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コンクリートジャングルオブハザード  作者: バッド
37章 頑張っている人たちを応援しよう

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558話 ピアノを弾く少女

 静寂の中に軽やかなメロディが奏でられて響き渡っていく。リズムよく奏でられるそれは日頃からピアノの練習をしてきたと思われたが、ところどころでミスをする時があったので、上手いと言っても、アマチュアレベルだろうか。


 広い部屋の真ん中にグランドピアノが設置してあり、そのピアノを弾く少女の姿があった。


 可憐で儚げそうな深窓のお嬢様といった感じの少女は弾き終わったのか、息を吐いて白魚のような手を止める。


「毎日練習しないとやはり駄目ですね。全然指がうごきませんでした」


 ペロリと小さく舌をだして恥ずかしそうに頬へと片手をつける少女。まさにお嬢様という姿を見せており箱入り娘で世間知らずだというイメージを相手は勝手に持つに違いない。


 そのため少女のその外見は交渉などでは役に立っていた。


 自身の姿を正確に把握しており、相手の油断を誘う腹黒少女。その名は市井松詩音と言った。


 パチパチと拍手があり、ソファに座り聞いていた男性が感心したように言葉を紡ぐ。


「いやはや、しばらくピアノを弾いていないというのに立派なものだ。今の世界ではピアノを弾ける人物は貴重だよ」


 朗らかに人を注目させるバリトンの声で褒めるのは木野勝利である。ゆったりとしたくつろいでいるというポーズでソファに座ってにこやかな笑顔を浮かべているが、それがポーズにすぎないことを詩音は知っていた。


「これだけ立派なピアノですもの。弾かないというのも可哀想ですわ」


 鍵盤を軽く撫でながら詩音は優しい口調でピアノが可哀想と言うが、欠片もそんなことを思っていないのは木野もわかっているに違いない。


「いや、せっかくピアノを買ったのに誰も弾ける者がいなくてね。詩音君が弾けて助かったよ」


 苦笑交じりに木野はそんなことを言うが、成金レベルで木野が様々な美術品を買いあさっているのは知っている。そしてそれが不思議なことにこの屋敷に置かれている時間が極めて少ないということも。


 本部の人間への贈り物としているのは間違いない。きっと、このピアノも次に来訪した際には影も形もないはずだ。


 だが、そんなことを口に出す必要はないし、詩音はおくびにも顔に出さない。


「ふふっ、私も久しぶりにピアノが弾けて楽しかったですわ」


 おっとりとした表情で答える詩音へと、相手を信用させる押しの強そうな優し気な作り笑いで木野はうんうんと頷く。まったく選挙時の政治家にそっくりな笑顔で、詩音はまったく信用できないが。


「それは良かった。さて、それでは少しばかり話をしたいとも思っていてね。今日はサプライズのお客様も呼んでいるんだ」


 話があるのは予想していたが、お客様? サプライズというほどの人物………。まさか、百地代表だろうか? それとも本部の人間? 首を傾げてたおやかな笑顔を崩さぬまま、サプライズとは誰なんでしょうかと、期待でドキドキしているように表情を詩音は浮かべる。誰なんでしょうと疑問に思っていたら、ドアがバーンと開けられた。


「ジャジャジャジャーン。運命の第………第………何番かの交響曲と共に朝倉レキがやってきましたよ! ジャジャジャジャーン!」


 幼げな少女が元気よく無邪気な笑顔で入ってきたのであった。その少女は超常の力を持つ本部の人間で………しかも、今や朝倉遥が大樹のトップに立ち、その娘としても重要人物となっている。


 さすがの詩音も予想外の人間の登場に目が点となり口をポカンと開けて驚いてしまう。まさか木野宅にレキが来るとは予想したこともなかった。


 ちなみにレキの言いたいことは5番に違いない。が、それを伝えても詮無い事なので、一瞬の間で驚きの表情を隠して、おっとりとした表情へと変えて挨拶を返す。


「これはレキ様。お久しぶりでございます。市井松詩音です、お会いできて光栄ですわ」


 椅子から立ちスカートをちょこんと摘まみ頭を下げる。なぜ、ここに来たのかわからないが、好印象を与えておかねばなるまい。


「こんにちは、詩音さん。ジャジャジャジャーン!」


 幼げなその様子をそのままにレキは両手を万歳と掲げて挨拶をしてくるが、ピアノの音色を聞いたからなのだろう。まさに子供そのままの姿である。


 もちろん、レキはベートーベンの運命のサビ部分しか知らない。その発言を二人が聞けば、サビじゃねーよとツッコミを入れてくることは間違いない。まぁ、幼女に近い子供な少女なので仕方ない。最近どんどんと精神年齢が低くなっているように見えるが、気のせいであろうか。


 詩音は笑顔を崩さずに、にこやかにレキへと尋ねる。


「ここで出会うなんて意外ですわ。今日はどうして?」


 この少女ならあっさりと教えてくれるはず。木野だと遠回しな言い方で詩音へ貸しを作ろうと、色々な交渉も含めるだろうから、レキに素早く来訪理由を尋ねる。そういえば、なぜトレンチコートを羽織っているのだろう? ぶかぶかで似合っていない、………いや、ぶかぶかなところが思わず癒されて微笑んでしまうほど可愛いらしいが。


「今日は聞き込みです! あ、これはお土産のシルバーアイスプリンアラモードです。シャキシャキとした氷の粒が柔らかなプリンの味わいに含まれていて、美味しいですよ」


 ほいっと、紙の箱を突き出すレキに甘いものなど好きでもないのに、木野は大袈裟に喜びの表情となり、大切そうに受け取る。まったく芸の細かい人間である。細かい動きにも相手に好かれるようにするその姿は詩音と同様であり、苦笑をしてしまう。


「ありがとうございます、レキ様! いやあ、プリンは大好物でしてね。柘植君、冷蔵庫に大切にしまっておいてくれたまえ。冷蔵庫に入れたら鍵を閉めて開けられないようにもね。おっと鍵はついていなかったか。大事に味わう予定だから、運転手の爺さんや同僚の小毬君は近づけないように。あの人たちは甘いもの好きだから念のためにな。柘植君が冷蔵庫の前で番をしていても良いかもな」


 ハハハと高らかに笑い、部屋の隅で待機していたメイドへと指示をだす木野の大袈裟すぎるそのセリフに世辞が過ぎますと詩音はため息を吐く。レキが訪問したからといって舞い上がりすぎだ。これでは相手に反対に悪印象を与えてしまう。面倒だが、あれでも相棒であるのだからフォローを入れなければ。


「木野様。少し大袈裟ですわ、ねぇ、レキ様?」


 笑顔で木野へと注意を促し、レキへと同意を求めると


「えっと、気紛れに作ったんで新しいプリンで意外と面倒くさい工程だったから4個しか作っていないんです。だから気をつけてくださいね。あ、ちなみに器はガラス細工のバイクで、スタンドを外せばなんと走りますよ」


 気まずそうにレキが言うので、木野のお世辞をそのままに受け取った模様。子供だから、これぐらい大袈裟の方が良かった様子なので、それを見極めて賛辞した木野へと、先程と違い感心する。やはり本部の人間だ、相手を見極めて世辞を言うとは有能なのであった。


「ハハハハハ。やはりここで頂きましょう。柘植君、スプーンと飲み物を。やはり皆で食べなくては。レキ様、詩音君は飲み物はなにが良いですかな?」


「はあ………。いえ、では私は紅茶を」


 突如として食べる事に決めた木野へと多少呆れるが、これも意味のあることに違いない。なのでフォローはしないで様子を見ておくことに決める。


「私はホットカフェオレをお願いします。実は自分の分を作るのを忘れていたんで食べたかったんです。楽しみですね」


 わーいと、喜ぶレキの少女に人との機微を見るのは木野が自分より上かと、詩音は内心で舌打ちをするのであった。




 メイドが飲み物を持ってきて、シルバーアイスプリンというものをしげしげと眺める。ガラスでできたバイクの器に綺麗にプリンや果物、そして銀色の生クリームらしきものがのっていた。銀色すぎて少し不気味だが………。


 パクリと一口食べただけで、その感想は変わった。180度クルクルと変わり、口の中に広がる生クリームの美味しさに驚く。冷たいはずなのに、口に含まれた途端に甘さと共に鮮烈なエネルギーが体内に含まれる感触がしたのだ。エネルギーにより自身が活性化され、より鋭敏にクリームの味が感じられる。そしてプリンへとスプーンを差し込んで………。


 気がついたら、目の前のプリンアラモードは無くなっていた。一瞬、誰が食べたかと思ったが、夢中になって食べた記憶があるので、間違いなく自分が食べたのであった。


 木野とレキはこの信じられない美味しさのプリンをどうしているのかと思ったら、美味しそうにはしているが冷静に食べていた。器を掲げて、バイクの細工が精緻ですなと木野が言い、レキがそうでしょう、そうでしょう、そっくりに作ったんですと、得意げに答えており、キチンと会話を楽しみながら。


 まったく会話に参加することもなく、夢中になってプリンアラモードを食べてしまい、既に器はカラとなっている自分に頬を赤くして羞恥する。これは恥ずかしい………。自身のコミュニケーション能力に疑いをもってしまう。だが、このプリンアラモードはそれだけ凄い美味しかったのだ。神が作る天上のお菓子だと言われても納得してしまう美味しさであった。


 これが本部の人間と、下界の人間の違い、このレベルの美味しさに食べ慣れている者と、初めてこの美味しさに出会った者の違いであった。再度、成り上がることを詩音は改めて決意する。


 少しの間、羞恥の限りだがニコニコと笑顔を浮かべて二人が食べ終わるのを待ってから、レキに声をかける。


「大変美味しかったです。ありがとうございます、レキ様、木野様」


「ムフフ、美味しかったでしょう? 私は料理も天才なんです。得意な料理がお茶漬けなのは昔の話です。今なら魯山人風すき焼きも作れちゃいます。私は甘い味付けで卵に絡めて食べるすき焼きも大好きですけど」


 無邪気なその笑顔は酷く愛らしく、これこそが人の限界を超えた超常の力を扱う恐怖を覚えてしまうだろう存在なのに、皆がレキに好感をもつ理由なのだ。もしも強面の兵士が超能力者であったら排斥されてもおかしくないのに、超能力者が好かれる理由であり、この最初のイメージが後世まで続くに違いない。少女を改造したことは、これも理由の一つならば、大樹はイメージ戦略も考えており、それを考えた人間こそが恐ろしい。


 自分でもこの少女に好感をもってしまうのだから。


 それはともかくとして、二人が食べ終えたので、本題はなんなのだと木野へと視線を向けると頷き返してきて


「レキ様。本日のご用は詩音君の会社のことについてだとか。詳しく話は聞いておりませんが、なんでしょう?」


 詩音は自分のことだったのかと、内心で驚く。どうやら木野が立会いをするために自宅に呼んだらしいと悟る。なにかまずいこと………。たくさん心当たりはあるわね。


「はい。私ことレキンボ刑事は一応見回りも兼ねて、一通り確認しているんです。このトレンチコートは似合っていますか? 元女警官さんに見せに言ったら、バシャバシャ写真を撮影されたんですが。なんとなくうちのメイドのようになっている元女警官さんに似合ってると力説されたんですが」


 ぶかぶかの袖を振り回し、けいさつてちょー、と書かれたメモ帳を見せてくるレキ。似合っていますと、笑顔で答える私たちへと、ニコリと可憐な笑顔でレキは尋ねてきた。


「放棄された銀行や美術館の物をちょろまかしていませんよね、詩音さん」


 その笑顔に詩音は内心で冷や汗をかいて、どう答えるか思案するのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 詩音の腹黒いのもなんだかんだ言って好きです。 こうやって木野に勘違いしたりするのに一種のアホ可愛さを感じます。
[良い点] 詩音さんが今日も頑張っておられる レキときちんとコミュとるの初めてかな? この作品の野心家連中はみんな好きですね。狐顔の政治家も。 [気になる点] 先頭パート、日常パートと別けられてますが…
[一言] 詩音さんは一番腹黒キャラまであるからな。 他のキャラはなんだかんだでまっすぐ(アホな意味でも)だから。
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