511話 崩壊した当時に似ている場所
四国はミイラ化したお坊さんに封印されていた。封印ができたのはゾンビ発生後すぐらしい。生存者の話によると数日も経っていない程度であったという。それによりゾンビたちは封印され、ミイラの世界へと変わっていったため、生存者たちは初期のゾンビたちの恐怖をすっかりと忘れてしまっていた。
トラウマレベルの出来事であったが、すぐに銃を持ったミイラたちが現れたら、記憶は上書きされても無理はない。
なので、生存者たちは消えゆく空母から追い出される形で、突如として地表に放り出されたので、大混乱に陥っていたのだ。まったくもって、まるで世界崩壊時を巻き戻して体験しているように。
再び、ゾンビたち死人の群れの恐怖を体験することになったのだった。
廃墟ビル、封印されていた力の影響下にあったために未だに原型が残っている。しかしながらもはやガラスかどうかも躊躇う真っ黒に汚れた窓ガラス。蛍光灯はその明るさで周りを灯すこともなく、あらかたは割れて、床にその破片が散らばっている。
オフィス街であったのだろうか、ここらへん一帯にはビル群が軒並み並んではいるが、どこも同じように机や椅子が崩壊当時を思い出させるように、竜巻にでもあったかのようにぐちゃぐちゃに倒れていたりした。
バリケードでなんとかゾンビの侵入を防ごうとしたのか、防火シャッターが閉じていたり、廊下が積み重なったロッカーなどで塞がっており、まるで迷宮のようになっている。
そんなビルの一つに薄汚れた生存者が3名、鉄パイプを持ったり金属バットを持ち、恐る恐る周りを見ながら侵入していた。
噛まれないようにか、厚手の服を着込み、腕には雑誌を巻き付けておりゾンビに対する装備をしている。三人共山にでも登るような大きいリュックを背負っているが、そのリュックは軽そうで中身はあんまりなさそうである。
一人はサバイバルゲームでつけるようなゴーグルをつけている体格が良い男性。一人はミイラから奪った昔の軍用ヘルメットを被った痩身の男。最後がタオルを肩にかけた女性である。
服装は皆、お揃いの第二次世界大戦の日本兵士服を着込んでいる。無論、ミイラから奪ったのだ。全員30代の年代だろう。
昼でも薄暗いビルの中、歩くとチャリチャリとガラス片を踏む音が微かにしながら、部屋を覗いていく。
「なぁ、俺たちは夢を見ていたのか? あの空母にいたのは夢だったのか?」
ヘルメットを被った男性が鉄パイプをギュッと強く握りしめて、怯えた表情で周りを確認しながら呟くように言う。
その問いにかぶりを振りながら、相手のゴーグルをつけた男性も答える。
「わからないな。だが、前より物資を探すのは楽になったかもしれないぞ。外なら野菜や水も手に入りやすいしな」
「そうか? まぁ、ミイラは銃をぶっ放してくるからやばかったけど、どっちが楽だったかわからねぇ」
「ゾンビは知性がないから、ちょっと山に入ればもう大丈夫だ。あいつらはミイラ以上に足が遅いからな」
二人で話し合うのを見て、最後の女性は不機嫌に口を挟む。
「なに言ってるのよ。空母にいた頃より冬はやばいじゃない。危険な季節に入るこの時期にこんなことになったのはまずいわよ。せめて春だったらなんとかなったのに」
「ボヤくなよ。それがわかっているから、ビルを物色しに来たんだろ」
「オフィスビルを探しても意味なくない?」
「いや、なにかしら衣類とかタオルとか雑貨品が大量にあるはずだ。くそっ、倉庫はどこなんだ?」
一般的なオフィスビルなので、一階に倉庫が置いてあるわけではないらしいと、階をいくつか登ってきたが未だに見つからない。バリケードが作られて部屋に入れない所があったが、あそこがそうだったのかもと、それなら無駄足のために舌打ちをする男。
「普通に店に入れれば大量に物が手に入るのになぁ」
ボヤくヘルメットの男性に冷ややかな視線で顎をしゃくる。
「行ってきたらどうだ? ゾンビの従業員が歓迎してくれるぜ。デパートや店なんかゾンビだらけじゃないか。あいつらもなにか買い物をするつもりなのかねぇ」
窓ガラスが割れた箇所から外を覗く。外にはいくつか食べ物屋やコンビニが目に入るが、それ以上にゾンビたちが目立つ。
顔は青白く白目を剥いて、鼻が削げているものや、唇が裂けて歯茎が見えている者。ボロボロの服を着て骨が胴体から覗いていたり、手足のどこかが欠損しており、這いずる者。
共通するのは、生者を恨むかのように地の底から出てくるようにおどろおどろしい呻き声をあげているところだろうか。
ぼんやりと突っ立っているゾンビや店で壁を叩いているものなど、ゾンビ映画そのままの世界がそこにはあった。しかも数が多い。
「ノロノロ歩くゾンビなんか捕まることもないだろと映画を見て思っていたんだが、意外と捕まるんだよなぁ……」
実際に会うと、ゾンビはノロノロ歩くが数が多いからいつの間にか囲まれて捕まってしまうのだ。そしてゾンビの力は強く、すぐに噛みついてくるので、あっさりとゾンビの仲間入りになってしまうのだ。
「そういえば、お前は捕まっていたよな。あと少しで喰われそうで焦ったよ」
「あぁ、油断してたよ。あの時はちょうどすぐそばにあった段ボール箱に入っていたハンマーで殴りたおして逃げれたんだ」
あの時のことを思い出して、恐怖で顔を強張らせるゴーグルの男。角待ちしていたゾンビに不意をつかれて襲われたのだ。その時の腐った死肉の臭い、食いつこうと裂けて頬骨すら見える口が近づいてきて、その死を思わせる体重を感じて恐怖に襲われた。
無我夢中で自分の横にちょうどあった段ボール箱にタイミング良く入っていたハンマーを取り出してゾンビを打ち倒したのだった。あれは幸運であった。
「ラッキーだったよな……。だけれども、だから店とかは危険だぜ」
「さ、無駄話はやめて探索を続けようぜ」
三人共コクリと頷き、探索を再開させる。オフィスビルだって危険な場所であり油断はできないのだ。
通路を進み角は特に注意をする。呻き声をあげずにポツンと立っているゾンビがちょくちょくいるので、慎重さは決して失わない。
ソッと角を覗き込み、なにもいないことを確認すると進み始める。
しばらく行くと、雑貨を置いてあるだろう部屋をようやく見つける。総務預かりと書いてある部屋であった。
「ようやくか」
「ペンなんかいらないよな。非常食が大量にあるぞ! あとは寝袋とかか」
ボロボロになっている非常用の段ボール箱を急いで開く。一名一名分けられており、箱詰めされた物で中身は錆びた缶詰やお湯で簡単に食べれるインスタント食。それに銀色のペラペラな使い捨ての安い寝袋。
「消費期限が書いていないけど……こういうのはまだ大丈夫だよな?」
「タオルとかもあるわ。できるだけ詰めちゃいましょう。家族にお土産ができるわ」
あぁ、とお互いに頷いて喜色満面でドンドンと詰めていく。冬に備えて非常食はいくらあっても足りない。全部は到底詰め込めないが、あとでまた取りに来れば良い。
ガサガサとリュックに詰め込んで、帰った時の家族の笑顔を思い浮かべて三人共笑みを浮かべる。空母の時は芋がほとんど主食であったので、色々な種類がある非常食は喜ばれるだろうと。
そんな帰ったあとのことを考えていた三人であったが、なにか物音がして、ピクリと身体を震わす。廊下をなにか引きずるような音が聞こえてきたのだ。
ズルリズルリと引きずるような音は、聞き覚えがある。
「シッ! ゾンビだ」
「ここにきてゾンビかよ」
「どうする? やっちゃう?」
忌々しいゾンビだと気づき、静かになる三人。もはやサビだらけのドアの影へと一人がそっと覗きこむと、誰もいないゴミだらけの廊下を一匹のゾンビが歩いてきていた。
「仲間が集まって来る前に倒そうぜ」
「あぁ、俺がいく」
ヘルメットを被った男が息を潜めて、鉄パイプを握り直す。手汗がジワリと鉄パイプに伝わる中で、音をなるべくたてないように倒そうと緊張して、近づくゾンビを観察する。
大きい音をたてたらゾンビたちが集まってしまう。額から汗が流れてくる中でチャンスを狙おうとするが……。
「なんだ? 立ち止まってしまったぞ?」
「私たちに気づいた訳ではないのね」
ゾンビは通路の途中で立ち止まり、身体をユラユラと動かして先に進まなかった。
そのまま立ち去ってくれないかと、眺めている中で違和感を持つ。なにかこのゾンビは変だ。だがどこが変なんだかわからないとヘルメットの男は首を傾げて不審に思う。
「なぁ……。あいつ、なにか変じゃないか? いや、どこが変だと言われると困るんだが……」
「変? どこが? いつものゾンビにしか見えないけど」
女性はゾンビを見て、変哲もないゾンビだと評する。白目の青白い皮膚、ボロボロの服装……どこか変なのだろうか?
「あっ! たしかに変だ!」
だが目を細めて眺めていたゴーグルの男性が、小さな声で驚きを示す。
なにが変なんだと、他の二人が視線を向けると慌てたように教えてくる。
「あいつ、どこも怪我をしていない! 綺麗なもんだぞ!」
その言葉に二人共よくゾンビを見てみると
「たしかにそうだ! あいつ傷がどこにもない!」
「血で汚れていたし気づかなかったわ。あのゾンビはどうやってゾンビになったの?」
傷が無いゾンビ。通常はどこか身体に大きい傷があり、細かな傷も身体中にあるものなのに。目の前のゾンビは綺麗な身体であった。
もしかしてウィルスなんかが空気感染に変異でしてゾンビが産まれるようになったのかと恐怖を覚える三人であったが、次の状況の変化にもっと驚く。
「うあ〜………」
呻き声をあげるゾンビの筋肉が膨張して皮膚が緑色になっていく。それと共に歯は牙となりゾロリと口中に生えてゆく。爪がニョキニョキと生えていき、ナイフのように鋭そうな武器へと変わる。それと共にその吐く息が黄色へと変化していった。
グール。ゾンビが進化した存在であり、毒の息を吐き薄い鉄板ぐらいなら簡単に裂いてしまう凶悪な筋力と鋭い爪。そして一撃で人間の頭蓋骨を噛み砕く牙が生えて、超能力を使い銃弾を防ぐ障壁を生み出す高位ゾンビ。
今まさに、ゾンビはグールへと進化したのを三人は見たのだった。無論、グールなどという存在は知らない。知らないがその凶悪な姿を見ただけで、その力は推測できた。
「こいつヤバそうだ! 倒しちまうぞ!」
いち早く立ち直ったゴーグルの男が、ドアから踊り出て金属バットをグールの脳天へと振り下ろす。
ゾンビならば一撃で倒せはしないものの、身体は揺らぎそのままサンドバッグとなって倒せるはずであったが
「グアッ! こ、こいつ硬え!」
グールが瞬時に生み出した障壁に弾かれて、その硬さに手を痺れさせて金属バットを取り落としてしまう。
「こいつめっ!」
鉄パイプでグールを倒そうとしたヘルメットの男だが、ようやく攻撃されているのに気づいたのか、グールは目を光らせて軽く腕を振るった。
鉄パイプはグールの爪と競り合うこともなく、カランと音をたてて切り裂かれて床に落ちる。
「な、なんだこいつ!」
あっさりと鉄パイプが切り裂かれたことに、恐怖の表情を浮かべるヘルメットの男へと
「キシャア!」
鋭い声をあげて口を大きく開き、グールは襲いかかる。
身体がぶつかるようにグールは襲いかかってきて、ここまでかと目を瞑ってしまうヘルメットの男だが、グールは横を通り過ぎていく。
「キシャア?」
ゴロンゴロンと勢い余って廊下を転がっていくグール。なにがあったのかと目を凝らすと、ちょうどグールの足元に段ボール箱があったらしく、それに足を引っ掛けて転がっていったらしい。
「ラッキーだ! 逃げるぞ!」
もはや音をたてずに逃げるのは不可能であると、三人共勢いよく外へと走っていくのであった。
外では同じように複数のゾンビが進化を始めているところであり、地獄の蓋が開いたような状況であることを見てとり、絶望に包まれるのであった。