑顔になり飴を受け取っているので、詩音は多少手荒くセバスチャンへ水筒を返して、立ち上がり千春へと話しかける。
「千春さん、お手伝いしますわ。千春さんも休んでいてください。超能力を使ってお疲れでは?」
「おぉ、ありがとう詩音ちゃん。それなら休もうっと」
心配げに詩音が告げると、千春は飴玉の袋を手渡して、てってこと部屋の隅に移動するのだった。
「後ほど、敵がどのような相手なのか教えてくださいませ」
にこやかに笑顔で答えて、詩音が今度は千春の代わりに働くので、皆は気が利く良い娘だなぁと、感心しちゃうのであった。詩音の考えは仲間にはわかってはいたが、ツッコむ無粋な人はいなかった。
人気取りのためとはいえ、疲れた身体に鞭打って働いているのだから。
詩音はにこやかに飴を配りながら、ふと、疑問に思う。バシャバシャとカメラの音がしないわね、と。
あのアインという皮肉げなカメラマンの姿がどこにも見えない。彼女はどこに行ったのかしら?
その疑問は、セバスチャンがなぜかカメラを持ちながら、沈痛そうな声音で教えてくれた。
「彼女は最前線の危険な様子をちょっと撮影するからと、予備のカメラを置いていき……護身の銃を持ちながらエンリたちの下へ行きました」
つまりエリア外にキックされたらしい。使えないカメラマンですねと詩音は嘆息しちゃう。あの人は知り合いレベルで留めておきましょう。
まったく活躍せずに消えるアイン。どこかの料理のような名前のキャラになるかもしれない今日この頃である。
そんなアインはもう忘れて、セバスチャンが代行してカメラマンをやることになった。なんでもできる執事だ。どんな万能執事を目指しているのだろうか。アニメの中でしかいない執事だろうことは間違いない。
詩音にとっては都合が良いので問題もない。
反対にセバスチャンがカメラマンの方が都合が良い。
「しかしながらそれも私がこのダンジョンを攻略できたら、という前提ですが」
「そうだな。どうやらここの敵は少し厄介だ。装甲車と合流を急ごう」
ウェスが近づいてきて、安全策を提案してくるので頷き返す。
「装甲車ならあの味方を吹き飛ばす攻撃を防げそうですか?」
「あぁ、装甲車を吹き飛ばす程の力はなさそうだからな。機銃攻撃でゴールドチキンは一掃すればよいが……」
「なにか気になることが?」
「千春。敵のボスがいたな?」
苦々しい表情で千春に視線を向けるウェス。ポチポチとモニターを叩いて通信をとっていた千春はモニターを横目で見ながらどう答えようか迷っちゃう。
なぜならば、子供な少女のパパしゃんがフンフンと興奮しながら、画用紙になにかを書いているからだ。画用紙に書き終えて、謎の黒い鳥? を見せてきて下に数字をかきかきと書くと
「あれこそはラスボスよりも強い炎の悪魔。しょーきんくび25億マターにしておきます。名前は」
「名前はチキンブロイラーと名付けました! 炎の鶏チキンブロイラー。銃は無効ではないので普通に戦えますが、恐らくは周りにゴールドチキンが常にいるので、銃を使うのは難しいでしょう」
頬をムギュムギュと少女なパパしゃんに押し付けて、私の役ですよとサクヤしゃんがモニターから口を挟む。ウヘヘとにやけているので、レキぼでぃのむにむにほっぺに自分の頬を押し付ける方に集中していまつね。
「くっ、千春たん。火炎無効のラブなマシーンはないんだ。作ろうかな……ねぇ、ナインえもーん、作り方教えて〜」
とてとてと小さなおててをふって、幼げな少女はモニターから消えて、銀髪メイドも
「もう少し頬の押し付け合いをしましょうよ、ご主人様〜」
と、残念な声をあげて消えるのであった。
……戦い方を教えて欲しかったんでつが……。無理っぽいでつ。
仕方ないので話を作りまつか。千春ちゃんはなんでもできるのだ。
「ウェスちゃん。敵のボスは」
言いかけた千春であったが、モニターから声が聞こえてきた。
「あ、千春さん。ゴールドチキンはなるべく捕獲するように。ボスを倒し浄化すれば美味しい鶏になりますので。周りの地形と敵の特性、そして貴女たちの力ならボスを倒しつつ、捕獲もできるはずですので」
フリフリと小さな手を振りながら、金髪ツインテールのナインしゃんが優しい笑顔で教えてくれるので、フンフンと頷き戦い方を考えないといけないのでつねと思うのであった。
どこかのアホな主従コンビをフォローするできるメイドなナインである。
そして千春はフンスと気合を入れ直して、ウェスへと言葉を再開する。ナインしゃんのお願いは絶対に叶えまつ。きっとごほーびに美味しいおやつをくれるはずでつから。
なので、迂闊なる言葉も合わせて口にしてしまった。迂闊にも。
「本部からね〜、ゴールドチキンを捕獲しつつボスを倒せば25億マターにプラスして支払ってくれるって連絡があったよ」
「あら、さすがは本部ですね。大きな報酬で、皆さんもやる気になるでしょう」
キランと目を輝かせて詩音が口を挟む。どうやら金額に釣られた模様。
「で、ボスはどんなやつなんだ?」
「それがね〜。かなり強そうで苦戦しちゃうかも」
千春はウェスと相談するべく話し始めて、詩音は冷静にその様子を眺める。
苦戦と言いつつ倒せる自信があるのだろうと思いながら
「さて、それでは問題はここの人たちですね。全員を助けることができるのかしら?」
本部の命令に生存者の救出が入っていないことに、詩音は目敏く気づいていた。
「どうやら、私が成り上がる環境に本部がなってきたということかしら」
鶏を捕まえることに重点を起き、生存者を助けることを優先するように指示を出さない本部……。朝倉遥らしくないその命令。恐らくは他の人間が関わっている。俗物な人間の匂いがする。私の好きな人種です。
この臭い環境の中で詩音はその匂いを感じとり、誰にも見られないようにほくそ笑むのであった。