514話 山中に潜む
山の中で暗闇は最悪である。真っ暗闇で木が生えていることすらもわからないし、隣に人がいても気づかない程だ。しかも今日は曇っていて、星空の光も届かない。
秋となり、木の葉が土に覆い被さり足音がカサカサとなる中で、木の根っこに躓かないように恐る恐る、それでいて足早に数人が移動していた。
「なにあれ? ゾンビがなんか化物になっちゃったよ!」
人影が先程の様子を思い出して、小声で驚きを示す。少女の声音であり、よくよく見ると人影たちは皆大人にしては小柄であり、声から子供たちだとわかる。
「なんか凄い速さだったよね」
「うんうん、追いかけられたら危険そう」
「あの土産物屋さんはもう行けないね」
「段ボールに食べ物入ってましたよ」
少女たちは山裾のお土産屋で物資を補充しようとしていた時に、近くでゾンビがグールになっているところを見て、慌てて逃げたのだ。そして、隠れ家に戻ろうとしたら、そこら中にグールが彷徨いているのが見えたために、遠回りしていったら日が落ちてしまったのである。
「ねぇ、小枝ちゃん。父さんたち大丈夫かなぁ? 街から戻ってきているかな?」
不安そうに聞いてくる友達に、小枝と呼ばれた少女は暗くて見えていないだろうが安心させるように笑みを浮かべて、優しく答える。
「大丈夫だよっ! お父さんたちは頭がいいし、野球選手みたいに身体能力も高いから!」
「小枝ちゃんの野球狂はわかるけど、野球選手は超人なのかな?」
小枝と呼ばれる娘は、有名な野球チームの野球帽を被りなおし苦笑する。檜小枝。16歳、長らく切っていない髪の毛をポニーテールに纏めている勝ち気な瞳に、元気が出るような笑みが似合う口、顔立ちはキリッとした美しさをもち、全体的に健康そうなしなやかな身体の少女だ。
とは言っても、それは崩壊前の話で身体は少し痩せているが。
「まぁ、大丈夫だよ。私たちみたいに逃げてるに決まってる。それよりも私たちが早く戻らないと、皆に心配かけちゃうよっ」
「そうだね。もう夜になっちゃったし……」
不安そうに顔を俯けて、友達は呟くように返す。
「ねぇ、それよりも貴女は体力大丈夫? 少し休む?」
小枝は友達ではなく、先程見つけた少女へと気遣うように尋ねる。
「はい、大丈夫です。お姉さんたちは大丈夫ですか?」
小柄な身体であり随分と可愛らしい顔立ちの少女である。土産物屋の周辺でリュックを背負って、てこてことのんびりと歩いていたのだ。慌てて小枝たちは、その少女を助け出したのであった。
「さっき段ボール箱に入っていたお菓子でも食べますか? 皆さん疲れているみたいですし。それにもう前も暗くて見えないのでは?」
まるで暗闇が見えているかのように、いつの間にか持っていた飴ちゃんを皆に配る少女。まったくといってもいいほど見えないのに正確に手渡していく。
やけに落ち着いており、10歳ぐらいなのに1人で生きて来たんだと納得するたくましい姿であった。
「えっと、昼倉ラキちゃんだっけ? ありがとうね」
久しぶりの飴玉を口に入れ、コロコロと口内で転がして舐めると、ジワリと身体に染み渡る。不思議なことに疲労が無くなる感じがするが、久しぶりの甘味だからだろう。
「ラキちゃんは空母の頃から、ひとり暮らしだったの?」
小枝が声をかけると、ラキは頷いて答える。
「ひとり暮らしではないです。ジャグジーバス付きの家に住んでいますよ。あ、今のナシ。今のナシで」
ラキが慌てるように言うので、きっと崩壊前はそういう家に住んでいたんだろうなと、哀れむ。
そんな哀れみの視線には気づかずラキは遠くを見て驚きの声をあげる。
「ワー、アレハナンデショウ!」
なんだか棒読みの感じであったが、それどころではなかった。
「あれ、もしかして車の光?」
「うそ!」
「でもあれって車だよ! しかも何台も!」
山道を暗闇を切り裂くようなハイライトで走行している車が夜の帳が降りている中ではっきりと目立っていた。ハイライトに当てられて、影となるようにグールが車両に襲いかかるのも見えたが、闇の中で光に照らされて力をなくすように吹き飛んでいった。
吹き飛ぶ瞬間になにかがパパッと光っていたが、ここからではなんなのかは判別がつかない。
「山道を登って行ってる……。たぶん私たちの拠点に向かってるんだ! 急ごう、早く合流しなくちゃ!」
小枝は久しぶりの良い情報に興奮気味に言うが、ラキが落ち着くようにちっこいおててを振って押しとどめる。
「危険ですよ。こんな暗闇で歩くのはもう無理ですし、あちらに迎えに来てもらいましょう。偶然にもさっきフレアガンを拾ったんです」
ヒョイと赤い玩具のような銃を取り出すラキ。どうやら幸運の女神に微笑まれていると小枝たちは明るい表情になるが、すぐに顔を暗くさせてしまう。
「大丈夫かな? その光で化物たちも来ないかな? あの人たちも助けに寄ってくれるかわからないし」
「大丈夫ですよ。ここらへんにグールはまだいませんし、ひとっ飛びでパワー、ゲフンゲフン。見るからにあの車両は軍用です。きっと救援隊が来たんですよ」
「たしかにそうかも。……あの化物ってグールって言うの?」
なんだか話が変だなと不思議に思う小枝にラキはウンウンと凄い早さで顔を上下に振って頷く。
「ほら、ゾンビのパワーアップタイプだからグールだと思ったんです。ゲームとかでありましたし」
「そっか。たしかにそうだね。それじゃ、お願い。あっちが気づいてくれると良いんだけど……。でもフレアガンなんて初めて見たよ」
銃みたいなフレアガン。暗闇の中でぼんやりとしか見えないがこんな物があったのかと思う小枝。
「フレアガンなんてどこにでもありますよ。闇の住人を倒す小説家は懐中電灯とフレアガンを駆使していましたが、道端に落ちていましたし」
それはゲームのランランウェイクとか言うやつの話じゃないとは誰もそのゲームを知らなかったので、ツッコミは入らなかった。ただ暗闇でなければ、やけに汗をかいて慌てる子供な少女がいたことに気づいただろう。
では撃ちまーすと、フレアガンを天に掲げてラキは引き金を弾く。シュバンと音がして、空へと周囲を照らす光量の弾丸が飛ぶ。
少女たちがその明るさに照らされている中で、なにかが光を遮るように飛来してきて、目の前に着陸するのであった。
千冬はフレアの光を見て、バーニアジャンプでその地点へと移動した。山なりで空高くジャンプをして木々を飛び越えて行くと、フレアの下には数人の少女が見えてきた。
着地して、その重量で地面に脚が僅かにめり込み、木の葉が舞い散り機体へとかかる。着陸してすぐにカメラアイを少女たちへと向けて千冬は無事を確認するために口を開く。
「え、と、大丈夫ですか? 助けに来ました」
目の前に着地したパワーアーマーを見て、生存者たちはポカンと口を大きく開けて唖然としていた。こんなロボットが目の前に現れたので夢かと思ってしまっていた。
……約一名、木の葉を被りましたと、はたいて落としていて驚いていない少女というか、幼女に近い子供のような美少女がいたが。
その少女も周りが口を開けてポカンとしているのを見て、私も真似しなくちゃと、あ〜んと食べ物でも貰う雛のように大きく口を開けていたが。
なんだかワンテンポずれた子供がいるなぁと、自分も幼女だけれども千冬はそののんびりした様子に微かに口元を笑みへと変える。
「あの! え〜……救援隊ですか?」
集団のリーダーなのだろう娘が戸惑いながらも聞いてくるので、まぁ、パワーアーマーなんか見たことないですよねと思う。
「ん、リィズたちは救援隊。ここは危険だから護衛しながらあっちと合流する」
リィズが手で走って行く車両群を指し示す。
「どうせ向かう先は同じなので、私たちは最短距離を行きましょう」
道ではなく、山中を進めば早いだろう。前面についているパワーライトを点灯して前に千冬、後ろにリィズと生存者を挟む形で護衛しながら移動を開始するのであった。
てこてこと山中を歩いていく中で、レーダーに反応がありグールが数体猛烈な勢いで接近してくるが、ビームガトリングで撃ち倒す。ビームなだけあって、銃声があまりしないことも威力と同様にこういう時は便利だ。
ビームを放つ瞬間に、その熱線で周囲が煌々と照らされて、少女たちの驚く顔をも照らされる。暗闇なのをいいことに、小腹が空きましたと、もぐもぐと大福を食べていた少女も照らされたので、バレないように慌てて大福を飲み込む。
「このまみゃ進めば拠点に着くんですか?」
誤魔化すように大福を食べていた少女は小枝に聞く。ホッペをリスみたいに膨らませているので、語句が変だが誰も気づかなかった。
「うん、この速度なら1時間ぐらいかな」
小枝が答えるのを聞いて、千冬は不思議に思う。皆は一緒のグループではないのだろうか?
「え、と、皆さん一緒のグループじゃないんですか?」
「うん、ラキちゃんはさっき助け出したんです」
「昼倉ラキです。じゅっさいです!」
元気よくおててを掲げてウキウキした表情で、挨拶をしてくるラキさん。………どこかで会ったような気がするけど、気のせいかな?
「私は檜小枝っていいます!」
小枝さんもペコリと頭を下げて自己紹介をしてきて、他の人たちも同じように挨拶をしてくるので
「え、と、私は千冬です」
「ん、リィズは荒須リィズ。よろしく」
二人で挨拶を返す。ただ、山中ですることではないので、気を引き締めて移動を再開する。グールは決して油断してはいけないのだ。
ズシャンズシャンと、金属音をたてながら進む。パイロットにあまり負荷がかからない仕様なので、私たちは大丈夫だが少女たちはくたびれているだろうからゆっくりと移動していく。
「助かりました! ツーアウトからの逆転満塁ホームランみたいな感じです!」
「代打レキ〜! アワワワ、違います、代打ラキ〜!」
逆転満塁ホームランを打つ代打ですと、細っこい腕をブンブンとバットを持って素振りをするように振るうラキ。なにか最初変な感じだったような?
「んもぅ、ラキちゃんじゃなくて、千冬さんたちが代打ヒーローだよ」
「え〜。私も代打が良いです。でもエースで四番ならそのポジションは譲ります」
グールをあっさりと倒す私たちを見て安心したのか、小枝さんたちは弛緩した雰囲気になり、小さな声で笑い合う。先程までの危機的状況から救われた反動もあるのだろう。
レーダーにはもう近づく敵はいないので、少しぐらいのお喋りは良いと思いながら、しばらく進むとようやく生存者たちの拠点に到着した。
拠点は暗闇に包まれているが、既に蝶野さんたちは到着しており車のライトが目立っている。その周囲には数十人の生存者だろう人たちが車を囲んでいた。
ざわざわとざわめく中で、千冬たちが到着したことに気づいた蝶野さんが手をあげる。
「来たか。ここは危険だし拠点内に移動するぞ」
拠点は金網に覆われたコンクリートの倉庫であった。なんで山の中にこんな建物があるのか、首を傾げてしまう。
「千冬、中に行く」
リィズは機体を倉庫に進めていくので、千冬も中に続いていく。
薄暗い倉庫にはさらに生存者たちがいて、こちらを何者かと見てくるのを感じながら、中に入るのであった。
未来はこの暗闇のように、見通せぬ状況であった。
「帰って来ないので、千冬たんのおやつ食べて良いでつか?」
もはや絶望しかないかもしれないと、メールを見て千冬は恐怖を心に灯すのであった。