517話 リィズの選択
通信を受けながら、深刻な表情を蝶野たちはしていた。今さっきヘリからの通信が入ってきて、内容を聞いたら驚くべく情報だったからだ。
「こちら蝶野。今の情報は間違いないか?」
蝶野はヘリのパイロットへと通信を続けると、パイロットは重く頷き焦ったように答える。
「あぁ、明らかにそちらに向かっているゾンビ、グールの大群を発見した。ぞろぞろと蟻が砂糖に向かうように移動している。ただ走ってはいないようだ。移動速度はそれほどでもない。到着は……ちょっと待て。これは!」
その音声と共にモニターにはヘリが揺れてパイロットがパニックになる姿へと変わる。危機的状況なのは明らかであり、必死に操縦桿を操っていると見えた。
「どうした? おい、応答しろ!」
蝶野は声を荒げて焦った様子を見せるが、モニターはそのまま消えてしまうので……。いや、映画だと消えてしまうが、どうやら態勢を立て直した模様。
「上空のこの距離に貼り付いてきたミュータントがいやがった! フィールド消失につき帰還する。戦闘ヘリと共にもう一度補給後にまた来る!」
「助かって良かったが、フィールドが消失したのか?」
パイロットがどれだけ危険だったか確認すると、冷や汗をかいたのか額を拭いながらパイロットは顔を歪めて答えてくる。
「腕にコウモリみたいな被膜ができているグールに、グールよりも強力だろう青白い肌の目が真っ赤で長い牙を覗かせた人型の敵が数匹貼り付いて来やがった。緊急時のアンカーを使ったら逃げていったが」
「まずいな……。そんな化物までいるのか」
その深刻な情報に蝶野は舌打ちをして、さらに問う。
「どれぐらいで敵の大群は来そうだ? それと輸送用ヘリはどれぐらいで来る?」
「敵はこのままだと1時間ってところか。グールたちが走っていなくても速いな。ヘリはすまないが再度来るから30分後ってところか。なに戦闘ヘリも連れてくるから安心してくれ」
「その言葉をそのまま受け入れることが出来れば良いんだが、最近は予定外のことばかりあるからな。了解だ、輸送する人の順番を決めておく。できるだけ急いでくれ」
「了解だ。悪いな、すぐに戻ってくるからな。じゃあな」
苦笑混じりに言う蝶野へと敬礼をして、モニターは消えた。それを確認したあとに、蝶野は振り返りハグルマたちへと状況の変化について尋ねる。
「聞いたとおりだ。輸送ヘリの速度にもよるが五時間は普通に考えて輸送に時間がかかりそうだぞ」
「数機持ってくりゃ良いじゃねぇかよ。なにも一機である必要はねぇだろ」
ハグルマが苛立ちながら、当然のことを聞いてくるが、蝶野だってそんなことはわかっているのだ。そしてそれが難しいことも。
「各分隊がいくつか孤立しているし、生存者が俺たちにみたいに逃げているのを作戦本部は確認している。一機をこちらに回すのが限界だろう。戦闘ヘリがどれだけ敵を倒せるかが問題だな」
深刻な状況だ。たとえ数人の生存者でも見つけたら輸送ヘリや保護するための兵士を送らなければならない。ここは戦闘ヘリでなんとかしないといけない状況である。
が、ハグルマは苦虫を噛んだかのように、顔を歪めて自身の予想を伝えてきた。
「見てないからなんともいえないが……。青白い皮膚の化物……。敵はもしかしたらレブナントかもしれねぇ。あとはコウモリの被膜持ちはバットグールと名付けていたな、たしか」
「敵の正体を知ってるのか? どんな敵なんだ?」
ハグルマの知っている様子に、眉を顰めて尋ねる蝶野。それに対して肩をすくめてハグルマは説明をしてくる。
「レブナントはオスクネーレベルの化物だが、個体としては人間と同じ大きさで耐久力もそんなにない。その筋力はグールと変わらないし、障壁もグールと同じ程度に作る」
「それのどこがオスクネーレベルなんだ?」
聞く限りではグールと変わらない敵だと問うと、ハグルマは手を突き出して話を続ける。
「慌てるなって。それに加えて奴らは多少の時間、空を飛ぶ。そして霧となって攻撃を回避して接近してくるから厄介なんだ。基本はグールの上位互換で、接近されたら戦車やヘリは手を出せないからな。兵器殺しとして嫌われている……。グールがたくさんいるところに、稀に産まれるんだ」
「そんな危険なやつなのか……。まずいな、ヘリに知らせておかないと」
その厄介な特性に蝶野は嘆息する。どうもこの地は最高に危険な場所となったらしい。
「嘆くのはまだ早いぞ。さっきのパイロットは複数レブナントがいると言っていた。と、いうことはもしかしたら大量にいるかもしれねぇ」
「笑えない情報ありがとうよ。たしかパラディンの特性は防御だったよな。この倉庫周りを基準にしてくれ」
「あいよ。で、パイロットは変更可能だ。あの少女たちは先に逃がすか? その場合はパワーアーマーはろくに操縦できないだろうから防御行動しかとれないだろうが」
「それは助かるな。もちろん、最初のヘリで避難させる。ハグルマ、うちの兵士にパイロットの変更を行ってくれ」
躊躇いなく答える蝶野に、ふむふむと頷くハグルマ。少しは迷うかと考えていたのだが、パイロット変更が可能なことを助かると言うとは。防御行動しかとれないから、戦力が大幅に下がる筈なのに。
だが、それで避難民を助けられなかったらどうするつもりなのだろうと、ハグルマは眉を顰める。少女を避難させる答えが正しいとは限らないのだ。
その視線に気づいた蝶野は正確にハグルマの懸念を理解して、腕を捲り力こぶを作る。
「なに、危険な戦場はこれまでにもあったし、俺たちだけで大丈夫だ。武器も強力な物をいくつか積んでいるしな。それにお前もわざわざパイロット変更可能なことを伝えてきたろ?」
「ランチャーが少しだけで守りきれるとは思わないがな。まぁ、良いだろう。少女たちへと話をしにいこうじゃねぇか」
かぶりを振って、呆れ半分、感心半分でハグルマは言って、少女たちのところへと向かう。
蝶野もそんなことはわかってはいるが、それでも死地に少女を向かわせることはしたくないのだと、あとに続くのであった。
千冬たちは慌ただしい兵士の動きを見て、なにかが起こっていることを悟っていた。
「ねぇ、なにか兵隊さんたちの動きが変じゃない? 完封寸前だけど、もうピッチャーが限界だからリリーフを出そうか迷ってるぐらいベンチが慌ただしいぐらいに」
小枝が不安げに、そして長すぎる例えを口にするので、千冬はコクンと頷いてリィズを見る。
「パワーアーマーに戻った方が良いかもしれないよ。なにか嫌な予感がするし」
「ん、リィズの第七感もなにかがおかしいことを感じてる。すぐにパワーアーマーに戻る」
お姉ちゃんは遂に聖なる闘士になっちゃったの! とか驚く少女の声が聞こえてきたようだが、たぶん気のせいだろう。
急いでハッチが開いたままのパワーアーマーへと駆け寄り、搭乗しておく。
ちょうどパワーアーマーに乗り込んだのと、蝶野さんたちが来たのは同時であった。
苦々しい表情で蝶野さんたちもパワーアーマーに駆け寄ってきたが、私たちの方が速かった。ツヴァイねーたんから、急いで乗り込むように台本を見せられたし。
パワーアーマーのハッチを閉めて、カメラアイに切り替わると蝶野さんがため息を吐きながら声をかけてきた。
「悪いな、千冬、リィズ。試験戦闘はこれまでだ。試験戦闘は中止にして君たちにはヘリで帰還して貰う。無論、報酬は払うように本部にも掛けあっておこう」
「え、と、……すいません、避難はリィズのみでお願いします。私は逃げません」
「ん、リィズも避難しない。ここで逃げれば、妹に顔向けできないし……なによりリィズは人々を助けたい」
リィズのことは、本人の意思にお任せでと台本には書いてあったが、予想通りの言葉に私は思わず苦笑してしまう。リィズなら絶対にそう言うと信じていたのだ。リィズは人々を助けるために努力してきた。それは妹のためでもあるだろうが、人々のためにという想いもあるのだ。
「仕方ない……ハグルマ、外部からハッチを開けてくれ」
「ない」
無理矢理にでも連れ出そうと蝶野さんがハグルマへと指示を出すが予想外の言葉にぎょっと目を見開く。
「ない?」
「ない。これは試験戦闘用のパワーアーマーだ。万が一のためにパワーアーマーを外部から開くためのコードももちろんあるが」
「驚かすなよ。なら、さっさとそのコードを使え」
ホッとして安心する蝶野へとハグルマは気まずそうに顔を向けて言う。
「そのコードを本部に忘れてきちまった。俺様としたことがウッカリしていた。たぶん俺様の部屋の机にあると思うんだが……。俺様の部屋は本人の承認が無いと入れないんだよな」
「な、に? お前はまったく……」
ハグルマの言葉に言葉を失い呆れる蝶野さん。ハッチが無理矢理に開けられないと理解してしまったらしい。
仕方ないと嘆息して、ごつい顔をできるだけ優しい表情へと変えて、猫なで声で説得してきた。もはや、説得しか方法が無いと思った模様。
モニターには、ケラケラと楽しそうに笑う銀髪メイドな中の人が映っていたのは内緒にしておこうと思う。
「ほら、君たちが避難しなければ、俺たちは思いきり戦えないんだ。おとなしく出てきてくれないか?」
「大丈夫。リィズは十分に支援する。兵士たちも思いきり戦える」
間髪入れずに答えるリィズである。自信満々で答えるので、さすがリィズだと思うが、そこへてこてこと少女がやって来て、私たちの前でちょこんと止まる。
「この先は死地ですよ? 今までの戦いとはまったく違う安心安全な支援の無い戦場です。リィズさんはその覚悟があるんですか? 友達も死んじゃうかもしれませんよ?」
近寄ってきた少女、ラキさんは、静かな水面のような、なにを考えているかわからない表情で話しかけてくる。なにか、その言葉には凄味があり、まるでリィズのこの先がこの答えで決まってしまうような感じを受けた。
「ん、リィズは死地にいるとは考えていない。絶対に勝機はあるし、ここで逃げたら妹と共に戦うことは一生できない。友人をリィズは絶対に喪わないし……喪う可能性を恐れて逃げたりはしない」
その言葉には強い決心が込められていた。その言葉をラキさんは真剣な表情で聞いている。
「二人共、その少女の言うとおりだ。死人が出るだろう危険な戦場なんだ。本部の命令もそこまでは言ってきていないだろう? さっさと降りなさい」
蝶野さんがラキさんの話に乗って、勢い込んで言ってくるが……。う〜ん、たしかに言うことはもっともかもしれない。でもリィズの決心はかたいみたい。
その気持ちを読み取ったのか、ラキさんは優しい声音で言葉を返す。
「わかりました。そこまで言うのなら仕方ないでしょう。リィズさん、頑張ってくださいね」
そう答えたら、小さく手を振ってラキさん微笑むのであった。
「私も帰りません。だって皆さんを信じていますから」
キッパリと自信満々に答えちゃう。ずるいだろうけど、絶対にパパさんが助けてくれると信じているから。
ピンチの時は助けてくれると聞いているから、私はパパさんを信じるのだ。
決断できるリィズは凄いなぁとラキさんが意味のわからない言葉を呟いて、苦笑いを浮かべていたけど。




