564話 王たる敵と焦る腹黒少女
拠点入り口にて警戒をしていたエンリたちは空気がざわめき始めたことに気づき、アサルトライフルを肩から降ろして身構える。
周りの仲間もすぐに銃を構えて壁を盾に様子を探る。優秀な能力を持つ精鋭は自らの感覚に従いなにも言わずとも陣形をとった。
「エネミー、アンノウン!」
警告を促すためにラッドが叫び、緊迫した空気へと一気に変わる。ちへい? 知りません、あいつはラッドになりまちた。
エンリたちは警告を聞くまでもなく、異様なことになっていると、近づいてくるなにかを見て目を凝らす。
先頭を必至に走る人々、なにかから逃げているのだ。後ろから迫りくるなにかと。
「なんだべあれ? 無数の……なんだありゃ?」
ラッドが戸惑ったように言うが、確かに何なのだろうとエンリも目を凝らす。バレーボール大の金色に輝くなにかが近づいて来ていたが、輝きが強く何者か見通せない。
しかし、やることは決まっている。なにがあろうとも。
「さっさと洞窟へ行け! ここは俺たちが食い止める!」
数千の数だが問題はないはず。その程度の数では銃の餌食になるだけだ。セーフティを指で弾くように解除して、セミオートにモードを決めて最前列の敵を狙う。
レーザーサイトで敵を狙い終えると周りに指示を出す。
「斉射だ! 俺に続け!」
引き金を弾き、タタタと銃声をさせながら敵を倒すべく銃弾を放つ。周りもエンリの攻撃に合わせて銃撃を始めて
「しまった!」
エンリは目を見開いて、失敗を悟り叫ぶのであった。
慌てて荷物を纏めて男が背負い、幼い子供を母親が抱きかかえて逃げる場所を確認している。自分で歩ける子供たちは、両親の慌てる様子を見て、涙目となり助手が飴をあげて慰めていた。
騒然とした様子を見ながら、詩音は落ち着いて味方の銃声を聞いて戦果を待っていたが、眉を顰めてしまう。
「聞こえてくる銃声が少なくなっていませんか? いったいなにがあったのでしょうか?」
「まずい状況だ。エンリたちの気配が次々となくなっている。……ミュータントにやられたのか?」
サングラスでその目は確認できないが、ウェスは戸惑ったように顎に手をあてて考え込む。焦りが声音にあるので、なにか想定外のことがあったのだ。
「あんたらも逃げるんだ。以前ここにいた数人の自衛隊員も敵わなかったんだ! 銃を持っていたのにあっさりとやられちまった」
親分が叫びながら周りへと指示を出していたが、こちらの様子を見て注意を促してくる。
……どうやら想像以上に強い敵みたいですね。入り口を守っていたエンリたちがやられるなんて……。詩音は珍しく焦っているウェスに危機感を抱く。これは急いで装甲車まで逃げる必要があるかもしれません。リスクマネジメントは大事ですので。
「お嬢様、ここは避難致しましょう。危険な様相となってきたようですぞ」
「そうですね、セバスチャン。では次はどう逃げるか、でしょうか」
逃げるには選択肢がいくつかあるが、一つは詩音たちだけで逃げる。一つはこの人たちと共に逃げる、だ。前者の場合はこのダンジョン攻略は失敗だが、味方に被害はないはす。後者の場合、人々を守りながらなので味方に被害が出るが、信頼は得られる。
セバスチャンたちは判断を詩音に任せており黙っている。どうしようかと迷う詩音は周りを確認し、アインたちを見る。
アインは変わらずにカメラを構えて、ここが分岐点だと知っているのか詩音の様子を伺っていたが……。
「! ……そういうことでしたのね」
助手の様子に変化があった。アホな様子を見せていた少女は真剣な表情で俯いてなにかに集中しており、足元からは僅かに銀色の粒子が産み出されて、すぐに消えていくのが見れた。
量産型超能力者……。やはり生産系の仕事に徹しているというのは表向き。裏では暗躍していたのね。
当然ではある。超能力をもつ強力な戦士は生産系では嫌だと考える者も当然いるのだろうから。
ここでお知り合いになるのは間違いなく利益になるわね。それになにをしているのかも気になります。
詩音が近づくと、助手はぼそぼそと呟きながら力を使っているようであった。
「ヌスッターズの気配が消えていますね……。これは想定外、なにが起こったのでしょうか、パパしゃん」
呟きは小さすぎて聞き取れなかったが、近づく詩音に助手は気づいて顔をあげる。
「銀色のお方とお見受けします。私の名前は市井松詩音、貴女のお名前をお聞きしても?」
丁寧な口調でのにこやかな笑顔での詩音の問いかけに、助手はため息をつく。
「迂闊だったなぁ。粒子が漏れちゃってたか〜」
先程までのふざけた様子は消えて、ニパッと快活な笑みで頭をペコリと下げて助手は口を開く。
「私の名前は千春。変幻自在の千春だよ! 春夏秋冬が一人にして万能なる千春! よろしくね、詩音ちゃん」
パチリと指を鳴らす千春。その瞬間に千春の身体が輝き髪の色が銀色のセミロングとなり、先程とはまた違った快活さと真面目さを持つ愛らしい少女へとなった。真面目さはどこかの少女には無いので、千春の方が上かもしれない。
ちなみに千春な髪の色は本来は若草色だが、人間の前では銀髪になることがドライたちの間で決定している。
パパしゃんの真似をしていましたと、内心で思う千春。主人公から脇役までどんな演技も真似をするのが得意な千春である。いつもは春夏秋冬のリーダー役だが、アインに遊びに行こーぜと誘われてきたのだ。
アホなおっさん少女を完璧にトレースする驚異の能力者であった。
「よろしくお願いします千春さん。それでなにが起こっているのでしょうか?」
「う〜ん、それが変なんだよね〜。いきなりエンリたちの気配が消えているの。フィールドによる抵抗もないのに、いきなり気配が消えている……。近づいてくる敵のパワーから、そんなはずはないのに」
「カラクリがあるということだな千春?」
ウェスが近づいてくるが、普通に千春に話しかけているので知り合いであると理解する。まぁ、同じ情報部の人間なら当然ですかと詩音は納得する。
「たぶん……。直接戦えばわかるだろうけど、その時には負けちゃいそう……」
迷う千春はどう戦おうと考えるが、エンリたちがやられちゃったから、接近戦は危険……。ん〜、それならばこれでつね。
「符業 影符人」
片手にピッと式神符を5枚取り出して、力を込めて放り投げると紙は不可思議にも空中で綺麗に織られて人型となると、銀色の粒子が集まり槍を持った人間へと変幻した。
おっさんとは違い綺麗に折り紙を折れる千春。霞と一緒に練習した成果である。どこかのおっさんは歯噛みして悔しがるのは確実だ。それぐらい格好良い。
「同じ条件で戦わせてみようよ。ウェスちゃん、人形に銃を渡してちょーだい」
「む……その呼び方はよしてほしい。ハンドガンで良いか?」
ホルスターから銃を抜いて、気軽に人形に手渡すウェス。
「ウェスちゃんなんて呼ばれているんですね。私もお呼びしても?」
詩音が悪戯そうに尋ねるが、ウェスは肩を竦めて否定するのみであった。詩音のからかう言葉に付き合うつもりはないらしいので、残念ですと詩音は小さく舌を突き出して笑うのであった。
千春が突如として銀色の髪を持つ少女へと姿を変えて、しかも等身大の人形を生み出して、逃げようとしていた人々は驚きで思わず足を止めていた。
「そ、それは何なんだ? なぁ?」
驚きで目を見開いてユマが尋ねてくるが、千春はさり気なく手をフリフリと振るだけにして、詩音へと顔を向ける。周りも驚いているけど、千春ちゃんは相手にしている暇はないのだ。
「敵が近づいてくるから、様子を見てみよう。とりあえず逃げながらね」
パチリとウィンクをして、てこてこと他の人たちが逃げていく先へとついていく。戦隊のリーダーは危険を犯さないのが鉄則なので。
「ここにいる人数だけでは守ることもできん。社長、逃げるとするぞ」
「わかりました。それでは殿を人形に任せてよろしいのでしょうか、千春さん?」
ウェスの言葉に素直に頷き、紙でできている等身大の紙人形を見ながら詩音は確認する。ひらひらの紙切れにしか見えないが、手に持つ槍は鋭そうで、銃を持った人形は器用にその紙の手に持っていた。
「千春ちゃんにまっかせなさ〜い! ドーンと泥舟に乗った気で。と言う訳で、にっげるんだよぉ〜!」
ちょこまかと走り始める千春へと、随分陽気な娘なのねと思いながら詩音も走り始めるのであった。
皆が逃げた少し後の拠点。静寂に包まれて、人形だけがゆらりゆらりと身体を揺らしながら待機している中で、なにかが勢いよく飛んできた。コンクリートの壁をまるで発泡スチロールのように穴を空けて、ボコンボコンとコンクリートの破片を紛らしながら黄金のなにかが多数。
人形は命じられたとおりに槍を構えて敵へと相対する。ビシリと整然とした様子で槍を前に突き出して、攻撃態勢になる紙人形。一体のみ銃を構え狙いをつける。
先んじて一体のミュータントが地面スレスレに飛んでくるのを人形は狙い、引き金を弾く。
銃弾は正確に飛行して迫りくる敵へと命中し
「コケー!」
耳が痛くなるほどの鳴き声をあげて、敵はあっさりと四散して、黄金の輝きのみがその場に残り人形へとぶつかる。
途端に人形はその輝きに溶け込むように消失してしまう。
「むむっ! 今のなにっ?」
てってこと走りながら人形の視界を共有していた千春は思わず叫ぶ。抵抗せずに紙人形は消えてしまい……いや、ピラミッドの入り口にいる!
混乱しちゃう幼女の前にモニターが映り、ぶかぶかの白衣を着たハカセと書いた名札をつけた少女が現れる。
「千春たん、新戦闘用サポートキャラの私が説明しよう! レキアイによると、今のはカウンターの凶悪な超能力。キックガンナー。ガンナーはいりませんと、銃で攻撃されるとパーティーもといエリア外にキックするカウンター技だよ。私も安い弾丸使うガンナーいりません、とキックをゲームで何回されたか……。そして、敵の名前は」
「敵はゴールドチキンです。鶏がミュータント化している珍しいタイプですね。ゴールドチキンと名付けました! なんでご主人様が私の役をやっているんですか!」
レキぼでぃなパパしゃんの頬に自分の頬を押し付けて無理やりモニターに割り込んできたサクヤしゃんが敵を名付けながらパパしゃんへと文句を言う。
「え〜っ! じゃあ、銃の攻撃が効かないの? 千春ちゃんの必殺技は皆でバズーカを持って攻撃する技なんでつが!」
一昔前の戦隊の必殺技のような武器を持つ千春は驚き嘆く。モニターは千春のみしか見れないが、なにがしかの連絡が入ったと気づいてウェスちゃんが視線で何が起こったか説明しろと聞いてくる。
千春は説明しようとする中で、視覚共有している槍持ちの人形は次々と敵を簡単に串刺しに倒していくのを見て、ちょっと安堵する。そこまでは強くないんでつねと。
しかし、それは早合点であった。
「ふしゅるるる……。人間め、ハンターを用心棒に雇ったな! 無駄なことを!」
三メートルぐらいの背丈を持つ巨大な雄鶏がガスボンベを背負い、バーナーを両手につけて現れた。
その気配は強力で千春は冷や汗をたらりと流す。明らかに自分よりも強そうなので。四人揃えば勝てるかなと思いながら視覚共有して相手を観察していると
「コケー! このチキンブロイラー様がハンターなぞ焼き殺してくれるわ!」
両手を掲げて、辺りに響き渡るように敵は雄叫びをあげるのであった。