562話 生存者を知る腹黒少女
捕まえられたというのに余裕の笑みを崩さない少女の様子に戸惑いを見せる謎の人物。ローブを被っており、目元以外はグルグルと顔も布切れを巻いて素性がわからないようにしていた。
詩音がナイフを突きつけられても余裕なのには理由がある。服の中にフィールド発生装置であるワッペンをつけているからだった。関節技に反応しにくいワッペンだが、ナイフでは傷一つつかないことを理解していた。
「離していただけないでしょうか? 貴女にとっても良くないと思いますが」
相手が声から少女だと看破して、柔らかな声音で宥めるが、それを聞いて相手はさらに激昂する。
「ふ、ふざけるな! お前ら動くなよ? こいつがどうなっても良いのかよ!」
必死なその様子に、反対に詩音は冷静になっていき、さらに言葉を紡ぐ。
「なにか欲しいものでもあるのですか? 私たちが………」
渡せるものならお渡ししますと、聖女のような素振りを見せようとした詩音だが、一瞬だけ言葉に詰まってしまう。その様子を見て、なにかがあったのかと、セバスチャンは床を軽く蹴り、間合いを詰める。
「なな!」
護衛たちとの間合いは5メートルはあったのに、ひと呼吸の間に謎の人物は懐に入られたことで驚き動揺を見せる。その中で、震える手に持つナイフを指で摘み、足払いをセバスチャンは仕掛けて転ばす。
「ナイフをお持ちですと、転んだ時に思わぬ怪我を負いますからな」
パワースーツ改執事服タイプを着込んだセバスチャンは掴み取ったナイフをそっとハンカチに包み込み懐に入れるのであった。格好良いが、稼いだ給与をパワースーツを執事服に改造するために使ってしまったアホなところが実はあるセバスチャンである。
「うぅっ……」
謎の人物はしたたかに地面へと倒されてうめき声をあげていた。背中から倒されたので、呼吸困難に一時的になったのだ。
それでも譲れないことがあるのだろう、その人物は立ち上がろうとして
「大丈夫ですか? おやつ食べます? バナナを一房持って来たんです」
助手がいつの間にかそばに近寄って、バナナを突き出していた。えいえい、と顔へとあてているので相手はびっくりしていたが、おずおずとバナナを手に取る。
「いいのか?」
投げられたことよりも重要なのか、相手はバナナをガン見する。
「もちろんです。全部あげますよ。バナナはおやつに入るんですけど、予算1万マターは多すぎました」
「ま、またー? 待ったか? まぁ、良いや。ありがとうな」
いそいそとバナナを大事に抱えるその姿に優しい笑みを浮かべる助手。
そして、いそいそと詩音はその様子を見て近づいてきた。
「助手さん、それは私の役目でして……カメラは?」
私がやるイベントであったのだと、言外に釘を刺そうと詩音が伝えると、助手は静かな声音で言う。
「すいません、詩音さん。貴女がなんで言葉に詰まってしまったか理解していましたので。生存者はこんなものですよ。あとカメラはアインに渡してしまいましたので、返してもらいにいってきま〜す」
飄々とした態度で詩音の横を通り過ぎ、アインの元へと戻る助手。詩音はギュッと手を握りこみ悔しさで唇を噛みしめる。
見抜かれていた。慈愛の笑顔で話し合おうとして詩音は言葉に詰まってしまった。それはナイフを見ての恐怖から身体が縮こまった訳ではない。
……臭かったのだ。汗や汚れからくる相手の体臭を嗅いで、そのあまりの臭さに動きが止まってしまった。口と鼻を手で抑えなかった自分を褒めて欲しいぐらいに相手は臭かった。
これが通常の生存者なのだ。そして、詩音の戸惑う様子を助手は正確に見抜いてきた。いや、他の人も気づいたかもしれない。
詩音は話だけは聞いていた。生存者の悲惨な生活。だが、自分が恵まれた生活を隠れ住んでいた時もしていたので、想像が足りなかったのだ。だから助手みたいにすぐに駆け寄ることができなかった。近づくのに躊躇いを持ったために。
スゥ、と呼吸をして気合を入れ微笑みを浮かべる。このミスは自分の至らなさだ。子供みたいな助手の少女もできることができなかった私のミスだ。ならば、挽回しなければならないでしょう。鼻をつまみながら生存者を助けるヒロインなどいないのだから。
「ナイフからの話し合いは終わりましたから、今度は普通の話し合いがしたいのですがどうでしょうか」
バナナを抱えて、こちらを窺う相手の目線に合わせて、ちょこんとかがみ話しかける。なんと言ってもナイフで人質をとろうとしたのだから、反撃してきた相手の様子に警戒するのは謎の人物にとって当たり前だ。
「申しわけないのですけど、あの程度では脅威にもなりませんの。だから怖がらなくて良いわ。先程のことは忘れましたから」
ねっ? とウインクをする。まずは相手の警戒心を解かなければなにも話を聞けない。
「ほ、本当か? えっと、ごめんなさい!」
「いえ、その代わりにここがなにか教えてください。まずは自己紹介から。私の名前は市井松詩音と申します」
「えっと、アタイの名は砂田ユマだ、です。よろしく」
ユマと名乗った少女はシュルシュルと顔の布切れをとって、詩音へとはにかんだ笑顔で答えるが、詩音はそれどころではなかった。
痩せすぎて、頬骨が浮き出ており肌も青白い。これでは身体も酷く痩せているだろう。
驚きを顔に出さないように苦心しながら詩音は拠点へと案内を頼むのであった。
拠点はそこまで遠くないとのことなので、キャンプに部隊の半分を置いていき、てくてくと歩いていく。罠かもしれないが、それを撥ね退けることが部下はできると詩音には自信があるので。
旧世代の武器では私たちを傷つけることもできないのだから。悪いですが、たとえマシンガンでも、私たち相手では徒労に終わる。
そのため、余裕を持ちながら詩音はバナナをしげしげと眺めているユマへと話しかける。
「この先に拠点が?」
「ああ、100人程度だけど生き残ってる。あんたらが加われば120人かな」
もう警戒心が無くなった様子のユマに呆れつつも、詩音はさらに尋ねる。
「先程はどうしてあんな真似をしたのですか? 私たちはご覧の通り武装をしていますのに」
あの時、もしも人質戦法が通じても、後々に大変なことになるのは明らかだ。なぜあんな無謀なことをしたのか興味があった。
詩音の問いかけに言葉に詰まりながら、おずおずとユマは口を開きぼそぼそと答える。
「あの時は腹が空きすぎて、なにか食べることしか考えられやがったんだ、ごめんなさい」
ペコリと頭を素直に下げてくるので、詩音は軽く手を振り許す。もちろん笑顔で。だが、少し言っていることが変だ。
「今は大丈夫なのですか? バナナを食べていませんが」
「あ、あぁ、そういえば変だな? フラフラだったのに今はなんとも……。それにそこまでアタイはお腹も空いていなかったはずだから、探索に来たのに……変だな?」
自分で自分の言葉に違和感を覚えたのか、不思議そうに首を傾げるユマ。たが、すぐに思い当たったのか、声をあげようとして
「社長、精神攻撃だ。このネズミのな」
ウェスが片手に赤ん坊程の大きさの息絶えたネズミを持って口を挟んできた。詩音はいつの間に倒したのかしらと、さすがはウェスと感心しながらネズミを見るために近づく。
皮肉なことに、ネズミは人間より臭くなかった。というか、臭い自体があまりしない。
ネズミは大きさが異常なだけではなく、額に鈍く輝く赤い宝石のような物をつけていて、砂色の毛皮に尖そうな齧歯が口から覗いている。
「サンドラットと名付けました。ここは聖域のカスみたいな残り香もしますから……予想よりも敵が強いかもです」
後ろから助手が突然声を張り上げて驚くが、その内容にピンときたのかウェスも頷き、詩音へと理解できるように話し始めた。
「鳥取ピラミッドは聖域の概念という、ある種の人を守る力が働いていた。それは回収されたと資料にはあったが、寄生するようにピラミッド内部にダンジョンを作っているミュータントのエリアにも少なからず流れ込んでいたのだろう」
顎に手を当てて、サングラスをキラリと光らせてウェスは考え込む。
「そうなるとエリアが広大であるのも納得がいく。維持に力を注ぐ必要があまりないからだ。恐らくは聖域の力で維持をしている。そうなるとボスは力を多少は使える訳だ。ネズミやアリジゴクを作るぐらいだから、強化の方向は眷属増殖に振っているのだろうがな」
「わかりやすい説明ありがとうございます。やはり貴方を雇って正解でした。それならば、これから私たちはどうすればよろしいのでしょうか?」
「このまま探索を続け、生存者を救助してボスを倒す。それか、すぐに救軍の救助を求めて尻尾を巻いて逃げる、だ」
ウェスの提案は提案ではない。その場合は選択肢は一つだけです。
「では、このままで行きましょう。逃げるという選択肢は常にとりつつも、なにもしていないのに、すぐに脱出する訳にはいきませんので」
尻尾を巻いて逃げるなんて、挑発的な言葉を吐くウェスを軽く睨んでから、ニコリと微笑む。冗談ではない、ここで逃げたら私のイメージダウンは必至だ。逃げることはできない。少なくとも、危険極まりないとわかるまでは。
ユマは私たちの言葉に目を白黒させて混乱していたが、話がまったくわからずについていけなかったことはわかっていて
「あの、そのネズミはなんだか変な力を使うんだ。魅入られたら、理性をほとんど失ってしまう。クソっ、アタイも引っ掛かっちまったか」
悔しそうにボヤくので、ナイフを振りかざしてきたのは自分の意思ではなさそうだが……。
「本当にそうかは、わからないですわね。ネズミのせいにしておいた方がお互いに良いですか」
詩音はユマが本当に精神攻撃を受けていたのかは、まったく気にしなかった。悔しがる演技でも別に構わない。この後の話し合いに禍根を残さなそうならばそれで良い。
それよりも、だ。もっと重要なことがある。この少女などどうでも良い。適当に笑顔で接すれば問題ないだろうし、自分の今までの経験から簡単に思えた。
気になること……即ちサンドラットの額にある宝石だ。一見すると鈍い光なのでたいしたことはなさそうだが……価値があるかもしれない。成り上がるためには、細かい物事をスルーはできない。どこに宝の山があるか、この崩壊した世界ではわからないですし。
ライトマテリアル鉱山のことを知ったときは、自分がその土地を持っていればと歯噛みしたものだ。今でも密かに新たな鉱山がないか部下に探させているぐらい。
ならばこのネズミは? 価値があるかもしれない。
「ウェス、この額の宝石をどう思います? 本部は価値があると考えて欲しがると思いますか?」
「ふむ……多少なりとも興味は持つだろうが……微妙だな。研究者が欲しがるぐらいかもしれん」
ウェスは本部側の人間ですし、本音は言わないだろうが、そこまであからさまに嘘はつかない。ならばそこそこなのだろう。
「なら、これを産み出すボスは価値ある物を持っていると思いますか?」
詩音の言葉に、僅かに眉を動かしてウェスは苦笑交じりに答える。
「あるかもしれないな。回収できれば、だが」
その答えに詩音は花咲くような微笑みを返す。
「私は部下を信じていますよ。きっと私の望むようにしてくれると」
腹黒少女はそう口にして、野心を燃やすのであった。




