549話 探検隊なおっさんとメイド
自宅は涼しい。冬になり外は寒いが、家の中は絶妙に少し寒いという季節感の感じれる室温となっていた。
坐禅を組み、コントローラーを持ちアイマスクをしていたおっさんはアイマスクを外して立ち上がる。
ゴキゴキと身体をほぐしながら、ソファへと移動してスヤスヤとソファであざとい可愛さを演技しながら寝ている銀髪メイドを放り投げて座る。
ぶぎゃっ、とサクヤがうめき声をあげて、プンスカと両手を掲げて抗議の声をあげてくる。
「ちょっとご主人様! 寝ていないとわかっていたのに放り投げましたね! 酷いです! レキさんに変身して私にチュウのお詫びをお願いします!」
「疲れているんだよ。このゲームはあんまり長くできなくない?」
ため息を吐きながら肩が凝ったよとぐるぐると肩を回す遥。
「ゲームじゃなくて歳ですよ、まったくもう」
コトリとカフェオレを入れたカップが目の前に置かれるので、手にとって口に入れる。
「ありがとうナイン」
「いえ、お作りになった人形の動作は問題ありませんか」
ニコリと可憐な微笑みで、微かに首を傾げて尋ねてくるナインに微笑ましいなぁと癒やされながら遥は答える。
「まったく問題ないよ、試作機としては。うん、まったく人形に問題はないね」
なぜか強調して言うその目は泳いでいた。バッシャバッシャとマグロが泳いでいた。
「問題は私たちにありますね。コンセプトのスキル無しでの普通の人間に限りなく近い人形……ボタン操作が多すぎますよ。ナインの提案を聞きすぎです」
「踊るしかできないからなぁ。でもスキル無しでやりたいんだよ。自分の力だけで金を稼ぐ必要があるんだよ」
キリリとした真面目な表情で宣言するおっさんであるが
「人形を操っている時点で、自力とは言えないのでは?」
サクヤが的確なるツッコミをしてくる。それはそうだろう、スキル無しで限りなく人間に近い力にしてあっても人形であるのだからして。
もちろんおっさんにも言い分がある。絶対に譲れない理由が。
「危ないでしょ! 私はもう危ないところには行きたくないの! おっさんを労って!」
残機があっても痛いものは痛いのだ。
「スキル無しで人間に近いなんて条件は私は守れないね」
全然自慢にならないことを自慢げに語るおっさん。おっさんはバイオなゲームでも、たまにはノーマルで普通にやってみたいよねと思いながら無限ランチャーを常に持ち歩いて、ちょっとピンチになるとすぐに使う普通の基準が凄い優しいおっさんなのだ。
そんなおっさんが自分で怪し気なピラミッドに潜入するはずがないのである。
「付き合う私も私ですが……。な〜んか怪しいんですよね。なにか隠してません、ご主人様? この人形……モニタリングが操縦者以外にできないようにステルス機能が積まれているんですけど? ナインに隠し事ですか?」
ジト目で鋭いことを口にするサクヤ。ナインへとチラリと視線を向けてのことなので、遥は僅かに動揺しちゃう。
「マスターが隠し事をするなんて楽しみです。どんなサプライズがあるか楽しみにしてますね」
トレイを胸に抱えて口元を優しげな笑みに変えて言うナイン。ナインは良い娘だなぁと、思わず頭をナデナデしちゃう。
エヘヘと、頭を撫でられて気持ち良さそうに目を瞑るナインは可愛すぎです。
ナインには悪いが、これは遠大な計画なのだからして。誰にも内緒な計画なのだ。計画名を後で考えておこうっと。
おっさんの遠大な計画はだいたい三日以内に終わるのだが。前回の遠大な計画は、若木シティのハンバーガー屋の新製品を食べるというものだった。もはや計画ではなく予定なのだが、おっさん的には計画なのだ。おっさんの浅はかさがわかろうものである。
「鳥取ピラミッドの形成概念はそういえばわかった?」
テーブルにひと休みしてくださいとナインがチョコケーキを置いてくれたので、感謝の会釈をしてサクヤへと問う。
忘れそうになるが、彼女は戦闘用サポートキャラなのだからして。サクヤの前に置かれたケーキに群がるドライたちを押し留めようと奮戦する間抜けな姿を見るとついつい忘れそうになるけどさ。
「ムググ…このケーキは私のです、離れなさい! 鳥取ピラミッドは聖域としての概念と人のピラミッドがあってほしいというかすかな願いとダークミュータントの意識が混ざったものですね。神聖でありながら化物を飼う建物。それがピラミッドという訳です」
「映画とかでもピラミッドはだいたいそんな扱いだよね」
なるほどと相槌をうつ遥へ、ついにケーキのお皿を取られて逃げられたドライたちに歯噛みをして悔しがりながらサクヤは同意の言葉を返す。
「なので、深層に敵ボスは存在せずマテリアルの塊だけがあると思いますよ。敵がポップして、かつ縄張りから出てこない、まさしくダンジョンという訳ですね」
「オーケーだ。真面目にやってくれれば問題ないのに。それじゃあ、休憩は終了かな」
う〜んと、背筋を伸ばし立ち上がり再び人形へと意識を向ける遥。了解しましたとサクヤも頷き
「ドールダイブ!」
「ドールダイブ!」
二人で息を合わせたかのようにピッタリと声を合わせて、人形操作へ戻るのであった。これで、この二人は打ち合わせをしていないのであった。信じられないことに。
アホなことをやらせると抜群の連携を見せる遥とサクヤである。
信じられないことに遥はケーキに手を付けなかったので、ドライたちが目を輝かせてケーキに群がったが、それはスルーで良いだろう。
意識を人形に合わせて起動させる。薄暗い玄室の一つに案内されて、ひと休みといった感じで壁によりかかりサクヤ共々目を瞑り休んでいるフリをしていた。ちなみに遥とは顔立ちが違うように作ったので遥だとバレることはないだろう。
サクヤも顔立ちは多少変えたが、すぐに銀髪メイドはアホな発言をするので、後で本人と出会ったら佐子たちは気づくかもね。
起動した途端に部屋の隅っこから視線を感じるので、五感のフィードバックは完全だねと、自分で作りながら感心しちゃう。ちなみにサクヤの人形も遥が作った。サクヤが作ると絶対に変なギミックをつけそうなので。
スキル無し、ステータスも常人を多少上回る程度。それが彼方人形なのであるのだが、五感リンクは完全だ。食べる機能だけがどうしても難しいが。食べた物を胃袋で消滅させるとしたら、物凄く消滅させるためのエネルギーが必要だし。
昔の漫画みたいに、食べた物はそのまま胃袋に格納されたままも嫌だし……。その改善は研究中です。
部屋の隅っこに座って待っていたのだろう、佐子が遥たちを見て勢いよく駆けてくる。
「あ、一休み終わりました? ゴンさ~ん、カナタさんたちは一休み終わったそうです~!」
まだ30分程度しか休んでいないけど、佐子たちが焦る理由もわかるので特に気にするつもりはない。いつも気にすることは夕食のおかずぐらいのおっさんなので。
今回はナナシではないし、完全別人の切れ者でありながら、とぼけた姿を見せて強敵をあっさりとやれやれだぜとクールに口元を微かに曲げながら倒しちゃうおじさんスタイルでいこうと遥は決めているのだ。
「眠そうな顔だけど、会った時からそんな感じだから大丈夫だよ~」
あれえ? 佐子さんや、最初からなの? やはり踊るエモがダメだったかな?
色々とダメなところが多数あったが、おっさんは自覚がないので仕方ない。レキぼでぃの時と違い愛らしさとか可愛さとか色々全部足りないので、その分周りに警戒されてしまうが仕方ない。
これがおっさんと美少女の格差なのだ。………違うかもしれない。
部屋を覗いている人たち。聞きたいことは一つであろう。
「あ~、わかる、わかるから。救援隊は来るのかってことでしょ? うんうん、私たちが調査を終えたら来るから安心してください。国とか色々変わったけど、特に気にする必要はないでしょう」
お気楽に少し大きな声で周りに聞こえるように言う。あ~、これは楽だね、もう全然楽だ。少し適当なおっさんの演技は楽だね。もはや遥ではお気楽になかなか外ではできないし。
素の行動を演技と言い張るおっさんの言葉に、周りは顔を見合わせて話し合うが、その展開も何回も見てきたんだよね。
「貴方たちは異空間とでもいう場所へと閉じこめられたんですけど、だからといって外が安全というわけではないですから。初期にはゾンビが現れていましたよね? 今や全世界がゾンビや化け物たちが巣食う文明が崩壊した世界になっています。とはいえ復興は始まっていますので安心してください。あ、これ証拠兼土産ってことで」
リュックサックからお馴染みの空気の入った缶詰を取り出して
「これ、中身は蒸しパンなので。甘いですので皆さんで食べてください」
ヘラリとまた笑い、サクヤへと目で合図をするとサクヤも缶詰をゴロゴロと取り出して床へとぶちまける。五感がある人形なので缶詰の入ったリュックサックはかなり重く感じていたので、二人してホッとしていたり。
わっ、と子供から缶詰に群がってきて食べて良いの? と窺うような眼をしてくるので軽く踊る。………頷きたかったのだが、エモーションリングの下に踊る、斜め下に頷くがあるので、踊るを選択することが多くなってしまうのだ。気をつけないとなぁ。ちらりとサクヤを見るとやはり踊っていたので、二人でゲーム下手な可能性が浮上していたりする。
「ありがと~、お兄さん!」
「あま~い!」
「美味しい!」
子供たちが喜び、そこに大人たちも頭を下げながらお礼を言ってくるのを、うんうんと頷くのではなく、また踊る。うん、しっかりと選択をしてエモーションをとろう。変なおじさんたちに見えちゃうし。
遥の反省は既に遅く、皆はなにかあったら踊る変わった人たちだけど良い人そうだと思っていた。アホ娘とほとんど扱いが一緒である。
「ありがとうございますじゃ。この礼はこのピラミッド内部の説明でよろしいでしょうか?」
財宝を取りに来たということなので権左衛門さん改めゴンさんは目に少しだけ鋭さを混ぜて聞いてくるので、慎重にエモーション選択をして頷くことに成功する遥。
「まずは住んでいけている状態から案内してください。佐子さんだっけ? 案内お願いできる?」
「あ、私でよければ。良いですよねゴンさん?」
一応確認を佐子はゴンにして、許可の頷きを受けて案内してくれることになった。
「ご主人様、避難民とのイベントを一気にスキップしましたね。私も面倒くさいのは嫌いなのでナイスです」
「何回このやりとりをしていると思っているんだよ。もうマニュアル作成しても良いんじゃないかな?」
二人で軽口を叩きながら佐子へとついていくと、佐子は尊敬の視線を向けてきていた。なんじゃらほい?
「お二人は今まで私たちみたいな人たちを助けてきたんですね。アホっぽい頼りにならなそうな人たちだと思っていましたけど間違っていました! ごめんなさい!」
「うん、アホっぽいというフレーズが気になるね。サクヤだけだよね? 私は入っていないよね?」
「佐子さん、アホっぽいというのはご主人様だけですよね? クールで理知的な私は入っていませんよね?」
息を合わせて二人して佐子へと問い詰めるので、佐子はタジタジとなってなんとか弁明をしようとするのであった。