550話 ピラミッド内部に入るおっさんとメイド
何回見ても不思議な壁である。マテリアルの流れから発光しているのはわかるけど、夜になるとその流れが無くなるのが神秘的な感じだね。
壁は汚れも見えずに綺麗なものだねと、佐子のあとをてくてくとついていくと、壁の水場を指さして教えてくれる。
「あれが私たちの生命線でもある水飲み場です。ずっと尽きる事なく流れているんで助かってます。ゾンビ騒ぎで混乱していたら、私たちはいつの間にかこのピラミッドに転移していたんです」
「漂流ピラミッドって訳ね。そういえば外に行こうとしてたのはなんで?」
最初に出会った時は佐子は外出しようとしていたはずなので、不思議に思って聞く。
「あぁ、ピラミッドの外にも水場があるんです。で、オアシスになっていて少しだけど野菜とかが生えているんで、収穫しに行こうと思ったんですよ」
「なんというか、ご都合主義満載なピラミッドだなぁ。かなり適当な概念が入り混じったのね」
呆れながらも、ここに住む人たちにとっては幸運だったようだねと思いながら水飲み場に行く。ローマ帝国時代の水場みたいな感じでチョロチョロと流れており、それを人々が壷に溜めていた。素焼きの壷はどこから持ってきたんだろう。やはりいくら壊しても部屋を出入りしたら壊れた壷が復活しているとかあるのかしらん。
「あまり水量はないので、なんとかって感じです。外のオアシスのは泥水ですし」
ふむふむと頷いて、遂に頷くことに成功したサクヤが水飲み場を見ながら言う。
「HPが回復する水飲み場ですね」
ゲーム脳な発言はおっさんと同じであった。
「MPも回復するから宿屋いらずってやつじゃない?」
おっさんもやはり同レベルの発言であった。
佐子はポリポリと頬をかいて困ったように言う。
「普通の水飲み場です。そこまで便利だったら助かったんですけど」
「うん、知ってた。たしかに普通の真水が創造されているね」
遥は特に気にすることもなく飄々と答えて
「それじゃあ、私たちは馬小屋に泊まる形ですかね、ご主人様?」
まだゲーム脳を引きずる銀髪メイドであった。
「現実だとMPが回復しても馬小屋はないな。馬小屋って凄い臭いんだよ。その場合はサクヤだけにしておこう」
「残念です、ご主人様。私はスイートルーム以外には泊まれません。それ以外の部屋に泊まろうとしても爆発してその部屋は消えるので」
むふふと悪戯そうに微笑むサクヤ。スイートルームとは驕ったな。私はグッスリ寝れるなら、普通の部屋でも良いや。
「ありがとう佐子さん。では本命の祭壇後ろの扉内部の説明をしてくれると助かるんだけど」
住んでいる人たちの環境はもう良いやと遥は祭壇奥の大扉を見つめて、佐子へとお願いをするのであった。
大扉を手で押すと見た目よりも軽く簡単に開く。
「お、大人三人は開けるのには必要なはずなのに、カナタさんは怪力なんですね」
金属製の大扉は見た目以上に重くいつもなら余裕を持って大人五人で開けていたのに、一人で開けてしまって佐子は驚愕して目を見張る。
「ん? あぁ、これ? これは着ているパワースーツのおかげだね。力を何倍にも強化してくれるんだよ」
常人と同じ力のカナタ人形。しかして、装備は一級品である。レベル一でも、装備が凄ければいくらでも上手く行動できるのだよ。
本当におっさんが上手く使えるかは不明だが、当人は自信満々なので、手をひらひらとさせてニヤリと笑うのだった。ようやくエモに慣れてきたのだ。パニクらなければ、きっと大丈夫……のはず。
大扉を開けて中に入ると、一見したら一本道の石の通路が目に入ってきた。
「景色が同じように見えますけど、実際は一本道じゃなくて、横道とかあるんです。罠や化け物たちもありますし」
「それはもう聞いたよ。それじゃあ探索と行きますか。準備をしますかね、と」
鼻歌を歌いながら、リュックから銃やナイフを取り出す。装備すると重いのでリュックに入れていたナメプなおっさんである。
「10フィート棒も使います?」
サクヤが聞いてくるので、かぶりを振ってリモコンとドローンを取り出す。既に時代は10フィート棒の時代から進化したのだよ。
満を持して取り出すのはラジコンカー。レインボーなゲームで使われる偵察用のちっこい車でジャンプ力が凄いやつである。あのゲームでは常に最初に死んで相手側の味方をするので、私はスパイかな? と自問したことがあるが、それを使うのだ。
おぉ~と佐子がリュックサックから取り出されたラジコンカーを見て感心したように見てくる。ドローンとかって、見たことある人はあまりいないから珍しいよね。おっさんも以前に土手を散歩している時に見たことがあって、珍しくないよ? いつも見てるからという誰にも注目されているわけでもないのに、無駄に素知らぬふりをして一休みをするふりをしつつ、しばらく眺めていたことがあるからわかる。
「それじゃぁ、探査機発進、っと」
軽くなんでもないように言ってラジコンカーを、いやドローンだった、ドローンの方がなんか響きがかっこいいし。ドローンを操作する。
ラジコンカーはシュイーンと結構な速さで走り始めて
「え、と。何をしているんですか。カナタさん?」
気まずそうに佐子が遥へと尋ねてくる。
なぜならば発進させてすぐにラジコンカーは横へと曲がりガチャガチャと壁に激突しているからだった。耐久力が設定されていたらすぐに壊れる勢いだった。
「あはははは! ご主人様、今日はいつになくジョークが光っていますね!」
腹を抱えて爆笑するエモを使いこなしサクヤが馬鹿にしてくる。
「いや、これラジコンカー操作なんだよ。主観視線がモニター画面になるし。難しいから! ちょっと難しいから! やってみ? サクヤもやってみ?」
おっさん的に高速で動くラジコン操作でのドローンなんて操れなかった。おっさんのキャパを超えています。おっさんのキャパは月にアポロが初着陸したときのコンピューターぐらいにはあるんだけど。
「仕方ないですね~。私が手本を見せてあげますよ」
ニヤニヤと笑いながら、力強く胸をポヨンと叩くサクヤ。人をからかう時はエモを使いこなせるようになった模様。おにょれサクヤめ。
数分後
オロオロと呆れ半分慰め半分で佐子が遥とサクヤへと声をかけていた。
「ほら、ラジコン操作って難しいですから。わかります、わかりますよ。あ、私が代わりに操作しましょうか?」
ガクリと落ち込むサクヤの前にはラジコンカーが壁にガツガツと激突していた。罠にかかる前に壊れそうな勢いであった。
「うぅ………スキルなしは制限が厳しすぎます。ちょっと緩和しませんか? このままだとクールで理知的な私のイメージが崩れちゃいます」
もちろんサクヤもラジコン操作などできるはずがなかった。スキルなしの常人レベルだと二人してまったく役に立たなそうな予感。
それでも遥は強い意思で首を横に振って否定する。
「ダメダメ。昔ながらの棒での探索にしよう。私のクールでニヒルなかっこいいイメージも崩れる恐れはあるけど、それはこれから挽回すれば良いよ」
「むぅ、珍しく豆腐の意思の硬さをもつご主人様がそこまでおっしゃるなら我慢します。たしかにこれから挽回すれば良いですし」
二人でうんうんと頷きあい気を取り直しているのを、少し離れたところから見つめながら佐子は思っていた。
そんなイメージは最初からなかったですと。挽回も無駄なように思えるが、私はこのままついていっていいのかなぁと。
通路をコンコンと10フィート棒で叩きながら三人は進む。佐子が殿で少し離れており、遥とサクヤがてこてこと先を進む。
カンカンとリズムよく棒を床へと叩きながら進むサクヤへと、のんびりと歩きながら遥は気になることを口にする。
「なぁ、ゲームでは棒で探索しながら進んでいますと宣言すれば罠にかかる可能性は低くなるけど、現実でも大丈夫なのかなぁ?」
「大丈夫なんじゃないですか? とりあえず叩いておけばいいんですよ。罠がありそうなら罠がありそうな気配がありますとか感知できるんじゃないですか?」
これまたのんびりとした口調でサクヤが答えて、口元を引きつらせながら佐子がまた数歩二人から離れる。
なにせ歩く先の床を太鼓のバチのように調べることもせずに適当に叩きながら進んでいるのだから。
たしかにいちいち怪しげな場所を調べながら進むと時間がかかりまくり現実では無理だ。二人には後で教えるつもりだが、罠は復活はしても設置場所は変わらない。ローグ系ゲームではないのだ。そして浅い層は罠はない。なので安心してついていっているのだが、この先、多くの人々の命を奪って攻略を諦めさせた敵が強すぎる中層深部は無理そうだ。
ゲームと違いレベルなどないのであるからして。異常な成長でもしないと人間では倒せない敵がいるのだ。だが、この二人はへっぽこだが装備は凄そうだし………。
思い悩む佐子の様子にはまったく気づかずに二人はコンコンと床を叩きながら進み、風景に溶け込むようにわかりにくいが、たしかにあった横道から現れた敵を見つける。
「あ、あれはフライングピッグです。私たちの大事な栄養源です」
佐子も気づいて警戒の声をあげる。
「なるほど、随分とお優しいピラミッドだこと。本当に」
遥は感心しながら豚を見る。
それは豚であった。赤い皮膚を持ちフヨフヨと浮いており、豚なのに猪みたいな立派な牙をもつ3メートルぐらいの大きさの空飛ぶ豚であった。
「ご主人様! あれはフライングピッグと名付けました! なんか久しぶりで良いですね!」
嬉しそうにサクヤが名づけをする。アイデンティティですとフンスと息を吐き嬉しそうにしている。ちなみに名付けエモマクロを作りましたとも教えてくれるので、私も後でマクロの作り方を教えてもらおうっと。
フライングピッグは地面から1メートルぐらいの空中に浮いており、足は空をかくわけでもなくだらーんと伸ばしている。あれは脚は飾りじゃないの? ここを作った偉い人にはわからないのかな?
ふんふんと初めてミュータントと出会ったよと二人が警戒心なく無防備に眺めている姿に、佐子が注意を促すべく声を張り上げる。
「食べ物ですけど、そいつはかなり速い突撃を」
言い終わる前に、予備動作なくフライングピッグは牙を向けて加速して突撃してきた。狙いは男の方だと一気に牙を突き立てんと。
あの突撃に何人も殺されている。危ないという間もなく無防備にしているカナタへとフライングピッグが激突して、思わず佐子はギュッと目を瞑る。入る前に注意しておけばよかったと後悔の念に襲われる佐子であったが、いつまでたっても悲鳴が聞こえないので、恐る恐る目を開くと
「へぇ~。結構速かったね、今の」
カナタが片手で襲い掛かってきたフライングピッグの牙を持ち突撃を止めていた。その体幹は揺らぐこともなく、牙をもつ手も震えることもなく。フライングピッグの突撃は体格の良い男性でもあっさりと吹き飛ばされる勢いと力を持っているはずなのに。
あまつさえのんびりとした口調でヘラリと笑っている。
「飛べなくなるとただの豚ですけどね」
サクヤがお決まりのセリフを言いながら、いつの間にか持っていたナイフを縦に振るう。あっさりと大人たちが苦労して倒すはずのフライングピッグは首を引き裂かれて、断末魔の鳴き声をあげると床へと倒れ伏すのであった。
あっさりと倒してしまい、かつ余裕の表情の二人。倒したことの喜びも見せずにいる二人を見て佐子はハッと思い直した。
この二人は戦士であると。装備が凄いだけではない。その心が。
二人のその目に宿る命を奪ってもなんとも思わない冷酷な光を見て。