508話 千冬たちの旅
銀髪のふわふわセミロングが顔にかかり、千冬は邪魔っけだなぁとサッと払った。やっぱり変身して来たほうが良かったかなと、少し思ったが千冬は変身するのが少し苦手だから、必要ギリギリまで変身はしたくなかった。
四季ママが眷属、春夏秋冬のドライの一人、千冬は今日はソロでの仕事である。お仕事で空中艇にて移動中。現在、若木シティにて事前準備中だ。
なので幼女のまま若木シティの軍港に停泊する30メートルカタクチイワシ型小型輸送艇に乗っていた。軍港といっても、空中艇を停泊させるための簡単な物だ。正式な軍港はどこに作るか問題になっているらしい。
「これが新型パワーアーマーなんですか?」
貨物ハッチは途中まで降ろしてあり、そこから新鮮な風が入っている中で、パワーアーマーを固定しているラックを見る。パワーアーマーはそこに固定されながらぶら下がっており、装備者の体格に合わせた大きさに調整される前の状態で丸まった金属の塊のようだった。
「あぁ、パワーアーマーは歩兵たちの花形兵器。戦車よりも人気があるんだが、正直戦車や装甲車の方が使い勝手が良いから数は作られてねぇんだ」
お爺ちゃんメカニックに変身しているドライがラックに設置してあるパネルを弄りながら説明してくれる。う〜ん、誰もいないんだから、変身しなくて良いと思うんだけどなぁと、変身が好きじゃない千冬は思うが、ドライたちは変身好きの方が多い。千冬が珍しいタイプなのだ。
役に入っているお爺ちゃんメカニックは、渋い声音でパワーアーマーを叩く。ガンという金属の重い音がして、パワーアーマーが僅かに揺れる。
「パワーアーマーは高い! そして歩兵を援護するにはその車体を盾にできる戦車たちの方が上だ!」
お爺ちゃんメカニックはそこでギラギラした目を向けてきたので、あ、この娘はメカオタクですねと気づいちゃう。ツヴァイねーたんからの指示で作ることになって、志願したに違いない。
「それを考慮して、ダンジョンでの支援用及び高火力を実現したのがこの出汁巻き卵、こほん、パラディンだ!」
「今出汁巻き卵って……まぁ、良いですけど。それじゃこのパワーアーマーの試験をすれば良いんですよね?」
「あぁ、四国はゾンビたちがたむろしている崩壊初期の地域に近い。そこでパワーアーマーの試験を頼む」
「ん、リィズに任せる」
すぐに返事が返ってきて、満足そうにお爺ちゃんメカニックは頷くが、えと、あの……まだ私は返事をしていません……。
ギョッとして声のした方向に顔を向けると、ハッチの隙間からリィズが身体を懸命に捩じ込んでいた。
フンフンと鼻息荒くこちらを見てくるので、驚きでポカンと口を開く。
「千冬久しぶり。リィズの分のパワーアーマーもある? パワーアーマーは三台あるから、一台はリィズの分に決定」
グイグイと完全に輸送艇へと入り込んだリィズは腰に手をあててなだらかな胸を張る。なにか訳のわからないことを言っていたような気がする……。
「え、と、リィズ久しぶり。な、なんでここに?」
私は驚きながらも尋ねる。ここは軍港じゃなかったっけ?
「軍港の周りをマラソンしていたら千冬を感知した。だから会いに来た。これから一緒に試験するし」
その言葉にリィズは振動系の感知を使っていたのだと理解する。理解して内心でその精緻な超能力に気づいた。波紋のように薄い波が空間に撒かれており、その力は100メートルはあるだろう。
以前よりも明らかに強くそして精緻な力になっていると、驚きつつ自分たちドライでも気をつけないといけないレベルだと思い、チラッとお爺ちゃんメカニックへと視線を向ける。
お爺ちゃんメカニックはわかっていると、コクリと小さく頷く。
ドライのままで行動する際は気をつけないといけない。というか変身を怠って気づかれたドライって、私だ……。
「って、リィズの感知はわかったけど、最後がよくわからなかったよ?」
「千冬が危険なことをしそうだから、リィズもついてく。ヒーローは誰も見捨てない」
「えっと、それは嬉しいんだけど……。危険だよ?」
リィズの言葉に嬉しく思うけど、まだ軍が未到達の場所に行く予定だ。危険極まりない場所なのだ。
どこかのおっさんが聞いたら、危ないから駄目だよと警告をして、なぜか貨物室に入り込んでいたゾンビに真っ先にやられちゃうぐらいに危ないのだ。
「なんで千冬が危険な場所に行くのかを聞く。そしてリィズも絶対についていく」
ドッカと座り込み、梃子でも動かなそうなリィズを見て、やっぱり変身して来れば良かったと後悔をする千冬であった。
四国最前線に位置する本隊の作戦本部の砲列艦にて、蝶野は難しい表情で、二人の少女を前にしていた。
「試験戦闘をこの先ですると言うんだな、リィズ? それと千冬ちゃんだったかな?」
「え、と、は、はい! 私は大樹本部からの命令書も持っています! こ、これどうぞ」
紙を取り出して、蝶野へと渡すとその紙をじっくりと見て嘆息しながら参謀へとその紙を回す。
「これは本物ですよ、蝶野大佐。残念ながら」
蝶野は参謀の言葉に舌打ちする。最初から偽物だとは考えていなかったし、試験戦闘の話は聞いていたが、まさか少女たちが来るとは………。いや、リィズは怪しいが。怪しすぎるが。
「なぜ君なんだい? 他に試験戦闘をする兵士はいくらでもいたろう?」
しゃがみ込み、千冬と目線を合わせて優しい口調で尋ねる。
千冬は、ハイ、本当は歴戦の軍人が来ることになると思っていましたと内心で呟く。
そして恨めしげに千冬にしか見えないモニターへと視線を僅かにずらして見ると、フンフンと興奮しながら、肩にノンフィクション脚本家と書かれたタスキをかけた銀髪のメイドのおばさんが、机に置いてある台本にガリガリとなにかを書いていた。
どうやら予定外のこの事態を地獄耳で聞きつけて、主導することにした模様。興奮した表情で台本を見せつけてくる。そこには、金に困っている。とだけ書いてあった。ガリガリ書いていて、なぜそれしか書いていないのだろう?
「ドライ! まずはこの設定でいきますよ!」
台本に書いてあるとおりの内容は先程リィズに話した内容とあまり変わりがないので、文句はないんだけど……。保険はかけておこうっと。
「あ、あ、の、私はお金が必要なので……」
「そうか、そうか。お金が必要なんだね? いくら必要なんだい?」
蝶野さんが頭をナデナデしてくれながら、優しい口調で尋ねてくる。ナデナデはパパさんが最高だと思いながら、なんと答えようか迷う。………ん〜、指示はないし正直に答えようっと。
「100万マターです。それだけあればきっと足りると思うんです」
私の言葉を聞いて、蝶野さんは考え込みながら顎に手をつけて呟く。
「100万マター……。結構な金額だが、大樹本部の人間にとっては楽に用意できるんじゃ? 俺らだって用意できる金額だしな」
疑問を抱いたのだろう。なぜその金額が必要か、しかもたいした金額じゃなかったので不思議で仕方ないと、話を続ける。
「う〜ん、君の髪の色から超能力者じゃないかと思うんだけど、あっているかな?」
「は、はい。私は量産型超能力者の第三世代タイプです」
モニター越しにサクヤおばさんを横に、シノブさんが台本を突き出して来て、そこにそう書いてあったので、そのまま言う。なにやらツヴァイねーたんたちが集まって、あーでもないこーでもないと、脚本を作っていますけど、暇なんでしょうか。
「たしかそんな話だったな。それじゃあ、もう一つ質問だ。超能力者は皆が生産業についたんじゃないのかな? どうして試験戦闘にいるのかな?」
うぅ……まだツヴァイねーたんたちの台本が書き終わっていないからアドリブになっちゃう。
最近キノたんからはプリン、千夏からはレストランでデザートを奢って貰ったし、千春はお礼に食事当番でいつもより美味しい食材を使ってくれている。千秋は特に何をするのかわからないけど、私もなにかお礼しなくちゃと、適当にあったお仕事を選んだだけなのである。
お小遣い稼ぎにはピッタリだと思っていたら、変身する前にリィズに捕まっただけだ。でも、そんなことを言っても駄目だろうしなぁ……。どうしよう。
そんな迷っている時であった。作戦室にズカズカとドアを開けて入ってきた男がいた。
ヨレヨレのメカニック服、油や汚れがついており、痩せぎすの髪がボサボサの男であった。眠そうな目を擦りながら、呆れたような口調でこちらへと話かけてくる。
「それは生産業での給与は両親が管理しているからだな。その小娘は自分の金をほとんど持っていない。だから公募された試験戦闘に応募してきたのさ」
酒で焼けたような声で言う男へと、不審者を見るような視線で、蝶野さんは声をかけた。
「お前が誰か聞いても? 初対面だと思うんだがな」
ガリガリとボサボサ頭をかきながら、男はニヤッと笑って自己紹介をしてくる。
「俺の名はハグルマ。兵器部門のこれでも主任をしているんだ。今回はこの小娘が乗るパワーアーマーの評価のためにやってきた」
「本当にこんな子供を試験戦闘に向かわせる気か? うちの娘と変わらないんだが?」
普通の人なら震え上がる程の威圧を込めて、蝶野さんがハグルマさんを睨む。
私はモニターを睨む。そこには銀髪メイドのおばさんはいなかった。まさかとは思うけど……。
「悪いが俺が決めた訳じゃねぇ。公募だっつったろ? 他にも金になる仕事だから、何人か兵士が募集に来たんだ。それこそベテランの兵士がな。だが、その小娘はシミュレーションでその全員を叩きのめしたのさ」
参ったねと、両手を掲げて呆れたように、言ってくる。瞬間、こちらへとパチリとウィンクをしてきたので、誰か理解してしまう。クーヤ博士が卒業してしまって、暇だったんですね……。というか、素早すぎます。さっきまで本部で台本書いていたのに。
蝶野さんはその言葉に驚いた様子で私へと振り向く。大樹本部の無理矢理な命令だと考えていたのに、意外な話だったからだ。
うん、私もいつもの流れだと思っていたから、驚いているよ………。
「その小娘はお小遣いを稼いで、友達にでもご飯を奢るつもりなんだろう。小娘のくせにな」
「……その話はあとで詳しく聞かせて貰うぞ、ハグルマ。……仕方あるまい、試験戦闘は近場で行う」
あわわわわ、正直に言っちゃったと私は慌てるけど、なぜか蝶野さんは難しい表情でハグルマさんを睨み許可をくれた。やった、これでケーキバイキングに皆を連れて行けるかも!
わ〜い、と私が喜ぶ中で、リィズがぽんと肩に手を置いてきた。フンスと鼻息荒くいつもの口調で
「リィズがいるから安心。豪華ヘリに乗ったつもりでよい」
「な、なんか、反対に怖いんだけど。そのヘリは有名なカプなんちゃらな会社の物じゃないよね?」
にわかに暗雲がモクモクと現れる感じがします………。それにリィズは試験戦闘に入れるのかなぁ。
おばさん、もといハグルマさんは気にしていなさそう。そして参謀さんが優しい笑みで食堂へと案内してくれることになった。
海軍じゃないけど、やっぱり艦なのでカレーが美味しいらしい。わぁい! 私カレー大好き!
先程までの不安を忘れて、笑顔でリィズと手を繋いで、てこてこと私たちは食堂へと向かうのであった。