532話 恋する女武器商人とおっさん
はふぅ~とアンニュイな息を吐くモデルのように美しく妖しい魅力を見せる美女。目の前に座り、思い悩む姿は美女ならではで、通りすがりの男がその光景を見たら、下心ありで大丈夫ですかと声をかけてくるのは間違いない。
だが、近づいた虫を食べるウツボカズラのような女性だと、テーブルを挟んで反対側のソファに座っていたおっさんは知っていた。
知っていたため、声をかけないで帰ろうかどうしようかと迷うおっさんだったが、目の前にカチャリと湯気をたてるコーヒーを見て嘆息して
「ありがとう、チビアベル。で、あれはいったいぜんたいどうしたというのかね?」
自分には不釣り合いな上等のスーツを着たおっさん。すなわち、朝倉遥である。本日は目の前の女スパイこと女武器商人に呼ばれて、家に訪問しています。そして召使いたちがいるのに、なぜアベルが執事の真似をしているのだろうか。暇なのかな?
フヨフヨと重力を無視して、床から1メートル程浮かんでいるチビアベルはデフォルメされた玩具みたいなロボットなので、これが少女姿ならお土産にもらっていきますねと誘拐していたことは確実だ。
だが、今日は理性があるおっさんぼでぃなので、耐えている。あとでレキになって訪問しようかなぁとか考えていません。
「ナナシ殿、来ていただきありがとうございます。実は今の我が主のこの姿がお呼びした理由なのです」
「あぁ、それは見ればわかる。チビカインはどこにいったんだ?」
手をフラフラと振って遥は呼び出された理由はわかるよと答えて、カインの姿がないことに気づく。
「カインの奴はダンジョンギルドに出向しています。無論、大幅にダウングレードされている状態ですが。私は主の護衛の為、残っているわけでして」
「なるほど、あんまり貴金属関連の取り分でもめないようにな。それでは君たちの近況も聞けたし、私はそろそろ帰ろう」
そろそろもなにも、今来たばかりのおっさんであったが、嫌な予感しかしないので帰る一択なのだ。嫌な予感だけは当たるおっさんなのだ。
前回は睡眠薬入りだとわかっているのにシュークリームを盗もうとするドライたちを見て嫌な予感がしたのだ。その時は食べては眠って、起きたらまた食べてすぐに寝るという身体に悪い事をしまくるドライたちを止めるのが大変だった。普通のシュークリームを作ってあげるからと約束して、ようやく睡眠薬入りを食べさせることをやめさせたのだからして。
と、いう訳でどっこらしょと椅子から立ちあがり、部屋をでようとして、ピタリと動きを止める。
「はぁ~」
いつの間にか、ドアの前に椅子を置いて出られないように塞いで静香が椅子に座りながらアンニュイなため息を吐いていたからであった。
うん、話を聞くまで逃がすつもりはないのね。なんで私の眷属って、こういうコミカルな動作をするんだろう。眷属になると知力が下がるのかしらん。きっとデフォルトでステータスが眷属になったら下がるとかシステム上であるんだろうね。もちろん、それを確認なんかしません。たぶん当たっている推測だろうから。他の理由なんてないに決まっているからね。
静香の様子を見て、諦めて椅子に座りなおすと静香も椅子を元の場所へと戻して、こちらをチラチラと見ながら、またアンニュイなため息を吐いてアピールしてくる。
はいはい、聞けばいいんでしょ、聞けば。
「それでなにがあったんだ、五野君」
五野静香。武器部門の担当で貴金属大好きな元ダークミュータントであり、現在は遥の眷属となった女性である。以前の常にコートを羽織っていた服装はやめて、スリットの切れ込みが深いドレスを着ている。金持ちになったので人生をエンジョイしている模様。おっさんよりはエンジョイはしていないと思われるが。
静香は顔をゆっくりとあげて、物憂げな表情で口を開く。
「私………恋したの」
「今度はどの貴金属にだ? 博物館が建設されたが、そこにある貴金属は駄目だぞ」
驚くこともなく、遥は静香のセリフに冷静に答える。博物館は適当に作ったんだけど、それでも立派な建物を建設したのだ。あそこには由緒正しい貴金属もある。怪盗ばりに予告状を出してきたら、頭脳は大人、身体は美少女の名探偵レキがカンストした知力を見せちゃうぜ。
だが、首を横に振って否定をしながら、静香はゆっくりと言う。
「違うわ。私は普通の人間に恋したの………。それはそれとして博物館なんてできたのね。貴金属の貸し出しは可能なのかしら?」
「貸し出しはしていない。というか、永遠に戻ってこないとわかっていて貸し出すのは譲渡と言うんだ。もしくは強奪とな。………で? どこの金持ちに恋したんだね?」
金持ちだと断定して尋ねる。だって金持ち以外に選択肢はないのであるからして。
遥の言葉に、ふぅ~とため息を吐いて静香は答える。
「最近できた洋館あるでしょ? 馬鹿でかい洋館を建てた避難民」
その言葉にピンときた。というか、思い当たるところがありすぎる。
「本人に会ったことはあるかね?」
「もちろん、ないわ。でも、洋館の主が諸々の費用として売り払った貴金属が私の手元にもきたのよ。古びた金貨から宝石まで! 全部買い取ったわ! 噂によると、その人物は屋敷に山と財宝を積んで暮らしているらしいの。信じられる? 金貨やらが山となっているのよ。人類の理想郷がそこにはあるのよ!」
話している途中でテンションが上がってきた静香は顔を真っ赤にして、身を乗り出して熱弁してきた。
遥はその様子を見て、なるほどなぁと頷く。
「これが恋というものか………」
「いえ、ナナシ殿。冷静にそんなことを言わないでください」
ヘリウムガスと同程度の重々しい頷きを見せるおっさんに呆れたようにアベルがツッコムのであった。どうやら苦労人ポジションになってしまったアベルである。お疲れ様です。
静香の話を聞いただけで疲れたおっさんはコーヒーを飲みながら、思い当たることを教えてあげる。教えないとウツボのように噛んで離さないと思われるし。
「それは元ダークミュータントで、自身の力でダークミュータントから人間になった男だな。人間………まぁ、長生きしすぎるだろうが」
「やっぱり知っていたのね! 元ダークミュータント………。私とお似合いね、キャッ」
手を頬にあてて照れる静香であるが、まだ会ったこともない。
「彼は屋敷を建てるに際して、自身の持つ財宝を支払いに使ったんだ。その一部が君のところまで流れたんだろう」
まさか、本当に若木シティに来るとは思わなかったと遥は思う。段ボール箱には若木シティでの生活についてのパンフレットやら、様々な資料を入れて置いたのだ。だが、隠棲をすると考えていたので、若木シティに来るとは欠片も予想していなかった。他にも食料とかを入れて置いたので、それを持っていくだろうと考えていたのに。
なんと、普通に若木シティに来た。来てしまった。竜王としての力はなくとも、強力な魔法の力は残しているファフが。
まぁ、別に良いんだけどね。特に気にすることもないだろう、もはや魂を見る力もない。あとはおっさんが女神であることがバレないようにすればよい。名前がばれたら、同姓同名ですと言い張る予定だ。
「建物の代金としては破格であったが、すべて貴金属で支払いを済ませたからな。かなり目立ってはいた」
レキぼでぃで立ち会ったのだ。その時にファフが取り出したずたぶくろから、ザラザラと水が流れて出てくるように金貨やら宝石が出てきたのは、わかっていてもびっくりしてしまった。これがふぁんたじーなアイテム、古典的ゲームでは伝説扱いされてきた無限バックだと。
その後に、ちょちょいと洋館をちっこいおてての一振りで建てたら、ファフは苦笑していたけど。
「紹介して! 元ダークミュータントとして運命的出会いよ!」
「まだ出会ってもいないだろう。………紹介しても良いと言いたいところだが、私も会ったことはない。それに会ったところで無駄だと思うがね」
あの偏屈な爺さんに恋人はできまい。それに隠れるつもりであったのにばれたらすぐに懐に入ってくる頭の回る人物だ。黄金に目がくらむ妖しい美女を相手にはしまい。
「あら、ナナシも会ったことがないの? それじゃ危険人物かもしれないし、二人で会いに行きましょう。決まりね」
すくっと立ちあがり、今から行こうと誘ってくる女武器商人。行動が早すぎる。
「まぁ良いだろう。私も会って見たかったしな」
万が一、力の流れ、遥という力ある存在がレキと同一だとばれたらやばいので。そんな見る力はもうないだろうけど、念のため。
洋館は関東圏内でも端っこ。群馬県にあった。グンマーという秘境………ゲフンゲフン。小さいながらも温泉街ができているのだが、その街の隅っこにあった。若木シティではないの? と聞かれたら、一応ここも管理者が若木シティなので、若木シティなのだ。温泉旅行の斡旋を若木シティ全体でしないと現状では温泉街は経営が成り立たないし。
そんな場所にでかい庭となんだかゾンビが沸きそうな洋館が鉄柵に囲まれて存在していた。庭も綺麗に植木が刈られていて、綺麗ではある。
周囲にはファフに助けられた避難民が仮住まいに住んでいる。ファフの傍にて暮らす人たちだけど………。
「なんとなくふぁんたじーな風景だな。なぜ彼らは麻の服を着ていたり、ローブを羽織っているんだ?」
異世界かよと遥は道すがらで見た光景に呟く。
「あら? かの御仁は魔法使いだそうよ。インチキではないね」
てくてくと歩く中で妖しい笑みをフフッと浮かべて静香がいう。それはわかっているんだけどね………。
「魔法のパンはいかがかね~。美味しいうえに、栄養満点だ!」
「ワイン! 赤ワインはいかがですか? なんと魔法で作るんだ!」
「今から魔法使いの弟子陽子様謹製のスクロールでパンとワインを作り出しますよ~。見ていって~」
観光客相手に商魂たくましい商売をしていた。ただパンを売るだけではなく、焚火を作り、串を刺したベーコンの塊などや、穴あきチーズなど雰囲気たっぷりに他も色々と売っていた。観光客は物珍しい表情でそれらを買っていってる。
「この間、移り住んで来たばかりというのにたくましいものだな」
よくファフは怒らないな。外を気にしないのはあの魔法使いらしいけど。
「良いんじゃない? まさしく人間らしい姿じゃない。この温泉街にも目玉商品ができていいんじゃないかしら」
「たしかに珍しいからな………。それにしても、五野君は本当にその姿で会う気かね? もう冬に入りそうな寒さなんだが」
静香の姿を見て、なんだか昔よりポンコツになっているような感じがして、ジト目で思わず尋ねてしまう。だってねぇ………。
「あら、これで良いのよ。似合っているでしょ」
「似合わない」
一言で断言してしまう。だって、麦わら帽子に白いワンピースである。清楚さをアピールしているつもりなのだろうが、歳を考えなさい、歳を。
もちろん、そこまで言う勇気はおっさんにはないけど。
「お爺さんはこういうのが好きなのよ。あと、余計な一言も言いそうになかった?」
エスパー並みに最後の言葉を眼光鋭く聞いてくるが、肩をすくめるだけで返答はしない。
「もはやなるようになってくれ」
呆れを含んだ言葉を呟き、門についてあるインターホンを鳴らす遥であった。