505話 キノたんの午前
ピヨピヨとひよこの鳴く音がして、ベッドのフカフカ布団に埋もれて寝ていた幼女はパカリと目を覚ました。
埋もれるような布団から、ちっこい紅葉のようなおててを突き出して、んしょんしょとヒヨコ型目覚まし時計のボタンを押そうとすると、目覚まし時計はちょこまかと動きだして、その手から逃れようとしちゃう。
「む〜、サイキックブリッツ!」
ちょこざいな目覚まし時計めと、超能力を発動させて半透明の弾丸を作りボタンへと向かわせる。もちろん目覚まし時計を破壊する威力ではなく、ボタンを押下できる程度の威力だ。
漫画とかみたいに、いちいち破壊なんかできないのだ。勿体無いし、ヒヨコ型目覚まし時計はお気に入りでもあるし。
ピヨピヨと鳴きながら歩くヒヨコの頭にサイキックブリッツは見事命中して、ポフンと動きが止まる。
「やれやれでつ。もう一度寝るでつ」
布団に頭から潜って、また寝ようとする幼女。
「駄目でつよ、そろそろ起きないとキノたん」
同じベッドから、同居の千春があくびをしながら注意をしてきた。相変わらずの真面目っ娘である。
「幼女はたくさん寝て成長するもんでつ」
寝ましょうよと、布団をパタパタさせて、誘惑しちゃう。だって、まだ7時であるのだ。
「それもそうでつね。ねましょ〜」
あっさりと寝ることを決めて、布団に潜り込む千春。幼女は誘惑に弱いのだ。しかも今は秋に入ってちょうど涼しくて布団が恋しい季節に入ってきたのであるし。
「いいんでつか〜」
「アタシし〜りゃない」
「寝る……」
ベッドから他の幼女たちの声もしてきたりするが、誰も起きようとはしなかった。夢の中へダイブでつ、と微睡みに堕ちようとしたキノは、廊下をパタパタと歩く微かな音に気づく。
「まじゅいでつ! 今日は四季ママは家にお泊りしていたんでちた!」
バッと布団から起きるキノ。合わせるように千春、千夏、千秋、千冬も起きだす。
いしょげいしょげと、五人で服を着ていく。
「キノたん、寝癖ついてまつ」
「千夏たん、口元にヨダレの跡がありまつよ」
「やっぱりねむゅい……」
「今日のお服可愛いでつか?」
「朝ご飯……」
四季配下の幼女五人。ドライたちは、一つのキングサイズベッドに仲良く寝ていたりする。それはもう紳士な人ならば垂涎者の可愛らしい寝姿があったり。
ドライたちはひとりひとり家を用意されていたが、幼女が寂しく一人の家に住める訳がなかった。なので自然と五人グループとかで一緒に暮らしているのだ。そのグループもコロコロ変わったりする仲良しさんだが。
そうして、たまにママツヴァイがそのお家に泊まりに来たりするのだが、今日はキノたちの家に四季が泊まりにきたのだった。
ちなみにツヴァイたちは、ドライたちの見本となるべく仲良く一人暮らしをして、抜け駆けがあればすぐに連合を組んで争っている。ドライたちへの教育に悪いかといえば、反面教師にすればと、どこかのおっさんが偽本部の五度目のレストラン崩壊後に言ったとか、言わなかったとか。
ちなみにその時は、お仕事忙しそうだねと、大量の書類を片していた二人のツヴァイとお疲れ会にとレストランにおっさんが行ったら、なぜかレストランが崩壊したらしい。ツヴァイママはある意味仲が良すぎである。
ガチャリとドアノブが回り、ドアが開くと四季が顔をだす。
「おはようございます、キノ、春夏秋冬。起きていますか?」
もちろんドライたちは、おはようございまつと、一斉に挨拶を返すのであった。
テーブルに乗っている朝ご飯を皆でとりながら食べる。大皿がいくつもあり、そこにはパンケーキが山ほどあったり、かと思えばおにぎりがたくさん置いてあったりする。
ドテンと置かれているのは、オレンジジュースやアップルジュース、ミルクにお茶とお味噌汁とバリエーションも豊富で、量も大量にあった。
「これでお料理は全部でつよ〜」
千春が可愛らしいちっこいエプロンを着込んで、自分の身体が隠れる程の大皿をテーブルへと、ホイッと置く。今日は千春が食事当番なのだ。
ドライたちはその見かけとは違い、大量にご飯を食べる。幼女は成長期なのだ。なので、総て活動エネルギーへと変わり、太ることはない。全女性が羨む能力持ちなのだった。
キノはクールな幼女なので、つつしまやかに特大パンケーキを五枚重ねてメイプルシロップをたっぷりとかける。
「クールなアタチは朝はパンケーキなのでつ」
えっへんと、ナイフで五枚まとめてざっくり切って、フォークをぶっすりと刺す。
あ〜んと、ちっこいお口でパクリ。甘いシロップとパンケーキのふわふわした感触と小麦の味が相性が合って最高でつ。これぞ、できる幼女と頬をリスのように膨らませて、幸せに浸る。
「皆、ちゃんと野菜も食べるのよ」
ドスンとテーブルに大量の様々な野菜が乗ったサラダがこれまた大きいボウルに入れられて置かれた。
四季ママがフンスと息を吐いて、持ってきたのだ。
「ママ、アタチたちは好き嫌いをしても大丈夫な存在でつ」
千春がサラダを見て、うげっとなった顔で反論する。なにしろこのテーブル、自分たちの好きな物しかない。野菜はお味噌汁に入った大根ぐらいであった。
だが、ドライたちにとっては問題ないのだ。好き嫌いをしても身体に良くない訳ではない。元気に暮らしていけるのだから。
「駄目です、千春。そういった人間離れした食生活をすると、必ず後々にトラブルになります。人間たちが疑問を持ったらいけないのです」
「え〜! アタチお野菜は変身してる時だけしか、モゴモゴ」
千春は反論虚しく、口に野菜を入れられる。よくよく見ると生のピーマンが入っているでつ! なんとか回避しないと……。
「残念だなぁ、アタチは和食に朝食は決めているんだぜ。和食に合わないモゴモゴ」
おにぎりにお味噌汁、あと甘い卵焼きだけを頬張っていた千夏も野菜を口に押し込められる。ムムッ、生の玉ねぎも入っているでつ。苦手な物ばかり!
「和食には漬物がつきものでしょう? たっぷりとドレッシングに漬けてあるので、食べなさい」
かなり苦しい説明だが、四季ママが絶対に野菜食べさすママになっていることは理解できて、思考をぐるぐると回転させる。なんとか逃げる方法は……。
千秋と千冬は諦めて、普通に大皿からサラダをとっている。諦めが早すぎる二人でつ。
だがキノは違うのだ。いつも大人たちの騙し合いの政治の世界にいる幼女は違うのだ。
「アタチもサラダ食べようっと。美味しそうなサラダでつね」
サラダ取り分け用の木製のフォークとスプーンを使い、サラダを取る。ここで注意することは、ちまちまと少しずつとって目立たないこと。ガバッと取るのが秘訣でつ!
そうして自分のお皿にサラダをのせて、パパッと口に放り込む。芋虫になった気分でつが、笑顔で美味しいと食べるんでつ!
ムシャムシャと食べるキノを見て、四季は労るような優しい笑みで話かけてくる。
「美味しいですか、キノ?」
「とっても美味しいでつね! サラダ最高!」
モッシャモッシャと、嫌いなお野菜なので口いっぱいに入れて食べる幼女。
四季はうんうんとキノの頭を優しく撫でる。勝った! やったでつねと、幼女は内心でガッツポーズをとる。フフフ、やっぱりできる幼女は違うのでつ。
「なぜか、玉ねぎとピーマンだけ入っていないようなので、たくさん入れてあげます。さ、どうぞ」
「ゲフッ! なんでわかったんでつか、ママしゃん……」
そう、キノはサラダをとったが、レタスやキュウリをたくさんとって、嫌いな物は避けていたのである。たくさんサラダを食べればわからないだろう作戦だったのだ。見事に看破されたけど。
「どうして完璧な作戦が見破られたのでつか……。ガクッ」
山盛りサラダに玉ねぎとピーマンが入れられて、ガックリと肩をおとす幼女であった。
「キノしゃん……。バレバレでつ……。お皿にあんだけ玉ねぎとピーマンだけ残していれば……」
「え、と、食べている表情も不味い物を無理やり食べていますという顔でした。まさか笑顔のつもりだったんですか?」
千秋と千冬が自分たちも不味いサラダを嫌そうに食べながら、呆れた表情で見てくる。
「うぅ………アタチの偽装は幼女レベルだったんでつね」
最後にオチをつけて、キノは朝食を終えるのであった。
四季ママの手元に光るモニター。それと同じ内容が宙に浮いているので、キノたちはふむふむと頷く。
「まぁ、今回の仕事は簡単です。水無月の屋台支援組合に横槍を入れて、普通に一般のお店も支援するようにもっていけば良いでしょう」
モニターの資料を捲りながら四季ママが言うので、フンフンと幼女たちは頷く。
「銀行の融資とは別に食材や物資を色々と都合できる大型市場を作ろうと水無月が提案すれば一番良いのですが、資金面に人材を整えるとなると、二の足を踏むことは間違いないですので」
ドライたちは、四季ママの新たなる作戦にコクリコクリと舟を漕ぐ。
それを四季ママは見て、まぁ、いつものことですねと、モニターを閉じる。
「いつも通り、キノは指示役のツヴァイの言うとおりに話せば良いです。アドリブも適当に入れて良いですよ」
「あ〜い、水無月お爺ちゃんが……なんとかするから、適当に言っておけばいいんでつね、了解でーつ」
「会議は午後ですからね。任せましたよ」
もちろん適当にアドリブを入れて、なんか腹黒い木野役をやっているのは慣れているので問題はない。はーい、とちっこいおててを挙手させてキノは平坦なる胸を叩くのである。
「交代しなくて良いの?」
「大丈夫でつよ。忙しい時は頼みまつ」
千春の心配げな問いかけに、にっこりと微笑みで返す。最近忙しい時は他のドライたちに木野役を変わって貰ってるのだ。幼女はあんまり忙しいとパパさんが心配しちゃうので。
「あ、私はしばらく作戦にでるね………」
千冬が手をあげて伝えてくるので、コクリと頷く。そうして他のドライたち同様に、キランと目を輝かす。
「おやつはとっておいてね? 食べたら駄目だからね?」
バレていたみたいでつ。おやつはプリンとナインたんから教えられていたのに。
おやつタイムにナインたんがいつも作ってくれるお菓子はサイコーなのだ! なので千冬がいないと聞いて喜んでアミダくじでもやって、千冬のあまったおやつを貰おうとしたのだが、読まれていた模様。
「おやつの話はまたあとでにしなさい。では私は行きますが、なにかあったら、なんでも言うんですよ」
四季ママがアタチたちの頭を優しく撫でて、微笑むので、エヘヘと笑顔で返す。
「四季ママとパパしゃんの子供だから、大丈夫でつ!」
「そうですね、貴女たちのことを信用しています」
その言葉に嬉しくなって、今日も頑張ろ〜! と皆でちっこいおててを掲げちゃう。
それではと四季ママが帰って行ったので
「アタチたちも準備しまつか」
変身と呟くと同時に、エリートの男へと早変わり。千春たちも
「それじゃキノたん、頑張ってくださいね。アタチたちは今日なんもお仕事ないでつので」
千冬以外はあっさりと仕事がないと言って、遊びに行くのであった。
仕方ないなぁと木野はのんびりと家を出る。宝石のような美しい巨大樹の下にある家から。
もちろん本当の本部に住んでいるのだからして。




