546話 溝を深くしたいおっさん少女
「えーっ! あれからお父さんと会ってないの?」
ガタンと椅子を倒してナナは驚きで叫ぶ。
目の前の幼げな少女は不思議そうな表情でまむまむとケーキを頬張りながら、コテンと首を傾げる。
「お父さんって、誰の事ですか? 誰かのお父さんが見つかったですか? それならお祝いを言わないと」
幼げな少女ことナナが大好きな朝倉レキは良かったですねとニコリと微笑み、再びケーキへと手を伸ばす。
ここがどこかというと、若木ビル宴会場である。那由多代表の追悼式はあれから続いており、もはや哀しむ様子はなく、大人たちはタダ酒を飲んで騒いだり、食べ放題の甘味の数々を前に女子供たちが群がって食べていたりしていた。まぁ、あんまり追悼式にしては良くはないが、特に気にする必要はないだろう。
なにしろ人形の追悼式だし。ばれたら大変なことは間違いない。しかし火葬にしてしまったので、もはやばれることはないのだ。
そんな宴会場では豪族をはじめ、仙崎や蝶野、リィズやみーちゃん、玲奈や詩音の姿も見えた。
子供な少女であるレキはもちろん子供なのでケーキの食べ放題を楽しんでいた。子供だからね。不思議なことにおっさんとは違い胸やけしそうになるとかはない。若くてぴちぴちな子供だから。断じておっさんの魂が中にいたりなんかしない。しないはずだ。
ナナはケーキにかぶりついているレキへと近づいてきて、お父さんとの暮らしはどうかな? と尋ねてきたのである。
そこでレキは不思議そうな顔で、お父さんって、誰のですかと答えたのである。
おっさんのスキルも使えるようになったレキは演技スキル様の力で演技ができるのだ。普段は切っているがこういう時には役に立つ。
「………あれから、お父さんと名乗る人がレキちゃんに話しかけに来なかった?」
顎に手をあてて多少俯きながらナナが尋ねてくるので、ケーキを片手にもって、口元を生クリームだらけにして子供にしか見えないレキは意味がわかりませんと、首を横に振り否定する。子供な演技は完璧である。演技スキル使ってないでしょうとか、それは素だよねとかいうツッコミはいりません。
「お父さんになってあげるよ、ぐふふ。なんて言って近づいてくる人はもれなく警察へ通報してあげるので大丈夫です」
「それは大丈夫だけど、そっちの意味じゃなくてさ。本当に那由多代表が亡くなったあとに誰も来なかった? 男性がさ、冷酷で人当りが悪そうな狡猾な男性が」
「そんな男性と言えばナナシさんだけ会いました」
相変わらずのナナシの評価は酷いねと内心で苦笑しつつレキが答えると、その言葉にピクリと反応して肩を掴んできて勢い込んでナナが言ってくる。ナナさん、顔が近いです。近すぎます。
「そう! ナナシさん! なにか言ってこなかった? ほら、今まで隠していて~とか、私がほにゃらら~とか」
必死な様子で内容を誤魔化しながら語るナナ。
しかしながら最初からの会話を考えると、誰が何を言いたいのかもろばれなんですが? 子供ぐらいしかそれで誤魔化されないよ?
もちろん、レキは子供だから誤魔化されちゃうんだけどね。
レキぼでぃを悪用することに関しては追随を許さない第一人者はキョトンとした表情で答えてあげる。
「そういえばナナシさんにはお疲れ様だったなって、お菓子の無料券をたくさんもらいました! 本部のケーキとかと引き換える事ができる券、1年分でーす」
パンパカパーンとちっこいおててにずらりとお食事券を並べてもって、フンスと息を吐いて得意げな表情になるレキ。愛らしく無邪気に微笑む姿は可愛らしくて、周囲で様子を窺っていた人たちから微笑みが零れる。
「そうじゃなくって………そういえばナナシさんの本当の名前って聞いた?」
もどかしそうにしながら、話題を変えるナナ。話題の変え方が下手すぎる。どうしよう、演技スキル様でも無理かもしれない。
だがレキはめげないのだ。精神世界でも柱の陰からチラチラと様子を見ていて、レキ人形は自宅の寝室に引きこもっているのだ。ドライたちと一緒にいるから引きこもりの定義が疑わしいが。あの人形はパワーを使わなければ、数百年は持つぐらいには残っているのだから。
「たしか朝倉遥さんですよね、なんでナナシさんと名乗っていたのでしょうか? まさか二つ名! う~ん、なるほど………。私も二つ名が欲しいです、超能力幕の内弁当のレキとかどうでしょうか?」
「その二つ名はカッコ悪いから止めておこうね。そうじゃなくって、朝倉ってレキちゃんと同じ苗字だなぁ~って」
やばいよ、ナナさんは絶望的に演技が下手なことを初めて知ってしまったよと、ナナの棒読みのセリフに慄きながらレキは頑張る。
「そうですね。朝倉って意外と苗字として多いですよね。私の知り合いに朝倉って苗字の人は他に3人もいますよ」
「あ~、そうじゃなくってレキちゃんと同じだなぁって」
「そうですね。珍しくもない苗字ですし」
「うぬぬ………」
さすがの大根役者ナナもあとに続く言葉がないだろうと、唸る英雄を見つめて安堵していると
「レキちゃんはお父さんがいるとしたら、どんな人が良い?」
めげなかった。主人公気質のナナだけはある。でもそれはどうなんだろうか? あんまり父親がいない子供に尋ねてはいけない残酷な言葉だ。まぁ、レキにはいると勘違いしているから良いんだけどさ。
「えっと、コーホーコーホーと息をして、黒いヘルメットに黒いマント、黒い鎧を着て、手からはベアークローを生やしていて、決戦時に私がお前の父だと名乗るお父さんが良いですね」
「そんな父親像じゃなくてさ! 真面目に」
レキ自身は渾身のボケだと自信ありのアホの言葉にナナがツッコミを入れてきたが
「おい、荒須! こっちこい! ちょっと話がある!」
蝶野が少し離れた場所からナナに声をかける。
「え~、蝶野さん、今は大事な話があるんですけど………」
ナナが唇を尖らせて不満顔になるが、蝶野の至極真面目な表情になにかあると思って立ち去る。
「それじゃ、レキちゃん。また後でね」
「はい、ナナさん。またあとで」
やったぜ、乗り切ったぜと心の中で快哉をあげて万歳三唱をするレキ。
そこへ、ひょっこりとリィズがみーちゃんと一緒に顔を出す。どうやらナナとの話が終わるまで待っていた模様。
「レキ、その手に持つお食事券にリィズは興味深々」
「きゃー! みーちゃんも興味深々です。みーちゃんも!」
二人の愛らしい少女たちへと満面の笑みでレキはお食事券をフリフリと振って見せる。
「わかりました。次のお休みに本部に食べ放題グルメツアーに招待します。美味しいものをたくさん食べましょう」
「ん、なら千冬も呼んでほしい。4人でグルメツアー巡りをする」
「わーい! ママに伝えておくねっ。許してもらえるかなぁ」
「大丈夫ですよ。みーちゃんが良い子であれば」
そうしてレキは先程のナナとの会話は銀河の果てに投げ捨てて、王女が尋ねにこなければ再び戻ることもないようにすると、少女たちと今度の休みについて、キャッキャッと話し合うのであった。
ナナは不満の表情で蝶野へと近づき尋ねる。
「蝶野さん、なにか御用ですか? 私は今レキちゃんと大事な話をしているんですけど」
蝶野は奥さんと一緒に料理を楽しんでいたようで、隣には蝶野妻もいた。
近づいてきたナナを蝶野はため息と共に迎えて口を開く。
「荒須、お前の話がここまで聞こえてきたぞ? なんだってあんな会話をこんなとこでした?」
「だって………レキちゃんはあれからどうしているかなって思いまして。そうしたら、未だに父親として会っていないって言うから………」
ナナは既にレキちゃんが朝倉遥と一緒に暮らしていると思っていたのだ。だからなにか困ったことがないかとか、不満はないか、どんな暮らしをしているか聞きたかったのだ。
だが、蓋を開けてみれば朝倉遥はレキちゃんに自分が父親だと名乗っていることもしていないらしい。驚きと共になんとかレキちゃんに朝倉遥が父親だと教えてあげようと思ったのだ。
不満ありありのナナの言葉に蝶野妻が真面目な表情で口を挟む。
「だからあんな下手くそな演技でレキちゃんに教えようとしていたのね。でも周りにたくさん人がいるし、ピンとくる人もいるだろうから駄目よ。それに子供にはあの演技でも気づかれるのは難しいわね」
耳をそばだてて情報を集めている人もいるのだ。だからこそ注意しないといけない。特に父親だと名乗りをあげていないのだから。
「でも………なんで名乗り出ていないんですか? あんなに頑張っていたのに………。悔しいけれども認めます。あの人が………頑張ってできるだけレキちゃんに安全に、心に陰をもたないように動いていたのだろうことを」
「仕方ないな………。少し場所を変えるか」
嘆息して蝶野が奥さんとナナを連れて、ドームの人気がないところに移動をする。
周囲のざわついている人々を縫うように移動して、ここなら良いかとスタッフオンリーと書いてあり扉の前て立ち止まり、ナナへと言う。
「なぁ、荒須? 自分が名乗るために朝倉遥は頑張ってきたんじゃないと俺は思うんだ」
「それじゃあ、どうしてですか? これまでレキちゃんの為に頑張ってきたんじゃないですか? あとはレキちゃんと一緒に幸せに暮らしてハッピーエンドじゃないですか」
疑問を口にするナナに蝶野妻が穏やかな目で見つめる。
「………荒須さん、きっとハッピーエンドを目指して朝倉遥さんは名を捨てて頑張ってきたんじゃないと思うの」
「ハッピーエンドを目指さないんですか?」
ナナの言葉にかぶりを振って蝶野妻は答える。
「なにがハッピーエンドなのかによるわ。きっとね、朝倉遥さんのハッピーエンドはナナさんの考えとは違うの」
「それはなんだと思うんですか?」
「それはね………きっとレキちゃんの幸せよ。子供が幸せに暮らしていけるようにと頑張ってきたのよ。そして幸せに暮らすレキちゃんの未来にはきっと自分は入っていないのよ」
寂しげな悲し気な様子を見せる蝶野妻。既に夫から教えてもらったが、朝倉遥は超能力者を作り出す実験にレキを被検体として差し出したらしい。それは自身の意思ではなく、なにか本人にはどうしようもない事情があったらしいが。それでも差し出したことに代わりはなく、父として罪悪感を持ち、これからも遠くで見守っていくつもりなのだろうと思うのだ。
「あぁ、まだ子供がいない荒須にはわからないだろうが………子供のためならなんでもできるのが親というわけだ。きっとそれが親心なのさ」
蝶野も妻の話に頷きながら同意する。きっと贖罪も込めてのことだろうと蝶野も予想していた。
二人の様子を見てナナはそうなのかと思う。自分自身が幸せな子供の未来にいない。そんなものなのだろうか? 親というものは………。
「わかったか荒須? 納得したらお姫様にはあんまりこの手の話を振るな。彼女はあれでなかなか敏いからな、気づくかも………。いや、まさかな」
まさか朝倉遥が父親だと気づいているのだろうか? レキは頭は悪くないどころか、実際は頭が良い。だが、父親の気持ちも悟り、誤魔化しているのだとしたら………。悲しいことだ。
「わかりました。レキちゃんにはこの話題は止めておきます」
ナナの言葉に蝶野は一瞬の間で考えた内容を振り払いホッと安堵の息を吐き
「朝倉遥に会って、レキちゃんへと父親だと名乗りでるように伝えます」
フンスと息を吐き、意気込む荒須ナナを見て疲れて肩を落とすのであった。