551話 ピラミッド探検は大変なおっさんとメイド
ちょっと待っていてくださいと、佐子は倒したフライングピッグを回収するために大人たちを呼んでくると走り去っていった。どうやらフライングピッグは浅い層にはあまり出ないらしい。本来はもっとずっと弱い敵が出てくるそうな。
佐子が走り去っていくのを見て、遥は感心しながらサクヤへと声をかける。
「本当によくできているピラミッド概念だよ。これならピラミッドへの畏敬と恐れの両方を人間が常に生み出すから消えることはないよね」
食べ物や水を与えて畏敬を。化け物による恐れを。とどめにピラミッド内部に住まわせて常にその両方を思い浮かばせるように人間を飼っている。聖域の概念も入っているから、優しい環境に思えるが、実際はかなり酷い。これでは外に逃げようと考える人間は生まれにくい。
普通に生活できているのだから。数十年経てば、崩壊前の生活は伝説となりピラミッドに住む住民へと完全になってしまうのだろう。存在しない王様の墓を守る墓守一族とか名乗っていたりして。
「私たちが異物だと思って、まずは小手調べといったところでしょうね」
サクヤが滅多に現れないはずの場所に出てきたというフライングピッグを見ながらのんびりとした口調で答える。それぐらいあるだろうとは予測していた二人なので動揺はなく平然としている。
伊達にエリア解放を繰り返してきたわけではないのだ。異物が入ってきたと概念の核が反応しているのだと思う。
「思うけど……ボスキャラはいないよね? 私はこのキャラでボスを倒すのは無理だからね?」
「大丈夫ですよ。ボスキャラがいないことを確認して来ましたから。万が一もないですよ」
「そうだね。私もいくつかあるエリアで財宝があって、敵が強くなさそうな場所として確認して選んだんだし」
ハハハ、フフフと笑い合いフラグを懸命に建てる二人である。これでボスキャラが出現する可能性はかなり大きくなったと思われる。
「さて、他の敵も現れたし片付けますか」
「どれだけ来ても私たちの相手ではありませんしね。ちなみにボーンドッグにボーンバットと名付けました」
そういう二人の視線の先には肉も皮もない骨だけの犬と、同じく骨だけのコウモリがやってきていた。不思議にも骨しかないのにコウモリたちは普通に空を飛んできている。
それらの化け物を見ても臆することはなく余裕の表情をして二人は迎え撃つのであった。
数十分後、佐子が大人たちを呼び集めて二人の元へと合流すると激戦が行われていたりした。
「こいつめっ! こいつめっ! 無理じゃないこれ? ショットガンを持ってくれば良かったよ」
「むむむ、ちゃんと狙っても外れますよ、これ。エイムが遅すぎます。昔のゲームですか」
二人してハンドガンを身構えてくるくると器用に身体を回転させていた。回転しながらハンドガンを撃つが、周囲を飛び回るボーンバットや、カチャカチャと足音をさせながら、走り回っているので当たらないボーンドッグ。というか、身構えている姿が硬すぎて当たることはなさそうであったりする。
骨のコウモリも犬も見かけ通りで脆く倒しやすい。噛みつかれても体重がなくそんなにダメージを負うことも難しいのだ……。
チョロチョロと素早いので倒しにくいのだ。ハンドガンの銃弾を当てるのは難しそうであった。それ以外にも二人に問題はありそうだし。
「オートエイムが欲しいよね。駄目だこりゃ」
「犬とかカラスとかは倒せないですよね、この操作じゃ」
余裕の表情はそのままに二人は内心はげんなりとしていた。遥は昔からウィルスにかかったカラスを倒すのは大の苦手なのだ。ラジコン操作で銃弾が命中するわけがないよと遥は嘆息しちゃう。
「こりゃ駄目だね。ダイレクトコントロールに変更しよう。ラジコン操作は無理だよ」
「最初からその設定でいこうと言ったじゃないですか」
サクヤが口を尖らせて文句を言ってくるが、ちょっと怖かったんだ。
「よくあるデスゲームになるVRゲームみたいに閉じ込められたら怖いなぁって」
「そんなことあるわけないでしょう? 精神は魂と分離できないんです。というかそれをするなら脳と直結で電子の世界行き、超能力を使われると世界に違和感を持ってしまうので、超能力が使えない人間になりますね。まったく小説の読みすぎです。というか五体満足なら無意識にでも普通にヘッドディスプレイとか外しちゃいますよ、現実的に電子の世界に入ると言うなら身体は邪魔ですよ? 仮想空間に入っている間、身体への電気信号はすべてシャットダウンされている設定だと肉体はすぐに死んじゃいますし」
呆れたように言ういつものサクヤなので、脳波だけで動かすダイレクトコントロールに早くも切り替えた模様。サクヤの言うことはもっともだけどね……怖いじゃん? 本当にごめんなさい。
やれやれとコントロール設定をダイレクトコントロールに変えて、ニヒルに笑いハンドガンを撃つ。
タンタンと軽い音がして銃弾が発射されて、壁に命中しちゃう……。
見るとサクヤも華麗にナイフを振り回していた。もちろん華麗に空を切っていた。
二人で顔を見合わせて、これはまだ駄目だねと頷き合う。
「少し難易度を下げようか。自力なのは変わらないし、人形操作スキルはレベル一まで使おうよ」
「それならあらゆる難易度が下がりますし、そうしましょうか」
自力で力の無い常人の条件と言い切っていたおっさんは早くも難易度を変えちゃうのであった。意思が豆腐レベルの柔軟さを持つおっさんだからして仕方ないのだ。
瞬時にスキルレベルを一にあげて、ハンドガンを撃ち放つ。ようやくボーンドッグたちの胴体になんとか当てて破壊する。サクヤもナイフでボーンバットを砕いていく。
まだスキルレベルが足りないなぁと、ベリーイージーにしようかと一瞬思うが、それだとグダグダになるなと思い直す。
既にグダグダになっていると思われるが、おっさんは見てみぬフリをした。即ちいつも通りである。
ようやく片付いたようだと、急に動きが変わった二人を怪しみながら佐子が近づいてくる。それはそうだろう。謎のカクカクな動きから滑らかな動きに変わったら誰でも怪しむ。
「今の動きって、また踊りですか? 戦闘中は止めておいた方が良いですよ?」
怪しまれてなかった。また変な踊りを始めたと思われただけであった。
佐子の言葉に頭をかきながら、遥は内心ホッとする。そろそろロボットじゃね?とか考えられるかと思っていたので。
なので安心して答える。
「サクヤが宗教上の理由で戦いの前の踊りが必要だというから」
「ご主人様が宗教上の理由で戦いの前の踊りが必要だというので」
二人してお互いを貶めようとするのであった。そうしてお互い顔を見合わせてにっこりと笑顔で頬がどこまで伸びるか選手権を始めるので、佐子はさっきの冷酷な姿は気のせいだったかと思い悩む。
「あの……真面目にこの先に探索しに行きますか? それなら地図をお見せしますが。それとも今日は戻りますか?」
お互いの頬を掴んで、ウギギと伸ばして喧嘩をしていた遥たちはそろそろ真面目にやりますかと、頬を手放して佐子へと顔を向ける。
「地図あるんだ。もちろん先に進むよ。サクッとクリアしたいし」
ゲーム脳からの発言をしつつ、背負っているリュックに手を入れる。
ニュっと、ショットガンが出てくるのでハンドガンはホルスターにしまい、装備する。リュックになんでも入れすぎなおっさんである。サクヤもショットガンを取り出すのを見て、佐子がびっくりしているが、たしかにリュックにショットガンは普通は入れない。
アイテムを袋に入れておくのは基本だよねとおっさんとメイドだけが思っていたりする。
屋内戦最強の武器を持ち、手をひらひらとさせて遥は言う。
「遊びは終わりかな。この先はショットガンで進むよ」
「その武器を使っていれば楽だったのでは? わかりました、罠の場所が判明している所までは案内します。ちなみにここらへんはまだ罠はないです」
肩を落として疲れたように答える佐子。
「ありがとう。では探索再開で」
もう踊ることはないからと、小さく口元を曲げながらおっさんは言うのであった。
中層とはこれいかに? 目の前に広がる迷宮に遥は口元を引き攣らせる。単調な浅層をあっさりとショットガンを撃ちながらクリアし、そろそろ中層ですと佐子に教えられて来たのだが。
「これは凄いね。なんというか……とにかく凄いね」
語彙の足りないおっさんは凄いとしか言えなかったが、眼前に映る光景は凄かった。
「たしかにこれは予想以上ですね。まるでメビウスの階段みたいです、ご主人様」
はぁ〜、とサクヤも感心の吐息をして光景に見入る。
その光景は不可思議なる様を見せていた。何しろだだっ広い空間に無数の階段が空へと繋がれてどこが起点でどこまで行ったら終点かわからないようになっていた。
「立体型の迷宮だね。これは……考えたな」
遥たちの目は常人とは比べ物にならない。空を複雑に入り乱れて繋がる階段は横幅10メートル程だが、見えない障壁があり階段から他の階段へと乗り移れないようになっていると看破していた。しかも壁の穴に階段は入ったと思うと他の穴から出てくる複雑っぷりだ。
「迷宮は壁を壊しながら進む。最近の流行りですが読まれていましたね、ご主人様」
「爆弾を持ってきたのに無駄になったね。酷い話だ」
遥は嘆息して階段を観察する。これでは見えない壁を破壊しても、無数に空く穴を一つずつ調べていかなければ先へは進めまい。
「それに化け物たちも強力なんですよ」
佐子が追随して口を挟み、指で階段の一つを指差す。指し示す先には10体の古代エジプトの兵士のような格好をしている身体がカラカラに乾いているミイラが槍と盾を構えて整然と歩いていた。
「銃なら倒せるかも。大人たちじゃ束になっても敵わなかったんです。武器もありませんでしたし」
「あれはミイラ兵士と名付けました。たくさん名付けができましたし、もう帰りましょうよ。ご主人様」
早くも飽きたサクヤ。壁を壊して直進していく予定だったので、強引な手法がとれなくて嫌になったみたい。
「意思が綿菓子みたいに軽いなぁ、私の硬い意思を見習ってよ」
説教じみた言葉を吐く、たぶん綿菓子よりは硬いはずの豆腐のような意思を持つおっさんはショットガンを空の階段を歩くミイラ兵士たちへと向ける。
「スキル一でも使える技はあるんだよ。教えてくれたのはサクヤでしょ」
そう言ってショットガンの引き金を弾くと、散弾が放たれてミイラ兵士たちをあっさりと砕いていく。かなり離れており散弾の当たる距離ではないし、障壁もあるはずなのに勢いを無くすことも障壁に弾丸が弾かれることもなく。
「そういえばご主人様は透過属性があったんでしたっけ。なるほど、それならスキルに依存しませんものね」
サクヤは感心して飛んでいく弾丸を見る。重力も空気の壁も超常の障壁すら透過して放たれた勢いのままにミイラ兵士たちを倒していくその様子を。
遥は引き金を引き続けて、ミイラ兵士をあっさりと倒すと軽い口調で言う。
「馬鹿げた空間歪曲も破壊していこう。こんな立体型迷宮は壁ではなく構成している概念を破壊していこう」
透過属性は倒したい物だけを破壊することも可能なのだ。ならばこそ、こんな迷宮も相手にはならない。
ヘラリと笑うその姿は常ならぬ自信が垣間見えていたのだった。




