519話 倉庫前での戦い
倉庫前で警戒していた面々は、周りを警戒してまったく油断はしていなかった。もちろん千冬も油断はせずにパワーアーマー内でなにかあればすぐに対応できるようにしていたのだが
「グハァッ!」
先程の危ないという少女の声と共にハグルマが叫びながら、千冬の横にきりもみながら吹き飛んでくるのであった。
しかも、なにもないはずの空間でなにかにぶつかり、ゴロゴロと地面に転がっていく。
「え?」
千冬はその様子に驚く。なぜなにもないところでハグルマは吹き飛んだのだと、警戒を強める中でなにもないはずの空間に霧が集まり青白い肌、真っ赤な目、口から生える長い牙を持つレブナントが現れるのであった。
レブナントが現れた途端にレーダーが感知するが
「遅いよ!」
千冬は慌ててランチャーをレブナントに向ける。
「うぅ、くいものぉぉぉぉ!」
レブナントも霧に変えて隠れていたのが見抜かれたので、地の底から生み出すような恐ろしい叫びをあげながら、その手から剣のように長い爪を伸ばして襲いかかる。
千冬は脚部のスラスターを噴かせて、素早く回避しようとするがレブナントは素早い振りにて爪で斬りかかり肩部を引っ掻いた。
「こいつめっ!」
ビームランチャーを素早くレブナントの胴体へと押しあてて、引き金を弾く。常ならば簡単に敵を倒すビームランチャーだが、さすがにオスクネーレベルと言われるだけはある。障壁を作り出しランチャーのビームを弾いている間に地面を強く蹴り、空高く後ろに跳躍して躱す。
「いったいいつの間に!」
蝶野さんたちは素早くレブナントへと銃を向けるが、引き金を弾くのを躊躇う。既に内部に入っていて、仲間に当たる可能性があるからだ。
「リィズアタック!」
リィズが小さく叫びながら、パワーアーマーのバーニアジャンプでレブナントに体当たりする。トラックの激突と変わらぬ威力の体当たりで、レブナントの身体はビー玉のように弾けていき、身体の各所を曲げながら、バリアまで吹き飛んでいく。
ナイスなリィズの動きに合わせて、私はビームガトリング砲からシャワーのように銃弾を吐き出させて、動けないレブナントを蜂の巣にするのであった。
ボロボロになったレブナントを見て、安堵の息を吐く。まさかレーダーに映らないで接近されるとは思いもよらなかった。
コウモリの被膜を広げて、バットグールがその後に空から侵入しようとするが、警戒を強めた私たちの敵ではなく、新種の敵なのにあっさりと倒しちゃうのだった。
その後は何事もなくヘリは避難民を乗せて、飛翔していく。その様子を見ながら、さっきの警告を思い出しハグルマを見ると
ポテンと地面に転がったままいじけていた。
「ちょっと雑すぎます。酷いです。でもこういうのも良いかも」
土埃に塗れて、ブツブツと呟いてもいた。
「元気そうだな、ナイスだハグルマ」
蝶野さんが苦笑しながらハグルマを褒めるが、ガバッと起き上がりハグルマは怒る。
「少しは俺様を気遣え! まったく仕方ない奴らだな。……それよりもレブナントは霧モードだとレーダーに映らなかったか?」
怒ったあとに確かめてくるが、さっきはたしかになにも感知しなかった。
「ん、リィズのレーダーにはなにも感知しなかった。リィズの振動感知で多少違和感を感じたけどなにかはわからなかった」
「え、と、私のレーダーにも反応はありませんでしたね」
リィズは超能力で違和感を感じていたらしい。ん〜、私の気配感知はレベル1だけどなにも感知していない。看破はレベル2だけど、視界に入らないとわからない。むむむ、レブナントは手強いかも。
「それに加えて、パワーアーマーを最初に狙うとはバリアを作っているのが誰だか判断できる知性もあるってことだな。ヘリには次にくるときは気をつけるように言っておかねぇと」
「厄介な奴らだな……。リィズ、違和感を感じたら教えてくれ」
ハグルマの言葉に、蝶野さんが困った表情になり、リィズに頼み込むが……あれぇ?
「あ、あの最初にハグルマさんを投げてきたのは誰ですか? 危ないと言ってくれた人。少女の声に聞こえましたが」
「ん? ハグルマが危ないと叫んだんじゃないのか?」
え? 少女の声だったような………。ん〜、気のせい? 聞き間違い?
「アアオレサマガサケンダンダゾ。マチガイナイ、オレサマウソツカナイ」
なぜか片言になるハグルマだが、思わず中の人が素の声で言ったのかな? あんまり深くツッコミを入れない方がいっか。
「次の時は最大限に警戒する。リィズの超能力に頼って良い」
ふんすふんすと、鼻息荒くリィズが得意げな声で答えるので、パワーアーマー内ではドヤ顔になっているのだろうなと、私はクスリと笑みを浮かべちゃうのであった。
しかして次のヘリも次のヘリも警戒をしていたが、バットグールが数匹来るだけで、レブナントは襲って来なかった。
レブナントは全滅したのかなぁと、お気楽に考えていたがそれはとんでもない勘違いであった。
ラスト2便を前に、私たちは周囲を見てウンザリとしていた。
「そっか。グールたちだけじゃなかったんだった……」
「ん、これはまずいかも」
リィズも警戒しながらバリア外を眺めて、周りの兵士たちも銃を身構えながら顔を引き攣らせる。
外にはバリアの手前で唸るグールに加えて、ゾンビたちも集まっているのだ。まるで地面は見えずゾンビとグールたちだらけだ。グールたちだけでも厄介なのにゾンビも追いついてきて囲んできたのだ。
バリアに突撃してくれば数が減るのに、ゾンビたちもなぜかバリア手前で立ち止まっている。
「しかも無駄に突撃してきていません。ゾンビたちをある程度誘導できる個体がいますね。しかも複数」
横からちょこんと顔を出して口を挟むのはラキさんだった。ぴょこんと可愛らしい顔を突き出して、眠そうな目で敵の群れを見つめている。
「ラキさん! ヘリで逃げたんじゃなかったの?」
驚く私へとラキさんはチロッと小さな舌を突き出して悪戯そうに言う。
「せっかくですので、最終便で帰ろう……ゲフンゲフン、避難しようと思いまして。最後の便近くの方が楽しそうですし」
「はぁ……え、と、なんとなくだけど前にも会ったことがなかった?」
なんとなくその物言いに違和感をまた感じてしまう。楽しそうなんて……。誰かに似ているような…。
「謎のストレンジャーですからね。過去現在未来、出会う可能性は無限大です。もしかしたら会ったことがあるかもしれませんよ」
くるくると身体をバレエのように回転させて、謎めいたセリフを言ってくるが、ムフフと楽しそうな顔で言ってくるのでまったくミステリアスな雰囲気はなく可愛らしくしか見えなかったりもした。ちょっと残念な娘だった。
「ムフー、ラキかっこいい! 今度、リィズもやる!」
そのセリフにリィズが嫌な方向に感化されていたが、まぁパパさんの姉だしね……。
「それよりも次のヘリから危険度は増大します。皆で次のヘリに一緒に乗って帰りましょう。見たところ、複数のレブナント相手にはパワーアーマーでは太刀打ち不可能に見えますし」
怖い予想をしてくるラキさん。モニター越しにねーたんたちを見ても、ミノムシの森が映っているのみ。
ハグルマは蝶野と真剣な表情で話し合っているので、たぶん同じことを言っているのだろうと予想できる。
「パワーアーマーだとレブナント複数に接近されたら対抗できない……。たしかにそうかも。リィズ逃げる?」
たぶんこれが最後の問いかけだと思い、リィズへと尋ねるが
「ん、奥の手を用意しておく。これなら大丈夫」
「リィズならそう言うと思ったよ。それじゃあ、私も奥の手を用意しておくよ」
ポチポチとパワーアーマーのシステム設定を変えておく。万が一のために用意しておくけれど使いそうな予感。
「全員注意せよ! 怪しい動きがあったらすぐに報告するんだ!」
蝶野さんが険しい表情で指示をだし、周りは緊張に包まれる。
そうしてしばらくしてから、緊張状態の中で上空に補給に戻っていた戦闘ヘリと輸送ヘリが現れる。高度をとりながら降下してきて、それを見て私たちは天井部分のバリアを解除した。
「ラキさんは隠れていて! 空気が変わったから……あれ? もういないや」
隣にいたラキさんは既に姿はなく、段ボール箱がちょこんと落ちているのみだった。なんという逃げ足、どこにもいないや。
ざわりと天井部分が開いた瞬間に、なんというかミュータントたちの空気が変わった。ピリピリした死の臭いをさせる空気。
私は天井を注視して看破を使う。レブナントが霧の状態で入ってきても、天井部分だけなら全てが視界に入るのだ。だから、私の警戒網からは逃れることはできないし、入ってきたら蜂の巣にしちゃうからとビームガトリング砲の準備をしていた。
が、敵は悪辣だった。
「えぇ!」
「ん、頭が良い」
私はポカンと口を開き唖然としてしまい、リィズは感心するがそれどころではない。
なんと天井からグールが何匹も入ってきたのだ。地面へとべチャリと落ちてきたあとに、ゆっくりと起き上がり、こちらへと牙を向いてくる。
すぐに兵士が打ち倒していくが、さらにどんどんとグールたちは入って来てしまう。
「ジャンプじゃ届かないはずなのに、どうして?」
グールがこんなに入ってくるのは変じゃないかと外を見て、なるほどと納得する。
外ではちらほらとゾンビとグールの合間に見えるレブナントが次々と手近なやつの首根っこを掴み、こちらへと放り投げていた。
山なりに人間と同じ重さのミュータントを投げるその様子はさすがの筋力であるうえに、悪知恵が働いており、レブナントが予想以上に頭が良いと理解させた。
グールだけではなくゾンビたちも投げてくるが、多少の落下ダメージではグールもゾンビも死なない。こちらが敵の数に負けて、限界となるようにしているのだ。
「くそっ! こんな戦法をとってくるとは! 誤射に気をつけて敵を掃討しろ!」
蝶野さんがアサルトライフルの引き金を弾き指示をだす。兵士たちはすぐに敵へと攻撃を始めて倒してゆく。厄介な障壁を作るグールだが兵士へと接近する前に、バギーの機銃で迎撃する。
一気に混沌とした空気になり、皆が切羽詰まる中でレブナントも空を飛んで入って来るのが見えた。しかもバットグールのおまけを連れて。
ビームガトリング砲で敵を撃ち倒していく中で、私はこれでは守りきれないと悟って、ちらりとハグルマを見るが、アサルトライフルを持って戦っているだけで、助けてくれる様子はない。どうやら役に準ずる様子。
それを見て、裏技的な考えだけど決心がつく。ハグルマが、いや、おばさんが動かないということはなにかしら意味があるのだろう。そして助けてくれないということは
「私たちの力だけで対応可能という意味だよね」
そうなのだ。たぶん対応可能なのだ。でもパワーアーマーでは倒しきれない。ということは……。
私がたぶんそうだと思いつく中で
「ぐわっ! しまった!」
レブナントの一体が兵士に襲いかかっていた。先程と違いパワーアーマーを狙わなくても良いと考えたのだろう。
それならば、仕方ないよねとため息を吐く。兵士が倒されて噛みつかれそうになっているのを見て、奥の手を使うのであった。
「喰うぅぅぅ」
レブナントが生者の身体を食い尽くさんと、兵士に牙を突き立てようとする。
「たあっ!」
だが、レブナントは覆いかぶり喰い付こうとした瞬間、可愛らしい掛け声がして、その首がコロリと落ちて、ぐらりと身体を傾かせて倒れ伏す。
兵士が助かったこととレブナントがあっさりと倒されたことに驚いていると
「え、と、私の代わりにパワーアーマーに入っていて下さい。入っているだけでバリアは持続しますので」
銀髪をなびかせて、まるで幼女のようにちっこい身体の少女がニコリと可愛らしい笑みを見せるのであった。




