560話 熱砂の砂漠と腹黒少女
焼けるような暑さが外の世界に広がっていた。砂漠の砂は陽炎で歪んで見えて、どれほどの気温か教えてくれた。
呼吸すらも暑さで止めたくなると、砂漠を歩くキャラバンのように兵士たちはうんざりしながら歩く。時折ブーツが砂にとられて滑るのを忌々しそうに舌打ちしながら。
「とっても外は暑そうですね。大変そうです、熱中症にならなければ良いのですが」
詩音は外の様子をモニターで見ながら、心配げに眉をキュッと顰めて呟くように言う。ちらりと一瞬だけ視線をずらして、そばにいる人間を確認しながら。
「あ〜、良いね良いね。エアコン完備の指揮用中型装甲車に乗りながら外を心配げにする姿。一枚撮らせて貰うぜ、助手、レフ板をよろしく」
カメラを片手に皮肉で返すのはカメラマンである。レキが用意した凄腕のカメラマンらしいが……先程から私の魅力が通じない。金をちらつかせても、特に態度は変わらなかったので、この女性こそ品行方正なのだろうと舌打ちをしたものだ。さすがはレキが選んだカメラマンである。自己紹介ではアインと名乗っていた。
りょーかい、と助手の少女がてこてことレフ板を持って反射を防ごうとする。カメラマンも助手もバイザーみたいなサングラスをかけているが、どこかで見たような……それだけ有名人なのだろう。
気合を入れて、困ったように表情を変えてアインを見る。
「私は見てのとおりの虚弱体質ですので……残念ですがこんな暑そうな外を歩けませんの」
正直に外は歩けないと伝える。歩かないではなく、歩けない、だ。これが人々の同情を得れるかの分岐で重要なのである。
「ふ〜ん。まぁ、外は危険だしなっ。アタシも外を歩くのは勘弁だな」
ニカッと犬歯を見せて快活に笑うアイン。燃えるような赤毛のポニーテールをゆらゆらと揺らしながらの美少女のその言葉に笑みをうかべて同意する。
なぜか前日ダンジョンアタックを了承してしまったのだ。なぜなのか自問自答しても、答えは見つからずに、今更拒否もできないので、とっておきの全長20メートル程の指揮用装甲車で来たのだ。絶対に危険なところには出るつもりはない。
「そもそも私では足手まといになる可能性はありますし、出番はまだまだですので。生存者たちを助ける際に私は頑張りたいと思います」
キリリと真面目な表情を作り、カメラマンのアインへと意思を伝える。もちろん、外に出たくないだけだが。
ここは見栄をはらずに正直に伝えておく。正直? と木野あたりならば、せせら笑うだろうが、言わないことがあるだけだ。なぜダンジョンアタックに了承したのか、あの時の自分に疑問はあるが、生き残るのために最善を尽くす。
「お~、素晴らしいですね! さすが詩音さん、その決意に敬服します。実は私はカメラも持ってきたんです、小型ですが映画撮影をできるぐらいの高性能の物を。にっこり笑って~」
ふんふんと鼻息荒くカメラマンの助手である小柄な少女が小さな手にすっぽりと入る小型のカメラを取り出して、私は監督~と機嫌よく私を撮影しようとする。
あんな小型のカメラで大丈夫なのかしらと考えていたら、カメラの周りに幾何学模様のホログラムが浮かび、なにやらSFじみたメカニカルな様子を見せたので、居ずまいを直す。これは本物っぽいので、しっかりとした姿を見せないと。
「あ、ちゃんとフィクションですってテロップも入れられるようになっているんですよ。どのボタンだったかな………」
「あのフィクションではないので、そのボタンを探す必要はありませんわ。あの探さないでください、これはノンフィクションですから」
慌てる私を見て、説明書が分厚くてわかりにくいですよねと、少女は機械音痴なおっさんみたいなことを言ってくるが諦めたようで安堵する。ここでフィクションですとテロップを入れられたら、全ては台無しだからだ。
「それじゃ、詩音さん。ダンジョンを実際にこの目で見てどう思いますか? なんか凄い感じ?」
語彙のなさそうな頭の悪いセリフで尋ねてくる少女へと小さく頷き、返答を考える。ここは最初の私のイメージを決めるところかもしれない。それと、あとで撮影内容は買い取り映画にしましょう。
「そうですね。鳥取にきて驚いたのはピラミッドが存在することでした。今は本当に崩壊前とは違うと感じました。重厚なる石造りのピラミッド。どうやってこの巨大な建築物が生まれたのかと」
コホンと一息ついて話を続ける。微かに緊張感を持たせて危機的状況であるように見せながら。
アインがその様子をバシャバシャと撮影して、助手さんはふんふんと頷いている。そこで恐怖と驚きを含ませて、硬い声音で話を続ける。
「ですが、ピラミッド内部、まさか扉の向こうにこんな世界があるとはと、目を疑いました。熱砂が広がる砂漠がピラミッド内部で存在しているなんて思いもよりませんでした。こんなところに生存者がいたらと思うと、胸が張り裂けそうに心配ですわ」
本当に目を疑ってしまった。てっきりピラミッドがダンジョンなのだろうと考えていたら、なんとピラミッドは既に解放されており、軍によりミュータントの殲滅中。そのピラミッド内部でダンジョンが発生していたと、軍の科学者たちが言っていた。正直、軍に攻略させなさいよと思ったが、砂漠が広がるだけで生存者はなし。ミュータントのみのダンジョンと思われたので、民間企業への依頼に変更されたとか。
恐らくは無理矢理に民間企業へとおろしたのであろうとは予想できる。木野か朝倉遥がそうしたのであろうことは間違いない。しかし、生存者がいないとは微妙だ。一面に広がる砂漠には植物などまったく存在しないし、水もない。これだと詩音の感動的なシーンは撮影できなさそうだが………。
まぁ、それならそれで良い。木野の屋敷にいたときは、珍しく舞い上がってしまったのか、随分と自分に都合の良い妄想をしてしまったが、現実ではそう上手くはいかないであろう。装甲車の中で安全に過ごして探索を終えても良い。話のネタにはなるはずだったし、二人に貸しを作ることもできる。
「そうですね。生存者がいなさそうですが、その点はどう思いますか?」
余計な一言を助手が聞いてくるので、いないことが確認できるまでは頑張りますと、頑張るのは兵士だがそう宣言しようと詩音が思った時であった。
いきなり装甲車がガクンと大きく揺れたのである。横合いからガクンと揺れて、詩音は壁に咄嗟につかまりたたらを踏む。
「敵襲です! 社長、ミュータントが現れました!」
運転席からの声に一気に緊張感が増す。この装甲車はフィールド発生装置も備え付けてあり、20メートルの全長を持つ。その車体を揺らせる敵が現れたのだから。
砂漠を警戒しながら行軍する中で、市井松詩音の精鋭部隊の一人、知平は愚痴を言いつつ歩いていた。知平は元は自衛隊員であったし、崩壊後は軍に入っていたが、軍以上に稼げると思い市井松詩音の会社へと転職をした人間である。年齢は30歳に今年入り、そろそろ身を固めたい。それには贅沢ができるぐらいの金が欲しかったのだ。軍で何回か銀行などの札束を回収していて思ったのだ。
これはフリーの方が稼げるんじゃないかと。自身の腕は悪くないどころか自衛隊員から軍へと転職した筋金入りの兵士だ。そこらのいきなり軍に入隊したぽっと出とは腕が違う。
なので、スカウトされたこともあり、市井松詩音の会社に入社したのだが、想像していた未来図とは少し違った。
ダンジョンで銀行や宝石店から物資を回収し金持ちになる予定であったのだが………。
「まさか、腕が良すぎて小娘の精鋭部隊に入れられちまうとはな。給与は良いんだが………これじゃあ軍とあまり変わらないぜ」
愚痴を聞かれてしまったのだろう、隣を歩くウェスがこちらへと声をかけてくる。
「なんだ、不満なのか? 命の危険がなく良いじゃないか」
「そりゃ、お前は良いだろうよ。給与の二重取りをしているだろうからな。だがなぁ、このままじゃ、軍で出世を目指していた方が良かったと思うんだよ。何と言っても潰れる心配もない。おらは一攫千金を目指してこの会社に入っただよ」
田舎なまりが出たかもしれないが、別におらは気にしない。金があるやつが勝ち組なんだ、なまりなど金の前には消し飛ぶだ。あと、ウェスは確実に本部の人間だと思うだて。言動もその姿も怪しすぎるだよ。
「それじゃ、今回の攻略は願ったり叶ったりじゃないか。それとも、それが嫌ならフリーになればいいんじゃないか?」
「馬鹿いえ。フリーで革ジャン着てショットガンを持ってダンジョン攻略をしろとでもいうんか? おらはそこまで無謀じゃねぇし、頭も悪くねぇだ。この装備を捨てるつもりはないだよ」
自身が着ているパワースーツをポンと叩く。通常の緑の戦闘服に見えるが、内容はまったく違う。パワーアシストにより筋力を大幅にあげて、フィールド発生装置もつけられている軍の払い下げの改良版。なぜならば服に装甲がついており、小型の別バッテリーも備え付けてある。軍のパワースーツより強力であった。
攻撃、特に遠距離攻撃を防ぐ慣性緩和装置に、砂漠を歩いても少し暑い程度ですむ自身の周りの温度を一定に保つ不可思議な装置、これならばグールと殴り合えるとの評判のマテリアル式強化パワースーツ。もちろん、改良版なのでこの一着で家が建つ値段。これを脱いで、零細企業みたいに革ジャンとショットガンだけで探索など気が触れているとしか思えないべ。零細企業はサルベージギルドやウォーカーの護衛しか仕事をしていないみたいだが。
「パワーアーマーなら良かったんだがなぁ。それならなにが現れても安心だろ? 最近軍に配備されたパラディン。あれなんかあれば嬉しいんだが」
「パワーアーマーは整備に金がかかりすぎる。専門の整備兵にすぐ壊れる精密部品、そしてバカスカ消費する燃料代をお前が持つなら、手に入れてもいいぞ?」
「へっ。だから、どこもパワーアーマーを購入しないんだろ。贅沢をしたいのに、それを為そうとすると贅沢をできるぐらいの金が装備品にかかる………ジレンマだべ」
肩を竦めて諦める知平。億単位の武装なんていらないべさ。
「それよりも、この砂漠に財宝があると思うべか? 建物すらも見えないべ」
一面が砂漠なのだ。しかもなにもない。いったい小娘はここになにしにきたんだか。どうせ政治的な理由だべ。
「それは仕方ないな。半日ほど探索して終わりだろう。それより知平………そろそろお前のコードネームをブラッドにしたいんだが?」
「嫌だべ。ヘリに乗ると墜落しそうだし、リメイク版でもあっという間に死んだ奴にはなりたくないべ。リメイク版では大活躍するのかと思ったら、あっさりと死んだ奴だべ。というか、お前らはあのゲーム好きすぎだべ」
コードネームが全員あのゲームだべと、子供っぽいところがあるこいつらに呆れてしまうが、ウェスは諦める素振りを見せない。たまにこうやってコードネームを押し付けようとしてくる。
「だいたい、それならもっと良いコードネームが」
知平が抗議を口にしようとするときであった。バッと手を突き出し会話を止めて真面目な表情でウェスが叫ぶ。
「敵が接近しているぞ! 全員注意しろ!」
どこから敵がと知平が銃を構えて周りを見渡すが、砂漠しか見えない。だが、このようなパターンは漫画や小説で見てきたべと、地面へと注意を向けると護衛していた装甲車が地面から現れたなにかに下から突き出されて空へと吹き飛ばされるのであった。