545話 那由多の死後
若木シティの面々はモノリス型空中展開型モニターの前に大勢集まっていた。
皆は悲しげな人や不安そうな人々が集まり、放送が始まるのを話し合いながら待っていた。那由多代表がミュータントの侵入により命を落としたことは既に知れており、次の国王こと社長の所信表明をする日なのだ。
そんな人々が待つ時間がきて、モニターにくたびれたおっさん率いるエリート軍団が現れる。
くたびれたおっさんが壇上に立ち、その両横にずらりとエリート幹部たちが並んでおり、以前は那由多代表の演説時だったフォーメーションだ。
演技スキル様がいなければくたびれたおっさんにしか見えないはずの朝倉遥は、それはもう冷酷そうなできるおっさんに見えていた。
見えなければ即座に、あれ? ここはどこですかと惚けて壇上からスタコラと逃げているのは間違いない。
そんなできる男に見える詐欺師朝倉遥は放送が始まったためドキドキしながら口を開く。
「どうも皆さん。私の名前は朝倉遥、那由多代表の後継を務めさせてもらうことになった。よろしくお願いする。基本は那由多元代表の理念を受け継ぎ、変わらぬ国民のための政策を行っていくことを約束しよう」
ざわざわとざわつき人々は顔を見合わせる。
「あの人はたしかナナシさんだろう?」
「本名は朝倉だったのか」
「朝倉って、どこかで聞いたことがある苗字じゃないか?」
よくある名前なのでスルーしてほしい。これ以上レキが娘だと言われ続けたら、怒りゲージが天元突破しちゃうかもしれない少女がいるので。
と内心は焦りまくりであったが、表情には一切出さずに遥は言葉を続ける。
「皆さんも既知のとおり、那由多元代表はミュータントに殺された。安全であるはずの本部で殺されるという凶事であったが、これは常にミュータントとの戦いは目の前にあるということだ。ならばミュータントを恐れてこれから暮せば良いと言うのだろうか? 断じて否だ!」
オーバーリアクションで手を振りながら強い声音で遥は言う。ちなみにカメラに台本が置かれており、その横で身振りの手本をドライがやっていたり。
こうでつよ、と幼女がちっこい手足を振って手本を示すのはほんわかして可愛らしい。そして幼女に手本を見せてもらうおっさんがここにいた。
そんな裏舞台となっているとは露知らず、民衆は固唾を飲んで話に聞き入る。
「ミュータントの数は推測で人間の300倍はいると思われる。しかも異能を使い人々を奴隷どころか餌として飼う奴等も多い! そのような化物たちとの戦いは勝利以外にない。亡くなった那由多元代表もミュータントに対して臆することなく戦い惜しくも亡くなられた。私たちもミュータントとの戦争に勝ち抜き、世界を復興させていこうではないか!」
わあっ、と叫びながら、手をあげて声をあげる民衆の一部。
「そうだ。復興のために尽力した那由多代表のためにも!」
「俺たちはミュータントたちに勝つぞ!」
「私たちのためにも復興を成すのよ!」
「今日のおやつはご馳走でつ」
最後の発言者のせいでサクラかもと思われる可能性があったが、幸い気づかれずに周りも賛同していき、大歓声のままに遥の演説は締められる。
「最後に那由多元代表を悼んで、本日は食料と酒を用意した。皆で食べてほしい。以上だ」
人々はその言葉にて、那由多が亡くなったことを悼んで、宴会をするのであった。
雑然とした中で人々はシェルター兼公民館へと移動する。万が一ミュータントが発生した際や、大火災や地震などの時に避難できる大型建物である。各地に建設されており、普段はドーム型の公民館はスポーツや催し物に使われているが、それでも人口からすると大袈裟ではと言われそうな程の場所をとっていた。
地下施設もあり、最大五万人が避難できるうえに、二年間は住めるように物資も集められている。ボタンをポチリで仮設マンションが広々としたグラウンドに現れるのだ。使う頻度を考えれば、無駄な金を注ぎ込んでいるが、崩壊後の世界で文句をつける人間はいなかった。仮設のマンションってなんだろうと不思議がる人はいたけど。
おっさんが災害頻度はまったく発生しないに設定できないのと、ゲーム脳からの発言をして、それなら人口をカバーするシェルターを作ろうと考えたのだ。
シムなゲームとかでは治安は警察署を作りまくり完璧に、災害は消防署をたくさん作った上に発生しないに、そしてそんなに建物を作るから破産してゲームオーバーになるのがいつもの流れであったりする。
そんな維持費が大変そうな箱モノの一つに一万人近くの人が集まっていた。最大五万人とは言っても様々な場所で追悼式は行われているので、この程度の人数であった。
そのドームに少女が複雑そうな表情でいた。
バイキング形式でずらりと広大なグラウンドにはテーブルの上に美味しそうな料理や酒に、忙しなく料理人が少し離れた場所でさらに料理を作っているので尽きることもなさそうだ。
その様子を見ながら少女はお皿に分厚いローストビーフを二枚のせて呟く。
「ナナシさんがレキちゃんの父親かぁ……」
ため息を吐きながら肉にかぶりつくのは、そろそろ大人びてきた銀行員の織田椎菜である。
サイドテールをピコピコと振りながら、今日は休日となったのでカジュアルな格好だ。
「なに複雑な表情してるの? なにを順番に食べるか迷ってる?」
横から声をかけてきた親友に、ムッと頬を膨らませて答える。そんな姿はまだまだ子供っぽい。
「違うよ! なんというか、さ。レキちゃんを非道な大樹やナナシさんから救い出すんだぁと頑張って……は、いなかったけど、陰から思っていたのに、実際はナナシさんがレキちゃんを一番守っていたらしいから……」
椎菜の親友、不破結花へと迷いながらも話し出す。
少し前にナナさんと会って、ナナシさんの事を聞かされた。やはりナナさんも複雑そうな表情はしていたが、それでもレキちゃんを守っていたのはナナシさんだと真実を教えてくれたのだ。
名を捨てて、娘のために陰から懸命に頑張っていたらしい。日々の生活に追われて、レキちゃんと遊ぶぐらいしかしなかった自分とは大違いである。
実際はおっさんもレキぼでぃで、いつも遊んでいたのだが。
そんな椎菜へとあっけらかんとした口調で結花は答えてきた。
「ん〜……。私としては、誰かがレキちゃんを守っているんだろうなぁとは予測していたけど。さすがに父親だとは思わなかったけど」
その言葉に椎菜は仰天して、問い詰めるように迫って聞く。
「え? いつ? 私は全然思わなかったけど!」
「ん? 最初からだよ?」
「さ、最初から? どうして? 理由は?」
椎菜はなぜ結花がそんな予測をしたのかさっぱりわからなかった。戦いのために生まれた悲劇の少女であったのだから。
どうして守っている人がいると予測できたのか聞くと、その言葉に少し考え込んで口にする結花。
「レキちゃんはいつも笑顔だったよ。無邪気に全力で遊んでいたよ?」
「で、でもそれは戦いとは関係ない息抜きだから……」
「椎菜……。過酷な戦いばかりで、多少息抜きをできたとしても影もなく無邪気に遊べる人はいないよ。特にあんな小さな少女が。レキちゃんはアホそうに見えるけど、実際は頭が良いよね? あぁ、きっとこの娘を心から守っている人がいるんだろうなぁと思っていたよ」
実際はアホそうではなく、アホな可能性のあるレキの中の人だが、そこまでは幸いなことに気づかれなかった。
優しい瞳で結花が椎菜を見つめて語る言葉にハッとする。たしかにその通りだ。彼女はいつも暗い顔など見せずに遊んでいた。人々を救っていた。無理難題を叶えてくれる大人がいると言っていた。
輝くような笑顔でいつもいた少女。戦場にいるのに、常に命懸けであったのに、そんなところは見せたことがなかった。真面目な話をするときに、まるで大人のように自分よりもずっと大人びた顔を見せてくれた時は多々あったが。
結花の言う通りだった。自然な笑顔、あの無邪気な笑顔を守っている人がいるはずだった。それがナナシという名を捨ててまで娘を助けたいと頑張って働いていた朝倉遥という父親だったのだ。
「なんだそうだったんだね。レキちゃんは常に見守られてきたんだね」
ホロリと目から一筋の涙が流れる。それはレキという少女を想い、見守る人がいることに嬉しさで流す涙であった。
「そうだよ。だから次はレキちゃんの幸せを手伝えばいいんじゃないかな。きっと私たちにもできるよ。具体的には遊べばいいと思うよ。きっとレキちゃんなら喜ぶと思うし」
結花が笑顔でそんな提案をウシシと悪戯そうな笑みを浮かべて言うので、なにか下心があるなと付き合いの長い椎菜は気づきチョップを入れる。
「またクレープを作ってもらおうとしているでしょ。そう言うのはダメだからね」
「おおぅ、椎菜も遂にエスパーに目覚めたか! 私の考えを読んじゃうとは」
ケラケラと冗談まじりに答えて結花はおどけて見せる。
「その通り。私はエスパー椎菜なのです。ひかえおろう~」
胸をはり、ふざけながら椎菜は少し真面目な表情になって呟くように言う。
「ナナシさん………。いい人だと良いけど………」
きっとこれからレキちゃんと一緒に暮らすのだろうと考えて、お人好しな少女と、あの冷酷そうな男性が上手く一緒に暮らせるのだろうかと不安になる。本当は凄い良い人でニコニコと笑顔を絶やさない男性に変身するのだろうか?
首を捻って、あの見た人を怯えさせる冷たい視線を思い出して
「想像ができないよね。レキちゃん大丈夫かなぁ」
まったく想像できずに苦笑交じりに呟くと
「あっはっはっは、ナナシさんが良い人なわけないじゃない! 椎菜だってあのこわ~い視線に怯んだことがたくさんあるでしょ?」
結花が腹を抱えて爆笑する。たしかにその通りだ。銀行のトップでもあるナナシ頭取にお茶を持っていくときでも緊張して身体が震えたことは数知れず。でも………
「あの人………私たちがレキちゃんの友人だと聞いて銀行に採用してくれたよ?」
「うんうん、だから良い人じゃなくてさ………レキちゃんに甘い親バカなんだよ」
楽しそうにウィンクをパチリとしてくる結花の言葉がスコンと納得が言って頷く。
「たしかにその通りだよ。そっか………あの人は親バカか………」
ならレキちゃんと暮らしても上手くいくだろう。
周りにいる人たちはこれからの政策を話していたりするが、不安より期待の方が多いようだった。
朝倉遥………あの王様は公私ともに頑張るんだろうと椎菜はなぜか笑みが零れて、結花と二人、父と義妹が笑う二人を見て不思議な表情をしながら来るまで笑い続けるのであった。
「あーあー、奥さん、ドアを開けたまえ。ちょっと開けてくれたまえ」
拡声器を持っておっさんは自宅の寝室の前にいた。かなり困った顔でお皿を取り出す。
「奥さんの好きなキングメロリンのフルーツケーキだよ。メロンと生クリームが合わさって最高の味わいだよ。だから寝室のドアを開けてくれないかな?」
そっとケーキののったお皿を寝室の前に置く。
そっと幼女が柱の陰からでてきて、おててに置かれたケーキのお皿を抱えて逃げていく。
まだまだケーキはあるんだよとポーチから取り出せば、まだまだあたちたちもいまつ、と柱の陰に行列しているドライたちがいたりもする。先頭の幼女が次はあたちの番ですねとワクワクしているが、おっさんは遊んでいないんだけど。
そっとドアが開き、未だパワーを残しているレキ人形が顔を出してきて、不満顔で唇を突き出して文句というか命令を言う。
「旦那様、旦那様の娘として一緒に暮らすストーリーは断固拒否します。あと、ケーキを食べられるようにこの人形を改造してください」
朝倉レキ、おっさんの娘役は嫌で一緒に暮らしても娘扱いをされることは確実だと言ってきたのである。レキのお願いを断ることはないので命令でいいだろう。
「わかったよ。まぁ、一緒に暮らすとそうなるだろうから、そこはなんとかしようか」
遥はツヴァイたちになんとかしてもらおうと他力本願でレキのお願いを聞くのであった。