534話 金持ちは大変だとおっさんは告げる
晩餐。食堂は長細いテーブルが置いてあり、絵画も壁に設置されて、上座の後ろには暖炉もある。残念ながら風景画に変えられていたけど。なにが残念かは秘密である。
テーブルには真っ白なテーブルクロス、上には蝋燭が灯る燭台が置かれている。まぁ、暗いから電灯天井という、天井が柔らかな光源になる機械を設置済みだ。シチュエーションは大事にしないとと館を作るときに無駄に取り付けました。
まぁ、それは良いんだけどね……。
「うむ、なかなか良い味だな。よく用意した、弟子よ」
「ありがとうございます! 知り合いの旅館の花板に無理を言って来てもらったんです」
ファフがお吸い物をズズッと飲んで召使いよろしく壁側に待機していた陽子を褒める。どうやら和食が好きなみたい。
陽子はファフに褒められて嬉しそうに答える。旅館の花板とは、たしかに頑張ったと思う。
でも、和食をこのテーブルに並べるのは似合わない……。
おっさんはこういうテーブルでご飯を食べるのは初めてだったのだ。一般人どころか、金持ちもこんな長いテーブルでは現代は食事をとらないだろうから当たり前だが。うん、私が用意したテーブルなんだけどね。まさか使うとは思わなかったです。
さすがに話すのが離れていると面倒くさいので、上座の横に座っているおっさんと女武器商人である。
期待してたのだ。もしかしたら銀の蓋がされた鶏の丸焼きとか出るかなぁと。
だけれども、出てきたのは天ぷらとか、松茸の炭火焼きとか、煮物とか、小鍋に入っているお肉とかであった。どこの旅館に私は来たんだろうと、がっかりするおっさんであった。高級感溢れるのはわかるけどね。洋食が良かったです。
「ねぇ、ナナシ。ここの地下は危険よ。財宝が破れない結界に守られていたり、そこそこ強いゴーレムがたくさんいたし、財宝が背景画になっていてとれないの。ゴーレムは無限ロケットランチャーで倒したけど」
「同じことを2回言ってるぞ。背景画はいつもの持ち主を倒さないと、現実にならないタイプだろう?」
「そうよ! 秘密兵器でも苛つくことに破れないタイプ。この老人はきっと悪人よ? 私を罠にかけて地下に落としたし」
隣で普通の音量で語る静香。彼女に遠慮はないらしい。わかってはいたけど。
ボロボロだった姿から着替えた静香は、来る前は運命の人とか言ってなかったっけ?
「ふ、天使族かと思ったら見間違いであったか。どうやら、薄汚いドブネズミが少しばかり綺麗になっただけだったとはな」
目を細めて、箸を器用に使いパクパクと料理を食べながらファフがからかうように言う。
「あら? まさかこれみよがしに黄金の山を置いているのに、罠を仕掛けてあるなんて、性根が腐った方だとは思わなかったわ。ごめんなさいね」
運命の人……。どうやら相性が最悪の運命の人らしい。漫画とかで、最悪の相性から恋人にまで進展する話がよくあるが、絶対にそれはないと確信してしまう。というか、盗っ人猛々しいとは静香のことを言うと辞書に記入した方が良いかも。
「所詮、魔法なんて手品を使うタイプじゃ、近代の力を扱う私には敵わないし、罠は意味がなかったけど」
「ふ、魔法の叡智は銃如きでは対抗できぬと教えてやった方が良かったか」
二人とも穏やかに殺気を放つという器用すぎることをして、料理をどんどん不味くしていた。陽子は二人の殺気にあてられて青白い顔になっていたりもするし。
まだ、もう一つ問題を解決しないといけないしと、コホンと咳をして、二人の視線を向けさせる。
「お互いに仲が良さそうで会いに来た甲斐があったというものだが、とりあえず私は料理を楽しみたいのだが、よろしいかな?」
「ふ、アホウばかりかと思ったがマトモそうだな。たしかにそのとおりだ」
「相変わらずマイペースね。わかったわ」
ファフは口元を曲げて、静香は肩をすくめて殺気を抑えてくれたので、折角のご馳走だしねと遥はパクリと天ぷらを口に入れるのであった。
ようやく穏やかな雰囲気の食事となり、遥はやっぱり松茸よりエリンギの方が美味しいなと罰当たりなことを思いつつ、ファフへと話しかける。ここに来たもう一つの目的だ。アホウではないおっさんにしかできないだろう話である。
「ファフ殿、私が来たのは貴方の力を見極めることと、もう一つ目的がある」
見た目には怜悧で、どことなく怖さを感じさせるおっさんの言葉に、ファフは話を聞くべく箸を置く。
「ふむ………。正直であれば良いというわけではないが、話を聞こう。なんだ?」
「貴方の持つ財宝についてだ」
鋭さを感じさせる眼光でファフへと告げる。きっと桃ぐらいは貫ける鋭さだとおっさんは信じています。スキル様が活躍してくれるからね。
「財宝が由緒正しい物そうだから、博物館に寄贈させるのね! わかったわ。私は博物館の館長をやればいいのね!」
キラキラと目を輝かせて、欲望に一直線の静香が声をあげるが、そんなわけないでしょ。どこまでポンコツになれば良いのだろうか。
「ファフ殿の持つ財宝は膨大だ。しかもそれぞれの財宝は強力なマテリアルを含んでいる。悪いが世間一般に流通させるのは価値の暴落も含めて看過できない」
静香はもうスルーで良いやと、ファフへと用件を告げる。
「竜王の時に、どうやらその力を存分に行使した財宝みたいだしな。黄金を抱く竜ならではの財宝、納得の質と量だ」
「博学だな、ナナシと言ったか。なかなか儂のことを調べている」
椅子に凭れ掛かり、感心したようにファフは答える。うん、ごめんなさい。以前のクエスト名をおぼえていたんです。
「しかし価値の暴落か………。人の世とは面倒くさいものだ。だが、儂の財は全て財宝だ。魔道具もいくらかあるが、それを換金するつもりはない」
「だろうな。では、どうだろうか? 貴方の持つ財宝の一部、大樹本部の財宝管理部にて買い取ろう。銀行カードには金を振り込んでおく。無論、適正価格でな」
陽子に以前結構な額を銀行カードに振り込んで渡したが、それをファフが使うことはあるまい。それに避難民を助けるのに使ってほとんど残っていないだろうし。
だからこそ、ファフは自分の財宝を使う。それこそ見渡す限り黄金の山といった感じでもっているだろうそれらを惜しげもなく。
それでは困るのだ。金は世界で50メートルプール分しか存在していないことにしておかないといけない。実際はそれ以上に存在していても。
「そうか………。それなら儂からの条件を聞いてもらおうか。その条件を受け入れるのであれば、その条件で問題はない」
「条件? どんな条件かね? 内容によるが………」
お使いクエストとかじゃないよね? なにそれをとってこいとか嫌だよ?
遥の警戒した表情を見て、ファフはニヤリと髭に隠れた口を曲げて告げてくる。
「なに、簡単な話だ。大樹とは何か? それを答えてくれればよい。あの小さき女神のことも含んでな。文明復興財団とかいうたわけた言い分はいらんぞ、最初に言っておくが」
笑みを浮かべて、面白そうに聞いてくるファフ。今まで誰も薄々他の目的があると感じながらも、尋ねてこなかった内容だ。
静香も興味を見せて、黙ってこちらを見ている。
ファフの深い叡智を思わせる目と、遥のなにものをも見抜く目がぶつかり合う。なお、遥の視線は本人の思い込みの可能性はある。
「レキは那由多代表が推し進めていた超能力者を英雄として創り出すプロジェクトで創られた存在だ。そして、大樹はそれら超常の力を使い世界の復興を目指している。その理念に嘘はない」
はい、嘘です。おっさんがこの崩壊した世界を楽しむ、ただそれだけの理由で設立しました。
でも正直にそんなことを言ったら正体がばれるし、皆怒るか、噓つき呼ばわりをしてくるのは間違いないから、真剣味をこれでもかと投入してファフへと答える。
「ふ、あくまでも復興を目指しているというか。その那由多代表とやらの真意を疑いながらも。疑念がそなたから垣間見えるぞ」
ファフがこちらを見抜くように口を開く。
ムスッとした表情で遥は疑念を見抜かれたかと、椅子へと凭れ掛かる。いったいなにを見抜かれたというのであろうか。ただ一つ、おっさんはこの厨二病的展開に酔っているとだけは断言できる。
「………那由多代表は立派な方だ。この化け物たちが徘徊する世界で復興を目指して活動している。あの人の功績は多大なものだ」
モニター越しに照れちゃいますねとサクヤがテレテレと頬に手をあてて身体をくねくねさせていたけど、スルーしておく。私も那由多人形を褒めたくはないんだけど。
「話は儂のところにも聞き及んでいる。国を興すほどの財と、これまでの技術レベルを超える………いや、技術革新を起こした救世主。ククク………よくある話だ。貴様はそれほどの財と技術を一人の男が手に入れたのは、その男が優秀だからだと、本当に信じているのか?」
軽く息を吸い、ファフは遥へと問いかけてくる。
「なによりも、そやつは世界が負の力にて滅ぶとなぜ確信していた? 人の世では戯言だ。集まる人間が有能な者たちばかり? あり得んな。そなたも疑問に思わないかね?」
うぅっと、遥はその言葉にうめき声を僅かにあげて、口を片手で覆う。
まずい、つっこんではいけないことをファフは言い募ってきた。たしかに変だ、世紀末論者でもなければ信じない話だ。特に有能な人間なら、詐欺だろと断じるに違いない。
遥の様子にファフは想像通りの様子を見せたと頷き話を続ける。
「その者は断言しておいてやろう。そなたが信じるかは自由だが、厄介な神族と繋がっている。よくある英雄譚だ、神の加護を得たな。………しかし神族は残酷だ。小さき女神が生まれたことにより、危機に陥らないようにしておくべきだろう。このままでは小さき女神が勝利しても、あの者の望むような未来にはならないだろうからな」
なんとレキのために話してくれた模様。とりあえず、なっ、ナンダッテーと驚きたかったけど、眉をピクリと動かすのが限界でした。リアクション薄くてすいません。
だって、たしかに話のつじつまは合いそうなので、ファフは少ない情報でよくこんな話を考え付いたねと、そっちの方に驚いちゃったんだもの。
「ご主人様………。私の脳内にピカリと天啓が降りてきました! これは傑作になりそうな予感がします!」
わなわなと身体を震わせて、サクヤがモニター越しに堂々とパクリ宣言をしてくる。どうやら、新たな台本を書き始める模様。実にろくでもない。
これは早々に帰宅して、サクヤの動きを止めないといけないだろう。
「私は急用を思い出した。申し訳ないが、これにて失礼する。あぁ、条件は達成したのだろうから、黄金の換金は本部に任せてもらう。では失礼」
多少焦りが声音に滲むように混じったが、仕方ない。大規模イベントはもう少しあとが良いんで。
ファフはこちらの様子に満足気に頷く。
「急ぐが良いだろう。きっとそなたが想像できない戦いが、未来が待ち構えているだろうからな」
なんか預言者のようなファフへと頷き返し、遥は足早に帰宅を急ぐ。
「財宝管理部………。ねぇ、私、恋したみたい」
「恋多き女性だな、君は」
どうやら、早くも相手を変えた静香へと呆れて肩を竦めて答えるのであった。




