553話 おっさんとメイドは謎解きに挑む
スフィンクス。有名すぎる魔物である。謎解きを仕掛けてきて、答えがわからない人間を食べちゃうピラミッドの番人。たぶん番人。かなり強い聖獣である。
女神が転生するゲームでもいたけど、レベルが高くて早く仲魔に入れたいなぁと思ったものだ。レベルが上がりスフィンクスを仲魔にできる時は性能がいまいちで使わなかったけどね。
それでも性能はそこそこ良い。油断ができないどころか、常人の力しか持っていない私には厳しい相手だぜと遥は警戒する。
パワースーツに透過属性を使うが、あくまで常人でしかないと言い張るおっさんであった。
「だけど、謎解きならば体も頭脳も大人な私ならサクッと解けちゃうね」
謎の自信を持つおっさんはチラチラとモニターを映し出そうと念を送る。まったく自分で考えるつもりはないのに、この自信。さすがは小物役が似合うおっさんである。
レキならいそいそと昔のクイズ番組であった早押しボタンとシルクハットを用意してワクワクとなぞなぞを解こうとするが、おっさんなのでフフンと笑うだけ。やはりレキの方がおっさんよりも華があるのだ。
「わかりました。ご主人様だけでは不安ですので、私も謎解きします。頭脳も体も美少女な私が」
サクヤもウフンと謎の踊りをしながら謎解きに参加して
「なんとなく不安なので私も参加しますね。はぁ〜……」
佐子もアホな二人では謎解きは無理ですよねと嘆息しながら加わるのであった。
スフィンクスは余裕を見せるようにこちらへと視線を向けて威厳のある声をだす。
「よろしい。それでは謎を解いてもらおう。では」
「ピンポーン! 人間!」
スフィンクスが問題を出す前に擬音を口にして腕をボタンを押すようなそぶりを見せて答えを言うおっさん。スフィンクスならこの答えでしょうと。
「……まだ問題を口にしていないが、それが答えと言うなら外れだ」
「違うよ? たんに気合を入れただけだから? 私は謎解きする前は、ピンポーン、人間ということにしているんだよ」
呆れた言い訳を焦りながらするおっさんに、スフィンクスが冷たい視線を向けてくるが、仕方ないなと諦めたのか、アホさに呆れたのかツッコむことはなかった。
ラッキーだったよとおっさんが安堵する中でスフィンクスが口を開く。
「愚かそうな人間たちだ。まぁ、良いだろう。謎解きの勝負を楽しめんしな。では問題を」
「ピンポーン! 風呂! いえ、フライパンで!」
今度はサクヤが答えを口にする。なぜか自信満々なのは、ご主人様と同じなので、二人は兄妹かなにかなのだろうか。
「あのな……、間違っているからな? なんで子供のなぞなぞレベルなんだよ! 我の謎はそんなレベルじゃないからな? はえーんだよ、答えるの!」
威厳がまったくなくなったスフィンクスが、苛立ちながらツッコむ。無理もない、初めて現れた人間に楽しみにしていた様子なので怒っていた。
「まだ私がいます! 私はマトモです!」
二人はアホなのでと言外に言いながら自信満々に佐子がスフィンクスの前に立ちはだかる……訳ではなく、おっさんの後ろから恐る恐ると。
ホントかよとジト目でスフィンクスが見てきたが、フンスと息を吐いて佐子は私がブレインですと気合いを入れていた。
「わかった。では問題だ」
スフィンクスは気にすることはもう止めようと、再び威厳のある声で問題を出す。
ゴクリと三人は唾を飲み込み問題を待つ。どんななぞなぞなのかしらん。精神的に子供なドライが一番役に立つかもと、精神的に子供な可能性がある遥は考えていたり。
「未だに解かれていない定理のどれでも良い。解いてみせよ」
子供より子供っぽい問題を出すスフィンクスであった。解ける訳はない問題だった。
「というか、定理ってなんだっけ?」
「なにか解かれていない定理があると聞いたことはありますね」
「無理ですよ。これは謎解きは謎解きでも、数学者たち専用の謎です!」
三人で顔を突き合わせて、コソコソと話し合うがこれはドライどころか、ツヴァイでも無理。モニターも映らないことに気づいたし。
「さぁ! 謎を解いてみせよ! さもなくば贄となるのみ!」
フンフンと卑怯な謎解きを仕掛けてきながら得意げにするスフィンクス。子供っぽさが前面に出されているその姿に遥はこいつがダークミュータントだと確信した。三つの概念が混ざりあった中で、ダークミュータントの意識がスフィンクスに宿ったのだろう。
遥は嘆息しながら自分の知力を見せるときがなかったねと、モニターが映らないので安心していたのは秘密です。
「さあ、さあ、さあ! 答えよ!」
人間の口なのに、その巨大さと犬歯の鋭さをスフィンクスは見せて迫ってくる。
「いえっさー、これが答えでひとつ」
遥は素早くショットガンを構えて引き金を弾き、スフィンクスの顔へと撃つ。
「だろうな」
高速の防御無効の散弾。面を制圧する無数の鉄のシャワーがスフィンクスに向かうが、余裕を見せて答えてその姿をかき消す。
「ありゃ、これはまずいですよ、ご主人様」
サクヤが横っ飛びに立っていた場所から離れて言う。
「ちょ」
遥も佐子を抱えて、素早く離れる。その瞬間に疾風が遥たちの立っていた場所をガリガリと削りながら過ぎ去って行った。
抉られた地面を見て、遥たちは多少緊張の面持ちになる。なぜならば、スフィンクスの姿が見えなかったからだ。それは高速の動きだからという訳ではなくて……。
「フフフ、謎解きをできない者たちよ。絶望するが良い! 風の化身スフィンクスの力に!」
疾風がつむじ風となり、色がついていきスフィンクスの肉体となる。
「ご主人様! 風に変身するダークミュータント、スフィンクスと名付けました!」
名付けちゃいますねとサクヤが嬉しそうに言うが、全然嬉しくありません。自然系は強敵なんだよ。
「降ろさないで下さいね! お願いですから! お姫様抱っことか言いませんから!」
「あぁ、はいはい。少し酔うかもだけど我慢してね」
俵のように肩に担いでいる佐子が恐怖に震えて叫んでくるので、遥は適当に流す。確かに風となったらこの少女は八つ裂きになるだろうし。
「しかし……ボスキャラいるじゃん! 核じゃないから気づかなかったけど!」
「番人とは予想外でしたね。エゴがどんなかは興味がありますが、かなり強いです。スキルレベル5ぐらいはありそうな技ですね」
絶叫気味に遥が叫び、サクヤが敵の力を冷静に解析した結果を告げてくる。薄々思っていたけどフラグを建てたのかとは思っていたのだ。神様は私のことが嫌いらしい。
……神殺しをしまくっているし当たり前か。
おっさんが嘆息する中で、スフィンクスは自身の周囲に暴風を巻き起こし、超常の力を発動させてきた。
「喰らえ! 風クロス!」
傲慢そうな嗤いを見せながら質量の伴う風の刃を無数に撃ち出してくる。一つ一つが二メートル程のギロチンの刃のように高速で飛んでくるので、遥はショットガンを放り投げてハンドガンをホルスターから抜き出す。
「その魔法は最近だと最上級風魔法ではなくなったんだよ」
冷静に目を細めて迫る風のギロチンへとハンドガンで迎撃する。タンタンタンタンと軽い銃声の音がして、風の刃に当たると風は力をなくし、かき消えていく。
「なにっ! おかしいだろ! 風の刃は銃弾を食らっても受け流すだけで消えはしないはずなのに!」
馬脚を表したダークミュータントは威厳も何もないセリフを吐いて驚き困惑して叫ぶ。
風なのだ。銃弾如きでは防ぐこともできないはずと怒気を纏わせ怒鳴り散らすスフィンクスを遥はニヤリと笑って教えてあげる。
「親切な私が教えてあげよう。超常の力には核があるんだよ。力の始点、壊されたら超常の力を維持できなくなる核。それでも強い技なら消えないで威力が減少するだけなんだけどね」
言外に君の力はたいしたことはないと言われたことにスフィンクスは気づき激怒の咆哮を放つ。
「我が弱いと? 自然系は最強なんだよ!」
おっさんとまったく同じ考えを持っているスフィンクス。元は厨二病なのは間違いない。
「せめて巨体ならと思いますが、その程度の体格では」
スルリとスフィンクスの後ろに気づかれずに回ったサクヤがショットガンを撃つ。
「チッ!」
舌打ちをしながらスフィンクスは自らを風へと変えて、銃弾を避ける。スフィンクスはここに来る間の三人の様子を見ていた。尋常ならざるショットガンの威力もだ。
しかし風と化せば問題はない。核を狙われても自身の身体なので銃弾ぐらいは回避するのは余裕だと考えていた。
ならばこそ、この変な人間たちは突撃で倒せば良いとも。
「贄となれ! 獣技 疾風連牙!」
風となった自身にいくつもの風の牙を生やす顔を生み出して突撃する。ひとつでも命中すれば良い。ずたずたにこの人間たちを引き裂けるだろうと。
遥たちは焦ったようにパワースーツの能力を限界まで引き上げて地を蹴り高速で逃げ回る。
直線的な動きだが、旋回速度も速くショットガンやハンドガンを撃っても、弾丸の軌道から素早く逃げていく。
「やるね、スフィンクス。だけれども、ひとつ良いかな?」
遥は肩に背負う佐子の絶叫に顔を顰めながらも尋ねる。
「なんだ? 謎解きをできなかった貴様らの命乞いは聞かんぞ?」
いやらしい含み笑いをしながらスフィンクスは風を振動させて、肉体に戻らずに聞いてくる。
「たいしたことじゃない。さっきの謎解きの答えを聞きたいんだ。私はひとつと答えたけど、君の答えは?」
「な、それは、貴様は間違いだと言ったはずだ!」
戸惑い困ったようにスフィンクスは怒鳴ってくるので、やっぱりねと遥は肩を竦める。
「謎解きは答えありきなんだ。答えられないなら、私の答えは間違いじゃないかもね?」
「だ、黙れ! 我が間違いと言ったら間違いなのだ!」
自身も答えの知らない謎。相手に答えられないようにと考え抜いた結果であったが、まさか答えを求められるとはとスフィンクスは焦り慌て怒鳴り返して誤魔化そうとする。
「それじゃあ、自分の出した謎の答えを知らないスフィンクス君。答えを知らないのに謎解きを求めたスフィンクス君。次は私の謎を解いてみてよ」
スフィンクスの突撃を冷静に見切り、遥は迫りくる風の牙をスレスレで回避して言う。
「ぬ? そのような時間稼ぎを」
命乞いのひとつだろうとスフィンクスが唸る中で、遥はトントンとスフィンクスの周りを移動する。
「自然系。漫画とかでは強いけど、あれってどうなんたろうね、実際? 思うんだけどさ」
ひと呼吸おいて謎をだす。
「異物が入ったらどうするんだろうね? 雷が絶縁体でできた箱に一部入れられたら? 溶岩に液体窒素を混ぜたら? 吸血鬼なら再生能力があるから霧の一部がやられても問題ないんだろうけど、再生能力のない生き物は? どうなるんだろう?」
その問いかけにスフィンクスはハッと気づく。いつの間にか風に巻き込まれてなにかが紛れ込んでいることに。
キラリと光るそれは……。
気づき慌てて紛れ込んだ異物を吹き飛ばそうとするスフィンクスに遥は教えてあげた。
「正解は自分自身で感じてね」
スフィンクスに気づかれずに手に持っていた極細の銀糸を思い切り引っ張る。反対側でサクヤも同じように銀糸を引っ張り
「ギャァァァァ!」
スフィンクスは風が切り裂かれ肉体へと戻ってしまい絶叫する。身体の内部から生えるように銀の粒子を放つ無数の糸の自身を切り裂き捕まえるその痛さに。
「気をつけないと身体に異物が入ったままになるかもね」
おっさんはスフィンクスを見ながら、からかうように言うのであった。




