522話 記者になるおっさん少女
偽本部。上空から見るとホットケーキにそっくりな景観の空中都市にあるビルの一つ。最上階の一室で子供に見える少女がちょこんとソファに座り、パタパタと可愛く足を振っていた。
黒髪のショートヘアに天使の輪ができてる可愛らしい少女は、目の前の木壇の重厚感のある机にある雑誌をヒョイと手にとってフンフンと眺める。誰あろう朝倉レキだが、現在は中の人である遥が操作中。
「ふむふむ、これは軍関係、これは料理関係……。これは盆栽?」
色とりどりにいくつかある雑誌だが、月刊と横に記載されているので少し驚いて机を挟んだ人物へと声をかけちゃう。
「こんなに色々作っていたなんて意外だよ。アイン、いつの間にこんな本屋さんを作ってたの?」
その言葉に椅子に座っていた少女がニヤリと得意げな表情になる。赤毛のポニーテールな元気そうな少女。全眷属の頂点に立つかもしれない初めて遥に創られたアインだ。ギイギイと椅子に凭れ掛かり、鼻にペンを乗せて言う。
「ボス、出版社な、出版社。ほら雑誌とかって、まだ現状だと人間は大規模なのは作りにくいだろ?」
「ちっこい新聞社がいくつかできたけどね。しょぼいことはたしかだからなぁ。新聞は発行しないの?」
出版社ということは新聞社もあるのかなと、コテンと首を可愛く傾げる。新聞社も手中におさめていれば、言論統制は楽勝だ。表向きは言論の自由を標榜していれば問題ないし。
酷い考えをする遥だが、崩壊前はどこの国も同じ感じだっただろうから問題ないと思っていた。だって、言論の自由があるはずなのに、全然報じないことがあったしね。
「新聞社はないぞ。表向きは」
「表向きは?」
なんじゃそれと尋ねる遥にアインはゴソゴソと引き出しから新聞を取り出す。盆栽新聞と書いてあるそれを見せながら教えてくれる。
「全部本部付きだと非難する奴がいるから、資金を出してツヴァイやドライに若木シティでちっこい新聞社をやらせている。他にもライバル新聞社が数社あるからバレないだろ」
「そうかなぁ? 最近の若木シティはそんなに甘くない人たちが集まってきているから見抜かれていそうだけど……。まぁ、見抜かれていても別に問題ないか」
ちっこい新聞社で頑張っているライバル会社と絶対に違いがありそうな盆栽新聞社。目端の聞く人物ならたぶんおかしいと思うだろうが、特に気にしなくって良いか。
そんなことよりもネーミングが酷いことも気にはなるけど、そんなことよりも重要なことがある。大事なことなので二回言いました。
「私はこの雑誌の記者をやるよ。シャチョーさん。この企画を通してくれるよね?」
子供な少女が手にした画用紙には創刊号不定期紙若木スポーツと書いてあった。もう名前からして胡散臭い雑誌にしか見えない。なぜかアインの呼び方が片言だ。
「創刊号かよ。ボス、なんのニュースを扱うんだ?」
首を傾げてアインが不思議な表情で尋ねてくる。
もちろん遥はなんのニュースを扱うか決めていた。フンスと鼻息荒く両手を腰にあてて胸をそらす。
「適当に若木シティを練り歩いて、面白そうなニュースを取り扱います。特ダネは足で稼ぐんです」
もちろんおっさんぼでぃで練り歩くことはしない。疲れるし。レキぼでぃだからこそ、てこてこと歩いていけるのだ。
創刊号と言いながら、コンセプトを決めずにアホな発言をする本当に中の人がいるのだろうかと知性があるか疑うレベルの少女だったが
「さぁ、アイン! 凄腕記者として出発しますよ! しゅっぱーつ!」
アインの答えを聞かずに、てこてこと外に向かう遥。アホな記者になるだろうと誰もが確信する姿である。
アインは仕方ないなぁと呟くが、表情は輝くような嬉しそうな笑みでボスを追いかけるのであった。
若木シティへと向かうと、遥が最初に訪れた場所はどこかと言うと、若木牧場だった。
「モー」
「もぅもぅ。不満はありませんか、牛さん」
関東圏内ぎりぎりの場所ではあるが、大樹の力によりミュータントが入って来れない。そんな場所に広がるそこそこ広い牧場には牛から羊、ヤギと様々な動物がいて、わんわんと牧羊犬が暇そうに寝っ転がっている。
その中で幼げな少女は最初のインタビューをしていた。相手は乳牛。
ウキウキと牧草を近づけると、ムシャムシャと牛はその牧草を食べ始める。
「おおっ! 牧草を食べたよアイン記者」
「こいつは今飯が足りないぞ、モ〜。と言ってるな」
アインの答えにフンフンと頷き、遥は牛へと話しかける。その無邪気な様子は可愛らしい。
「苦労しているんですね、牛さん。見出しは虐待か? ミルクを絞りとられる花子さん、で決めましょう」
「なんでそんなエロっぽい見出しなんだよ! 今度は記者ごっこ遊びか、レキ? と、誰か知らない人」
少女たちがおかしなことをしないか見張っていた牧場主の早苗がガルルと噛み付いてきた。
「早苗さん、お久しぶりです。でも見出しはセンセーショナルで、皆の目をひきやすいものが良いんですよ」
「そうだな、それじゃあ、毎日、胸を触ってくる牧場主、セクハラか? に変えても良いぜ」
「さすがアイン! その見出しの方が、いだっ!」
ゴチンと早苗に頭を殴られて痛がるおっさん少女。顔を真っ赤にしているので、さすがに遊びすぎたかと反省。
「仕方ないですね。それでは一から牧場を作った牧場主の早苗さん。たくさん牛乳とかを提供してくれてありがとうございます。なにか大変なことや楽しかったことがありましたか? それを記事にしますよ」
気を取り直すのが早すぎる少女を見て、疲れた様子で肩をおとす早苗。だが、自身も気を取り直して、話をし始めてくれる。
「牛乳とかを売ってはいるけど、そこまでの量じゃないぞ。北海道産と比べると微々たるもんだ」
柵に凭れて早苗は照れながら言うので、遥はその言葉に同意して頷く。
「たしかに微々たる物かもしれないですけど、重要なことですよ。どんどん量は増えていますし、早苗さんが頑張っているのはわかっていますし」
「そうだな、本部の供給も減ってるし、その分、ここの牛乳とかが増えているんだろ。たいしたもんだぜ」
アインもうんうんと頷く。なにしろ牧場は広いし、こういった仕事に参入してくる人は少ない。崩壊後は数が減ってしまった家畜であるが、それでも牧場をやるのは大変なのだ。
離れたところで以前に多摩で助けた少女たちが笑顔で手を振ってくるので、遥も微笑みながらちっこいおててで手を振り返す。
「ありがとう、レキ。まぁ、そういうことを言ってくれると助かるよ」
早苗はテレテレと照れながら、片手をひらひらと振ってくる。その様子は嬉しそうで口元を笑みに変えていた。
うんうん、そうだよねとおっさん少女はそろそろ涼しくなる風に髪をなびかせながら改めて牧場を見渡す。そこには平和がたしかにあった。そろそろ牧草も枯れてくるので、少し地面は寂しいが羊もヤギも闊歩しておりのんびりとした様子だ。
「早苗さん、きっとこの風景は平和の象徴的な一枚として、皆さんに喜ばれると思います」
ヒョイとカメラを取り出して、早苗をその風景にいれながら、パシャリ。
「そうだな……あの時に死んでいなくて良かったとアタシは思うよ。そうだ、少し待っていな」
感慨深く早苗は頷くが、なにかを思いついたのか、ダッシュで家へと走っていき、すぐに戻ってきた。その両手には木箱を持っている。ガシャガシャと音をたてながら近づいてくるが、その後ろには同じように以前助けた少女たちも続いて来ていた。もちろん木箱も手にしている。
「ほら、これを持っていきなよ。ここで採れた牛乳にチーズ、そんでアイスもこの小さなボックスに入っているからね」
「レキちゃん、生クリームもあるよ」
「肉もあれば良かったんだけど、今は増やしている最中なんだ、ごめんね」
「ヤギのミルクもあるよ」
ワァッと少女たちは幼い少女を囲んで、私のを貰ってと勧めてくるので、エヘヘと可愛らしい微笑みでそのすべてを貰う遥。
エヘヘとおっさんが微笑んでも少女たちは囲んでくれないどころか、不審者ですと通報されることは間違いないので、レキとして来て良かった遥である。
「ありがとうございます。ありがとうございます。全部大切に食べますね、あ、友だちとかと食べていいでしょうか?」
小心者のおっさんは他人へと貰った食べ物を分けて良いか確認してしまうのだが、うんと少女たちは了承してくれるのであった。
キャッキャッウフフと少女たちに囲まれて嬉しそうにする遥を見て、アインは腕を組んで嬉しそうに微笑む。
「ボスはモテるね。まぁ、それこそがボスだけどな」
そう答えるアインの目に映るおっさん少女は調子にのって満面の笑みであった。
自宅に帰ると怖いことになりそうだが。今のところ、金髪ツインテールの美少女はにこにこと笑ってはいるが。
ふぃ〜、とたくさんのお土産を貰った遥はひと息ついて早苗へとニコリと微笑みながら、ぴょこんと頭を下げて感謝を示す。
「ありがとうございました。良い記事になりそうです早苗さん」
「いやぁ、平和の象徴的な風景とか言われたら、記事にするのを許さない訳にいかないだろ。それどころか喜んで記事にしてくれ」
ご機嫌な様子でアハハと姉御っぷりを見せながら笑う早苗。
うんうん、そうですよねと遥は笑みを見せて話を締めようとする。
「では見出しは、美少女だらけの牧場の怪しい牧場主! ハーレムを作っているのか? でいきますね。それじゃあ、さようならです!」
シュタタタと忍者走りでおっさん少女は最後に記事の題名を告げて走りさる。だって、見出しは大切なので。
「なっ! その題名にしたら怒るからな! レキ、ちゃんとした見出しにしろよ〜!」
あっという間に遠ざかるレキへと、プンスカと怒りの表情になり早苗は叫ぶのであった。
牧場から離れた後にアインの運転する車に乗り込む遥たち。シュインと軽やかなエンジン音がして車が滑るように走り出す。
アインは車を走行させる中でご機嫌にルンルン気分で先程撮影した写真のデータを確認している遥へと問いかけてくる。
「なぁボス。今回のコンセプトはなににするんだ? 牧場の一日とか?」
遥はアインの問いかけに顎にちっこいおててをつけて考え込む。なるほど、たしかに牧場の一日とは良いかもしれないが……。
「それだと薄い雑誌になってしまいますよね。それはそれで良いかもですが……」
どうしようかなぁと写真を見ながらピンときた。この写真は自画自賛だけど、良い写真だ。のんびりとしている牧場の一枚。
さっき撮影した平和の象徴的写真。これこそがコンセプトに良いかもしれない。いや、これで良いと思う。
「アイン、決めましたよ。ここは平和の象徴というコンセプトでいきましょう」
「平和の象徴ねぇ。そりゃ良いと思うけど、その写真だけで?」
訝しげに尋ねてくるアインへと、チッチッと指を振る。これ一枚じゃ寂しいことこの上ないじゃん。他にも色々と撮影しなくてはなるまい。
「この写真の他にも撮影予定だけど、どこが良いかなぁ」
たくさんあるようで、平和の象徴的な風景はそんなにないような感じがして、腕を組んで考え込む。そうだなぁ、なにが良いかなぁ。
「最終的に鳩を写しておけば良いかもですが」
良くないだろうと思われるが。
「次の場所はここです。他にも記事にできると思うからそこに向かってアイン」
マップを空中に映し出して、遥は指示をだす。
「了解だ、ボス。ここだな」
マップを見たアインはアクセルを踏み、一行は新たな場所へと向かうのであった。