547話 おっさんは困る
追悼式も終わり平常時へと戻った若木シティ。本日は誰が設立したか、崩壊前にあった経済についての連合のような集まりにおっさんは出席していた。
ちなみに名前があったし聞いてはいたが、もちろんおっさんは忘れていたりする。なんか響きが以前と同じだったが、正確な団体の名称は覚えていない。
適当なおっさんなので覚えられないんだよと、最近開き直っているのは朝倉遥。もはや適当は権能ですのでと、威張って言う勢いだ。
「では今月の定例会を終えたいと思います。なにかご質問はありますでしょうか」
議長役の四季が周りを見ながら確認する。コクリコクリと皆は頷く。コクリコクリと舟を漕ぎ寝そうなおっさんはようやく終わりかと面々を眺める。
鉄道会社社長から、サルベージギルド、詩音の複合警備会社に、ダンジョンギルド、もちろん光井コーポレーションも荒須総合エネルギー会社の人たちも出席していた。
以前と違い、段々と私のシティもでかくなったねと少し嬉しい。
だが、視線を合わすと噛みつきそうなナナがいるのが非常に困ります。
この間、レキとしてスルーできたのに、今度はおっさんの番らしい。困るなぁ。
それともう一人、視線を合わすと噛み付いてくる叶得がいるのが、非常に困ります。
たぶんスルーできないで、問い詰められるんだろう。物凄く困ります。
二人のビッグボスに内心ではため息を吐き、外見はきりりとした顔で会議を終える。
待ってましたと二人が小走りで近づいてくるのを見て、逃げるのを諦めちゃう。
「なにか用かね? あぁ、荒須社長、最近は水、電気共に消費量が増えてきている。この件はいったいどうなっているのか」
「うっ……。た、たぶん人口が増えてきたからだと思います」
勢い込んでやってきて、カウンターを受けたナナはよろめき怯む。
フフフ、そうだろう、そうだろう。ナナさん、君が資料に全然目を通していないのはお見透しだっ!
おっさんも同様でしょうと言われたら、秘書を通してくれと逃げる気満々な遥はほくそ笑む。
「秘書を通してください! たぶん答えられます!」
悲報、ナナも同じ逃げ方だった。
「あ〜、もうっ! なんで増えているかは、人口も増えたけど様々な業種が増えてきたからよっ! ちょっとした小さな町工場がポコポコできたからよ。日常生活が戻ってきて、足りない日常品や、便利グッズとかを作る所が増えてきたからよっ!」
あっさりと答えたのは褐色少女であった。さすが光井コーポレーションのトップ、そこの名前だけは社長な人とは違う。ナナさんや、感心していないで勉強を……。まぁ、オーナーなだけでいっか。私もそうだし。
おっさんは仕事をやっているフリをしているので、ナナよりもたちが悪いが、自分のことなので見ないフリをするおっさんである。
「答えたから、こちらの質問にも答えてください!」
「君はまったく答えられなかったが……まぁ、良いだろう。どこか静かなところで」
「大丈夫よっ! もうおでん屋を貸し切りにしているから」
よくできた婚約者だことと、遥は叶得を見て苦笑いを隠せないのであった。
なにせおでん屋だし。褐色少女の考え方が怖すぎる。自分が主導権を取る気満々な様子なので。
もはや場末とは言えない水無月姉妹のおでん屋さん。美人姉妹のおでん屋さんな点で場末どころか、高級レストランに早変わり。内装は変わらないんだけどね。
クールなおっさんでなければ、店の隅っこでちびちびとお酒を飲んで騒がしい雰囲気も良いもんだねと、なぜか上から目線で客を眺めて悦に入っていたかもしれない寂しいおっさんであったのだが、ナナシからのおっさんデビューなのでそうはいかない模様。
おっさんデビューって、なに? と聞かれたらおっさんデビューはおっさんデビューですとだけ答える遥です。
古びたテーブルを裸電球が照らす中で、遥は対面に座るナナと叶得、両斜め横に座る水無月姉妹に包囲されていた。もはや逃げ場はなくちょっと怖い。怖いけど美人たちに囲まれるのって、なんか良いよねとかも考えていたり。
言われることはレキとの関係についてだろうと、緊張して待つと叶得が軽く息を吸って言ってきた。
「朝倉遥って、本名は言うのね。黙っていたことは頭にくるけど理由が理由だし許してあげるわっ! それよりも言いたいことはね」
間をあけて話を続ける褐色少女におっさんがゴクリと唾を飲み込み待ち構えると
「新居のことよっ! 結婚したら新居はどうするつもりかしらっ? どこに住むつもりっ?」
予想とまったく違う言葉が耳に入ってきたので驚く。新居の話なの?
「ええっ!」
「新居?」
「ブハッ、さすが叶得ちゃん」
ナナが驚き、穂香が不思議そうに首を傾げ、晶が吹き出して爆笑する。
「ちょ、ちょっと叶得ちゃん! 朝倉さんにレキちゃんへと名乗り出ることをお願いするんじゃ?」
予想と違ったのはナナも同じなので、慌てて非難の声をあげるが、その声を受け流してあっさりと答える叶得。
「そんなことは些細なことよっ! そんなことより新居の話ねっ!」
「そんなことじゃないよっ! レキちゃんの未来が」
「かかっているというのかしら? それを貴女が取り戻してあげようと? 小さな親切、余計なお世話とはこのことを言うのねっ!」
バッサリとナナの言い分を途中から切り捨てる褐色少女に不満を露わにするナナであったが
「レキのため? 貴女の基準で考えないことね」
冷たい目で叶得は告げる。
「だって父親がいたと知ったら必ず大喜びをレキちゃんはするはずだよ!」
その言葉にナナが多少怒って声を荒げるが叶得は静かに聞いてきた。
「レキに貴女にお父さんはいますかって、一度真面目に尋ねれば良いわ。答えはきっと……いますと返って来るはずよ」
叶得の言葉にナナはギョッと目を剥いて遥へと顔を向ける。
「レキちゃんは貴方が父親だって知っているんですか! でも、そんなそぶり、欠片も見たことが……」
「レキは頭が良いわっ! どんな乗り物も操縦できて、様々な知識も持っているの。紛れもなく天才というやつね。そんな娘が知らないと思う方が不自然よっ!」
ねっ、と褐色少女が遥へと顔を向けてくるので、ナイスパスと天才ストライカーのおっさんはボールを受け取り
「さすがは叶得君だな……。たしかにあの娘は悟っているだろう。ただ、表面には出すつもりはないのだ、優しい娘だからな」
嘆息をして、多少陰のあるおっさんを演じて強引なドリブルでゴールを割ろうとする。某サッカーゲームではキーパーを吹き飛ばした方が点が入ったのだ。必殺シュートだとあっさりと止められてガッツがすぐに足りなくなったのだ。
「うぅ……それじゃ、私は空回りしていたんですか?」
たしかにあの好奇心の塊のレキが一度も両親のことを調べないなんてあるわけがない。そして優しい少女は朝倉遥の苦悩も考えて、黙っていたのだと言う方が合点がいく。
あの時、父親の話を振られた時、レキちゃんはどんな気持ちだったのだろうかと、いたたまれなくなってしまう。彼女が笑顔で惚けていたのだと思うと……。
「まぁ、レキはそんなことで怒らないわよっ! だいたいあんたがしてきたことは予想がつくけど」
「うぅ……、そうかなぁ? 謝るのも、さらに傷つけちゃうだけだろうし」
あの少女は笑顔で許してくれるだろうが、それはナナの自己満足の為の謝罪にしかならないだろう。
「と言う訳で、ヘタレな父娘は放置して新居の話よっ! どこに建てる? 建てたら友人もたくさん呼ばないとねっと。お披露目は大事よっ!」
悩むナナは放置して叶得が新居の話を再度始めるが、その内容に思わず遥はニヤリと笑ってしまった。なるほど、なかなか上手い言い回しじゃん。ナナの直結な性格だと考えないやり方だ。
「叶得君、ヘタレとは酷いがやるな」
ついつい褐色少女を褒める言葉を口にすると、テレテレと顔を真っ赤にしてそっぽを向き憎まれ口を叩く。
「違うわっ! 全部私のためよっ! 私の幸せのための話なんだから」
何の話? とテーブルに突っ伏していたナナが顔をあげて今の話がどこが変なのか考えて、水無月姉妹は感嘆の声をあげちゃう。
「お姉ちゃん! 叶得が正妻ぶりを発揮しているよ!」
「ん~、さすがは叶得さんね。感心の声しかあげられないわ」
二人で顔を見合わせて興奮気味に話し合い、うぬぬとナナが悔しそうに唸る。
「………まぁ、お披露目なら仕方ないだろう。ただ、泊まっていくこともないとは思うがな。彼女には彼女の生活があるし、私にも私の生活があるんでな」
ニヤニヤと笑う遥を周りの面々は珍しいと思いながら眺めて、叶得は得意げにふんふんと鼻息荒く頷く。
「それは仕方ないわねっ。別に良いんじゃないかしら? なるようになればいいのよっ」
「むぅ………。それがスマートなやり方というわけですか………。むぅ」
ナナが不満そうだが、それが良いかもと思い直し口にする。そして落ち込みテーブルにまた突っ伏してしまう。なんだか凄い面倒くさい女性になったナナである。知ってるかい? これで酒を一滴も口にしていないんだぜ。
「ナナが大袈裟に騒いでいたから、私も動けたんだしあんたの無鉄砲な行動を私は嫌いじゃないわよっ」
「なるほど、ツンデレ………。現実でツンデレだよ。改めて感心しちゃったよ僕」
「そうですね。でも、今度はあまり上手くないかもですね」
晶と穂香の言う通り、ナナは突っ伏したまま動かない。だいぶ参ってしまった模様。
だが、おっさんはこのメンツで唯一の手立てを持っていた。こればっかりは褐色少女でも無理な提案だ。
「穂香君。今日は私の奢りだ。この女性に………大根役者と日本酒をあげてくれたまえ、いや、大根と日本酒だった」
その言葉に赤面してガバリと顔をあげてナナがこちらを見てくる。
「も、もしかして………レキちゃんとの会話を知っているんですか?」
クールに肩を竦めておっさんは笑う。
「もちろんだ。叶得君が知っていて、私が知らないわけがないだろう?」
なにしろ本人だよと内心で思うが、中の人などレキにはいないはずなので記憶を捏造したのかも。
「ぎゃー! 止めてください! 忘れてください! 今度レキちゃんにどんな顔をして会えば………」
頭を抱えて、羞恥に悶えるナナ。そこに穂香がおでんを持ってきてコトリとテーブルにのせる。
「はい、ナナさん。おでんの盛り合わせです。大根は多めにしておきましたよ」
にっこりとおしとやかに微笑みながらの穂香の言葉にナナは耳まで真っ赤になり
「日本酒がないよっ! 今日はとことん飲むからね! 朝倉遥さん、付き合ってもらいますから!」
「まぁ、良いだろう。付き合おうではないか。悪いが私は酒が強いぞ」
おっさんがたまには美女と飲んでも良いだろうと、楽しそうにちいさく口元を曲げながら答えてコップを手にする。
そうして叶得へと視線を向けて優しくお礼を言う。
「新居か。なるほどな、ナイスアイデアだ」
「そう? 新居は後で相談しましょうねっ!」
ムフンと息を吐き、叶得は絶壁の胸をそらす。
「酔いながらだと、過ちがあるかもっ!」
「少し卑怯ですが………これも戦争ですからね」
水無月姉妹が怪しいことをコソコソ話して、ガンガンとナナが酒を飲み
「新居か………。ナイスアイデアだね。新居ね………」
おっさんは他の計画を思いつき、密かにニマニマと笑うのであった。




