543話 アクナと戦闘民族な美少女
アクナは目の前の少女を見て動揺を隠せなかった。サクヤ様は言ってきた。パワーが違うので負けることはないと。勝ったらそのまま眷属として使うと。
たしかに目の前の少女は自分に比べると脆弱なパワーしかなかった。簡単に勝てる相手だと考えていた。
だが、本当に勝てるのだろうかと、フッと心に影がよぎる。偉大なるサクヤ様の言葉に間違いなどあるはずがない。だが、………だが………。
アクナが困惑する中で少女は見抜いているように口を開く。
「さぁ、貴方の力を見せてください。私はそれを上回りましょう」
「ほざけっ! 内包する力の差に慄けっ!」
両手を引き絞り力を溜めて、アクナは少女へと叫び
「神技 風塵!」
超常の力は質量を持つ渦巻く風となり、アクナの両手から放たれる。
その攻撃は広範囲であり、両手から放たれるや渦巻く風は範囲を大きく広げ、レキどころか周囲をも巻き込む力だった。
「回避できない攻撃にて、私を倒そうとする。たしかにパワーで勝っている貴方の選択肢は正しい。ですが」
レキは常に冷静であり、無感情に戦っている。だが、僅かに眉間を険しく変えて、いつもとはちがう様相を見せて右腕を引き絞り呟く。
「私はパワーで隔絶した敵をも倒せるようにしたいので。貴方程度には負けられません」
迫りくる渦巻く風。回避したら空中都市に流れていく不安定さを見せている。そのため攻撃を躱すことはできないし
「回避するつもりもありません! 秘技 凝集指弾!」
人差し指と中指を伸ばして、レキは一瞬の間に集めた自身のパワー、即ち黄金の粒子をのせて攻撃する。
集めた黄金の粒子は渦巻く風の中心より僅かに外れた始点を貫き一気に風全体へと行き渡り、散らしてしまう。
パワーの違いがあるはずなのに、余波も残さずに消した威力にアクナは瞠目して驚きを混ぜた声音で言う。
「馬鹿なっ! 一箇所にパワーを集めすぎだ。それでは他の部分は雑魚同然の力しか残らないはず!」
アクナの目には少女のパワーが指先に集まった様子が見えていた。だが、集まり方が尋常ではなかった。
通常ならば自身が生み出したパワーは身体を巡り、超常の技に耐えうる強化を行う。その後にパワーを集めて超常の技を繰り出すはずなのだが……。
「貴様っ! 生み出したパワーを身体強化に使わず、ましてや自分に平常時に巡っているパワーも指先に集めたなっ! そんな状態で技を放てば、負荷に耐えきれず自分の技で自壊するぞっ!」
「自壊ぎりぎりにしていますので大丈夫です。貴方の言うとおりの技ですが、効果はこのとおり。貴方のパワーにもついていけました」
淡々と眠そうな眼でアクナを見つめながら平然とした様子で語るレキ。その様子に顔を歪めアクナは叫ぶ。
「しょ、正気ではない! パワーを集めている時ならば小突かれても貴様は死ぬのだぞ!」
パワーを集めすぎて、常時よりも他の身体部位は紙装甲へと変わっているのだ。攻撃を受けてもタダではすまない。まさに命懸けの技であるのにこの少女はまったくデメリットを考慮していない。敵を倒せればよいと考えているのだろうが、その考え方は異常であり狂気に満ちており………。
「ふ、フハハハハハ! まさに弱者の戦い方! だが、理解した。私が負けることなどあり得ないと! やはり雑魚であったか!」
アクナは高笑いをしながら、己が勝利を確信して高笑いをする。やはりサクヤ様の眷属たる自分が負けることなど考える必要はなかったのだ。
その様子にレキは冷静に無感情に眺めてコテンと首を傾げて問いかける。
「なぜ勝利を確信しているか知りませんが、まだ戦いは続いていますよ? そろそろボケが始まりましたか、おじいちゃん?」
「ふ、ふふふ。その技の弱点はわかりやすすぎる。そして残念だなぁぁぁ、私と貴様は相性が悪かった! 見よ! 私の真の姿を!」
叫びながら力を込めていくアクナの背中からなにかが破裂するように飛び出してきた。それは骨であり、筋肉繊維であり、皮膚であった。ただし銀色の金属でできていた。
膨大な量の金属はアクナを覆い、さらに身体を作っていく。瞬く間にその身体は形成されていった。
金属の筋肉繊維を部分的に覆い、骨の翼に六本の腕を生やした不気味な金属の骨の天使。剝き出しの頭蓋骨となっている頭の額部分にはアクナの上半身が生えており、全長は10メートルぐらいであった。
「フハハハハハ! 見よ! これこそが私の真の姿! デウスエクスマキナなり!」
デウスエクスマキナの声は周囲へと響き渡る大きさであり、空中都市のそれぞれの建物の窓ガラスが震え、僅かに降っていた雨は雨雲と共にかき散らされ、陽光がデウスエクスマキナを神々しく、そして禍々しく照らし出す。
「この姿の私はぁぁぁぁ、貴様の弱点である範囲攻撃とぉぉ、高速攻撃をををを、得意としておりぃぃぃ、かつパワーも先程よりも上回っているぅぅぅ! 貴様の一点に力を集めパワーの差を覆す命懸けの技はぁぁぁ、無駄なのだぁぁぁ! 残念だったなぁぁ!」
雑魚がぁ、と嘲り嗤いながらデウスエクスマキナが高笑いをするのを見て、レキは感心と嬉しさで微笑む。
「凝ったブリキの玩具になるとは感心しました。そして感謝を。貴方のような力の持ち主こそ戦いがいがあるというものです」
「はっ! その悪態がどこまで続くか見せてもらおうか!」
レキの言葉をハッタリだと聞き流し、六本の巨腕を振りかざしてデウスエクスマキナは襲い掛かるのであった。
本部ビルの空いた壁から、戦いを眺めていた豪族たちは突如として変身したアクナを見て驚き、聞こえてくる声に舌打ちをした。
「あの野郎! なにが神族だ、ただの機械じゃねぇか!」
「………わかったわ。アクナがなんで力を失くしていたか。そして今は力を取り戻したのか。きっとマテリアル燃料が必要だったのよ。そのために、人間にマテリアル技術を渡して燃料を作らせていたんだわっ! レキは生体部品にでもするつもりなのよっ!」
叶得がデウスエクスマキナを見て、その目的を看破する。
「なるほど………。セコイ敵だぜ、だから人間たちを操ったってわけかよ」
「しかし、あんな機械がいったいいつ作られたんでしょう?」
「本人が言ってたじゃろ? 昔に自分の同族は破壊されたと。恐らくは古代文明があったのじゃ。もはや滅んで遺跡すら残さない昔に」
忌々しそうに豪族が言い、仙崎のデウスエクスマキナがいつ作られたかの疑問に水無月のお爺ちゃんが推測を口にする。
納得して皆がデウスエクスマキナとレキへと視線を向ける中、ナナが心配気にポツリと呟く。
「なんかあの機械人形、不穏なことを言っていた………。パワーの差を覆すためにレキちゃんが命懸けの技を使っているって」
無理をして戦っているのだろう少女に、優しい少女にまたもや頼りきりになることを歯嚙みしながらナナはレキちゃんが無事に戦いに勝って帰ってくることを、そっと祈るのであった。
遥は壁に映し出された大画面のモニターを見て呆れ果てた。
「サクヤさんや? 酷くね? なんで変身機能までつけているわけ? ちょっと意味が分からない。凝りすぎだよ? ちょっと倒しに行ってきていいかな?」
おっさんは泡立て器とボウルを持ってエプロン姿で、リビングのソファに寝そべりサイダーとポップコーンを食べながら戦闘を眺めている怠惰な銀髪メイドを問い詰める。
「だって人形を使った制限戦闘を希望していましたので。あれぐらいになるんです」
平然とした表情でサクヤがポップコーンを口いっぱいに頬張りもっしゃもっしゃと食べながら言う。
「なんで着ぐるみ人形を素にして、あんな化け物が生まれるんだよ! レキが負けたら誰が宥めると思っているの? 助けにも行けないしなぁ」
レキの戦いに横やりはいれたくない。彼女は常に成長をしているのだから。
それに………。
「パパしゃん、早くスーパーシュードーナツプリンケーキを作ってくだしゃい」
「あたち、いちばーん」
「それじゃ、あたちは二個!」
「凄い速さでできていっていまつ!」
ドライたちが食べ損ねた先程のデザートを食べたいとおっさんに押し寄せたのだ。その数1万を超えるので、幼女たちに押しつぶされて死ぬという紳士の夢は持っていないおっさんは慌ててデザートを作ることにしたのだ。
「マスター。食材が揃いました」
ナインが食材をどさどさとテーブルに出してくるので、ホイホイと手を翳すと次々にシューなんちゃらに代わって山となって積もっていく。
泡立て器やボウルはなにかというと、形から入るおっさんなので仕方ない。マラソンを始めようと考えても、まず新品のジャージを買って満足してしまうおっさんなので。
「きゃー! パパしゃん、凄いでつ!」
「食べ放題でつ。も~らい!」
「一人何個でつか?」
ドライたちが喜び跳ねておっさんの肩やら頭によじよじ登ってきて、ちょっと重いんだけどと内心で呟き、山盛りシューを次々と作っていく中でサクヤが声をかけてきた。
「ご主人様はレキさんが勝てると思っているのですか? 申し訳ありませんが、あの人形はレキさんでは倒せないナイトメアモードってやつですよ?」
その言葉に遥は顎に手をあてて、一瞬考え込み
「大丈夫だよ、あの程度の敵はレキの相手じゃない。彼女は秒刻みで成長をしているのだから。知らなかったの、サクヤ?」
あっけらかんという遥には余裕が見えた。力の差は圧倒的ではあるが、レキが敵わない相手ではない。遥は信じているのだ。彼女は戦闘の天才であると。
「ムムム、その成長はご主人様にフィードバックされるわけですから………。計算を修正しませんと………」
サクヤは穏やかな笑みを浮かべて答えてきた遥の言葉が心からの言葉だと見抜いた。少し思うところがありレキを倒せるレベルの眷属を作ったつもりではあったのだが………。
「それより四季たちはなんか食べる? 台本を書くのひと段落して休んだら?」
リビングルームでカリカリとこの先の話を頑張って書いている四季たちへと声をかける。那由多がいなくなった後の展開を懸命に頑張っているのだ。
「え、と。なんでもよいですか、司令?」
四季たちが嬉しそうに笑みを浮かべて書き手を止めて尋ねてくるので
「なんでも良いよ。好きなものを頼んでよ」
と、答えると四季が照れながら周りのツヴァイたちと視線を交わしてお願いをしてきた。
「そ、それでは………。え~と、ハンバーグカレーをお願いします。子供っぽいでしょうか?」
自分たちには子供っぽいかもと照れながら言ってくる。どうやら子供がお願いしそうなメニューなので恥ずかしいらしい。
「あ~。まったく問題ないよ、それどころか可愛らしくて良いよ」
遥の返す言葉に四季たちはパァッと満面の笑みに変わり喜び
「大変です。天変地異が発生します! ご主人様がそんなイケメン主人公のようなセリフを吐くなんて! ご主人様、知っていますか? ただし、イケメンに限るといった言葉を」
うひゃーとポップコーンを空へと投げて、大袈裟に驚く銀髪メイド。ニヤニヤと口元を笑みに変えているのが癪に障る。このメイドは本当に忠実なメイドなのだろうか。まぁ、忠実かもしれないに変えておくか。
「サクヤは水で薄めたカレーにしておこう。きっと美味しいよ」
そんなぁとソファから這い出てきて足に絡みついて泣き真似をしてくるサクヤをスルーして、ちらりとモニターへと視線を移し呟く。
「あの程度の敵はレキの相手じゃない。信じているのではなく、わかっているんだよ」
遥はハンバーグカレーを作るために準備を始めるのであった。




