542話 アクナとの戦い
扉から現れたレキは、先程砕けた窓ガラスの穴からアクナを蹴り飛ばし空へと躍り出る。
豪雨がそろそろ勢いをなくし晴れ間が垣間見える中で天使の羽根を展開させて浮くレキと、コートを翼へと変えて空を飛び、アクナは落下せずに対峙していた。
「神族というのは黒い翼を展開させるものなんですね。悪魔みたいな神族もいるとは勉強になります」
深い光を目の奥で輝かせてレキがいつも通りの敵を煽る口振りで言うのを、アクナは僅かに蹴られた胸を痛がるように抑えて声を荒げて詰問してきた。
「馬鹿な……。いつの間に? 貴様はまだ港にいたはずだぁ!」
「貴方の目にはそう見えたのでしょうが、私は隠れるのも得意なのです。看破できない貴方はもしかして弱いのでは?」
眠そうな瞳でレキは冷たい感情のない機械的な無表情で言う。その言葉を聞いて、アクナはなんとか無理やり笑顔を浮かべて決意した。
「想定とは違ったが、良いでしょう。真の神族の力を見せて上げましょう」
レキと戦うことを。
「戦えませんよ! なんでレキさんがいるんですか? 私の那由多人形の支配権を奪って戦闘ルートにセリフを変更しましたね! レキさんが来るかはサイコロでの達成値を上回ったらにしましょうよ!」
モニター越しにサクヤが泣き言を言うが、哀れっぽく言われても遥は騙されない。猫なで声でサクヤへと問いかける。おっさんの猫なで声……。聞きたい人はあまりいないだろう。
「サクヤ? 那由多を操ってどうするつもりだった?」
「もちろん、アクナを倒すためにパスカルと叫ぶつもりでした。気圧の変化で空中都市は墜落しちゃうんです。素晴らしい話ですよね?」
天空都市は墜落して水上都市としてやり直すんですと、ふくよかな胸をボヨンと揺らしてサクヤはドヤ顔になる。自身の行いに疑問はない模様。
「ふざけんな! その場合、墜落のショックで家具とか大変なことになるだろ! 掃除をするドライたちが大変じゃん」
きっとめちゃくちゃになるに違いない。もちろん部屋とかが。
天空都市が墜落して、考えるのは掃除であるおっさんがここにいた。
「という訳で戦闘ルートに変更しました。不機嫌な奥さんのストレスも解消されてちょうど良いよね? 人形に入って力を使うと人形が壊れるからほとんど出せないサクヤと、同じく力が一割も込められていないレキ人形を操る奥さんで」
「レキさんのストレスを解消させるのが目的ですね! わざとらしく奥さんを連呼してますし! この非道! 鬼畜! くたびれたおっさん!」
「知りませ〜ん。あと、さり気なくおっさんを悪口に使うなよ!」
うぬぬと歯噛みするサクヤにモニターがもう一つ増える。
「ちょうどサクヤと戦ってみたかったんです。制限ありですが本気でいきましょう」
レキがたしかに不機嫌そうにして言うので、娘扱いされたのがかなり嫌だったのだろう。
「仕方ありませんね……。わかりました、たまにはお付き合いしましょう。あとでご主人様には報酬は貰いますからね、クフフ」
「私が勝ちますので、報酬は私のものです。残念でしたねサクヤ」
いつの間にか報酬ありになって、二人は戦いを始めるのであった。
豪族たちは外で激しい戦いを始めた二人を横目に那由多代表へと駆け寄っていた。那由多人形を操作しながら駆け寄るのは難しいなと、ゲームのコントローラを持ちながら歩く感じで嫌々ながら遥も駆け寄る。
ビルからは警報が鳴り響き、兵士たちが叫び戦闘準備を始めていた。
「那由多代表………」
豪族が沈痛の表情で那由多へと声をかけると、那由多は薄っすらと目を開ける。
「このような最期を迎えるとは………。遥君、もはや大樹の未来を私は見届けることが………できないのだな」
「そうだな。だが、貴方はきっと立派な人物だったと後世では語られるだろう。強引なところはあれど、世界を救った救世主としてな」
冷たい声音で言う遥へと那由多は薄く笑う。
「この国を崩壊させないでくれたまえ………。君なら………きっとできる」
「周りの連中も優秀だ。安心しろ、権力闘争で崩壊を招くことはしないだろう。貴方がそういった人材を集めたのだから」
「そうか………そうだな………。では地獄で君たちを待っていよう。次は地獄を復興させて………」
そのままゆっくりと目を閉じて長く息を吐くと那由多は二度と目を開けることはなくその生涯を終えるのであった。
「次は地獄でか………。それも私には相応しいだろうが、しばらくは人材不足で悩んでいてくれ、那由多代表」
ポツリと寂しそうに見送りの言葉を告げると、遥は周りの兵士を呼び止める。
「那由多代表は侵入したミュータントにより亡くなられた。どうやら結界が通じぬタイプらしい。この街を支配しようとして那由多代表を脅迫したが、決然とその脅迫を断った那由多代表を殺害。ミュータントの気配を感知したレキにより迎撃中。緊急回線を使い放送をせよ」
「はっ! 了解しました。すぐに通信センターへと向かいます!」
兵士長が敬礼をして、キビキビとした動きで部下を通信センターへと向かわせるべく指示を出す。疑問を口にすることなく、遥の言う通りに。
「それと幹部連中も集めないとな………。残念ながら三法師はいないので大変な仕事になるだろうが………」
そう呟き部屋を去ろうとする遥であったが
「待ってください! レキちゃんの戦いを見届けていかないんですか?」
ナナの責めるような口調に足を止めて、いつもの威圧感のある視線ではなくどことなく優しい視線で答える。
「レキなら大丈夫だ。あの子はもう十分に強い。それに今は迅速な対応が必要なのだ、那由多代表も心配していたが、権力闘争で国を崩壊させるわけにはいかない。皆は合理的で論理的だから崩壊まではいかないだろうが、それでも混乱が生じる可能性があるからな」
「でも………。今レキちゃんは命懸けで戦っているんだから、戦いが終わるまでは………」
「それでは遅い。あの子はあんな目立つ戦いをしている。勝利を確信して動き始める幹部連中はいるのだ。皮肉だが、それが那由多代表の集めた人材なのだから」
遥はそのまま部屋を出ていこうとして、一瞬足を止めて
「私はあの子の戦いを最初から見ている。彼女が復興のために尽力をしてきたことを知っている。だからこそ、ここで足を止めているわけにはいかないのだよ。戦いを終えたあの子を出迎えるのは君たちに任せよう」
手をひらひらと振って、そうして仕事だと部屋を出ていく遥。
「………あいつにはあいつの戦場があるということだ。荒須、俺たちは俺たちのできることをしていこうじゃねぇか」
豪族があいつらしいと苦笑交じりに遥を見送りながら、ナナの肩をポンと叩くと不満の表情はしていたが、ナナは頷き空にて戦うレキを見守るのであった。
レキの精神は、魂は旦那様のところにある。しかしヴァーチャルリアルゲームのように人形へと乗り移っているように操ることができた。しかも感覚も返ってくるので、かなり凝った作りの人形である。おっさんは無駄に凝った人形を作ったのだ。だいぶ力を使っちゃったと感覚機能につぎ込んだので、その分パワーはかなり落ちていた。戦闘用人形なのに。
だが、それで良いとレキがお願いしたのだ。戦闘で必要なのはパワーよりも感覚機能なのだ。緻密な動きをするレキには必須なのである。ちなみにおっさんはパワータイプなので、ゴリ押しをしたいから感覚機能はあまり必要ない。ボタン連打だけで勝てる戦いしかしたくないおっさんなので。
ご飯とかは食べれないので生活用にはならないがレキにとっては十分だ。ちっこいおててをグーパーとしてしっかりと感覚が返ってくるのを満足して旦那様へと感謝の念を送るレキであったが不満の表情へと可愛らしい顔を変える。
「私はサクヤと戦いたかったのですが? 本気の戦いを」
黒いコートを翼のようになびかせて、アクナは禍々しい嗤いを浮かべる。
「サクヤ様の本気とはすなわち自分のような眷属を使い、貴女のような愚か者を倒すことにあります。まさかサクヤ様が貴女などと戦うとでも?」
「なるほど………たしかにその通りです。あのメイドの戦い方はいつもそんな感じだったんですね」
レキはスッと手を持ち上げて半身になり身構える。
「ヒヒヒッ! まさか私に勝てるとでも? 同等の力を持っているとでも? ちがあああああう。このアクナは強力なパワーを持っている! 眷属としてのおおおお、基本ステータスがちがあああああう!」
醜悪な嗤いにてアクナは言う。
そう。さっさとサクヤは人形から逃げて、新たなる命を作ったのである。そして、それを本気の戦いだと言われて納得してしまうレキであったりする。
アクナの力はなるほどたいしたものだ。自身の操作する人形よりも内包しているパワーは上だろう。
「だが、それがなんだというのです? 戦闘力が全てだと? 貴方の力はダメージが入らないレベルにはかけ離れていない」
「そうかなぁぁ!」
アクナは兆候なく一気に加速して、レキの懐へと入ってくる。そのまま右手から爪をダガーのように伸ばして横薙ぎしてレキを切り裂かんと攻撃してきた。
「しっ!」
その鋭利な爪へと身体を僅かにさげて、自身の指をアクナの爪へと軽くあてて、レキはその軌道を押し上げて躱す。
「ぎゃははは」
すかされても狂気の嗤いをあげて、アクナは身体を回転させる。
「神技 風塵螺旋爪」
回転は高速の竜巻となり、両手の爪を閃かせ連続攻撃をしてくるアクナ。回避したあとにカウンターを行おうとしていたレキは微かに眉を顰めて後ろへと下がってしまう。
「むっ」
レキは回避したはずの爪撃が自身の身体を僅かに裂いたのを見て驚く。
「風爪の間合いは読めないであろうが!」
「壊れた扇風機のように回転して、この程度のかすり傷しか与えることができないんですね」
竜巻と化しているアクナへとレキは右手をピシリと伸ばして手刀の形をとって言う。
「では私もその爪とやらに対応しましょうか」
超常の力を手刀へと込めて
「超技 剣の舞」
黄金の手甲はないが、自身から生み出す黄金の粒子をその軌道に乗せて、アクナへと攻撃する。
竜巻と化しているアクナに黄金の軌跡を幾条も残していくと、回転が止まりアクナの姿が現れたが
「私には傷一つ入っていないようですが? これがパワーの差というやつですよ。ちなみに私の戦闘力は53万ぐらいでしょううううう」
アクナは自身の身体にまるで傷がないことを見て、せせら笑いをしながらレキへと告げてくる。その言葉にレキはちっこい指をアクナへと指差して答えた。
「爪が長かったようなので、切ってあげました。ご老人じゃ爪を切るのも大変かと思ったので」
淡々と告げてくる幼げな少女の言葉にぎょっとしてアクナは自身の手を慌てて確認して驚き叫ぶ。
「わ、私の爪が全部斬られているぅぅぅ!」
手にも攻撃が入った様子はない。しかし、ダガーのように伸びていた爪は綺麗に全て斬られていたのだ。正確に緻密に繊細な攻撃により。
動揺して、少女の技の冴えに恐怖して思わず後退るアクナ。
冷ややかにその様子を見てレキは告げてあげる。
「残念ながら貴方では私に遠く及びません。私の戦闘力は………8万にしておきましょうか」
冷笑を浮かべてレキはパワーの差を覆す技を見せるのであった。