502話 セコい聖人とおっさん少女
ノアは先程と違い、恐ろしく真剣な表情となっていた。もはや勘違いをしようがなく、この相手がただの女神からの贈り物でないと感づいたのだ。
この少女はノアと違い未完成だ。たんに力を内包した同種の上位存在が吸収するだけの者だと、当初は考えていた。力落としの穴に引っ掛かり、その存在に気づいた時は歓喜した。自然に生まれるレベルではない存在だからこそ、女神からのプレゼントだと思い込んだ。
失敗した上に力をほとんど使ってしまった自分を蔑んだ目で見て去って行った女神ニ柱。だが見捨た訳ではなく、力の回復をさせるべく去って行ったのだと少女の存在を知り、そう考えた。
事実、この世界に女神たちが最近訪れた感じがするのだから。
だからこそ、あっさりと吸収して終わりのはずであった。
自分に攻撃が効かず、慌てふためく哀れな少女のはずであった。
カラクリを見抜いても、今度はその戦闘知識を逆手に取り、倒す予定であった。
全て打ち破られて、今は自信満々にその少女はノアの目の前に立っている。
間違いをしすぎたらしい。少女はそう言ってきた。その言葉に違和感を感じる。この少女は吸収されるだけのはずであったのに。
だが……だが……。もしも反対ならば?
まさか新たな候補者なのだろうか?
知識も力も足りないという、ここまで不完全な存在なのに?
この少女は異質だ。女神は過去に失敗した候補者のことも教えてくれた。だが、その中にここまで周りのことを考えずに、自身の力のみを高めることを考えた者がいただろうか?
否。否だ。なぜならば最初に扱えきれない程の力を貰えるのだから、そんなことを考える者がいたはずがない。
なによりも、この少女は善ではない。周りの人間たちも、路傍の石のように感じている感覚がある。なぜかそれは絶対の感覚でないのが不思議だが。
やはり女神からのプレゼントなのだと、ノアは考えてはいけないことを考えたために、その記憶は片隅に隠し、この異質なる少女を倒すことに全力を傾けるのであった。
格闘なぞ上回られても、ほかに倒す方法はいくらでもある。なにせ、ここは自分の神域なのだから。
考えを無理やりまとめ上げ、ノアは真の力を使うことに決めた。
真剣な表情で、ノアが後ろへと下がっていき、はぁぁぁ、と掛け声を上げて力を貯め込む様子を見せる。
どう見ても、第二形態とかになりそうな感じです。ありがとうございます。
遥はその様子を見て、今のうちにダメージを与えちゃおうと考える。ゲームと違って、無敵時間とかはないはずなので。
その意を受けて、レキは間合いを詰めて攻撃を加えようと、身体に力を込めて前傾姿勢となるが
「これは?」
間合いを詰めるのをやめて、ノアの様子に多少驚く。なぜならば、港に停泊していた宇宙戦艦でもあるノアシップの多くが空中に浮かんで、ノアを囲み始めたからだ。
「すいません、少女よ。私の真の力にて貴女を倒すと決めました。大人げない行動ですいません」
10キロの長さを誇り、なにと戦うつもりだったのか無数の砲台が搭載されているノアシップ。その艦が8隻は停泊していたのに、それが全て浮かんでノアへと集まっていくのは、壮大な光景であった。
「スルメイカがノアを囲んでいく……」
遥の一言で壮大でなくなった感じがするが。なぜに、このおっさんは常に一言多いのか。
スルメイカの群れはノアの周りに浮き、どうやら合体とかはしないみたいなので、つまんないと頬を脹らませるご不満な可愛らしい少女がいたが、ノアはさらに海水を噴き上げさせて、身体を覆う。
海水は巨人の形となり、ノアの姿は見えない。その巨人は口を開き、周りの空気を吹き飛ばすように、雄叫びをあげた。
「私こそが、この海の世界を支配する大海王ノア。全ての者たちよ、ひれ伏しなさい」
その言葉を聞いた者たちは、自分の意思とは別に膝をつきひれ伏してしまう。
「か、身体が勝手に!」
「なぜなんだ!」
「あいつがノアだって?」
ざわめき動揺の声をあげながら、人々はなんとかひれ伏すのをやめようと身体を動かすが、どうしても抜け出すことはできない様子であった。
ノアは満足げにその様子を見ながら、片手をあげて宣言した。
「私の子孫たちよ。私は帰ってきました。この少女を排したあとに、再び世界のやり直しをしたいと思います。喜んでください、善人が生きる楽園をもう一度作るのです」
優しい声音での宣言。しかも異様な力を持っていると思われる巨人。その言葉がハッタリではないと人々は理解した。
理解したために、もちろん人々は狂乱した。
「ギャー! 俺は善人じゃねえ〜」
「善人って、どういう括りなの?」
「幾ら払えば免罪符は買えるんだ?」
当然であるが、人々は自分自身を善人なのだとは考えていなかった。というか、ノアの伝説を聞くに、洪水後でも碌でもない人間ばかりになったと思われるため、今度は善人ラインが恐ろしく高いんじゃと、戦々恐々し始めた。
「ふむ……この海に支配された世界ならば、少ない物資を分け与えて暮らす善人のみとなると予想していたのですが……。善人を探すのが大変ですね」
ノアは自身の勝利を硬く信じて、その先、即ち少女を吸収したあとのことへと思いを馳せる。
自分たちの子孫を連れて、楽園の生活を始めた古代。善人たる自分の一族なればこそ、争いがあっても話し合いで最後は仲良くなると信じて裏切られたので、次は環境を厳しい海だけの世界へと変えて、善人ではないと生き残れない世界とし、そこで自らの力が尽きてしまった時。
思ったより、善人は少ないようだと、恐怖で狂乱する人々を見て苦々しく思う。善人を探すのが難しいだろうと、どのような方法で今度は探そうか考えるノア。
「善人なんかいませんよ。いるのは、ただ貴方の呪いを受けた操り人形がいるだけです」
静かな平坦な声音。その声は鈴の鳴るような可愛らしい声であったが、寒々しさを感じさせる少女の言葉がノアへとかかる。
「……私の呪い? 意味がわかりませんね。私はこの世界へ加護しか与えていませんが?」
呪いと言われて、カチンときたのか多少怒った感じのノアが聞いてくるので、遥は目を僅かに細めて伝えることにした。気になっていた事柄を。
この世界に来て、ずっと感じていた歪みを。
「マテリアル式機械を渡したのは、まぁ、良いんじゃないですか? 私ならタダでは渡さないですが。でも、なんで人々がこの世界に生まれる時に介入をしていたんですか? 自身の力を磨り減らして、人々へ超能力と貴方に逆らえないように、魂レベルの介入をしていたんですか?」
フゥ、とノアの巨体と比べると蟻より小さいかもしれない小柄な少女は息を吐く。
「それをやるなら、自分の眷属だけにしておけば良かったのに、眷属を作らず、さりとて魂への介入をした人間を眷属にする訳でもなく」
そう、色とりどりの髪の色を持つこの世界の超能力者たち。神隠しでやってきた人間の子供も同じように超能力者となっていた。それらは全てノアの介入があってこそだった。超能力を与えて、自分に逆らえないようにしていたのだ。
「絶対者へ逆らえないようにするのは当たり前じゃないですか? なにか変なことでも?」
ノアは心底不思議な様子で、問いかけてくる。疑問に思うことではないのだろう。
「そんなことをして、人々が歪み人間ではなくならないように、そして停滞する文化のカンフル剤として、地球から人々を攫って来ていましたね? その中に力を持つ人間がいれば吸収するつもりもあって」
「年に数人がこの世界に紛れ込めば、安泰するんだ。眷属にして不老になっても困るし、不滅の存在でなければ、無理やり力をあげた人々は将来的に人間とはまったく違う種になってしまうから、仕方なかったんだよ」
「そうでしょうね。貴方の世界は最初から歪んでいた。なにからなにまで、自分の物にしているのに、まるで自由意思を人間モドキにあげたフリをして、楽園が崩壊したら自分のせいではないと言い張って」
はぁぁぁ、と深く嘆息しちゃう。マジでこんな候補者ばかりだったのとモニターを見るが、美しい景色をお楽しみくださいと表記されて、放送事故時の代替映像みたいな景観の良い景色になっていた。
おっさんの世界も一緒では? おっさんは最初から裏切らない眷属にしているのだ。自由意思は根本的な部分で与えていない確信犯であるのだ。本当にそうなっているかは、適当なので不明瞭だけど。
この手の奴には話し合いは無理である。話し合いをするつもりもないけどねと、遥はレキへとゴーを出す。
「玩具の世界を作っては壊す愚か者さん。真の馬鹿さを見せつけてありがとうございます。そしてさようならです」
レキはもはや戦いは終わったとばかりに、つまらなそうな表情で告げる。
「この姿を見ても、そんなことを言えるのは凄いね、貴女は。だけども、こんなこともあろうかと用意しておいたノアシップガンビットモードを搭載した私の敵ではないよ」
ガンビットモードにしては巨大すぎるノアシップを宙に浮かべてノアは言う。巨大すぎるガンビットが地表を影で覆う中でノアは身構える。
「兵器ならば、先程の格闘なぞとは関係ないんだ。あぁ、初めて兵器を女神に貰った時の感動! わかるかい?」
「貴方が馬鹿なのはわかりました」
レキは自らのスナイパーライフルを取り出して、水の巨人ノアへと向ける。
「まさかそんな銃で、このガンビットに敵うとでも? やはりただの力の存在であったんだね。違って良かったよ」
候補者ではなかったか、とガンビットと言い張る巨大戦艦をレキへと向けるノア。何百何千もの砲台がレキを狙い
「神技 ゴッドノアアタック!」
捻りもなく、その力を発動させる。一斉に攻撃を始めるノアシップ艦隊。光の豪雨がレキへと襲いかかるが
「サイキック」
ぽそりと遥が呟くと同時に最強たる念動力がレキの細胞の一つ一つ、その魂を補強していく。
レキはその力を感じて、淡い微笑みを浮かべて引き金を弾く。
「超技 レインスナイプ」
圧倒的な敵の砲撃の前に、カシンと引き金が弾かれた銃からはちっぽけな銃弾が撃ち出された。敵の攻撃の前に絶望的な抵抗と見えるあまりにもちっぽけな銃弾。
ノアはその様子に苦笑して、やはり考えすぎだったかと思ったが、銃弾から光の糸からなる束が生まれて、ノアシップの砲撃を全てうち貫くのを見て、表情を変える。
「あんなちっぽけな銃弾なのに!」
驚くノアへと輝きながら光の糸は増えていき、あっさりとノアシップも水の巨人も覆っていく。
「知らなかったんですか? そんな見かけだけの玩具の艦隊よりも、この銃の方が格が上なんです。」
淡々と銃を見せながら告げる。人々の乗り物程度の玩具では大きさが違っても、力が違うのだと。
「そんなことが……教えてもらってな……」
水の巨人ノアは光の束に埋もれて消えていき
「わ、私のやり直しは……」
水の巨人からボロボロになって出てきたノアは足掻くように手を突き出して、その手も身体も光の束に覆われて、世界の全てを自分の玩具としていたセコい聖人は絶望の表情で滅びるのであった。
パラパラと、ガンビットと言い張る艦隊も灰に変わって消えていき
「遂に大魔王を倒す方法が見つかりました」
空を仰ぎ、レキは希望に満ちた表情を浮かべる。
「ねえ、レキ? こいつは大魔王の前の魔王とかじゃないからね? ねぇねぇ、大魔王って誰なのか教えてくれないかな? ちょっともう寝る? いやいや、金髪ツインテールな大魔王じゃないよね?」
遥は慌てるようにレキへと尋ねる。真の姿にしては、変身前の方が強かったノアのことはもう記憶から削除をして、レキは新たなる戦いの予感に震えるのであった。
「奥さん? ちゃんと教えてくれないかな? おくさーん」
周りで見ている人々は、光の束が粒子となって、風によって舞い散る神々しい光景に見惚れていたが。




