555話 探検の結果と刑事少女
佐子は目の前にいる男性を眺めて、なんとなく眠そうにしている人だなぁと思う。なんとなく偉い人には見えないのんびりとした雰囲気を漂わせている。
その男性は細目で佐子を見ながら口を開く。
「それじゃあ、その男女は財宝を持って、ヘリでさっさと逃げていったと?」
「は、はい。外にヘリがいつの間にか着陸していて、財宝を積んで飛んで行っちゃいました」
カナタたちの動きは速かった。トンズラしますと足早に逃げ出すその姿は泥棒三世を彷彿させて、佐子を呆れさせたものだ。
そして飛んでいくヘリをポカンと見送っていたら、すれ違うようにこの人たち兵士がやってきたのである。
周りを見渡すと戦闘服を着込んだ兵士たちが大勢ピラミッド内を忙しく走り回っていた。
ピラミッド内で生き残っていた生存者たち。栄養不足でやつれている老人や子供は軍医が見てくれて、久しぶりに様々な肉や野菜の入った温かいお弁当に舌鼓をうっている。
服もほつれて薄汚いのだが、新しい服を渡されていた。
大樹という新しい国ができたらしく、彼らは化け物を倒し、人々を助けている兵士だと聞いている。
遂に助けが来たのだった。飛び跳ねて喜ぶところであったのだが、本隊のお偉いさんらしいこの男性が急に訪ねてきて、話を少し聞きたいんだけどと言ってきたのだった。
「この地に斥候は送られていないんですよねぇ。おかしな話だと思いませんか?」
外国の刑事ドラマのうちのカミさんがと言う刑事みたいだなぁと、そののんびりとした口調で喋る人。たしか……飯田さんだっけ? それと凄い気になることがある。聞いても良いのかな?
「なにか他に言っていませんでしたか、その人たちは」
「あまり時間がないって焦ってました。貴方たちが来るのをわかっていたみたいです」
彼らが来る前に財宝を奪って逃げるつもりだったのだと、今ならわかる。あの人たちは、この人たちと同じ軍属じゃなかったのかな?
「あ〜、私たちの師団ではないですね。たぶん、本部の軍属かも怪しいところです。銀髪の女性を連れた男性……ですか」
飯田と言う男性はガリガリと頭をかいて悩むように、自分の横にいる女性へと顔を向けて話しかける。
「お嬢ちゃん、どう思う? 聞いたところ、カナタとサクヤと言う人たちらしいけど」
佐子が気になっていた存在。軍隊にはそぐわない存在。というか、小柄な体格なのでブカブカのトレンチコートを着て、余りすぎていて、手が袖に隠れている随分と幼い美少女。
ズリズリとブカブカなコートを地面に引き摺って、袖をブンブンと振り回し、その姿が物凄い可愛らしい美少女は飯田さんに聞かれて鈴を鳴らすような愛らしい声音で答える。
「ふむふむ。私がぁ、思うにぃ〜、犯人は君だ!」
ズビシと擬音を口にして、余りすぎている袖からちっこい指を覗かせて、佐子を指差す。なんだろう、なんとなくカナタさんたちと同じ雰囲気を感じてしまう。アホな雰囲気だけど。
刑事ごっこをして遊んでいるのだろう少女は、ズビシズビシと言いながら佐子の腕をツンツンとつついてくるが犯人ってなぁに?
「自演自作! 本当は貴女が財宝を全て手に入れて、いかにもその男女がいたように見せかけて、イタタタ」
「真面目にやりな、アホ娘。で、聞いたことがある奴らかい?」
ノシノシと歩いてきた大柄な老女。いかにも歴戦の勇士といった戦闘服を着こなして似合っている女性が少女の頭をグリグリと小突いて、少女はイタタタと避けようとジタバタと暴れていた。
「え〜っと、カナタと言う人は知りませんね。サクヤは私のお世話をしてくれているメイドさんです。でも、ここに呼ばれる前まで一緒にいましたよ?」
コテンと可愛らしく首を傾げて、不思議そうに答える少女。その言葉を聞いて、飯田さんと老女は顔を見合わせて厳しい表情になる。
刑事少女、嘘つかないと、ちょっと巫山戯ながら答える少女は軍隊のマスコット枠?
「チッ、二人共偽名と言うわけかい。銀髪と言うことは量産型の奴だね」
「そうですね。お婆さんの言うとおり偽名でしょう。那由多代表が亡くなり統率が乱れてきましたか……。その少女も強制的に働かされていた訳ではないんですよね?」
飯田さんが老女の言葉に苦虫を噛んだような表情で尋ねてくるので、コクリと頷く。
「ご主人様と敬称はつけていましたが、特に敬ってもいないみたいでした。仲の良い兄妹みたいな感じでしたし」
「なるほど……本当に尊敬しているようには見えませんでしたか? 実はよ〜く見ると敬っている感じがしませんでしたか? ほら、言葉の端々に薄っすらとでも。ねぇねぇ、見えましたよね?」
クイクイと少女が佐子の袖を引っ張って、なぜか必死な感じで迫りながら聞いてくるけど……。
「うん、全然そんなことはなかったですよ。財宝をかっぱらいに来る小悪党コンビみたいな感じ……。でも、怖い雰囲気はあったかな」
「それは厄介ですね……。怖い雰囲気、ですか。やはり本部でもそういう人たちが存在していたんですね」
「けっ! どんな世界でも裏稼業が好きな奴らはいるもんだよ。金が好きな奴らがいるもんさね」
「こ、小悪党ですか。それなら刑事な私が捕まえないといけませんね。手錠をガチャリと鳴らすのを一度やってみたかったんです。小悪党……」
飯田さんと老女が難しそうな厳しい表情をして、私が伝えた内容を話し合い、手錠を手の中でジャラジャラと音をたてさせながら、なぜか少女がしょんぼりしていた。小悪党は悪い表現だったかなぁ?
「小悪党って言っても、コメディタッチの小悪党ね。ほら、いつも主人公にやられるけど、次回は平気な顔でまた犯罪を企む面白いキャラみたいな」
少女がしょんぼりしてしまったので、可哀想に思いさらに追加の内容を伝える。極悪人の大犯罪者の方が刑事ごっこで遊んでいるようなので、響きが良かったかなと思いフォローをしたのだ。フォローになっているか、わからないけど。
ますますしょんぼりする少女。やっぱり極悪人の方が良かったかな? でも悪人と言う程じゃなかったんだよ。ごめんね。
「そこまで悪人ではない……いえ、一見すると人が良さそうな雰囲気もする人たちだったと言う訳ですか。ますます厄介だなぁ」
「アタシらの情報がどっからかリークされてるってこった。財宝狙いでミュータントを倒せる凄腕、昔にはよくいたもんさ、火事場泥棒が得意なベテラン兵士が」
「お婆さんの言うとおりでしょう。大樹の軍で今までそんな話は聞いたことがありませんでしたが、結構事例があったのか、それとも那由多代表が亡くなったことにより、好き勝手する人たちが現れたか? ですね」
個人的には前者の方が面倒でなくて良いんですけど、と飯田さんは肩を竦めるが、細目が僅かに怖い目つきになっていた。那由多代表って誰だろう? 色々世間は変わったみたい。
「はんっ! 後者に決まってるだろうが。ボケたのかい昼行灯? 量産型超能力者は今まで大樹の本部絡み以外で騒ぎを起こしたことはなかったはずじゃないかい?」
「残念ながらお婆さんの言うとおりですね。本部に問い合わせをしましょう。やれやれ、困りましたねぇ」
老女の苛立ちを含む叱責に、飯田さんは苦笑交じりに頷いて
「あ〜! やれやれって言いましたね? 私が言いたかったのに! やれやれ、やれやれって!」
ぷんぷんとむちむちほっぺを膨らませて、刑事少女が怒って抗議した。本当になんでここにいるんだろう? 疑問をいよいよ口にしようとしたら、少女は話を続けてきた。
「そうだ、仮設お風呂作っちゃいましょうか? やっぱりお風呂に入りたいですよね?」
ムフンと息を吐いての少女の提案に佐子は面食らう。お風呂? そんな贅沢な物が仮設で作られるのかなと。
だが、飯田さんたちは別の意味を捉えたらしい。少女へと今の内容を確認するために尋ねていた。
「仮設をピラミッドの中に作るということは、この建物は消えてなくならないんですかねぇ?」
「そうですね。マテリアルを利用して概念の物質変換を行った形跡があります。敏腕刑事には隠そうとしても隠せないんです」
えっへんと胸をそらして、少女は得意げに答えるのを聞いて、飯田さんはますます厳しい表情を浮かべる。
「お嬢ちゃん。概念を物質化なんて簡単にできるんですか? 今までそんなことは聞いたことはないんですが」
「もちろんできますよ。ただし普通の物質になりますし、ものすご〜いマテリアルを使わないといけないので普通はやりません。ここはなんだか色々な力が凄い集まっていたから可能だったんでしょうね」
ニパッとヒマワリのように明るく微笑む少女は、当たり前のように話す。概念を物質化? 当たり前のことではないと思うけど、普通にできるようになったらしい。普通って、なんだろう?
佐子は頭を抱えて蹲りそうになってしまう。さっきまで一緒にいたカナタとサクヤしかり、この人たちしかり。話についていけそうもない。
「強者ということか、それだけのバックアップがあるか、それとも両方なのか……。これは難しいことになりそうです。時間がかかりますねぇ」
「この程度の悪さなら別によくあることさね。ぶん殴って営巣行き程度だろ」
悩む飯田さんに老女がそこまで気にすることはないかもと言うと、飯田さんはかぶりを振る。
「ヘリも使えて、武器も充実しており、情報も上手く集められている。財宝をなにに使うかわかりませんが、碌でもないことに使われたら怖いんですよ」
「あぁ、たしかにそうさね。それなら本部に伝えときな。木野とかいういけ好かない奴にもね。どこかでなにかが動くだろうさ。それよりもアタシらはピラミッドのミュータント退治に専念した方が良いんじゃないかい?」
獰猛な笑みを浮かべてアサルトライフルをガシャリと老女が叩くと、飯田さんは深く息を吐く。
そうして気を取り直したのか、のんびりとした空気を纏ううだつの上がらなそうなおじさんへと雰囲気を変えていた。
「たしかにおっしゃるとおりですね。ここが残るとしたらミュータントも残っているでしょう。外に出てきても困りますし、殲滅ですねぇ」
老女は力強く頷いて、少女へと怒鳴る。
「それじゃあアタシらは行くとするよ。アホ娘はピラミッドを見学でもしてなっ! 手出ししたら殴るよっ!」
「さー、いえっさ! 私はピラミッド探検と行きます」
ビシッとブカブカの裾を持ち上げて敬礼する可愛らしい姿の少女。その愛らしい姿を見ても気にせずに老女は再び鼓膜を痛めそうな大声で怒鳴る。
「探検は敵が出ないところだよっ! 軍がいるんだ、わかったね!」
「サファリセットと鞭を持ってきたんで……いたっ、わかりました。刑事レキンボは危なくないところで遊ぶことにします」
ガンと頭にゲンコツを落とされて、仕方ないなぁと少女が答えるが
「まさかと思うけど、自分には危なくなかったとか言って前線に来たら……わかっているだろうね?」
えぇ〜と口を開ける少女。どうやらそのとおりだったみたい。かなりのお転婆なんだ。また、老女が拳をもちあげると、慌ててコクコクと頷き佐子を見て言う。
「一緒に遊びましょっ! 私は刑事役で佐子さんは犯人役で」
どうにも刑事ごっこがしたいらしい。仕方ないなぁと佐子は微笑んで一緒に遊んであげるのだった。