540話 那由多とおっさん
那由多は再びコーヒーカップを持ち上げて飲みながら語る。
「超常の者だと信じさせるために投機をさせていたのだろう。自身を超常の者だと信じてくれる者ならば誰でもよかったのだ。そこらへんにたむろしている馬鹿な若者でもな」
皮肉めいた口調で語り那由多はカップを置いて話を続ける。
「結局のところ、その老人はたいした力を持っていなかった。世界を変えるどころか蜃気楼のごとく弱々しい存在なのだと知ったときにはすべてが遅かったが」
「それでも人ひとりを崩壊後に国が作れるほどに金持ちにしたのでは?」
風来が訝しげに那由多へ視線を向けるが、かぶりを振って那由多は否定してくる。
「老人は私を金持ちにしてくれた。以降もその時々でふらりと現れては指示を出してきたが………。老人は私にいくつもの偽名と銀行口座を用意しただけだった。………信じられないだろうが、私は悪魔との取引に乗ってしまったと考えてからは、がむしゃらにそれらの偽名と口座を使い自身の手で金を稼いできた。稼いでも誰も不自然に思わなかったよ。よくいる個人のちょっとした金持ちたちだと思われて注目はされなかった」
ふぅとため息を吐き那由多は自嘲気味に言う。
「もちろん、老人が裏で稼がせてくれたのかもしれないとは幾度も思った。だが、儲け先は売り払った後も値上がりしたりと不自然な様子はなかった。だからこそ………自身の力だと考える事ができたのだが」
「驚きですな。貴方にそんな過去があったとは………」
百地は那由多がどこか人間離れした活躍で崩壊前から資金と人材、物を用意したと考えていたが、たしかに個人で動くには限界がある。必ず大国がおかしな物の動きがあったら注意するだろうにそれがなかったのは超常の力が働いていたからだと悟る。
「次に老人が私に具体的な指示を出してきたのは実際のところ崩壊のたった5年前………。私の手持ちの資産が小さな国の国家予算を軽く超えたときだった。………私が世界崩壊に対してなにもできないと悟ったときだった」
「なにもできない? 那由多代表はこんなに凄い国を作ったではないか。………いや、そうか。そこで話が繋がるのだな」
水無月の爺さんが、問いかけながら自己解決して、納得したように頷く。
「ならば、我々は………いや、私は貴方に操られていると?」
焦った表情を浮かべ木野が那由多を問い詰める。自身の働きが、今までしてきたことが操られた結果だとは思いたくないのだろう。必死な様子であった。
那由多は木野へと変わらない平然とした口調で答える。僅かに口調に優しさを滲ませて。
「その答えは簡単だ。操られた人間ではここまで復興はしていない。木野君の働きは君自身によるものだ、安心したまえ」
「ならば操ってはいないと? それならナナシはなぜ拘束をされたのですかな?」
百地は意味深な物言いの過去話に意味がなかったのかと、困惑するが
「いや、言っただろう? なにもできない状態であったと。金を持っていても隠しているために有名でもない私だ。信用してくれる人はいなかった。信用すると言ってたかりまがい、詐欺まがいに近づいてくる奴ら以外には。だからこそ、私は悩んでいたのだが………老人が解決した」
「操っていないと言ったじゃないですか」
ナナが口を挟み疑義を問うが、那由多の答えは簡単であった。
「老人は言ったのだ………。まさしく悪魔のごとく………」
当時、老年期に入ろうした私はそこそこの上等な屋敷に住んでいたが、思い悩んでいた。どうしても今の状態から崩壊に備えることができないと悟っていてな。
そこにまた老人が姿を現した。初めて会ってから数十年経過しているのに変わらぬその姿で。
「久しぶりだな老人………。いや、今は私の方が老人か………時の流れとは早いものだ」
「随分と資産を増やしたもので。さすが、私が選んだだけはある」
変わらぬ姿と同様に、相変わらずニコニコと笑顔を見せながら老人が言うが
「ふ、金はあっても数字上のものにすぎんよ。未だに名前を名乗らぬ老人よ。残念ながら貴方の試みは頓挫したようだよ」
「ふふふ。そうでしょうか? 貴方は知識と財を持ち、それどころかいつの間にか威厳すらも纏わせている。若い頃の貴方が今の貴方に出会っても別人だとしかおもわないでしょう」
老人はおかしそうにクックと含み笑いをして言ってくるが私は全然嬉しくなかった。目的には全然役にたっていなかったからだ。
「話し方、人を魅了する見せ方など懸命に学べばなんとでもなる。しかし………それでも話が突拍子もなさすぎる。人材など集まるわけがない」
吐き捨てるように言い放つ私を納得したようにうんうんと頷き老人は言った。
「安心してください。貴方のおかげで随分と力を使えるようになった。まだ微々たるものですがね」
そうしてニタリと不気味な笑みとなり老人は最悪の提案をしてきた。
「操れば良いのです。叶う願いとして与えれば良いのです。まさしく救世主に相応しい行いとなるでしょう」
那由多は周りの面々を見渡して、最後に木野へと視線を戻して告げてきた。
「操っていたのだよ。簡単な話だ。操っていたのは未来を夢見る思考。それを崩壊後に備えるという夢へと変えた。その効果は自身の願いとなっているだけなので違和感をもたない。老人の手伝いでみるみるうちに人材は集まり、崩壊後での技術としてマテリアルを扱う方法も教えてもらったのだ。そうして私は見事、救世主になったわけだ」
「操っていた………? 過去形なのですか?」
「そうだ木野君。精神支配系を防ぐ技は大樹で最初から研究されていただろ? ミュータントが使う可能性がありもっとも恐ろしい技だからだ。しかし、それは老人が使う超常の力も気づかれるということになる。そのため、崩壊後まで復興に備えるといった夢であり、実際に崩壊した世界となったら精神操作は消えるようになっていた。それが誰にも気づかれなかった手品の種というわけだ」
むむ、と皆はその話に納得する。どうりでレキが感知しなかったはずである。感知もなにも世界が崩壊したときには、人々はなにもなかったかのようにその夢を消化していたのだから。
「悪辣な考えだろう? 私もそう思った。すぐに不自然なことに誰かが気づき私を断罪してくるのではと考えていた。………だが、不思議なことに誰も不自然に思わなかった。いつの間にか人々の夢は操られたものから、自身の夢へと変わっていったのだ。皆が救世主になり復興を目指す夢を持っていたのだよ」
今までの泰然とした態度ではなく、力の籠った熱弁へと那由多は口調を変える。それは那由多にとって衝撃的なことであったに違いない。
「………だから、今さらナナシがあんたを断罪してきても困るという訳か? 保身に走ったか、那由多代表!」
百地は声を荒げながら那由多を睨むが、一つ息を吐くと落ち着きを取り戻したのか那由多は泰然とした姿へと戻り言う。
「保身ではない。私は崩壊した世界で文明の復興を目指していかなければならないのだ。それに君たちは非難できんはずだ。私が人々を操らなければ、今ここでお茶を飲むような姿はなく、明日をも知れぬ命で細々と暮らしていただろうからな」
「………那由多代表。あんたがそんな脅しめいた文句を言うとはな………幻滅したぜ」
痛いところをつかれたと、百地は顔を顰める。たしかに那由多代表の言葉は正しい。大樹がなければ百地たちは死んでいたかもしれない。生きていてもなんとかミュータントから隠れながらの悲惨な暮らしであったのは間違いない。
「大変申し訳ないが、私にも譲れない願いがあってね。必要悪だとでも考えてくれたまえ。私の今の話は心にとどめておいてくれると信じている。私を非難する資格はないだろう?」
誰もなにもいえずに沈黙が部屋を支配する。叶得ですら、苦虫を嚙み潰したように黙っていた。
だが………
「異議ありとでも言えば良いのかな? 後世の歴史家が貴方の功績をどんなに讃えても………人々が貴方をどんなに褒めても………やはり私は貴方を断罪したいのだよ」
部屋のドアが開いて、男が現れて那由多へと寒々とした温かみの無い声音で声をかけるのであった。
「あぁ………君ならばきっとまた来ると思ったよ。拘束したぐらいで君が止められるとは思っていなかった」
那由多はナナシが現れても、まったく驚く様子を見せずにいた。嘆息して椅子に深くもたれかかり言う。
「君との付き合いも長い………たしかに君は私を非難する資格がある。朝倉遥君」
ナナシの本名に百地と静香以外は皆が驚く。聞き覚えのある苗字だったからだ。
「なぜ超能力者などを作ろうとした? マテリアルの研究だけでよかったはずだ。ゆっくりとだが人々を救いながら復興を目指していけたはずだ。馬鹿げた超能力者創生プロジェクトなどするべきではなかった」
遥はその冷え冷えとした無感情の顔で尋ねる。声を荒げることもなく淡々と。その姿はレキに酷く似ていた。
「皮肉めいた話だ。英雄創生プロジェクトは君の言う通りだ。君は当初から疑問を抱いていたな。だが、それでも娘を超能力者候補として差し出した。操られるままに」
「………那由多代表、貴方は立派な人だ。私と私のように超能力者候補として子供たちを精神を操られるままに差し出した親たち以外にとっては」
切れ者の那由多代表の片腕は今やその刃をその主に向けていた。
「復讐のために牙を研いできたわけだな。無意識において君は違和感を拭いとれなかったのだろう。まさしく親の愛情というわけだ。復讐を求めるかね?」
「残念ながら私はこの国を守りたい気持ちもある。娘もこの国が崩壊するのは見たくないだろう。なので、こうする」
手を遥が振ると同時に完全装備の兵士たちが中に入ってくる。
そうしてテーブルにあったデザートが全部食べ尽くされているの見て、いや違った。那由多代表が罪人であると改めてわかりショックの表情になるが、あっという間に那由多を囲む。
「那由多代表、貴方にはある犯罪を行った疑いで逮捕をします」
「ほう………ある犯罪とはなにか、あ、ね」
なぜか那由多代表は途中で黙り込むが兵士は決然とした表情で伝える。
「貴方が神族を名乗るミュータントと組み、この国を崩壊させようとする疑いです」
兵士が伝えると、遥が続きを言う。
「貴方の話は一つ言っていないことがある。神族の目的とはなにか? 肝心なことを言っていない。なにが目的なんだ?」
「神族の目的か………。私もわからないな。英雄創生プロジェクトを行うように指示があったあとは、時折レキ君の成長を確認するために聞きに来るぐらいだったが………わからないな」
那由多はそう答えるが
「たしかに最後に会った様子は変だったが………なにか想定外のことがあったみたいで忙しなかった。まぁ、神族のやることだ。国家を崩壊させる疑いとはよく考えついたな。私にはわからなかった」
兵士たちを連れてきたのが那由多にはショックであったのか、わからないを繰り返し肩を落とす姿を全員様々な感情を持って見つめるのであった。
遥は那由多を見ながら内心で思う。わからないを繰り返すのは当たり前だよねと。
先程、モニター越しに眺めていたドライたちはテーブルにあるすべてのシュークリームが食べられたことにより悲鳴をあげて泣いた。駄々っ子泣きであったが不幸なことにココアを飲みながら眺めていたので、ココアが台本にかかってしまったのだ。
絶対にセリフ覚えていないよねと、遥はこの先どうすんのと那由多を見つめるのであった。




