516話 山に群がる人々
小鳥がピピピと鳴き始めて、木々の木の葉に朝露がつき、陽が段々と登ってくる。
倉庫の人々は炊事をするために外に出てきて、調達したポリタンクに入れた水を使い湯を沸かす。いつもなら薪を集めるのも一苦労で、食べ物があまりないし非常食が多かったので、そもそも火を熾す必要もなかったのだが、今日はいつもと違うのだ。
空母にいた頃も火は熾すことは滅多になかったのに、携帯コンロを使い笑顔で人々は朝ご飯の準備をしていた。
人々が和気あいあいと朝ご飯を作る様子を蝶野は眺めながら、ハグルマへと感心したように声をかける。
「食料から携帯コンロ、寝袋もだがお前よくあんなに大量にバングルに入れていたな」
そう、今人々が使っている携帯コンロや食料はハグルマがバングルから取り出して配ったのだ。
「試験戦闘は大勢で敵地奥深くに入りこんで行う時があるからな。フィールドワークをする俺様は万一のために最低限は持っているんだよ。ふわぁ〜」
あくびをしながら、頭をガリガリとかいて寝ぼけ眼で返事をするハグルマに、蝶野がニヤッと笑って背中をバンと叩く。
「やるじゃないか、見直したぞ。あれで皆は態度が軟化したからな」
「痛えな。そういう男同士の友情とかはいらないんだよ。帰ったらお前に今回使った物の請求書を送るからな」
「それは破産するから、軍につけておいてくれ」
ハハハと快活な笑いを蝶野はして、ハグルマは仕方ねぇなぁと苦笑で返すのであった。
ちらりと少女たちが集まっているのを恨めしげにハグルマは見たが。
男臭いやりとりをしている二人はガン無視して、少女たちはキャッキャッウフフと朝ご飯を準備していた。
飯盒を用意して、わざわざ作った焚き火の上に枝を組み立ててそこにぶら下げる。
「焚き火を長く持たせるには、新聞紙とかを捻って燃やすと長持ちして良いらしいですよ。新聞紙、どなたか新聞紙は持っていませんか?」
ちょっとした知恵を見せたくて、ラキが医者はいませんかという感じで周りへと問いかける。
少女ならば感心してくれるだろうと、期待に顔をわくわくさせながら。
おっさんがキャンプに行った時は、その知恵を提示しても友人から嘘付け普通につけたほうがよく燃えるじゃないかと信じてくれなかった可哀想なことがあったのだが、美少女なら諸手をあげて信用してくれるだろう。少女しかいないので、おっさんは関係ないけど。
ウロウロと新聞紙はないですかと彷徨くラキを横目に千冬たちもコンロにフライパンをかけてご飯を作っていた。
朝ご飯なので、分厚いベーコンをフライパンに入れて、その脂身がチリチリと焼けるベーコンから湧き出てきたら、素早く卵を投入して、ベーコンエッグを作る。なぜ腐りやすい卵をハグルマが持っていたかはスルー。
それを後ろから、ほうほうとリィズが感心しながら眺めていたので、千冬は僅かに口元を笑みに変えて声をかける。
「リィズは料理ができないの?」
「ん、料理は妹が得意。リィズは戦闘職」
フンスと悪びれないで胸をはるリィズに、不思議に思っていたことを聞いてみようかなと、千冬は考えて口を開く。
「ねぇ、レキ様と一緒に戦うのがリィズの目標なの? でも、レキ様は誰も到達できない強さになっちゃってるよ」
「ん? たしかに妹は強い。だけどそれがなにか関係あるの?」
「だって、同等の力じゃないと一緒に戦えなくない? リィズはそれでも努力をするの?」
コテンとリィズは首を傾げて心底不思議な表情を向けてくるので、反対に私が戸惑ってしまう。なにか私は変なことを言っただろうか?
「常に妹はその力を使って戦うわけじゃない。力をあまり使わなくも戦いを終えることもある」
「ん〜……。たしかにそうかもね。それで?」
「一人で戦うのは変わらないし、一人で戦い続けることができるほど人は心は強くない。だから、リィズがその時に寄り添って戦う。……それに私はまだまだ強くなるし、そうしたらいつも一緒にいれる」
真剣な表情でリィズはためらうこともなく、言葉を紡ぐ。
そんなリィズを見て、ポカンと口を開けて、その回答に驚き、そして感銘を私は受けた。まさか人間でそんなにパパさんのことを考えているとは思ってもいなかったのだ。
これが愛というものだろうか。凄い、この人は凄いと私が尊敬の視線を向けていると、リィズはスッと指を向けてきた。
「焦げる」
「アワワワ、危なっ!」
焦げる寸前だったベーコンエッグ、フライパンを慌てておろしてホッと安堵の息を吐く。
すぐそばでラキさんがエグエグと傍涙していたが、なんだったのだろうか。焚き火の煙でも目に入ったかな?
尊敬する人にリィズをランクインさせていたら、少し離れた所にいた見張りの兵士さんが鋭い声をあげた。朝の平和な雰囲気に合わないその声に皆が騒然となり、見張りへと注目する。
なんだろうかと思って見たら、なにか少し離れた林へと声をかけていた。
「誰だっ! それ以上近づくな、止まれっ!」
その声に林から返事がくる。
「よかった! やっぱり人間だったのか。助けてくれ、私たちは避難民だ!」
声を張り上げて、敵意がないことを示すために両手を掲げながらリュックを背負った男性が林から現れる。
その返事を聞いて見張りの兵士さんは銃をおろして、周りを見渡す。
「何人で来たんだ?」
「わからない! 俺たちはバラバラ隠れ住んでいたんだ!」
その言葉通り、林からぞろぞろと何百人もの人々が出てくるのであった。
はぁ、とその大勢の避難民を見て蝶野はため息を吐いた。この倉庫に70人ぐらい。しかし、集まってきた避難民をいれると300人以上に増えてしまう。
「こんなに山に住んでいたのか」
「山林を縫うように移動すればグールたちと鉢合わせしなくてすむということだろうなぁ」
ハグルマが苦笑しながら、倉庫に集まる人々を見渡す。皆、急遽増えた人々を前にてんてこ舞いだ。山中を朝早くから移動していたらしく、ぐったりと疲れている女子供や老人を中心に食べ物を分け与えて対応している。
だが、一気に集まりすぎだ。特に看板などを置いて、ここに救援隊がいるとアピールしたわけでもないのにと、首を傾げる。
「なぁ、すまないが一つ尋ねて良いか?」
あぐらをかいて、疲れを癒やしている山中から現れた男の一人へと声をかける。
「あぁ、なんだね兵隊さん」
ニコニコ笑顔でようやく助かったと安心している男が愛想良く顔を向けてくるので、なぜ朝早くからここに来たのか疑問を聞いてみると、男はなるほどと頷いて、あっさりと答えてきた。
「そりゃ簡単だよ。暗い山の中で車の光がバッチリ見えたからな。電灯なんかないのに、なんで光がと一縷の希望を持って朝早くからやって来たのさ。いやぁ、救援隊が来ているなんて想像以上の幸運だったよ!」
周りで銃を持って外を警戒している兵士を見て、安心している様子。
「なるほどなぁ、山の中では思いきり目立っていたか」
その話に納得して頷く蝶野だが、ハグルマは厳しい表情へと変えていたので、なにか気になることがあるのかと問う。
「どうした? 問題があるか?」
「う〜ん……考えすぎだといいんだがよぉ……いや、ゾンビもグールも明かりになんぞ反応しないよなぁ?」
そういうことかと納得して答える。
「大丈夫だ。音でもたてなければ気づくことはないだろう。目の前に強い光があればリアクションがあるだろうが、こんなに遠く離れた山中じゃ、特に気にしないだろう」
「う〜ん。そうだよな……そうなんだが……こういう時はなんらかのフラグを踏んだような気がしてなぁ」
首を捻り、どこか納得していないハグルマを見て蝶野も少し不安になる。大丈夫だと切って捨てれば簡単な話なのだが……。
顎に手をあてながら、たしかにこういった話はよく映画とかのゾンビ物で見たことがあると考える。シェルターに籠もっていれば大丈夫とか、コンテナに隠れていれば無事だと信じて死んでいく者たちが思い浮かぶ。
「万が一を考えて斥候を出しておこう。兵士には余裕があるし、救援ヘリがいつ来るかも確認しておく」
そうと判断を決めたら、あとは動くだけだ。すぐに部下を呼び寄せて蝶野は指示を出していく。
兵士たちが指示に従い行動するのをハグルマはなかなかやるなと、口元を薄っすらと笑みに変えていたが、皆は忙しく動きその様子には気づかなかった。
ワイワイと一気に人が集まり騒がしくなった倉庫前。山中を朝早くから歩いて、疲れて頭を俯けて座り込んでいる人々に千冬たちは飴を配っていた。
「ご飯はあと少しでできますから、疲れを癒やすためにも飴をどうぞ」
貰う人々は銀髪の少女を見て、その髪色を見てぎょっと驚いた表情になるが、すぐに笑顔に変わり飴を受け取り、感謝を返す。
「ありがとうね。お手伝いかい? 偉いねぇ」
少女と言っても、幼女なドライである。本来は6歳ぐらいなのだが、千冬は背も少しだけ高く大人っぽいのでなんとか見た目は少女に見える。同じぐらい小柄な少女が二人、うろちょろしていたので、人々は誤魔化されてもいた。
ちなみに一人は15歳、一人は自称10歳だ。
「甘味が凄い身体に染みる〜!」
「なんだか疲れがとれるみたい」
「優しい味だねぇ」
「お嬢ちゃんを舐めたい」
最後の発言者はハグルマが張り倒していったが、軒並み飴を食べて安心した様子。その様子にホッと一安心する千冬は残っている飴をパクリと食べちゃう。
幼女は甘味に弱いのだ。たしかに疲れが回復していくとその力を感じて驚く。この飴はレベル1の体力回復飴だ! ちなみにグレープ味。
「ねぇ、ラキさん。この飴はどうしたの? どこで手に入れたの?」
飴ちゃんを配りましょうと、皆に分けてきたラキさんに尋ねると、コテンと小首を傾げてハグルマを指差す。
「ハグルマさんがくれました。皆で分けるようにって」
おかしいな? さっきは段ボール箱に入っていたのを見つけましたと言っていたような……。気のせいだったかな。
「ラキ、この飴美味しい! どこで見つけた?」
リィズが美味しいとラキさんに詰め寄ると
「ハグルマさんに貰ったんです。だから、疑問は持たないで良いです。特製飴ちゃんをあげますので」
はい、これ。となんだか仄かに光っているをリィズの口にいれるラキ。口に入った飴をコロコロと転がすリィズはカッと目を見開く。
「ふぉぉぉ! この飴凄い美味しい! ハグルマにあとでこの飴がどこに売っているか、確かめる!」
ぴょんぴょんと飛び上がり、リィズは美味しさを全身で表す微笑ましさっぷりである。話がなにかおかしい……。でもどこが変なのかわからない……。
「一気に人が増えたね! まるで開幕戦みたい!」
小枝も飴を受け取りながら、歩み寄ってくる。開幕戦? ってなんだろう? 千冬は野球をあまり知らないのでピンと来ない。
「あとはヘリが来るのを待つだけですね。数回に分けて運ぶことになりそうな気がしますが」
「大樹の輸送用ヘリは30人の武装した兵士を運べる。だから10回は往復が必要だと予想」
「凄いね。軍の兵器も覚えているの?」
リィズの言葉に驚きを示して尋ねると、テレテレと頬を赤くしてリィズは首を横に振った。ん? 違ったのかな?
「月刊誌大樹軍を愛読している……」
「あ、そんなの売ってるんだ。なるほど」
「本部の出版社、アイン出版社が出してる。他にも色々と料理とかダンジョンとかが載ってる本も出版してる。千冬は見たことない?」
「へーソンナノアルンダ、シラナカッタ」
最近ドライと一緒に忙しいところを見るけど、アインさんそんなことをしていたのね。
しばらく小枝さんとラキさんともお喋りをして、ほのぼのとした平和な空気となる。
ワイワイと朝ご飯を食べて、周りの人々が一安心だと嬉しそうにするのであった。
しかしながら、そんな空気は偽りであり
絶望はヘリからの通信からはじまった。
「腐ると大変でつから、お菓子食べておきまちた。生チーズケーキで、ふんわりしていて美味しかったでつ」
違った、これは千秋ちゃんからの連絡だった。私は絶望に包まれたけど。
通信の内容はというと……。




