529話 懐かしのおっさん少女
竜王ファフニールは自身に満ちるその圧倒的な力を感じ、そして己の魂が軋む音を聞きながら、小さき女神へと突撃を繰り返していた。自身の流儀ではないが、まさしく竜王の戦い方ではあろう。
じわじわとダメージを受けていく小さき女神。自身の限界がくるまでに決着をつけんと、その巨大な体躯を利用した攻撃を繰り返す。そろそろ黄金の剣たちも敵の天使たちを倒して、女神へと攻撃を再開するはずである。見ると予想通りに剣たちは天使を貫き倒しているところであった。
自身の勝利を悟り、ファフニールは小さき女神へと決着の突撃を繰り出さんとしたときであった。
「む?」
今までなんとか回避しようと障壁を蹴り逃げ回っていた女神がピタリとその動きを止めて、僅かに顔を俯けたのだ。
この状況でも女神が諦めることをするわけがないと知っているファフニールはなにか策があるのかと警戒し、突撃を止める。
そうして念にて剣へと指示を出し、なにか違和感を感じながら攻撃をさせる。
1本の剣がその指示に従い、高速で女神へと飛来して
「ファフニール………。正しい解答であっても、選びたくない答えってありますよね、今の貴方のように」
二本の指でピタリと剣を受け止めて、悲しそうに女神は言う。
ガタガタとその拘束から逃れようと剣が動くが、まったくその拘束は緩まない。先程までは弾き返すのが精一杯であったはず。それが今は簡単に拘束をしている女神の様子にファフニールは警戒した声音で尋ねる。
「勝つための犠牲であり、竜王の誇りをかけている。ならばこそ正しい解答を我は選んだのだ。小さき女神よ、先程と違いその様子………。なんの力を得たのだ?」
ファフニールの言葉に小さき女神は首を横に振りながら、静かな声音で言う。
「得たのではなく、取り戻したんです………。さて、ファフニール、私の名前を告げていませんでしたね。告げましょう、私の名前を」
くいっと剣をもつ指を捻ると、あっさりと剣は砕けて黄金の粒子へと戻り
そうして女神は俯けていた顔を持ち上げて告げる。
「私の名前は朝倉遥。もはや貴方に勝ち目はありません、竜王ファフニール」
女神がその名を口にした途端、膨大な力がそのちいさき身体から吹き荒れ、地球が震え、世界がその存在にゆれるのであった。小柄な体躯から今までとは違う量の黄金の粒子が噴き出す中で。
サクヤはモニターに映る少女の姿を見て、ツヴァイ達が眠りこける中で一人、パチパチと拍手をしていた。乾いた空々しい音が静かなシアタールームに響き渡る中でその表情は満足そうであり、口元は笑みをかたどっていた。
「さすが遥さん、危機が迫る時の貴方のその気づきのセンス、僅かなヒントで常に正解へと辿り着くその類いまれなそのセンスこそが貴方の最大の武器だと私は思うのです」
部屋にいてもその強大な力は感じ取れる。神木である大樹が新たな力ある存在に喜ぶように枝を揺らし、木の葉をざわめかせているのが感知できる。
モニターには今までとは比較にならない力をもつ少女の姿が映っている。膨大な星の力を全て把握して、全てを扱えるようになっている新しき力ある存在。
「正解に辿り着いたのですね、マスターは」
空間が揺らぎ、サクヤの目の前にナインが瞬間移動で姿を現す。その表情は物憂げな様子を見せており、遥の心中を気遣っていた。
そんなナインへとそんなことは気にせずに、サクヤは喜びを隠さずにコクリと頷く。
「その通りです。ファフニールの圧倒的なエネルギーに違和感を感じ、違和感は疑問へと変わり、自らの在り様に気付いたのです。まぁ、レキには可哀想ですがデータはあるんです、眷属として作り出せば良いでしょう」
サクヤはそう答えてモニターへと視線を向けるのであった。自らの試行錯誤が遂に成功したことを喜びながら。
先程、ファフニールが神の力を喰らい、圧倒的なエネルギーを周囲へとその存在だけで表していた。だが、今の遥はその時とも比較にならない力を表していた。ただ空に浮いているだけであるのに、周囲はその力を感じ震えている。空気は震え、黄金の粒子が自然に生み出されていく。
天使の羽を広げ、朝倉遥と名乗った存在は静謐な様子で空に浮いていた。周囲がその存在に震えているのとはまったく逆に。
遥は目の前で驚愕しながらも、哀れみの視線を向けているファフニールを見つめて口を開く。
「答えは最初から私自身の手の中にありました。ただ、見ない振りをしてきただけで」
静かな水面を思わせる瞳を向けてファフニールへと伝える。
「神族とは狡猾だ。なるほど、贄とは我ではなく、そなたたちの中にもあったのだな。我には見える、先程まで我と相対していた魂が一つ消えているのを」
ファフニールも静かな口調で答えるのを耳に入れながら、遥は話を続ける。
「元々は一人で扱っていた力だったんです。ですが、私はその力を扱いきれずに、新たな存在を生み出しました。その時点ではそれで良かったんです。力が半分になっても扱いきれないエネルギー。その1割だってエネルギーがあれば問題はなかった」
ちっこいおててを胸にあてて、遥は言う。独白に近いその内容を。
「ですが、私はこの力を扱えるようになりました。強大なるこの力を。過去に自分が一人で戦っていたことを思い出したんです」
遥の記憶。まだ弱かった頃、スキル様と言いつつ一人で戦っていた頃、戦いに勝てないと悟って力押しではなく、天才的閃きで倒した獅子の時。あの後に力を分離して、より効果的、効率的に自分が生み出した戦闘民族な美少女。
だが、最高に力を発揮できていたのは、やはりあの時であったのだと思い出したのだ。本来であれば敵わない敵であった獅子との戦いを勝利で終えたあの時。
そうして、今の遥は成長しており、エネルギーを分離していることは足枷にしかならないことを悟った。戦闘力1億の世界に5000万の力では敵わないように。なるほど、レキがナインに勝てないはずである。いつの間にかレキに支えてもらっていた自分は、レキを保護する存在へと変わっていたのだった。
「そうして、私は力を取り戻しました。残酷な方法でしたが」
「我だけではなく、魂の片割れも贄であったか………。そうして、汝はもう一つの魂を吸収したという訳だな」
贄とされたのは自分だけではなく、小さき女神の元々の魂も狙われていたのだ。そうしてファフニールが神の力を手に入れたために、この女神は魂の片割れを吸収するしかなかったのだ。ファフニールに対抗するには。
ファフニールは神族の狡猾さに舌を巻き、操られているこの小さき女神を哀れに思う。神族の手のひらにて弄ばれた少女を。
だが、予想外に小さき女神はきょとんとした表情になり、コテンと小首を傾げた。
なんでその答えに至るのだろうと心底不思議そうな表情になり
「違いますよ。魂を吸収? そんなことをするわけないです。レキから分け与えていた力をほとんど返してもらっただけです。残酷な方法とは、貴方との戦闘を楽しみにしていたレキへ私だけが戦わないといけないその方法を伝えないといけないからです」
遥はファフニールへと、なにそんな絶望しかない方法を言うんだと、口を尖らせて非難をする。まさかデータを保管して眷属として作り出せとでも言うのかと。
「レキはいじけて、布団の中から戦いを覗いています。無論、精神世界ではありますが。物凄いがっかりして可哀想でした」
大変だったんです、説得するのと、小さき女神がサラッと簡単に言い放つのをファフニールは驚きで目を見開いて尋ねる。
「魂から力を回収するのは不可能なはずだ。魂に宿る力を回収するというのは、その魂を吸収しなくてはいけないはず!」
膨大なエネルギーは魂の器に同化するように入っていたはず。混ざった絵の具のように一つだけを回収するの不可能なはずと。
その言葉に、遥はなるほどとポンと手を打って
「私は適当なんです。適当なので適当に力を回収しました。適当なザルな回収の仕方なので、レキを残すことは可能でした。まぁ、今は貴方の感知にも見えないほどに力を失っていますが」
ペロッとちいさい舌を覗かせて、可愛らしく悪戯そうに笑う小さき女神であったりした。適当なおっさんはすべてを綺麗に回収するなんてできるはずがないのだ。最初から。
竜王にふさわしくない唖然とした表情で口を大きく開けて、ファフニールは世界の理をあっさりと覆した小さき女神を眺め
「クックック………。そうか、なるほど。そうであったか。ならばこそ、そなたは神族の手のひらから抜け出せよう。その魂に絡みつく傀儡の糸を断ち切り未来へと進めるであろう」
楽しそうに高笑いをあげて、ファフニールの目は細まり、告げる。どうやら過酷な戦いを過酷とも思わず、この小さき女神は楽しそうに繰り広げてきたのだろう。
始原の神族が望んだあるべき未来と、あり得た存在はいない。ファフニールはそう直感から悟り、そして自らの誇りを全うすることを決意する。
「我を倒せればの話だがな! いくぞ、逸脱せし理の存在よ!」
「私の髪は黄金になっていないですかね? なっていなくても、ファフニール。貴方では勝てないですが」
久しぶりに自らの意思にて、身体を半身にし身構える遥はその愛らしい少女の表情を不敵な笑みへと変えるのであった。
黄金の髪になると思っていたのにと、適当さを成長させたおっさん少女は残念がりながら。
サクヤは椅子から飛び上がるように立ち上がり、冷酷だった眼を驚きで変えながら。
「え? 魂を吸収していない? 育ちきった実たるレキを食べて遥さんは真の存在へと昇華されるはずだったはずなのに、なんで吸収もしていないのに真の存在へと昇華されているんですか? これじゃあ、レキが残っている分、予定よりも強く………いいえ、なんで? 適当極まります」
慌てながら、ファフニールと再開された戦いを繰り広げる遥を眺める。
そこには天才的戦闘センスをもった圧倒的な存在となった遥が、先程まで圧倒されていたファフニールを押している姿があった。
しかも時間がたつごとに成長しており、ファフニールの無敵の竜鱗を砕けるレベルまでその威力は上がっていっている。
「しかも成長しています! 魂を吸収した時点で成長の権能はなくなり、完成した存在となるはずなのに! こんな成長をされていったら」
「私たちの力を上回りますね。手にしている星の力に自らの力を注ぎこんでいます。微々たるものですが………。それも今はという話ですね」
焦りながらサクヤはナインへとバッと顔を向ける。湯気立つカフェラテをゆっくりと飲みながら、慌てる様子も焦りの表情も浮かべずに、優しい微笑みでナインはモニターに映る戦いを見ていた。
「ここにきて、さらなる計算外、しかも強烈な予想外を遥さんはしてきたんですよ、ナイン。どうして焦らないんですか?」
「こんなことになるのではと思っていたんです。なにせ、私の愛する人ですから」
動揺して騒ぐ姉さんへとナインが平然とした表情で告げるのを聞いて、サクヤは肩を落として言う。
「作戦は最後にきて変更です、ナイン。本来であれば一人ずつで戦う予定でしたが」
「二人で力を合わせて戦うということですね、姉さん。わかりました」
ナインはカフェラテの入ったカップを消して、美しい金髪ツインテールをなびかせて、野花のようなひっそりとした可憐な笑みを浮かべて頷くのであった。