537話 おっさん少女は皆と戦う
朝倉レキとは大樹の最強戦士である。誰もがその言葉を聞いて否定することはない。
天使の輪がその艶やかな黒髪には見えて、いつも眠そうなくりくりとした瞳、すっきりとした鼻梁と桜の花を思わせる可憐な唇、見た人が全員可愛らしいと言う顔立ち。背丈も小学生低学年に見えるほどちいさい身体に、ほそい手足は簡単に折れてしまいそうだ。全体的に気まぐれな子猫を思わせるその愛らしい姿は最強には見えない。
いつもは無邪気な微笑みを絶やすことはなく、その行動は子供である。
だが、彼女は見かけとは違うことをここにいる面々は知っていた。
彼女はその小柄な身体にまるで超新星のような力を内包している。
軍隊でも倒せないだろう化け物たちを次々と倒していったその圧倒的な力。ただの人間には決して抗えぬ人類の守護者なのである。
「なぁ、姫様? 自分で言っていて恥ずかしくないか?」
豪族が呆れた表情でレキへと尋ねてくるので、かっこいいセリフ全集という冊子を手にして朗読していたレキは、パタンと冊子を閉じて言う。
「誰も言ってくれないから自分で語ったんです。友だちと一緒に頑張って考えた自己紹介を少しもじったんですが、かっこよかったですか?」
自身でモノローグっぽく語るアホな少女であった。残念ながらレキと名乗るのは無理がありそうだった。
「こんな長いセリフを語るのは大変だったんですから、誰か褒めてくれていいんですよ?」
フンスと息を吐き、腰に両手をつけて胸をそらす子供な少女であった。
百地は疲れたようにため息を吐いて、少女の横を通ろうとした。
「悪いが今はお姫様の冗談に付き合っている時間はねぇんだ。ほら、とっとと行」
行くぞと最後まで言うことができずに百地の視界はぐるりと回り、背中に軽い衝撃を受ける。
床に叩きつけられたと知ったのは自分が這いつくばっていることに百地が気づいたからだ。
絨毯が敷かれているとはいえ、痛いものは痛い。だが、百地は痛さより驚きでレキへと苛立ちと共に問う。
「………お姫様、悪ふざけがすぎるぜ。なんのつもりだ?」
百地を眠そうな目で見つめながら、レキは淡々と言う。眠そうな目に無機質な感情をのせて。
「悪ふざけではありません。百地さん、聞いていなかったのでしょうか? 不正を許すことはできないと伝えたつもりですが? まさか頭まで筋肉になってしまったわけではないですよね?」
「てめえ………。まさか本気なのか?」
唸るように言いながら、百地が立ちあがる。ダメージはないので手加減はしてくれたのであろうが………。
冷たい声音で無感情に煽ってくるように言ってくる姿は、常にレキを見てきた面々を驚かす。いつものレキと違いすぎるからだ。
「あ~。お嬢様の本気モードというところね。こうなると厄介よ」
ただ一人、静香は動揺もなく平然としていた。が、多少困った感じをみせる。まさか、ここでレキが本気を見せるとは考えもしなかったからだ。
彼女は滅多にその冷酷な姿を見せないし、敵と戦う際の心理戦から始めると思われる毒舌も言わない。敵と戦うその時にそばにいなければ、いつもとはまったく違うその一面に気づくことは無いだろう。だが、それもこの少女の正しい姿であり、問題があると考えたときには人を殺す事も羽虫でも潰すようにまったく気にしないで行うのだと静香だけは知っていた。
命を狙ってきた者は死んでも気にしないどころか、くだらないことであったと記憶から消してしまうほどに。島で傭兵団を片付けたことを聞いても、非難するどころか、聞き流すほどに少女は冷酷な無慈悲な兵士なのだ。
レキはちらりと静香を見て、なにも言わなかった。すぐにその眠そうな目を百地に向けて、不思議そうに小首を傾げる。
「なぜ身構えているのでしょうか? 百地さん、貴方では逆立ちをしても私には敵いません。今ならまだ不正を働く前ですし、捕まえることもありません。なので、本部に行くのは諦めてください」
百地が身構えて、こちらを睨んでくるのを、訳が分からないと疑問に思いながらも、レキは木野へと視線を向けて声をかける。
「木野さん、申し訳ありませんが、不正をしようとしたことを聞いた以上、空中艇の使用許可を一時的に凍結します。申し立ては後ほどお願いしますね」
「あ、あぁ………。だがこの情報はかなりの危険を持つ。那由多代表と話をさせて」
木野はごくりと唾を飲み込みながら、レキの様子に恐れたのか怯みながら保身の言葉を言おうとするが
「レキ! 不正は那由多代表が行っているのかもしれないんだぞ! ナナシの身もあぶねぇかもしれないんだ、それでいいのか?」
百地が怒気を纏わせて怒鳴り声をあげて、木野の言葉に被せる。怒りの表情で睨んでくる姿はかなりの恐ろしさを感じさせるが、そよ風のごとくレキは受け流し
「可能性の問題としてはかなり低いと思います。私の目で見て、誰かが操られているなんて見たことないですし。考えすぎですよ、百地さん」
「そうかもしれねぇ………。行ってみたら、無理やり有給休暇を消化させられていたりな………。だが、それならそれで笑い話になるから良いだろう」
「わかりませんね、笑い話では決してすみませんよ? 貴方の立場でそんなことを行ったら確実に若木シティの代表は降ろされます。ナナさんや叶得さん、仙崎さんたちもかなりまずいことになるんですよ?」
戸惑ったようにレキが周りが百地を止めてくださいと見渡すと、ナナが一歩前に出てくる。
「………きっと笑い話になったら後悔はするかもだけど………。那由多代表の陰謀で人が死んだら………。私は後悔するどころじゃないよ」
「ナナさんはだん、いえ、ナナシさんが嫌いなはずだったのでは?」
レキの言葉にナナは優しい笑みを浮かべて答えてきた。
「嫌いな人でも、死んでしまうとわかっていたら、助けに行くのが私の性分なんだ。助けるのに理由はいらないんだよ」
その言葉にレキは軽く嘆息するが、なにも聞き返さずに半身になり身構える。
「仕方ないですね。それなら私を倒さないといけないですと告げましょう。次ページにすすむ。え、これは言わないんですか? 今のはなしで」
最後によくわからないことを言ったが、退く気のないのは構えからして明らかであったので、百地たちは戦いを始めるのであった。
百地の剛腕が唸り、小柄なレキへと襲い来る。だが、レキはそっとその丸太のような腕に手をそえて、横へと受け流し
「足元がお留守ですね」
ひょいと受け流したことで体が泳いでふらつく足を軽く払う。
ゴロゴロと転がる百地を見ずに、トンッと後ろに数歩下がると同時にタックルを仕掛けてきた仙崎が目の前を勢いよく通り過ぎるので
「加速させてあげます」
その背中へとちっこい足を突き出して押す。勢いを足された仙崎はそのままゴロゴロと百地と同じように転がっていく。
「いくよ、レキちゃん!」
ナナが右拳を突き出してくるのを、柳のように体をしならせて、鞭のように腕を振るう。
「ここは残念ながら停車駅です。この先に道はありません」
「このっ! このこのっ!」
ナナはレキの鞭のような腕の振りに、繰り出し続ける拳を打ち払われてしまう。的確に拳を小石のように打ち払われていくが、ナナは諦めずに払われても払われても拳を突き出す。
「うぉぉぉ~!」
百地が雄叫びをあげながら、ローキックを入れようとしてくるがふわりと軽やかに跳んで、その蹴り足に一瞬乗ると、またもやタックルをしてきた仙崎を跳び箱を飛び越えるようにジャンプをして仙崎の頭に手をのせて前回転で通り過ぎる。
「わわわ」
「ぐはっ!」
「ぐうっ」
百地、ナナ、仙崎はレキの誘導を伴う受け流しに見事に絡まるようにぶつかり合う。
そうして悲鳴をあげる三人へと冷たい声音でレキは告げる。
「私に敵わないことはわかっていたはずです。丸一日かけても、鈍重な貴方たちでは私を捕まえることはできません。たとえ私の今の力が微少になっていても」
そろそろ諦めても良いですよと、問いかけるレキへとようやく絡まった三人は抜け出して、ナナが言う。
「手加減されていることはわかっているよ。レキちゃんは優しいからね。本当なら気づくこともできずに気絶させられていてもおかしくないもんね。その証拠に私たちは全然怪我をおっていないし」
「いえ、今の私は見かけ通りのパワーしか、え、それは言ったらだめ? ちょっと今の無しで」
なにかを言いかけて、慌てる様子もなくレキは考え込むように顎にちっこいおててをそえて、ちいさく呟く。
「この力でどれぐらい戦えるか試しましたが、やはり未熟な相手では相手になりませんね………。勉強になりました」
どことなく様子がおかしいレキを怪訝そうにナナが声をかけようとしたとき
「お遊びは終わりよっ! レキ!」
褐色少女が睨みつけて、不機嫌な様子でレキへと近づいてくるのであった。
空中艇は滑るように空を高速で飛行していた。どこまでも青く続く空。高度が高いため、眼下には雲が見えるが、雨雲らしく雷を伴って、雨が地上には降っているようだった。
「こんな形で本部に行くことになるとはな……」
百地が椅子に座り落ち着かないようにソワソワとして
「これがばれたら、………いや、先程のとおり、笑い話だったら私は終わりだ………」
頭を抱えながら、木野が落ち込んだ様子でひとりごちる。辛気臭い空気を醸し出しているので、今更ながらに自分の行いがまずいと再認識したのだろう。
「笑い話に決まっています。こんなことで封印術を使うなんて、叶得さん、ありがとうございました」
幼げな少女の声がガタゴトと音をたてながらする。
「ちょうど洗濯機を買った後でね、あんたが欲しがるかと思っていたのよっ!」
叶得が多少呆れたように見る視線の先には段ボール箱があった。しかも洗濯機用の大きいサイズである。
「これは秘密基地にできます。できちゃいます。お姉ちゃんとみーちゃんに今度遊ぶときには見せなきゃ」
今度会う時が楽しみですと、ウキウキした声音で言いながらレキは段ボール箱に入っているが、アホな少女曰く封印術らしい。アホな少女専用封印術なのは間違いない。
「俺らの不正はいいのか、お姫様よ?」
疲れた様子で百地が尋ねてくるが、レキはあっけらかんと伝える。
「緊迫したシーンがほし、いえ、どうせ止めても聞かないのはわかっていましたし、とりあえず止めましたというポーズをとりました。お役所仕事ってやつです。……それに那由多代表を私は信じていますから」
最初から見逃すつもりだったのだろう。那由多代表を信じている姫様だからこその行動なのだと、最後の一言で百地は悟る。冤罪だと信じているのだ。
「その歳でお役所仕事とか、そういうことを覚えたらいけません。………と言いたいけれど、今回は助かったよ。でもレキちゃんはいつも敵にはああなの? 誰があんな煽る毒舌を教えたのかな?」
「メイドですね、間違いなくメイドです」
ナナが複雑な気持ちで尋ねてくる。戦闘には必要かもしれないスキルだが、優しいレキには合わないし教育にも悪いと考えている模様。そんなナナへと躊躇いなくメイドのせいにする子供な少女であったりした。
「でも本当に那由多代表が精神支配系の力を使っているというんですか? 可能性はかなり低いと思うんですが」
レキは自身の力を考慮しているだろうから、当然の疑問であろう。操られている人間はいないことを確認済みなのだから。
百地たちを思いやる優しい声音で尋ねてくる。たぶん、不正侵入の結果も心配しているのだ。
「わからん………。その答えは那由多代表に会えばわかるだろうぜ」
かぶりを振りながら百地は答えて、そろそろ本部に到着する時間だと緊張で顔を顰めるのであった。