530話 竜王の話を聞くおっさん少女
その空間は破砕されていた。竜王と少女がぶつかり合うごとに衝撃波が生み出されて、空気は揺らぎ大地は震える。
「むんっ!」
黄金の竜王と化したファフニールが遥に迫りながら、煌めく竜爪を振り下ろす。先程と違い単純な突進はやめて格闘戦へと移行したのだ。もはや単純な突進では小さき女神へ攻撃は当たらないと理解していた。
美しさを感じる黄金の竜爪。目の前に迫るその攻撃を遥は薄く口元を笑みへと変えて、羽を展開させて後方に滑るように移動して、ちっこいおててを掲げて
「とおっ」
顔すれすれに襲い掛かる爪を掴み、くるりと爪を支点に前回転をしてファフニールの前脚に足をつける。足をつけてスタタタとファフニールの前脚を登るように走り、頭近くに肉薄すると
「超技 美少女ハイキック」
小柄な体躯を捻り、突風を巻き起こし右足からのハイキックをファフニールの頭へと打ちつける。竜王にとっては小さき針が刺さったようにしか見えなかったが、鱗が弾け飛び鮮血が流れてぐらりとその頭を揺らがせるファフニール。
「超技 美少女かかと落とし」
揺らいだファフニールの頭へと遥は再び右足を掲げて、勢いよく振り下ろす。
「うぬっ!」
竜王はその追撃にさすがに耐え切れず、地表へと墜落する。戦闘機が墜落するような空気を裂くような音をたてながら墜落しクレーターを作り出す。
スイッと軽やかに遥は地面へと着地する。それに合わせてまだ残っていた黄金の剣がミサイルのように突撃してくるが、遥が右腕を滑らかに振るうと空間に黄金の軌跡が生まれて、黄金の剣はバラバラに斬り裂かれて粒子へと戻り空中に溶けてゆくのであった。
遥はその様子をフンスフンスと鼻息荒く得意気な表情で見てクレーターに埋まっているファフニールへと話しかける。
「力の差はわかったはずです。これ以上の戦いは無用のはず。ファフニール、美少女アタックを受けたくなければ、神の力を放棄してください」
ネーミングセンスの無いアホな少女はレキとは違い表情豊かにファフニールへと降伏勧告をする。中身があれでも、外見は可愛らしいのが詐欺っぽいおっさん少女である。
「………そうはいかんな。我にも矜持がある。それにもはや後戻りはできない。わかっているはずだ。見えているはずだ。遥よ」
クレーターから風が逆巻き、ファフニールが翼を羽ばたかせて出てきて言う。
遥はその言葉に表情を真剣な様子へと変えて、顎にちっこいおててをつけて嘆息する。
「そうではないかと思っていたんです。神を喰らい世界を滅ぼした竜の末路………叡智ある貴方ならなにか抜け道をもっているのではないかと思っていたんですが………なかったんですね」
「贄として見逃されたと知ったときから、この運命からは逃れられぬ。そなたのようにあり得ない力はもっていないのでな。………だが、竜王としてはそなたと戦えて喜びの感情をもっている」
ファフニールは目を見開き、強烈な戦意を見せて咆哮する。
「神喰らいの力! 未だ勝負はついていないぞ、遥よ!」
ビリビリと空気を震えさせて、力ある言葉をファフニールは言う。
「神の力にて吐息は奔流とならん」
牙を見せながら、口を開き黄金のブレスを吐く。
膨大なエネルギーと化した黄金の粒子が遥へと迫りくるが、その輝きに小柄な可愛らしい体躯を照らされながら慌てずに左足を強く地面へと踏み込み
「超技 念動障波キック」
右足に念動障波を覆わせて、ブレスへと繰り出す。
黄金のブレスへと突き出した蹴りは、遥を丸のみできるほどの極太の光を裂きながらその中を突き進む。
空中に粒子が舞い散り、遥の肌へとぺちぺちと当たるが、多少のダメージを気にせずにブレスを突破する。
「たりゃあ」
鈴を鳴らすような可愛らしい声をあげて、ブレスの中から飛び出してファフニールへと迫る。
「むんっ!」
両前脚を振り下ろして、カウンターを狙うファフニール。最強の技、真のブレスであったが、傷をほとんど負わずに打ち破った遥の姿に僅かに動揺を見せるが、すぐにカウンターを狙う。
遥は体勢を戻し、トンッと地面を蹴り迫るファフニールの両前脚を見て、飛び上がる。
そのままファフニールの脚を壁がごとく、トントンと三角飛びにて蹴りながら再び竜王の頭へと迫っていく。
「魔力よ、壁となり我を守れ」
魔法の壁を迫る小さき女神の前へと生み出すファフニールであったが
「サイキックレーザー多連装!」
遥は壁を見てすぐにファフニールへと近接戦闘を仕掛けるのは諦めて、ちっこいおててを掲げて超能力を発動させる。
掲げたおてての先に念動のレーザーが複数生まれて、魔力の壁へとぶつかる。
数発を防いだ魔力の壁であったが、そこまでであった。連続して飛来するレーザーに力を失くし霧散して、残りのレーザーはファフニールの頭へと叩き込まれて大爆発を起こす。
ファフニールは寸前で黄金の粒子を展開させて爆発させることによりダメージを減衰させたのだ。
だが、ダメージを減衰させてもその力は凶悪であり、爆発後に見えたファフニールの頭は美しかった鱗も、凶悪な牙もボロボロになっていた。
遥は羽を展開させて、くるりと後ろ回転をして地面へと着地する。
「そろそろ終わりですね、ファフニール」
すぐに半身となり、右腕を引き絞り遥は黄金の粒子をその右腕に収束させてファフニールへと告げる。
「たしかに、そのようだ………。行くぞ、遥よ。これが我の最後の力だ!」
黄金の体躯をさらに光らせて、竜王は突撃をしてきた。先程よりも速く、そして力を感じさせる突進。叡智ある竜王が最後に選んだのは、愚直なる突撃であった。
目を細めて、その小さな口から吐息を吐いて遥も自身の最強の技を使う。最初の時から使い続けていた最強の技。
「超技 サイキックブロー!」
透過属性をつけずに、昔からのただの念動を付与したブロー。しかし、その力は空間を歪ませ敵を消し去る最強の技。遥が信じて頼りにする技。
暴風がサイキックブローの発生と共に巻き起こされて、空間を歪ませて飛んでいく。逆巻く風は少女の髪をなびかせて、服をはためかせる。
そしてその全てを歪ませて砕く念動の力は黄金の軌跡を残しながら迫りくるファフニールへとぶつかり合う。
お互いの力と力がぶつかり合い、空間はその威力を受けて大爆発を起こすのであった。
テレビに映るその様子を布団にくるまり眺めていた少女は感心して呟く。
「見事です、旦那様。私とは違う戦い方………勉強になります」
遥に大部分の力をその戦闘知識と共に返却したレキである。精神世界のリビングルームで旦那様の戦いを見ていたが、自分とはまったく違うアプローチであったのだ。
レキならば、敵の攻撃を体術にて受け流し、繊細なる動きで敵を圧倒し倒していただろう。ファフニールの攻撃もまずはギリギリで回避してから、敵の隙を狙い攻撃を叩き込むだろう。
冷静に冷徹に舞のような流麗な姿で戦うレキとは違い、旦那様は実に大雑把な戦いをしていた。
敵の攻撃は大きく回避し、ダイナミックな動きで技を繰り出して攻撃を叩き込んでいた。常ならば、そんな動きでは技を極めた敵には効かないだろうが、竜王の巨体である点につけこみ、そして体術にこだわらず超能力を駆使して、翻弄させていたのだ。
戦いのセンスはレキの方が上であるが、相対したときに果たして自分は旦那様に勝てるだろうかと思う。なんとなく押されてしまう様子が思い浮かび、ふわりとタンポポのような優しい笑みを浮かべる。
「さすがは旦那様です。やはり最高の旦那様を私は持ちました」
自分は体術にこだわり、そうして技を極めることに執心している。きっと自分では旦那様のような戦いはできないだろう。
「ですが勉強になります。さらなる成長を夫婦でしていきましょうね、旦那様」
クスリと笑うと、幸せそうにレキは再びの戦いがくるまで眠りにつくのであった。
この戦いが終わったら、また力をくれると旦那様は約束してくれたので安心の寝顔を見せてスヤスヤと。
遥は白き世界にいた。大爆発を起こした後に気付いたらここにいたのだ。空も地面も全てゲームの開発前の背景みたいに白だけで埋め尽くされていた。
周りの光景を見て、おっさん少女はうんうんと頷くと口元をニヨニヨさせて呟く。
「こ、ここはいったい?」
驚愕の表情になりたいが、ニヨニヨ笑いを止められないアホな少女がここにいた。手をあげたり、身体を傾けたりと様々なポーズをして驚きを表そうとするアホっぷりだ。
こんなシチュエーションは大好物な厨二病という不治の病にかかっているため、仕方ない。
「我らの力の激突が次元の狭間へとあの地域を一時的に吹き飛ばしたのだ。まぁ、時間と共にすぐに元の世界へと戻る」
後ろからかけられた声に、マズイ、今のポーズを見られたかと赤面しながら遥は後ろへと振り向く。
「えっと、その姿の時はファフでしたっけ?」
尋ねるその先には半透明の姿となった魔法使いの姿があった。ゆらゆらとその姿は揺れて今にも消えそうな様子で佇んでいる。
ファフはフッと笑い答える。
「まぁ、呼びたい名で呼ぶがよい。所詮、思念体の残滓。すぐに儂は消える」
ほとんど力を感じないその様子に遥は警戒を解いて頷く。
「なぜ残滓となって私の前の現れたんですか? 貴方の魂はもはや粒子となって消えています」
その様子を見て、ファフは口を曲げてなぜ現れたのかを告げる。
「そなたに神族の狙いを告げておこうと思ってな。この狭間の世界なれば、覗かれることはない」
ファフの言葉に、なるほどと頷き話を聞いている間に眠らないように注意しなくちゃと決意して、ファフを見る。長い話は眠くなるおっさんなので、途中からコクリコクリと水飲み人形になる可能性があるのだ。
そんなしょうもない決意を目の前の少女がしているとは露知らず、ファフは重々しく頷き話し始める。
「この世界にいるものたちが夢幻のようなものだとすると、そなたはどう思う?」
「別に気にしませんけど。楽しく私は暮らしていますし」
なにも考えていない事がわかるセリフであった。脊髄反射で答える少女にファフは呆れて、それでいて嬉しそうな様子を見せる。
「ここにもアホウがいたとはな。嘆かわしいが、それぐらいが良いのかもしれん」
息を吐いてファフは遥をアホウ呼びする。こんな短期間でアホと見破るとはさすが叡智の魔法使い。誰でもわかるかもしれない。
「さて、もちろん夢幻ではない。我らは存在している。過去に繰り返された世界の崩壊は知っているな」
「えぇ、もちろん夢幻ではないと知っていましたし、過去の出来事も知っていますよ」
ヤバい、アホ呼ばわりされたと焦り、若干早口で答える遥。
ファフは頷き話を続ける。
「神族、悪魔族、竜族、妖精族などは過去崩壊した世界に生きていた。………だが、全て滅ぼされた。我らを夢幻とも考えている始原の神族………。いや、始原の者たちにとっては塵芥も同然にな。全て始原の者たちの願いには到達しなかったために。我もそなたに勝利したあとに慈悲なく滅ぼされていたであろう」
その言葉にファフニールが魂を軋ませ、遠くない未来に消えることがわかっていたのに神の力を喰らった理由がわかった。どちらにしても、死ぬのならば竜王として一矢報いたかったのであろう。
「ではファフニール。始原の者の願いとは?」
ファフはあっさりと遥の疑問に答えてくれた。
「新たな世界を創造できる者を創り出すこと。そして恐らくは……そ奴を隷属させることだ」




