490話 騙し絵と死の坩堝
戦闘が終わり、砂浜では兵士たちが忙しく走り回っていた。周囲の砂浜は弾痕により荒れており、防ぎきれなかった爆弾により、いくつかの駐車していただけの稼働していなかった車両が燃え尽きている。
包帯を巻いた兵士が座り込み、物資のコンテナが破壊されたために破片が周囲に散らばっていた。斥候班が真剣な表情で武器を確認しており、装甲車が未だに周りを走り回り警戒していた。
「衛生兵! こっちを頼む!」
「敵は未だに散発的な攻撃をしてきている! 追撃の小隊を編成しろ!」
「食料コンテナが一部吹き飛ばされた! 追加のコンテナの申請を……」
様々な掛け声がして、周囲は緊張状態になっており、今までとは違う戦争の様子を示している。戦いには勝ったが、それでもかなりの物資の被害を出していた。死者がいないのが不思議なぐらいの敵からの奇襲攻勢であった。
「フィールドってのが、どれだけ効果的かわかるね」
ビーフジャーキーを口に加えながらコマンドー婆ちゃんは焼け落ちたバギーの上に乗って呟く。これでフィールドがなかったら大勢の兵士が死んでいただろう。
「いやはや、奇襲攻撃を受けるとは考えてもいませんでした。敵が軍人なのもねぇ。これは困りましたよ」
「レーダーが働かない理由は判明したのかい? 同様の奇襲は金輪際受けたくないんだがね」
じろりと隣を見ると、昼行灯がヘラヘラとやる気のなさそうな表情で笑いながら話をかけてきた。目が笑っておらずに真剣な光を持っているので、自分の指揮のまずさを自覚しているのだろう。
「騙し絵、といったものを知っていますか? まるで本物そっくりな絵なのですが、なかなか馬鹿にしたものではありません。その騙し絵のような物を被りながら敵は行動していたみたいです」
「そんなしょうもない物でレーダーが誤魔化されたのかい? 信じられないね」
「たしかにおっしゃるとおりです。ですが、この騙し絵は巧妙でして、敵のレーダーから欺瞞する性能を持った……まぁ、書き割りみたいな物なんです。書き割りって知っていますか?」
苦々しい笑みへと変えながら言う昼行灯の言葉に呆れる。
「劇とかで使うベニヤ板の背景画だろ? そんなもんで欺瞞されるのかい?」
「それがこの書き割りの巧妙なところで、ノイズの入ったレーダーが確認すると本物の地形にしか見えないんですよ。何も存在しない、ね」
「そんなもんを被って行動するなんざ、アホな軍隊だね。そのアホな軍隊にやられたらアタシらはもっと大馬鹿者さね」
ビーフジャーキーを飲み込み、昼行灯へと鋭い視線を向けて
「で? 敵が隠れていた原因はわかったよ。それじゃあれだけの軍隊がどこから湧き出したのかを教えてほしいね」
「本部からの科学者が解析したところ、どうやら88箇所のとある地点から続々と湧き出してきているらしいです。エネルギーの発生地点、それと空間拡張から迷宮化まで入り乱れるように点々と作られており、かなり四国は危険な地帯のようになっているようですねぇ」
お遍路さんかいと苦笑いをする。たしか強い概念はなんとかとか前に聞いたことがあったね。
「馬鹿言ってんじゃないよ。今まで安全な制圧予定地なんざなかっただろう。それをなんとかするのがお前さんの仕事だろ」
かぶりを振りながら昼行灯は痛いところをつかれましたねと、一瞬真面目な表情になり落ち込む姿を見せるが、すぐに立ち直ったのかヘラヘラ笑いに戻る。
「増殖タイプであり、力は弱い支配級と本部は言っていますが、それはお嬢ちゃんの力を基準にしているようですからアテにはなりません。なので、慎重に進軍することになるでしょう」
「……仕方ないね。それじゃあたしらもしばらくは防空かい?」
昼行灯の言っていることはもっともらしい正論である。騙し絵といった物を利用する敵ならば奇襲を恐れて慎重に進軍するのが理想的だ。
だが、昼行灯は頬をポリポリとかきながら、言いづらそうにお願いをしてくるのであった。
四国上空、徳島県の森林上をローターの無いヘリが飛行していた。眼下の森林は鹿やらウサギ、たまに犬の群れなどが見えるぐらいで特に異常は見られない。
静音で飛行している中で、輸送室に設置されている椅子に座りながら暇そうに銃の様子を確認していたコマンドー婆ちゃんに、爺さんが話しかける。
「で? 俺たちは遭難者の救出というわけだ?」
「あぁ、88箇所は大隊に分けて攻略を開始するらしいけど、その前に行方不明になった偵察部隊を探してほしいだとさ」
弾倉を外して、満タンになっていることを確認して答えると、水の爺がバングルに映る情報を確認して難しい表情へとなり口を開く。
「生存者を見つけたとの連絡から、すぐに敵襲を受けたとの報告が最後か……。これは生きているのか?」
残酷だがヘリが撃墜された場合、生きている可能性は極めて低い。それをさらに救助しに行って、その部隊が死ぬ可能性もあるのだから、疑問にも思うだろう。
アタシもそれは考えていたことなので、腕組みをして表情を厳しくする。
「昼行灯の予想だと死んではいないということさね。万が一を考えて、パイロットたちにはパワースーツを着せていたらしいからね」
「あぁ、これか。……なるほどな、この服を着ていればそうそう死ぬことはないか」
その言葉に納得する爺さんズ。自分の着ている服をしげしげと眺めて頷く。
コマンドー婆ちゃんたちも支給されたパワースーツを着込んでいる。分厚い装甲のついたパワースーツは少し動きが鈍くなるが、ワッペンとは段違いのフィールド出力と身体能力補正がついており、服自体もフィールドエネルギーが尽きても、ゾンビの攻撃程度なら傷もつかない。しかも慣性補正システムも搭載されており、パラシュートなしで降下しても地上スレスレでシステムが発動して、羽が落ちるようにふわりと着地できる。
「それでも無敵とはいかないがな。それで、消息をたった場所に無防備に向かうということか」
非難気味に土の爺がいうが、たしかに護衛ヘリもなく輸送ヘリだけで移動をしているので疑問には思う。
「大丈夫ですよ、お爺さんたち。このヘリは戦闘兼用ですし、消息を断ったヘリとは違いフィールドも倍近いですので。第二次世界大戦時の兵器じゃびくともしませんって」
パイロットがこちらへと自慢げに言ってくるが、その言葉に苦笑する。戦争に絶対はない、そして過信した者たちから死んでいくものだ。
「……武装を点検しておいた方が良さそうだ」
無事に着陸できないと考えて、風の爺が嘆息しながら、マガジンをポケットへと入れ始める。そうだなと、他の爺たちも武装を点検し始めるので、こちらとしては気楽なパイロットを心配するだけだ。
「そろそろ消息を消した地点へと到着します。機長、レーダーに異状なし」
「了解だ。それじゃ辺りを一回周回してから探索を……ん? 学校のグラウンド辺りに反応あり」
「あぁ、もう見つけたみたいですね。これで危険手当ボーナス期待できますね」
副パイロットの報告にパイロットも簡単な仕事だったと息を吐き、学校らしきグラウンドへとヘリを向ける。
「ん? 待て、グラウンドのど真ん中にいるのか?」
土の爺がその言葉に反応して、運転席へと身を乗り出して前方を見る。その顔は真剣な表情になっていていた。
パイロットは前面モニターをパネルを操作して拡大させて見せてきた。前面も強化ガラスやプラスチックなどではなく、金属の装甲が覆っているので、カメラ越しになるのだ。
そこには窓ガラスは割れて、雑草が壁を這っている廃墟の学校らしき光景が映っており、グラウンドの真ん中で兵士が手を振っていた。
「はい、意外と元気そうで安心しましたよ。これなら無事に回収できそうですね」
顎を擦りながら気になることがあるみたいで、剣呑な視線になり爺はパイロットに問う。
「お前ら、救助者の顔を知っている奴らはいるか? 俺たちは名前と人数しか聞いていないんだが」
「え? いえ……そういえばおかしいな……ヘリ仲間なんて全員知り合いと言っても良いのに、あいつらは見たことがないな?」
パイロットが首を捻って不思議そうにするので、その意味を悟り怒鳴る。
「敵だっ! グラウンドで無防備に手を振る兵士がいるはずがない。一旦上空に退避をしろっ!」
「で、ですが、あれは人間にしか、あっ!」
パイロットがレバーを握って爺へと反論をしようとした時に、けたたましいアラームが鳴り響く。
「警告ロックオンされました。警告ロックオンされました。回避コースを推奨します」
その機械音声と共に、地上の廃墟ビルから噴煙をたなびかせて、高速でミサイルが飛んでくるのが見える。
だが、ミサイルはヘリのフィールドに阻まれて空中で爆発する。フィールド出力がその一撃で7パーセント減少したことをモニターで表示させていた。
「まずいぞ! 回避コースをとります、皆さんしっかりと掴まっていてください!」
パイロットは回避をしようとヘリを傾けるが、それは既に遅かった。周囲のビルから無数のミサイルがヘリを狙って飛んできていた。
「遅いなっ! ヘリを放棄するぞっ」
パイロットの頭を掴んで、退避を指示する。
「だ、だけど、敵は第二次世界大戦の武器で、このヘリはその程度の攻撃ではびくともしないはずで」
「それじゃ敵は第二次世界大戦の武器だけじゃなかったんだろうさ。おら、全員離脱だ」
首根っこを掴み、コックピットから放り出す。副パイロットもそれを見て慌てて椅子から立ち上がり退避を始めた。
「やれやれ、これでヘリが2機損失か」
ハッチを開けながら、肩をすくめる土の爺はそのままスナイパーライフルを構えて、暴風が入ってくる中で目を細める。
「少しばかり敵兵を減らしておかないとな」
スコープ越しに見ると、廃墟ビルの中でちらほらとミサイルランチャーを構えた軍人のミイラの姿が目に入ってきていた。
それをハッチを開けて風が吹き込みバランスを崩し揺れるヘリ内で冷静に確認しながら、引き金を次々と弾いていく。乾いた音がして、ミサイルランチャーを持ったミイラ兵士の頭が吹き飛びバラバラになっていく。
「通信が効かなくなっているな。どうやら俺たちはトラップに間抜けにも引っ掛かったみたいだぞ」
「あ〜、また奇襲されるとは勘が鈍ったね」
忌々しいことに、敵は組織だっている。どのような形かはわからないが、連携できていることはたしかなので舌打ちをする。
「ミイラたちの頭に負けるとはな。俺たちも歳をとったというわけだ」
「違いない。それじゃ空の旅へと出かけようじゃないか」
「このパワースーツが仕様通りなのを祈るぞ」
周囲はミサイルの爆発音が響き、着弾により煙だらけとなる中で、コマンドー婆ちゃんたちは笑いながら脱出するのであった。
パラシュートなしで空中降下をして、普通の人が見たら投身自殺かと目を疑うだろう。風に煽られながら急降下をしていくコマンドー婆ちゃんと爺さんズ、それとパイロットたち。
ミサイルの連弾を受けフィールドが無くなったヘリが爆発して、回転しながら落下していく姿が見える。
ヘリの撃墜を確認した敵兵は今度は落下していくこちらを狙って銃撃してくるが、自然落下をするアタシらを銃で狙うなど無理な話だ。まったく命中せずにアタシらは地上へと到達しようとする。
「慣性コントロール発動。落下防止作動」
目の前にモニターが表示されて、地表スレスレで身体がフワリと一瞬浮いて落下速度が無くなりスタンと無事に足がつくと同時に近くのビルの影へとスライディングで潜む。
すぐに着陸した場所へと銃弾の嵐が襲いアスファルトに穴が空く。
小銃を構えて、攻撃してくる敵兵へと反撃する。その反撃を受けて身を乗り出して銃撃をしていたミイラ兵士たちは次々と倒れ伏す。
「敵は連携はできる。鈍いが銃撃も正確だ。ただ、ミイラだけあって身を守るといった行動はとれないみたいだね!」
「こちらの移動にもついていけないようだ。移動をしながら戦えば少数でも多数に対抗できるな」
爺たちはアタシの言葉に頷いて、同じく反撃を開始していた。パイロットたちも小銃で懸命に反撃をしながら、泣きそうな悲鳴をあげる。
「奴ら小銃を持っています! あれは最近の物、崩壊前に自衛隊が使用していた物ですよ!」
「武器も欺瞞していたんだろうさ。こちらが油断したらサクッと間抜けなヘリのように倒せるようにねっ!」
「どうする? 移動しながら倒すか? ……前言撤回、撤退するとしよう」
激しい銃撃戦の中で、元は大通りであっただろう雑草が繁茂するアスファルトの道を草を踏みしめながら戦車が姿を現した。キャラキャラと嫌な音をたてながら接近してきており、周囲にミイラ歩兵が展開している。
「戦車が一両……。倒せないこともないが、あぁ、やっぱり無理か」
後続にまたもや一両の戦車が姿を現してきたので、既に戦闘続行は無理だと判断して、周りを確認していく。
脱出路を確認するが、前面からの攻勢が激しい。やはりヘリの撃墜に合わせて兵士を潜ませていたのだ。
「あの戦車は自衛隊が使っていたタイプで名前は」
パイロットが言い募る中で、頭をポカンと叩き怒鳴る。
「戦車の名前なんざどうでも良いんだよ! アタシらだってあれが第二次世界大戦の紙装甲の日本戦車じゃないとはわかる!」
「し、しかしでつね。戦車の名前とは重要であり」
「ババアッ! どちらに逃げるっ?」
爺からのことばに考える。時間はない、周囲で逃げれる場所は……。
「こちらですっ! 佐官殿っ!」
そばにあるマンホールの蓋が開き、見慣れない顔が突き出てきて声をかけてくる。
グラウンドの方を見ると、たんに書き割りが置いてあり、顔の無い人間が描かれていた。どうやら先程の兵士たちは存在せずに、書き割りが私たちを化かしていたようだ。
こちらの兵士が本物なのだろう。
「行くよっ、あんたら!」
腰につけている手榴弾を手に取り、パワースーツの力をのせて、未だに遠く離れている戦車へと投擲する。
周りの歩兵も巻き込み爆発する中でアタシらはマンホールへと滑り込む。次々と爺たちやパイロットたちも滑り込み梯子を使わずに落ちるように降りていく。
パワースーツを着込んでいるからこそできる技だ。ガリガリと壁に服が削られるようにして全員が降りる。
床に到達するとカツンと金属音が返ってくるのに違和感を感じて眉を顰めるがそれでも到達したので、上からくる爺たちに席をゆずるために退く。
爺たちも平然とした様子で床に足をつけるが、予想外にパイロットたちも平然と降り立つのに、ほぅと感心する。どうやら鍛えられてはいるようさね。
「佐官殿っ! 無事で何よりでありますっ!」
敬礼をしながら声をかけてきた兵士はパワースーツを着込んでいるので、こいつらが救助対象に間違い無いだろう。
「助かったよ。どうやらミイラ取りがミイラになっちまったようだがね」
「いえ、これでこの地点になにかあるのを、本隊も理解してくれるでしょうし、すぐに」
兵士が答えようとする中で、後ろから血相を変えた男性が前に出てきて真っ赤な顔で怒鳴りながら、アタシたちへと古臭い銃を向けてきた。
「よ、余計なことをっ! 俺たちはなんとか暮らしてきていたのにっ!」
銃を顔に突きつけられて、またいつものパターンだねと嘆息をする。
「それは聞き飽きたよ。ご苦労さん」
さて、この不思議な場所の説明を聞こうとしようじゃないか。




