485話 機械都市を観光するおっさん少女
機械都市とは伊達ではないらしい。眼前に見える工場はメカニカルでSFチックな光景があった。即ち、工場がオートメーション化されていた。オートアームにより金属部品が次々と運ばれて、ガッチャンガッチャンと壊れたラザニアを修復していく。外れた腕や捲れ上がった装甲を貼り直していき、新品同様にする。
レキはラザニアなら私も作れますと、料理の方のラザニアをちっこいおててに持って、フンスと胸を張っていた。なぜ工場に持ってきたのかは芸人魂を持つ少女にしかわからないだろう。正直邪魔にしかならない。熱々だし。
「それにグラタンの方が私は好きなんですよね。ホワイトソースの甘い味と、ラザニアのトマトは相性が悪いと個人的に思うんです」
「ほうほう、でもこのラザニア美味しいよ。もっと食べて良い?」
舞は熱々で美味しいよと、ほふほふと口が火傷しないようにしながら、横からフォークを伸ばしてラザニアを頬張っていた。
そのアホな光景をゴウダは気づかないフリをして、ふへっと口元を歪ませる。
「ここはニューロット製造兼修理工場だ、洪水後に建造されたもんなら大体修理できる。工場自体は洪水まえの遺物だしな。だからこそ、バトルグラウンドなんてのができるわけだ」
「バトルグラウンドは人気は高いからね。私もテレビで見ているよ。でもニューロットとはいえどパワーアーマーは高価だから個人で参加する人はパワーアーマーが壊れて破産する人が多いの。やっぱりレキたんたちはやめておかない?」
昨日仲良くなった雪子も合流しており、レキの頭を撫でながら蕩けるような表情をしている。そこは心配気な表情ではないのだろうか? あと、レキたんって誰のことかな?
雪子はぎゅっとレキの身体を抱きしめて、心配だよと言うがラザニアを持っている今の方が心配です。あと、むにょむにょと胸があたるので、モニター越しのナインの視線も心配です。
「こんなに可愛らしい幼女が危険なことをするなんて世界の危機だと思います。レキたん、やめておこうよ? うへへへ」
どことなくサクヤに似ているので、モニター越しに銀髪メイドを見るが、寝っ転がって暇そうに漫画を読んでいるので別人である。今回は名付けを行えないようなので不満そうでもある。なぜ名付けができないかというと、既にこの世界の物は名付けが終わっているのだろう。
あと、漫画や主人公だと、キモいから離れてくださいとか主人公は言うけど、美少女に抱きしめられるのはたとえ相手が変態でも嬉しいので放置します。もっと胸を押し付けてくれても良いかもしれない。
おっさんが抱きしめたらキモいからと云われるのは当たり前だが、現実で美少女に抱きしめられたらおっさんは絶対にキモいからとは言わないのだ。格差社会とはこのことを言うのだろう。
「バトルグラウンドには自分も隊長殿も興味津々ですので、参加は決定でありますよ」
様々なパワーアーマーが修理されていくのを、メカオタクなシスは目を輝かせながら眺めて言う。少女らしからぬ趣味ではあるが。
「ニューロットは大体が作業兼用だ。安物は役に立たないから、大体の選手は空に浮かべるスカイタイプを使っているからな。借金してスカイシリーズを買って大破して借金持ちになる奴らは少なからずいるが自業自得だぜ」
肩をすくめながら、小悪党みたいな笑いを見せるゴウダだが、その背景に少女たちがキャッキャとラザニアを美味しそうに食べているので、まったくきまっていない。もはや頑張ってハードボイルドでシリアスな雰囲気にしてと、周りが応援するレベルである。
スカイシリーズとやらは、まともな名前だねと遥はラザニアを舞に押しつけて、てこてこと整備が終了している機体に近づく。たぶんニューロットはネーミングセンスのない人の手がかかっていないのだ。
後部ウイングバインダーが大きめであり、いかにも空を飛びますよといった感じの細身の機動兵器だ。ライフルにヒーターシールドを持っており、パワーアーマーというよりも背丈が6メートルほどなので、小型ロボットといった方が良い。
「なるほど、これはポニーの変形後のロボットタイプみたいでありますね。なんとなく同系統の感じがします」
シスがそのフォルムを見て、鋭い質問をしてくるので、眠そうな目を僅かに細める。良い線行ってる感想だね、これは同系統の機体ではあるだろう。ポニーは後継機というやつだ。
スルメイカもそうだが、すべて私の持っている機動兵器と元を辿れば同じに違いない。ナインに聞くような不粋なことはしないけどさ。
「オールドロットも見てみたいと思ったのですが、当日まで待たないと駄目でしたか」
工場に並ぶ機体は作業用の鈍重そうなロボットとスカイシリーズしか置いていないので少しがっかりしちゃう。こういう時はテンプレがないかな。そう思っていたら
「おや? 君たちは私の機体を見たかったのかな?」
後ろから、キザそうな声がかけられてきたので、そうそうテンプレは必要だよと喜んで振り向くと、30代ぐらいの男性がこちらに歩いてきた。
戦闘機乗りの着る制服みたいな物を着込んだ金髪の男性。いかにも女に困っていなさそうなキザで二枚目な男性である。
「チェンジでお願いします。パイロットは女性希望でお願いします。なのでチェンジを、ムググ」
なんでおっさんの天敵みたいな男性なんだよ、普通は美しい女性がパイロットでしょうと、平然とのたまう遥であったが、ゴウダが慌てて口を塞いできた。
ジタバタする少女を放置して、ゴウダは愛想笑いを浮かべて男に答える。
「こりゃ、ブレイバーの旦那じゃないですか。久しぶりですな、明日のバトルグラウンドの準備にでも?」
なんだか変なことをこの少女は言わなかった? と、首を傾げるがブレイバーと呼ばれた男性は聞き間違えだろうと肩をすくめるに留める。
「ゴウダじゃないか。久しぶりだな。聞いたぞ、地球人を選手登録したってな。相変わらずゲスい商売をしているようで何よりだ」
「へっへっへっ、地球人の兵器乗りが選手ですぜ。今回は今までのせこいパイロットたちとは違うんでさ。なにしろ」
皮肉げに言われても、口元を曲げて怒りもせずに愛想笑いを浮かべるゴウダだが
「なにしろ、チャリオットカジキマグロを倒した兵器、だろ? 信じられないが、商人たちがチャリオットカジキマグロの鱗装甲を買い漁っていたから信じるしかないだろうな。あれほど綺麗に倒されたチャリオットカジキマグロは初めて見たと大騒ぎしていたぞ」
ニヤリと笑って、情報通なところを示すブレイバーはこちらへと顔を向けて改めてキザに頭を下げながら挨拶をしてきた。
「俺の名はジャック。ジャック・ラダトー。人は俺のことを勇気ある者ブレイバーと呼ぶ。結構有名だと自負しているんだがね」
爽やかそうな笑みで、ちょうど経験と若さが相まった全盛期と言える男は格好をつけるように立ちながら言ってきた。その姿に周りの女性がきゃあと黄色い叫びを上げたりもする。
「あ、レキです」
「シスです」
いつもとはまったく違う低飛行のテンションで答えてあげちゃう。だってイケメンキャラなので。おっさんなので悔しい悔しいと歯噛みはしないが、それでもちょっと妬みはあるので。私もきゃあと周りから言われたい。
おっさん少女の場合は、自由奔放な行動で周りがぎゃあと大変だと叫ぶのだが、それはカウントしない模様。
「ふ〜む……君たちが地球人の軍人か……本当に? ただの少女たちにしか……いや、ただの少女ではないが、それでも軍人には見えない……う〜ん、妥協して見えるのか?」
「はっきりしない人ですねぇ。どこからどう見ても凄腕の死線を掻い潜ってきた軍人にしか見えないと思うんですが?」
なにか文句でもあるんですかと、子猫のような愛らしさを魅せる子供な美少女はぷんすこと頬を膨らませる。ぴょんぴょんと飛び跳ねて両手をぶんぶんされるので、可愛らしいことこの上ない。
どこから見ても凄腕の軍人にしか見えない少女がここにいた。
雪子がエヘヘとそんな愛らしい姿を見せるレキの頭をナデナデしてくる。少しばかり浮かべる笑みが怪しいけど、美少女が頭を撫でてくれるので断るという選択肢はないのであるからして。
舞がその様子を呆れて見ていて、いつものことですねとシスは平然としていた。
なるほど、たしかに只者ではないのだろうと、ブレイバーはその様子を見て呆れてゴウダへと視線を向けると、俺は知らんとかぶりを振ってきた。
「そのパイロットスーツは見たこともないタイプだしな。地球製とかいうやつか。どうだい? 見たことがないなら今からオールドロットを見に来るかい? 俺の専用艦で整備しているんだが?」
「ほほう、ずいぶんと太っ腹ですね。それで代価はゴウダさんの身体ですか?」
趣味悪いですねと、レキは自分で言いながらウゲーと舌を出す。言わなければ良かった。冗談が下手くそなので遥へと戻そう。
ブレイバーも嫌そうな表情で、首を横に振る。
「代価は君たちの機動兵器を見せて貰えればと思うんだがどうだろう? ウィンウィンだと思うんだが?」
なるほどと遥はその提案に納得する。どうやら地球人の機動兵器はだいぶ注目を集めているのだろう。なにしろチャリオットなんちゃらとかいう亀を倒したのだから。亀じゃなかったっけ?
たぶん地球人の作った機動兵器なら、複製できるとでも考えているのだ。古代文明とやらと比べると技術が低いとはいえ、たしかに地球人よりかは少なくとも科学技術は高い。
しかしながら、このエビフリート艦はこの世界のオールドロットと呼ばれる機体と同等の力を持っていると予想をしているので、複製は無理であろう。
「エビフリート艦は現在スルメイカではなくて、ノアシップ180番艦に置いてありますが、見に来ますか? オールドロットに乗って頂ければ、こちらも貴方の機体を見れますし」
「良いだろう。君たちの艦はどれかはわかるのでね。それじゃ一旦私も船に帰って持ってくるとしよう」
キュイッと床を擦るように外へと切り返して、ブレイバーは片手をあげて帰っていく。
その様子を気遣わしげにゴウダが見送ったあとに、こちらへと顔を向けて言う。
「おいおい、良いのか? お前らはダークホースとして出る予定なんだぞ? 見られたら不利にならないか? ブレイバーはラダトーの島のお偉いさんだ。機械工学には詳しいんだぞ?」
「あぁ、問題はないと思います。なぜならば私たちは既に注目の的みたいでありますからね。貴方みたいにオールドロットを操る人間が絡む程度には」
冷淡な笑みで、フッと鼻を鳴らしてシスは推測を口にする。
「既にエビフリート艦に近付こうとする人間もいるみたいですし、ここはあのブレイバーとやらの知名度を利用してエビフリート艦が盗まれないように有名にしておきましょう」
それがあの人と機体を見せ合う理由ですと、フンスと鼻を鳴らして冷淡な笑みはそのままに得意げな口調で語るシス。
「なんだと……嬢ちゃんたち……、見かけとは違って海千山千な奴らなんだな」
ゴウダは見た目は少女なのに、駆け引きを行っていたその明晰な頭脳に驚きながら舌を巻く。
「なんだと……私はそんなに頭が良かったんですね……。見かけは幼女、その頭脳は大人という奴ですよね」
フフフとまったくそんなことを考えていなかったおっさん少女は予想外だったが、とりあえずほくそ笑む。とりあえずその路線で行こうと考えていたりする。まぁ、見かけは幼女、その頭脳は赤ん坊というおっさんなので仕方ないだろう。
本当はたんに見に行くのが面倒くさいだけであったのだが、結果オーライである。
というわけで、てこてこと全員で艦へと戻ったら、エビフリート艦の周りがなにか騒がしい。ワイワイガヤガヤと人が格納庫に集まっていた。
すぐそばには金色のフルプレートメイルの騎士のような機体が置いてあり、ハッチが開きっぱなしでブレイバーがどこか面白そうにその騒ぎを眺めていた。たぶんあの金ピカがオールドロットとか言うのだろう。
なんだろうねとシスたちと不思議そうに顔を見合わせて近づくと、人だかりが割れてこちらをなぜか注目してくる。
「お早いお帰りだな、少女たち」
エビフリート艦の一番そばにいたレモネ艦長が嫌味を込めてこちらを見やる。
「そうなんです。もう少し観光をしたかったんですが、オールドロットとかいうのと、エビフリート艦を見せ合うことになりまして。お土産はあとでもう一度買いに行きます」
ワーイと手をあげて、無邪気な微笑みを浮かべる嫌味の効かないおっさん少女である。それにどうして嫌味を言ってきたのかわかるしね。
「チャリオットカジキマグロを倒した者が地球人だと、うちの交渉人が言ってしまったそうだ。しかも兵器も地球人の物だと声高らかに告げてな」
ジロリと少し離れた男へと責めるような鋭い視線を向けるので、その男は慌てて手を振って言い訳をする。
「艦長、チャリオットカジキマグロを高く売るには面白そうなネタが必要だっんですよ。ネタは新鮮であればあるほど高く売れますからね」
言い訳をしてくる男を見て、嘆息しながら艦長は低い声で威圧を感じさせながら男へと告げた。
「いつもならそうだろうが、今回は地球人の兵器だぞ? 少しは考えて行動しろ! だからこんなことになっているんだ」
怒りながらレモネ艦長の指差す先には数人の黒ずくめの男たちが倒れ伏していた。ピクピクと身体を震わせているので死んではいない様子。
あぁ、そういえばと遥はちっこいおててをポンと叩く。心当たりあり。そして内緒というか言ってなかったこともあり。即ちいつものことではあるが。
そんなことは気にしないとばかりに少女は両手を顔の前で組み合わせてウルウルと眠そうな目に涙を溜めようとして誤魔化そうとする。
「大変です、私は嘘泣きが苦手でした。目薬を誰か持っていませんか?」
涙を溜めたいですと自由気ままに混沌へと場の空気を変えようとするおっさん少女だが、シスがコホンと息を吐くので、一応話を戻す。ちなみにレモネ艦長はあまり動揺している素振りはなかった。たんに呆れ果てているのかもしれないけど。
「エビフリート艦はパイロットの生体認証装置付きです。無闇に認証されていない人が搭乗すると自動排出装置が作動します」
「なるほどな。ハッチを開けっ放しで観光三昧とは不思議だったがそんな理由だったんだな。そして哀れなる盗人たちはそれを知らなかったと」
ルキドの治安部隊へ連れて行けと指示を出してレモネ艦長は首をすくめる。この地球人たちは秘密が多いらしい。
「いいねいいね! このブレイバーと同じ認証式なんてね。気に入ったよ!」
ぱちぱちと拍手をしてきて余裕を崩さないブレイバー。同じ認証式とは元系統がバレル可能性があってやばいかもと内心で冷や汗をかくが、幸い誰にも気づかれずにいて、ホッとする
「では外見を見せてもらおうかな」
ブレイバーは軽やかにハッチに足をかけて降りてきて、こちらへとキザな笑みを浮かべるので、いちいち決まった行動を取るなぁと、苦笑をしてしまう。
「いいでしょう。私も見ますので」
そうして遥たちは金ピカの機体を眺めることに成功したのであった。ペタペタと触ったりするけど、少女が機体に触るだけでその性能を解析されるとはブレイバーは考えもしなかった。




