541話 台本のない世界
皆が兵士に囲まれている那由多代表を見つめ、大樹を復興させた老人は遠い目をして沈黙していた。
くたびれたおっさん世界選手権候補代理控えの朝倉遥は嘆息して、そんな那由多を見つめる……訳ではなく、モニター越しに自宅の様子を見ていた。
「キノたんだけシュークリーム食べまちた〜! ずるいでつ〜」
「台本が! あ、雑巾で拭いたらボロボロに」
「うわ〜ん! 見たことのないパパしゃんのお菓子〜!」
「ココア拭いてしまいますね。絨毯の染みになるので」
「仕方ありません。那由多はここで爆発エンドにしましょう。サクヤ、自爆してください。あ、間違えました。自爆して死んで下さい」
泣き続ける幼女。慌てて台本を直そうとしてめちゃくちゃにするツヴァイ。ナインがあらあらと零れたココアを拭き取って、最後の発言者はサクヤを殺しにかかっていた。
うん、カオスだね。これはまずい。ドライな兵士たちは恨めしげに豪族たちを睨んでいるし。たしかにこの緊迫した状況で、よくもまぁ全員出されたシュークリームを全部食べたよね。手をつけない人ばかりだろうと、余ったら食べる気満々だったドライたちはかなりショックを受けた模様。
銀髪メイドがアワアワと焦りながらどうしましょうかと、モニター越しにウルウルと瞳を潤ませて見てきたが、これは無理。よく幼稚園とかで劇の発表を子供たちが親に披露している最中に、なぜか一人の子供が泣き始めて、周りの子供も釣られて泣いてしまい収拾がつかなくなるのと同じぐらいに無理。
例えが長い独身のおっさんである。
那由多は決心をしたのか、鋭い眼光を遥に向けて
「………」
どうやらせりふをかんがえているもよう。
遥も決然とした表情で那由多へ視線を返す。
「………」
あほなふたりはせりふをかんがえている!
二人の眼光かぶつかりあい、豪族たちはゴクリと息を飲み込み様子を見ている。
仕方ないと遥が先に口を開く。
「貴方への疑問は私の胸にずっとあった。私は不思議だったんだ」
那由多は息を吐いて遥へと静かな水面を思わせる瞳で尋ね返す。
「なにをだね? 皆は世界が崩壊したことを目の当たりにして、精神操作がなくなった後も復興のために自身の夢を犠牲にしたのだと、誇りと喜びを持って自身を誤魔化した。君もそうなるだろうと考えていたのだが……違ったか」
豪族たちはそうだろうと思った。人生を犠牲にして本当に崩壊を世界がしてしまうのかもわからずに頑張ってきたのだ。不謹慎ではあれど世界が崩壊した時は喜びもあったはず。この時のために自分たちは頑張ってきたのだと、胸をはって。
そんな人々は操られていたとはもはや認めないのではなかろうか? 自身の判断が精神操作の結果とは思いたくないはずだ。ナナシ、いや、朝倉遥も同様だったはずでは?
「貴方は知っていたはずだ。私が娘のためにあらゆる安全策をなんとかとろうとしていたことを」
「無論知っている。巧妙に隠そうとはしていたが、私の情報網は伊達ではないからな」
遥の言葉に驚きもなく頷き那由多が肯定するが、その言葉に遥はかぶりを振った。遥が裏で懸命にレキのために動いていたと知っていた豪族は深くその言葉に頷く。
「そこがおかしい。私は娘を大切に思っている。そんな私がそもそも超能力者を創るといった眉唾ものに娘を差し出すだろうか? 私ならきっと検査員を買収して、書類を偽装してレキを候補者などという人体実験には差し出さない。そこがずっと疑問だったのだ。なにかインチキが行われたのではと」
「なるほどな。たしかに抜け目のない君のやることだ。きっとそうしていただろう」
那由多はそこで始めて微笑を浮かべ楽しそうに言う。
「愛……最後は愛情が勝つなどフィクションでしかないと考えていたが……実際にこうなると、感心してしまう。安心したよ」
その言葉は那由多が罪を認めたためのものであったのだろうと皆は思う。
やったねサクヤ。切り抜けたよ! 私たちのコンビプレーの奇跡だよと、おっさんもメイドに負けず劣らず安心していた。
さて、あとは那由多が兵士に連れられてフェードアウト。それとなぜかおっさんの娘にされたレキを宥めないといけない。こちらの方が難解かも。
しかしながらサクヤである。皆が切なそうな顔で那由多を見ていることに調子にのった。競馬に勝ったら、次のレースに調子にのって全額振り込むのと同様である。
それはもう木に登る豚の如く調子にのった。のってしまった。
「私がいなくなるとすると、神族の狙いについて推測を伝えなければなるまい。恐らくだが、マテリアル技術はそのためだけに」
また語り始めた那由多に緊張して、もう終わりにしようと遥が心で思った時であった。
那由多の胸を一条の赤光が貫く。鮮血がほとばしり、那由多はテーブルに突っ伏す。
「いやはや、長い間頑張ってきたのに、ここで諦めるとは……。昔からそういった気質は変わらないのですね」
いつの間にか、窓の側に何者かが佇んでいた。雷鳴が轟き雷光がその人物を照らす。
黒いコートをきたニコニコと笑顔でいる老人である。
突如として現れた老人の姿に誰もが呆然としてしまう。兵士たちも那由多への凶行にすぐには動けず戸惑ってしまう。断じてこんな展開は聞いていないなんてあるはずが
「なんで新たな展開にするの? サクヤさん、アホなの?」
遥は那由多人形にモニター越しに非難する。が、那由多人形の映るモニターはすでに中身移動済みとボードが置いてあっただけであった。
そして老人はおもむろに注目をされていると確認して
「撃て! 撃て〜!」
ツヴァイ兵士長が叫び、アサルトライフルの銃口を老人にためらいなく向けてちゅうちょなく引き金を弾く。
「超技 ファントムブリッツ」
しかも超技も使う容赦のなさである。銃口からは念動力から始まり炎、氷、雷など様々に付与された弾丸が吐き出されて老人へと亜音速で向かう。
その容赦のなさっぷりにおっさんはドン引きである。看破では兵士長は朧だったので、こういう小技は得意中の得意にちがいない。きっと巨人も倒せちゃうかも。
老人に超常の攻撃は命中し
「超技 ファントムボマー」
続けて朧兵士長は腰に下げたグレネードのピンを外して投げる。先程の弾丸と同じく様々に超能力がエンチャントされたグレネードは老人に当たると大爆発をおこす。
追撃もしちゃう朧さんであった。うん、完全にサクヤを殺しにいっています。どうしましょうか、これ。仲良しに戻る時があるのかなぁ。……いや、最初からこんな関係だったか。
「これが本部の精鋭の力か。凄えもんだな。っと、それより那由多代表は」
豪族が机に血溜まりを作り突っ伏す那由多に気を向けると、ナナが駆け寄っており傷薬を取り出すところであった。
「まだ息はあります! これなら一命をもたせることができますね」
「そうか。良かった。ならすぐに医者を」
大樹の薬ならば、死ななければなんとかなる。しかもここは大樹本部。優れた医療機器が揃っているはずと、ナナの言葉に安心をして胸をなで下ろす面々であったが
「フフフ……素晴らしい。人間がここまでマテリアル技術を向上させるとは。感動しています。あぁ、それと那由多君の傷は治りませんよ。そういった力を使ったのでね」
爆煙が撒き散らされる中で老人の声が聞こえてきた。
煙が突風が巻き起こり、まき散らす中で砕けた床や窓ガラスが見える中で老人は傷一つ負うことなく歩み出てきた。
「誰がその技術を教えたと思っているんですか? もちろん歯向かわれた時に備えておきますよ」
ニコニコと笑顔を消さずに老人はそう告げる。
「なるほど。常に用心深い貴様らしい。悔しいがマテリアル技術に頼るしか崩壊後をやっていく術がなかった我らには選択肢はなかったしな…………」
「駄目です! 動いてはいけません!」
ゆっくりと机から起き上がり那由多が口元から血を流しながら老人を睨む。それをナナが慌てて止めようとするが振り払い問いかける。
「なぜ、なぜ今なのだ……。聞かせてもらおうか。どうやら私も最期の時が近い………」
ゴホッゴホッと血の混じる咳をする那由多へと老人は面白そうに頷き答える。
「良いでしょう。長年にわたり付き合ってきた仲です。教えて差し上げましょう」
余裕の様子を見せて老人は両手を広げて芝居がかって、こちらを馬鹿にしたように嗤いながら
「私の名前はアクナ。これが最後となりますが、お見知りおきを」
「アクナ………」
遥は厳しい目つきで睨み思う。
相変わらずネーミングセンスないよねと。
サクヤと名前の響きが同じなんだけど? ばれたらどうすんのと。
それに怪しいことを言った。言ってきた。というか、那由多からアクナに入れ替わりが早すぎるでしょ。
そんな呆れる遥だが少し考えて、内心でニヤリと笑う。たぶん派手好きなサクヤだから碌なことをしないだろう。だが、いつまでもサクヤの後塵を拝す私ではないのだよ。
おっさんが密かに考える作戦もサクヤと同じように碌なことではないのがいつものパターンだが、まったく自覚がないので仕方ない。
二人のアホな考えとは別に豪族たちは緊迫した様子を見せて身構えていた。なにせ神と思われる相手であり、先程の攻撃もびくともしない相手だ。冷や汗が背中を伝う中で無駄かもしれないが、それでも人間の意地を見せる時であった。
「ようやく名前を教えてきたなアクナ。………もう一度尋ねよう。なぜ今なのだ? 貴様の目的………人間を救うためではあるまい」
もはやロウソクの最後の炎が消える前の明るさなのか、那由多は力強い声をあげる。その声に僅かに眉を顰めてアクナは言う。
「そうですね。もちろん救うつもりなどありません。私の目的は人間の技術で私の贄を作り出せるかということです」
「贄? てめえの食いもんってわけか?」
豪族が怒りの表情で怒気を放つが、老人は飄々として頷く。
「その通りです。私は隠れていましてね。………君たちにはわからないでしょうが、神族の私は極めて不服ですが隠れ住んでいたんです。神族を殺す存在にね」
「神族を殺す存在?」
疑問を口にするナナへと同じように頷き肯定する。
「私たち神族を他愛もなく殺す始原の存在………私はその存在を恐れ隠れ住んでいた。ですが、それも今日までです。貴方が作ってくれた存在を食べ私は始原の存在を超える!」
「そうか………そうか………なにも変わらない………。どの生命体も行きつく先は生存のためということか。アクナよ、君の焦りがわかる。今日ここまで? 違うな。もはや君の計算を超えて育ったあの少女を恐れているのだろう? だから、今なのだ」
那由多の確信をした口調での言葉に、アクナは笑顔を消す。
「ならばどうだと言うのかね? 私はまだあの少女より強い。計算外はあったが、それも今日勝てば最高の力となって私の役に立ってくれるだろう」
「君の見ている世界ではそれが限界なのだろうな。………レキ君、最後の命令だ。我らの理念を人々の暮らしを脅かすミュータントを倒し………たまえ」
その言葉を最後に那由多は崩れ落ちて
「最後の命令を聞き遂げましょう。さようなら那由多代表、それとお世話になったみたいですね。滅びてくださいアクナさん」
扉から疾風のごとく現れたレキがアクナを蹴り飛ばし、壁ごと外へと吹き飛ばすのであった。




