524話 出雲に入るおっさん少女
出雲を覆うのは深き霧。その先を見据えようと目を凝らしてもまったく霧に覆われて見抜くことはできない。レーダーでも気配感知でもわからない不思議な場所、出雲。
その霧には悪意を感じることはなく、ゾンビたちも入ろうとはせずに離れていく。
「聖域ということなんだろうね。私にもわかるよ、聖なる力が」
鈴の鳴るような可愛らしい声音で、幼女のようにちっこい身体の美少女が霧を見ながら、私は力を感じるよと、平坦なる胸をそらして言う。
「マスター。この霧はこの地域の」
少女の隣の煌めく美しい金髪ツインテールの美少女が口を開いて
「ワー、ワー、ワー! 私が言います。私が言うので、お口にチャックですナイン! この間から私の役目を奪おうとしてますね。私の鋭い魔眼は見逃しません! シャキーン」
反対側に立っていた銀髪の美少女が両手を振り上げて、テヘッと可愛く舌をちろりと出して誤魔化そうとしたナインへと怒ってツッコむ。
真ん中の少女、というか朝倉レキだが、頭の悪いおっさんが不法居住していると言われる遥がツッコむ。
「いつの間に魔眼なんて持ったんだよ。どんな魔眼なわけ?」
一応魔眼と言うので、厨二病な遥は尋ねる。なお、自分が厨二病に罹患していることは自覚していない。
「可愛らしいご主人様のあんな場面もこんな場面も見逃さない力を持つ魔眼です。すなわち、可愛らしいご主人様のあんな場面もこんな場面も見逃さない魔眼、です」
えっへんとポヨンとふくよかな胸を揺らしながら宣うアホな銀髪変態メイド。
「私にとっては危険すぎる魔眼だけど、限定的すぎる能力だろ! というか、魔眼の名前が長すぎるっ!」
「まぁまぁ、そんなことよりもご主人様。この霧はこの地域の力ですね。しかし、聖域ではなく擬似的な神域です。すなわち人間はいません。たぶんミュータントも」
そんなこととして放置するのは危険すぎる魔眼だが、どうせ嘘八百だろうから、スルーしてサクヤの言葉に顎に手をあてて考え込む。
神域? 擬似的な神域? しかもミュータントも人間もいないとは……。わかりやすい言い方であるので、その意味をあっさり見抜く。なるほどねぇ。
「マスター。この中は予想しているとおりの場所となるでしょう」
ナインが遥の考えを見抜いて伝えてくるので、やっぱり予想は間違っていないと頷く。サクヤがまた私のセリフを取りましたねと、頬を両手でムニュンと挟んで嘆いていたが、視界には入れないことにしておく。
「それじゃあ、ファフニールや陽子さんたちはどこにいるんだろう? 神域にはいないんだよね」
「ご主人様、神域ですが再生はされていますが、一部が以前にたぶん食い破られてます。その意味はわかりますよね?」
これ以上ナインにセリフを取られたら大変だと、サクヤが食い気味に教えてくれるので、そんな痕跡がわかるのねと、心の中でサクヤに感心する。もちろん、口にはしない。調子にのることは火を見るより明らかなので。
「フフン、そうでしょう、もっと感心しても良いんですよ。ご褒美に私の胸をナデナデしても良いんですよ」
サクヤは体をクネクネとさせて胸を突き出し照れながら言うが、うん、私はなにも口にしていない。まったくなんで心の中が読めるのかな。テレパスかな?
そんなサクヤに苦笑しながら、気を取り直して霧へと身体を向ける。
「それじゃあ、霧の中に行きますか。しゅっぱーつ!」
無邪気な可愛らしい掛け声で遥はてこてこと歩いていき
「ご主人様は私がいないと、なにもできないんですから〜」
「マスター。楽しめれば良いですね」
二人のメイドも微笑みながら、遥のあとに続き霧の中へと入るのであった。
霧は中に入ってもまったく視界が効かなかった。だが歩みを進めれば進めるごとになにやら音楽が聴こえてくるのに遥は気づく。
「チントンテンと三味線や琴の音が聞こえてきたね」
「そうですね。ご主人様、私も琴を弾けますよ。三味線も弾けますが、まずは猫を捕まえませんと」
怖いことを平然と言うサクヤ。犬派だけど猫も好きな遥は肩をすくめて言う。
「あれって、本当なのかなぁ。ほら、三味線が猫の皮でできているっていうの」
朧気な記憶であったが、そんな話を聞いたことがあるとゾッとする。
「う〜ん、どうなんでしょうか。猫の皮……実際に使っていたんですかねぇ」
「自分で言っていてしらないとか。まぁ、良いんだけどさ」
その後もくだらないことを三人はお喋りしながら歩き続ける。そこにはまったく緊張感はない。
だんだんと大きくなる音楽の音。三味線なんかは生では聞いたことなんてないけど、テレビでは聞いたことはある遥。チントンテンと昔話のアニメとかで聞こえてきそうだなぁと思っていたら、霧が突如として晴れる。
「おおっ。こんな場所はなんて言うのかね。雅ってやつ?」
子供な少女は眼前に広がる風景に感心しちゃう。
「たしかに、いかにもという場所ですね、マスター」
その視界には多くの建物があった。赤い瓦屋根、意匠も黄金にて彫られている立派な社が連なり、それぞれ通路は繋がっている。池がそこらにあり、蓮の花がいくつも浮いており、砂利や木、苔などで山海を美しく表してもいた。
「明らかに神域だよね。こんなに神域な場所はうちには及ばないけど凄いね」
ジャグジーバスが自慢の豪邸に、ちょっとした盆栽。少女や幼女たちの家が適当に建ち並び、工廠が乱雑に設置されて、海がザザンと広がる場所のことを言っているのだろうか。
神秘的なこの場所とは違いすぎるし、100人が100人、こっちの場所が神域だよと言うだろうが、おっさん少女は自信満々である。理由は神域に住むうちの眷属は可愛らしい娘だけだからだ。
どう考えてもうちの勝ちでしょと、ムフンと息を吐いて先に進むことにする。どうやら焦点は可愛らしい娘がいるところらしい。
アホな理由で神秘的な社に踏み入れる。赤い色の木の床は高級そうで、少しためらってしまう。
「靴を履いてこういう床を歩くのはちょっと罪悪感を感じちゃうよね。素足にはならないけどさ」
神社仏閣を見に来た観光客のような発言をしつつ遥は歩く。
「そうですか? たんなる木の床ですが」
スタスタと歩いていくサクヤは平然としているし、ナインも小首を傾げて遥の言葉を不思議そうに聞いていたので、これは元日本人じゃないとわからない気分だろうなぁと苦笑する。
そうして、長い廊下を社をいくつも通り過ぎながら進んでいく。
社には何人もの和風な人々が住んでいるようで、突き進むこちらをチラチラと見てくる。見てはくるが、そのままヒソヒソと話をしているのみで、こちらの邪魔をするわけでもない。
「あぁ、救世主よ」
「これで安心だ」
「再び太陽は戻るのね」
レキの鋭敏な聴覚によりすべては聴こえちゃう。それによくよく見れば、その身体に流れる力は人の身ではあり得ないほど、強力だ。
「なんというか、私は話の流れがわかっちゃったよ」
ネタバレかもしれないけどと、この地の力から先が読めてしまう。だってねぇ……。
「あれは神様たち? 凄いたくさんいるけど」
その問いかけにナインがフフッと可憐な笑みを浮かべる。
「どうでしょうか。マスターはどちらだと思います?」
その試すような言葉に、遥は肩をすくめる。子供な美少女がやってもあまり似合わないが、可愛らしいですと銀髪メイドが興奮していた。最近サクヤは興奮するラインが低くなってきていない?
遥の答えはもう出ているので答えることはしない。そのまま先に進むと、予想通り、大岩が社群の中心にドデンとおいてあるのが目に入ってきた。
周りには老若男女、古風な和服を着た様々な者たちが並んで、こちらを待っている模様。
その集団の中から一際可愛らしい少女が前に出てきて、こちらへと跪きウルウルと瞳を涙で揺らしながらお願いを口にする。
「あぁ、そこの力ある旅人よ。お待ちしていました」
誰も彼も魅了しそうな少女が話しかけてくるのを、珍しく遥はテンション低く答えた。
「はぁ、どうも。なんでしょうか」
「私の名前はアメノウズメと申します。旅人へとお願いしたい儀がありまして」
自分の魅力的な顔立ちと、豊満な身体付きに自信満々そうなアメノウズメは言葉を続けようとして、あまり相手が興味なさそうな表情に、一瞬顔を歪めるがすぐに話を続ける。
「実は悪竜にこの神域の力ある地を奪いとられてしまったのです。そのことに嘆き悲しむ我らが母上、天照大神が岩戸に閉じ籠ってしまいました」
「はぁ、そうですか」
まったく遥はその言葉に興味なく、白けた表情で反応すると、アメノウズメは少女の様子に苛立つように言う。
「力ある旅人よ。どうか悪竜を退治して頂けないでしょうか。このままでは真の太陽が昇りませぬ」
答えは、ハイかイエスかわかりました、だけですよねと問いかけるアメノウズメ。
「貴女たちで頑張ったらどうでしょうか? 見たところ、神様に見えますがコスプレですかね?」
淡々と答える少女に、これは脈がなさそうだとアメノウズメは他の二人へと顔を向けるが
「ご主人様。早く先に進みませんか?」
と、銀髪の少女は退屈そうにあくびをするだけで、興味はなさそう。
「マスターの考え通りで良いと思いますよ」
アメノウズメへまったく顔を向けずに、真ん中の黒髪の少女へ話しかける金髪の少女。
ヒクヒクと口元を引き攣らせて、アメノウズメがどうしようかと迷う。
それを見て遥はなんだかなぁと思いながらアメノウズメへと話しかける。
「わかりました。なんとかしましょう」
その言葉にアメノウズメは話にのってくれたかと、顔を輝かせるが、残念ながらテンプレにはならないのだ。
てこてこと岩戸の前に進み、目を閉じる遥。
なにをするつもりなのかとアメノウズメが疑問に思う中で、遥は片手を空に伸ばして手刀の形にピッと揃える。
「人を操り、自分たちは安全な場所で高みの見物とはなるほど高天原とはよく言ったものです」
そうして目を開けると、深い光を宿したレキへと変わっていた。
「超技 一閃」
手刀は神速で振り下ろされて、岩戸には一筋の亀裂が入る。
「真の太陽。私とファフニールを戦わせて、その後に残った相手を殺して真の太陽、天照大神をこの地の神様とするつもりだったのでしょうが」
岩戸は真っ二つに割れて、豪奢な服装の美しい女性のようなモノも同じように頭から斬られて光の粒子として消えていっていた。
その光景を唖然として眺めるモノたちへとレキは告げる。
「残念ながら、私のウォーミングアップの相手になるかどうか。貴方たちでは、たとえ疲れ果てていても負けることはありませんね」
アメノウズメたちはぼんやりと自らの主たる大神があっさりと倒されるの眺めていて
そして、冗談ではなく殺されてしまったことを認識し
ようやく怒りで立ち直り、それぞれの武器を取り出して構える。
「貴様ぁ〜! 神殺しとは大罪なり」
「我らの神罰を受けよ!」
「後悔して死んでゆくが良い!」
「八百万の神々の力を思い知れ!」
それぞれが口汚くレキへと怒りの言葉をかけてくるのを、レキは平然と動揺もなく聞き届ける。
「辞世の句にしてはつまらないですね。所詮は八百万でしたっけ? 多すぎる数ですから力もたいしたことはないんでしょうね。セール品としてその戦い、安く買わせて頂きますね」
レキは微かに笑みを見せて、半身になり拳を構えるのであった。