526話 再会のおっさん少女
辺りは光の粒子が充満して漂っていた。立派な社が連なり霧が立ち籠める神秘的な世界は八百万の神々がことごとく滅ぼされたことにより、消えようとしていた。
立派な意匠の社群は最後の神がレキの拳により滅ぼされたと同時にボロボロに崩れていき崩壊していく。
同様に霧は掻き消えて、太陽の光が差し込み神域は通常の世界へと戻っていくのであった。
社が崩壊して溶けていく傍ら、レキは視界が開けたおかげで八百万の神々が言っていた出雲の中心が見えるようになる。
「なるほど……。あれがかみの力というやつなんだね」
横にいる金髪ツインテールのメイドへと尋ねると、フヌーッと二人の間に割り込む銀髪メイドが、出番をとられてなるものかと口を尖らせながら言う。
「なんで私に聞かないんですか、ご主人様! そうです、あれがかみっぽい力の源泉ですね。なにせ世界の力をもってきているので」
ご主人様と呼ばれたことから遥という出番はなくて良いだろうおっさんであったが、外見はレキなので可愛らしい。その可愛らしい顔立ちの少女はコテンと首を傾げて疑問に思う。
「なんで世界? 日本じゃないの? バチカンとか色々かみっぽい力が集まりそうな場所あるじゃん」
「不思議ですね。きっとファフニールが地脈っぽいのを操って全てを集めたんでしょう。もはや、他の地域は聖域レベルでしか力は残っていないです。イヤースゴイデスネアノ竜王」
物凄い棒読みで、サクヤが答えるが怪しいことこの上ない。
本当にファフニールがやったのかな? なんというか、他の人の力を感じるぜ。どこかのメイドとかメイドとかドラゴンではないメイドとか。
ジッーとサクヤの顔を見つめると、目を瞑って祈るように両手を組む。しかも、んーっとか、唇をを尖らせるのでなにを求めているのかわかって嘆息してしまう。
「仕方ないなぁ」
「キャッ! 遂にご主人様も決意する時が?」
遥の言葉にデレデレとし始めるサクヤであるが、ジト目で深く息を吐く。
「サクヤが変態で秘密主義なのは仕方ないなぁ、だよ。それよりクエストの発行をよろしく」
「むむ、そっちですか。仕方ないですねぇ」
サクヤは仕方ないと言いながら、むふふと口を悪戯そうに笑みへと変えて告げてくる。
「竜王ファフニール。前回のクエストは破棄されました。なので……ドラララ」
自分で擬音を口ずさむアホなメイドはビシリと指を突きつけて、頬をプニプニとつついてくる。
「真の竜王ファフニールを倒せ! 経験値はありませんが報酬は神チケットとなります!」
ドヤ顔で言ってきて、ピラピラと金色のチケットを見せてくるサクヤ。コンサートチケットかな?
それに経験値が入らないことは不満である。ダークミュータントでないから、身体の構成がダークマテリアルではないファフニールは経験値が入らないのではと考えていたが、やっぱりそうなのね。
しかも報酬が怪しさ爆発だ。これならラーメン替え玉無料券の方が嬉しいおっさんである。
「というか、神様チケットって……いや、なんでもない」
「手に入れてからのお楽しみですよ、ご主人様」
「マスター、きっと面白いアイテムですよ」
ナインまでサクヤにのって、ニコニコと可憐な笑みで言ってくるので、この話し合いは不利だと諦める遥。きっと二人の目的とやらに使うのだろうことは明らかなのだが。
まぁ、未来のことは未来の自分に任せようと、他人任せどころか未来の自分任せという極めてよくわからないおっさんであるが、会話を諦めて、中心地へと眠そうな目を細めて観察する。
「この力をファフニールは利用しているとしたら、かなりの力だよね」
出雲の中心地、人間には見えない数キロにも及ぶ力の柱。天をも貫く神々しく光る柱が中心地から立ち昇っていた。人間にはその力も、柱の姿も見えないが、もはや人間を大幅に超えているおっさんにはよく見えるし、その力の強大さはビシビシと感じる。なんというか、赤外線ストーブが目の前にある感じ。
例えもしょぼいおっさんである。
まぁ、世界の力を流し込んでいるなら、これぐらいにはなるだろう。というか、こんなに集められてファフニールに扱いきれるのかなぁ。
「今までで最強の力を持つ敵ですね。私もご主人様のお手伝いをしたいところですが、この時間にツヴァイたちと映画を見に行く約束がありまして」
「マスター、私もそろそろおやつを作る時間ですので、マスターのお帰りを作りながら待っていますね」
悪びれずに飄々と言う忠実なるメイドたち。素晴らしいメイドたちに遥は涙がでそうです。
まぁ、そうだろうとは予想していた。八百万の雑魚を倒すのに時間をかけないように手伝いに来たのだろう。
「やっぱり二人で行くしかないみたいだね、奥さんや」
「このメイドたちが頼りにならないことは予想通りですし、やはり逃した敵はきっちりと倒しておかないといけないと思います旦那様」
レキがきっぱりと言うので、苦笑を浮かべて頷く。成長を妨げるようなことはしないのであるからして。
ニコニコと微笑み、見送るために手を振るメイドたちを横目に、おっさん少女は気を取り直す。
フッと口元をニヒルにしようと曲げるが、子供な少女ではたんに苦手な食べ物があって、顔を顰めているようにしか見えないが。
そうして二人のメイドを後ろに、てこてことちっこい手足を振って、おっさん少女は光の柱の下へと歩いていく。ちょっと緊張気味に。
数十分後、てこてこと少女は中心地へと歩いていく中で、廃墟を眺めて、その先にある人気がない見覚えがある大樹製のテント群を見て、ふむぅと呟く。
「結構たくさん生存者がいたように見えるけど人が一人も見えないね」
テントはあり、焚き火や飯盒、洗濯物も干されているが人はどこにもいない。その様子を見ての遥の呟きに、モニター越しにサクヤが真面目な表情で答えてくれる。
「先程空間の乱れを感じました。空間転移をファフニールは使ったみたいですね。もしゃもしゃ」
真面目な表情で、ポップコーンを口に放り込み、もっしゃもっしゃと放り込みながら。
さっきまで後ろにいたのに、もう自宅に戻ったらしい。画面端にはツヴァイたちが映ろうとして、押し合いへし合いしているので、映画鑑賞を本当にするつもりだ。殴っても良いかな? このメイドはなんのサポートキャラだっけ。
「竜王にしては優しいことですね。なので、思い切り力を使っても大丈夫ですよ。では今からご主人様の日々を編集した残酷な天使のレキ。なぜ中身がおっさんなのか、真、を観ますのでまたあとで」
「うん、その映画は何部作なのかあとで教えてもらおうか。発禁しないといけないし」
常にろくなことをしない銀髪メイドは、そろそろ映画の時間なのでと、あっさりとモニターを閉じるが、あとで追求しなければと記憶のメモに書いておく。
「マスター、今日のおやつは生クリームだけが入ったシュークリームです。お早いお帰りを待っていますね」
ニッコリとナインがモニター越しにボウルと泡立て器を持って、花咲くような笑みで教えてくれるので
「了解。急いで帰るから、画面端に映るドライたちに気をつけてね」
ナインの映る画面端に、泥棒のように風呂敷を被ったドライたちがちょろちょろと見えていたので注意しておくと、ナインはわかりましたと頷いて、モニターを閉じる。
サクヤもナインも行動が早すぎるなぁと苦笑しつつ遥は久しぶりに真面目な表情になり、また少し歩いた後にピタリと立ち止まる。
「さてさて、久しぶりですねファフニール。見かけは変わってはいないみたいですけど」
その鈴を鳴らすような可愛らしい声に答えて、轟くような威圧感のある声が返ってきた。
「ふむ、見かけで言ったら、貴様こそ変わらぬようだ。お互いに中身は変わったようだがな、小さき女神よ」
少女の目の前には30メートル程の図体を持つ炎のように紅い鱗を持つ竜王がいた。その口からは高熱の息が呼吸のたびに、チラチラと吐き出されて、その息がかかったアスファルトはあまりの熱に硝子状へと変わっていく。
その身体から漂う力により、空間が歪んでいる。以前と違い身体に力が満ち溢れている。対峙しているだけで人間はその力に押し潰されて死んでしまうだろう。
遥は思う。
「なんで最終形態なわけ? こういうのって、人型を倒したら真の姿を表すんじゃないの?」
ゲームでは、ラスボスがそういうことをしたら、運営にクレームを入れることは間違いない。ちなみに体力が減ったら変身していくタイプなら、変身する前に倒す気満々であったのは内緒である。
その場合、レキは文句を言わないだろうし。油断をしている敵がいけないのだと呟くだけだろう。
そこまで考えて、ファフニールの選択肢は間違っていないのだと悟る。やっぱり最強なだけはあるんだね。
「ファフニール。お互いの力は変わったけど、結果は変わらないよ」
スッと目を細めて、真面目な表情で告げる遥。たまにはおっさんも真面目な表情になるのだ。……特にこいつはヤバそうだし。
「……相変わらず自信に満ちているな小さき女神よ。汝のその姿、二つに見えるが……そうか、こうして目の当たりにすれば、今の儂ならわかる」
ファフニールが、その恐ろしげな牙を見せながら不敵に誰も見抜いてこなかったことを口にしてくるので、遥はギクリと身体を強張らせる。え? こいつそこまで強くなっているの?
「汝は二つの魂を持つ者であったか。だからこそ、ここまでの力を持つことができるように? ……いや、一つの魂がもう一つに力を与えているのか」
クハァと息を吐きファフニールは話を続ける。
「なるほど……巧妙にして暴走を防ぐそのやり方。そなたは神族が狙う程の切れ者なのだな」
「私の正体を見破ったのは貴方が初めてです。さすが竜王ですね」
切れ者のおっさんはフンスと息を吐き、機嫌よく答える。なるほど、切れ者だと見破るとはさすがだねと。
アホな方向に切れていると思われるおっさんなのだが。
「だが見破っただけです。貴方がここで倒れるのは決まっていますので」
やられ役のボスキャラのような余計なセリフを言って目をスッと閉じて、再びゆっくりと開く。
「ファフニール。貴方がここまで強くなるとは思ってもいませんでした。ですが竜は必ず英雄に倒されるもの」
瞳の奥に深い光を揺蕩わせて、レキは半身に身構えて拳を胸の前に掲げて薄く笑いながら言う。
その微笑みはいつもの可愛らしい姿ではなく、戦いを楽しむ戦士と誰もがなぜか理解する笑み。
戦いの化身が身構えただけで、空気が震え、竜王にもその力をビリビリと伝えてくる。
力の波動が波紋になって広がっていくのをファフニールはその縦に割れた竜の瞳を細めて感じ、自然に笑いが出てしまう。
「フハハハ! その力を感じるぞ! 汝が儂の最強たる敵だと今確信した!」
「ファフニール。残念ながら私は貴方を最強だとは考えません。この先に今の私が強いと思う敵がいますので」
レキは拳を開き、ユラリと手をおいでおいでと振るう。
「私の糧となってくださいファフニール。貴方との戦いはきっと私をまだ見ぬ高みへとあげてくれるでしょう」
「良いだろう! しかし糧となるのは小さき女神たちよ、そなたたちの方だっ! ゆくぞっ!」
首をもたげて、羽を大きく広げファフニールが咆哮をあげる。周りの建物もテントもすべてがその咆哮で砕け散る中、二人の戦いは始まるのであった。