500話 激突!神対おっさん少女
空に浮く二人。一人はギリシャ彫刻の英雄みたいな男。もう一人は子猫のように保護欲を喚起させる可愛らしい幼気な少女。
もう見るだけで、少女の勝ちでいいと思われる。昔の二枚目男性なんかいらないのです。今は何事も少女が勝利する時代なのだ。戦艦や歴史上の人物が少女になっているのを見れば、男性キャラなんていらないのがわかると思います。
遥は相変わらず、シリアスな場面でも斜め上な思考にて、そんなくだらないことを考えていた。実におっさんらしい。
レキとノアはそんなおっさんとは別に、睨み合っていた。いや、厳密にはノアだけが微かに苛立つように睨んでおり、レキは眠たそうな目で相手を見ているだけだったけど。
ノアは睨むのをやめて、柔らかい笑みへと口元を変えて、レキへと余裕な表情で告げる。
「さぁ、自分の力を作り出したとか、妄言を言う少女よ。勘違いした君の相手をしてあげるよ。私は戦いは好きではないが、それでも神より頂いた力を見せよう」
「先手を頂けるとなれば、遠慮なく」
レキはその言葉に遠慮なく倒しにいくことにする。粒子で形成された翼が翻り、羽の輝きが空中に残った瞬間には、瞬時にノアの懐に入っていた。
「シッ」
微かに呼気を吐き、小柄な身体を浮かせて自分よりも二倍は大きいノアの胴体へと拳撃を打ち込む。
身体がぶれて、視認も人にはできないだろう攻撃。瞼が瞬く間に胴体へと打ち込まれるはずの一撃であったが、既にノアは身構えて、野球のグローブでもつけているのかと言うほどの大きさの手のひらで受け止める。
ズシンと重みのある手応えを感じたレキは、今度は無効化などがない、正常な防御であると感じて、さらに身体のギアを上げて連続打を打ち込む。
左の突きからの右ジャブ、防がれたと見るや左キック、その反動にて身体を回転させて斜め上からの右キックを降り下ろす。
まるで旋風の如し攻撃だが、ノアは両手を駆使して防ぎきった。が、最後の右キックに左ガードを行い体勢が悪くなったためか、右拳撃を苦しい体勢で打ち込んでくる。
その隙をレキは逃さずに、相手の拳撃に左手を添えて螺旋の動きで受け流し、遂にクリーンヒットのカウンターをだそうとしたところ
「受け流しながらのカウンター。そうくるよね」
ノアは穏やかに微笑みながら、拳撃をピタリと止めてレキの受け流そうと添えていた腕を中途で掴む。
想定されていたと、レキが僅かに目を見開いて驚く中で、掴んだ腕をそのままに勢いよく投げ飛ばされてしまう。
その投げ飛ばしは強力であり、体勢を崩されたレキが空中で止まろうとするが、既にノアは両手をレキへと向けていた。
「神技 ダイアモンドダストスプラッシュー!」
その両手から氷の粒が生み出されて、文字通りスプラッシュとなってレキへと襲いかかる。
「念動障壁」
遥は名前長すぎだろと内心でツッコミながら、防御障壁にて対抗しようとするが、空中より生み出された蒼い半透明の障壁は溶けるように、敵の超能力を受けて消えてしまい、そのまま直撃して高層ビルに吹き飛ばされて、ビルを瓦礫に変えて埋もれてしまうのであった。
その様子を見て、ノアは悲しげな表情を浮かべて、飛んで瓦礫の前に移動する。
「どうだい? 神の圧倒的な力がわかったかい? 私は悲しいよ、こんなことをしなくてならないなんて」
またもや、両手を掲げてオーバーアクションで嘆くノアであったが
「ならばなぜ戦う力を吸収していたのですか? 話し合いをしようとは考えてもいませんでしたよね、独善者さん」
瓦礫の中から聞こえてくる少女の言葉にピクリと眉を動かす。
「残念ながら、話し合いで終わったことがないんだよ。なので、力を見せつけるんだ」
あぁ、悲しいと顔を覆うノア。それをレキは冷ややかな視線で言う。
「それは貴方が本当の善人ではないからです。自分の正義を相手に押し付けるだけだからでは? 否定する者を排除してきたからでは?」
その言葉にノアは顔を覆っていた手を離して、冷笑を浮かべる。
「悪人に限って、言葉巧みにそのようなことを言ってきたよ。幸い私は神の使徒。そんな甘言には乗らなかったけどね。その言葉を使う者を私は全て神罰で討ち倒してきたんだよ」
「……つまらないことを言ってしまいましたね。ではもう一度試しますか」
瓦礫が砕けて、ところどころダメージにより血が出ているレキが飛び出てくる。ノアはその姿を見ても、余裕の笑みを浮かべるのみ。
「次はこれでいきます」
ノアの手前で切り替えして、ステップをとるレキ。そのまま無数の残像をノアの周囲に生み出して、斜め後ろから右ストレートを打ち込む。
ノアはその攻撃に対応して、くるりと振り返りあっさりと弾く。残像の影に潜り、レキは左斜めからの拳撃、真横からのローキック、上空からの踵落としと縦横無尽に攻撃を繰り出すが、ノアも両手で捌き、ローキックを自身の足で受け止めて、踵落としをカラダをスウェーさせて躱しきる。
「むぅ?」
レキは完全なる防御に戸惑うが、虚を突く体勢になったと予想して、正面からの正拳突きを繰り出す。周囲へと意識を分散させて、正面からの一撃は意識の隙になるはずであったが
「周囲に意識をずらしての正面からの攻撃なんだよね」
その攻撃は読まれていた。ノアは横にずれて回避すると、右腕に力を入れ込めて、自身の技を繰り出す。
「神技 リヴァイアサンファング」
右腕に大量の水が集まり、魚の頭となって、その獰猛な牙をレキへとぶつける。
咥え込んだレキをそのままに、右腕に力を込めて叫ぶ。
「神技 リヴァイアサンスプラッシュ」
大量の水が右手から生み出されて、レキへとゼロ距離にてぶち当たる。そのままレキは水の暴流に流されて、高層ビルを何個も突き破り、地面へと轟音と共にめり込むのであった。
「あぁ、私の子孫よ。巻き込んでしまってごめんなさい。だが、力を取り戻した暁には、平和な楽園を今度こそ作ると約束しますので」
壊れた高層ビルに、砕かれた家屋を見て、そこに住んでいた者たちを想い、ノアは力強く拳を握り未来の楽園を決意する。本心からのその想いはノアの輝かしい未来を予想していた。
「巻き込んで……。そんな考えを持つなら戦う場所を変えるか、旦那様のように準備をしておけば良いと思うのですが」
瓦礫をパッパッと弾きながらレキは崩壊した周囲を見ながら言う。そうして、瓦礫からは段ボール箱に天使の羽を生やした紙天使が現れる。段ボール箱には人が詰まっている様子。
「私も簡易天使部隊を作ったんです。ティッシュケースの天使よりも強いですよ」
えっへんと胸を張り、もう少し違う物で天使を作れば良かった遥は宣う。なぜいつも段ボール箱推しなのか。前世は段ボール箱であったのだろうか。
「家屋の弁償は貴方につけておくのでよろしくお願いします。あ、それとリフレッシュ」
ポゥと光に包まれるレキであったが、その体はあまり回復をしなかった。怪我などは消えたが、ダメージは身体に残っている。
「なるほど、最大HPが膨大過ぎて回復が追いつかないんですね」
レキはふむふむと納得する。最大HPと攻撃力が高すぎて、回復が役に立っていない。9999のダメージを受けているのに999の回復量しかない感じ。
「私の子孫を助けてくれるとは、なんて慈悲深い! その慈悲深さも私の一部として生き続けていくことでしょう」
大袈裟に喜びを示して、ノアは満面の笑みになる。
「なんというか、性格破綻者ですね、旦那様」
「そうだね。昔にこいつが選ばれた理由をとことん顔を突き合わせて、あとで聞くとしようか」
「ご主人様! それじゃあとで突き合わせて」
サクヤが訳のわからないことを言ってくるので、スルーしておいて戦いの不自然を思う遥だが
「大丈夫です、旦那様。まだまだ小手調べですので」
ムフーッと鼻息荒くボロボロになっているのに、強がるレキである。
「再度の戦いを臨みます」
「やめておいた方が良いよ、少女よ。君では私に遠く及ばないことがわからないのかな?」
優しい口調で、子供をあやすようにノアが言うが、レキはクスリと笑って再度突撃を仕掛けるのであった。
ルキドの街はカオスの世界になっていた。空には段ボール箱が天使の羽を生やして飛んでおり、その中身は避難している人っぽい。機械都市の名前を冠にした工業街は空を飛んでいる二人に巻き込まれて、崩壊の一途を辿っている。
復興するにも、たくさんの資金や資材が必要に違いないし、人も必要に違いない。
「こんなことって、こ、こんなことって……。どうしよう?」
水兵ルックの舞はこの状況を見て、そんなことを呟く。今もなにやら翼を生やしたレキが、化物の親玉のような奴に突撃していって、あしらわれて吹き飛んでいく。
そのたびに瓦礫の山は増えていくという容赦のなさだが、さりとてルキドの兵士たちは近づけもしなかった。なにしろ近づいたら、身体は畏怖で動けなくなり、兵器も敵に操られる始末。
対抗しようがないのだ。身体が何故かあの男を見ると畏怖で動けなくなるのだから。
相手が触れてはいけない相手だとわかっているみたいに。
なにかやり直すとか叫んでいるが、その意味合いがなぜか恐ろしいものだとわかるので、レキに頼るしかあるまい。
あの少女は何者なのだろうか。二人共に恐ろしい力を持っているみたいだが。
疑問に思う舞に、ガシャンガシャンと卵を背負う海老みたいに、シスが乗っているエビフリート艦が歩いてきた。ちなみに卵とは段ボール箱のことである。
「おーい! こっちだよ〜、こっち!」
おぉ〜いと手を振ると、エビフリート艦はこっちに気づいて、ノシノシと歩いてきた。
ハッチを開けっ放しで、シスがこちらへと声をかける。
「ここらへんはまだ危険ですから、もう少し離れておきましょう」
「は〜い。ところであそこで戦っているのはレキだよね?」
「そうであります」
ウンウンと頷いて、舞は尋ねる。
「レキって、何者? 地球人?」
「う〜ん……地球の女神といったところでありますね」
苦笑しながらシスはレキがどんな娘なのか伝えることにした。
「アホなところもありますが、優しい心を持つ愛すべき女神ですよ。そしてその力は最強です」
「今、やられているけど、最強?」
「えぇ、最強の意味がすぐにわかりますよ、きっと」
空に段ボール箱が飛んでいる中で、決め顔でそう伝えるシス。その表情には一欠片の影もなく、レキを信じている表情である。背景が最悪だったけど。
「ねぇねぇ、そのバニースーツも意味がわかる?」
舞がウサギ耳がピコピコと動いて、格好もバニースーツでちょっとエロいシスへと恐る恐る尋ねる。
「このスーツの意味は永遠にわからなくて良いでありますよ」
シスはきっぱりと答えて、避難しますよとまたエビフリート艦を歩かせる。その後ろに舞がレキ以上に気になるんだけどと叫んで追いかけるのであった。
そんなコントが舞たちによって行われていたが、レキはノアとの戦闘で何度目かの吹き飛ばしを受けて、立ち上がっていた。
「もうボロボロじゃないか。楽に倒してあげるから、抵抗をやめてくれないかな?」
「あぁ、これぐらいは問題ありません。だいたい意味は理解しましたので」
埃塗れになりながら、レキはふふっと笑みを浮かべるのであった。