484話 甘味処に行くおっさん少女
元地球人のやる甘味処雪の風。名前のとおりに日本人がやっているお店らしい。
多くの人々が来店しており、ワイワイと雑談しながら甘味を楽しんでいる。その中でも人気の高いのがアイス関連、パフェであった。
ぐるぐるとソフトクリーム製造機が中のソフトクリームを固まらないように回転させており、お客の注文でクッキーやら果物、そしてソフトクリームを乗せたあとに生クリームを添えていた。
イチゴパフェなどは、色も美しくケチらないでこれでもかとたくさんイチゴが乗せられており、見るからに美味しそうである。
「イチゴパフェ二つにチョコレートパフェをメガ盛りでお願い!」
店員へと勢いよく手をあげて注文をするのは水兵の服を着る釣り少女だ。メガ盛りは決定だよねと、連れの二人に確認することもなく満面の笑顔で頼む。
遥的にはおっさん的な視点で見てほしかったが、無論言えない。おっさん的な視点とはあんまり甘いのは胸焼けするので少しだけ躊躇うことを言う。今は美少女の姿だけど。
そんな遥の考えは露知らず、舞はお手拭きでごしこしと顔を拭いて一息つく。少しだけオヤジ臭い。
「いや〜、久しぶりのパフェだよ。艦にもあるけど少しだけしょぼいからねぇ」
「それは仕方のないことだと思います。人口的には余裕がある暮らしなのでしょう」
シスがお手拭きで手を拭きながら、周りを見渡してここまでくる往来を思い出しながら答える。人口がやはり違うのだ、多くの人々が行き交っていたし、店もたくさんあった。
「そうですね、100万人は軽くいるでしょうし。多分ここの世界は1000万人程度は全人口がいるんじゃないですかね」
遥も同意して、パフェがテーブルに置かれたので、ワーイとちっこいおててを掲げてスプーンをもって、パクリと口に入れる。
イチゴの酸味もあって全体的にあんまり甘くないねと、喜色満面でぱくつく美少女の姿に周りのお客もその幼気な少女の笑顔を見て癒やされて笑顔になる。詐欺だと雄叫びをあげる人間もいない。外見詐欺なのだけど。
「かなりの少なさでありますね。海だけの世界では限界なのですか」
「全人口なんて予測したのはレキが初めてだよ。もしかして地球では優等生とか呼ばれていたの?」
舞が意外なことばかり言うなぁと、こちらを見てくるが愛らしいお世話が必要な幼女っぽく、生クリームを口の周りにつけまくっているその姿に判断に迷ってしまう。本当に頭が良いのだろうかと。
「いえ、私は学校に行っていないので。でもエリートですよ。ウニなんか作るのは天才的ですし。そろそろ他の生き物も折れる予定です」
未だに諦めないレキことおっさん少女である。そろそろウニしか作れないと認めたらどうなのだろうか。芸術関係のスキルは取っても無駄だとおっさんは本能で知っているのかもしれない。センスがないとも言えるが。
「それよりもここの店主は日本人なんですか?」
お冷のお代わりどうですかと聞きに来た濃い緑色の髪を持つ若いウェイトレスさんに遥が聞くと、こちらをジロジロと見てきた。お客相手にはそれはないんじゃないかなと思いながら、眠そうな目で見つめると、ふふっと可愛らしい笑顔を浮かべてきた。
「髪の色が黒いから貴女たちは神隠しにあった人たちでしょう? 元日本人なのもお父さんと一緒だね! お父さ〜ん、元日本人のお客だよ〜」
厨房へと声をかけるウェイトレスさん。まだなにも言ってないんだけどと、ウェイトレスさんのアグレッシブなその行動に驚きながらも、厨房から人が出てくるのを待つ。
そうしたら、黒髪のおっさんが現れた。筋骨隆々でがっしりとした体格に強面のおっさんである。こちらを見てきて、可哀想にと哀れみの籠もったため息を吐く。
「なんだよ、その歳で神隠しにあっちまったのかよ……可哀想に。なんだ、なにか聞きたいのか? 元の世界に戻る方法なら俺がここで店をやっていることから推測してくれると助かる」
希望を消したりしたくないんでなと、こちらを見てくるので真面目な表情になる遥。どうやらシリアスな時間の模様。
「あの、このパフェを貴方が作っていたんですか? マスク、マスクを被った方がお客はがっかりしないと思いますよ?」
違った。シリアルな方だった。
「あ〜……よく言われるがパティシエは顔で勝負じゃないんだ。こら雪子! 笑うんじゃない!」
アハハハと腹を抱えて笑うウェイトレス。どうやらツボに入った模様。だって、美味しいお菓子はそれなりの外見の人が作っているかもと皆考えない?
涙を手で擦りながら雪子と呼ばれたウェイトレスさんは遥へと親指をたてて
「グッド!」
と、言うのであった。
「お前は私の娘だろうが! 笑いすぎだ!」
「ごめんごめん、お父さん。まさかの発言をこんな子供が言うとは思わなかったから」
なんと父娘らしい。さっきよりも驚く遥。可愛らしい娘であるが日本人にあるまじき力を備えていたからだ。多分0.4ぐらいは超能力を持っていると看破していた。
お父さんは日本人でまったく力を持っていない。と、するとたしかに遺伝子というか、この世界の加護は確実に影響するらしい。次の代から超能力を持つとはね。
「それにしても繁盛していますね。なにかコツでもあるんですか?」
店内はかなりの繁盛で、お客でいっぱいである。しかしながら、超能力もないし、身体能力もない日本人がどうやって稼いだのだろうか?
「ああ、それはなぁ俺が運が良かったからで」
「ユキノブはな、オールドロットシリーズを見つけたんだ。それを売って店を構えたわけ。やはり金の力は偉大なんだよ、そんじょそこらの超能力よりかはな」
店主が教えてくれる前に、ズイッと初老のおっさんがこちらへとやってきて口を挟む。不敵な笑顔で、いかにも狡がしこそうな小太りの男性だった。
「オールドロットって、なんですか?」
なんだかかっこいい響きだけどなんだろうと、コテンと首を傾げて尋ねる。なんかメカニカルなSFチックな感じがするので、表情は期待でワクワクとしていた。
その言葉にニヤリと笑って、男は答える。
「オールドロットってのは、洪水前に作られた現存するのは数機しかないパワーアーマーだ。そりゃ、凄い性能を持っているんだぜ。例えば一機でチャリオットカジキマグロを倒せるぐらいにな」
むむっ、とそのセリフに反応をして眉をピクリと動かす遥。ちらりとシスへと視線を向けると、へへっとその反応に満足そうにする男だが
「凄いです、やり手のおっさんが出現しましたよ。私はこういうシチュエーションを求めていたんです。来てよかったですね」
ほらほら、シスさんも眉をピクリと動かしてくださいと、アホな提案をして空気をぶち壊すおっさん少女であった。
その常にシリアスを壊す発言に、ポカンと口を開き呆れるおっさん。予想していた反応とまったく違うことに唖然としてしまっていた。
哀れなるアホで無慈悲なおっさん少女に関わってしまった怪しげな男性はコホンと咳払いをして気を取り直す。口元は引き攣らせながらだが。
「ま、まぁ、子供だしな。し、仕方ないか、うん。で、そっちの嬢ちゃんはどうだ? 海老に乗ってデカイ獲物を倒したらしいじゃないか。この先暮らしていくにも金は必要だろう? だから」
「その話にのりました! くっ、なんて卑怯な! こちらのよわみゅを、あっ、ソフトクリームが溶けちゃいます。少し待っていてください」
はいっ、とスプーンを持った手をあげて強引に話に加わる少女である。しかも話の途中でソフトクリームが溶けちゃうと慌ててまたハグハグと食べ始める自由さを見せていた。
だって遥的にはこんな面白そうな話に加わらない理由がないのだからして。だけど少女にとってはパフェも大事なのだから仕方ない。なにが仕方ないのかは、おっさん少女の基準によります。
話がまだじゃないかと、舞なんかは思っているだろうが、予想はつく。なんか戦えば良いんでしょ? テンプラだよ、海老天だよ。
再びの幼い少女の強引なセリフに、この展開は長くやってきたけど初めてだなと、笑うしかない男性は自己紹介を始める。自分が主導権を取らなければと懸命である。
「は、話を聞く前にノッたなんて不用心なやつ……」
「チョコレートパフェもくださいな!」
やっぱりチョコレートも食べたいやと手をあげて雪子に追加注文をする容赦のなさを見せちゃう。
「なぁ、この子供は放っておいて良いか? 全然話にならんのだが。というか、この少女はなんなん?」
「まぁ、結果は同じなのでスキップされたと思って頂いてもよろしいのですが一応話は聞きましょう」
シスはレキの自由っぷりを知っているので、冷静に冷淡に答える。この男性は怪しげだが、こちらは女神様なのだから、結果はなにも問題はない。
だが、その冷淡な様子が男性に安心感を与えたらしい。ようやくリズムが戻ってきたぜと鼻を鳴らして語り始めた。
「へへっ、俺の名はゴウダ。バトルグラウンドのマネージャーとしては中々名前が知られているんだぜ?」
「バトルグラウンドとはなんでありますか?」
「バトルグラウンドとは、段ボールを被った戦士たちが戦う闘技場での賭けスポーツのことですよ。常識です、じょーしき」
シスの問いに、なぜかドヤ顔で教えてくれる遥。スプーンをぶんぶんと振って得意そうだ。
「違うからな? 違うからな? 大事なことなので二回言っておこう。違うからな?」
「三回言ってますが?」
「お嬢ちゃん、パフェを二つ食べて体が冷えないかい? 磯辺焼きを奢ろうじゃないか? その代わりに少し静かにしていてもくれないか?」
猫なで声で、ようやくこの幼女のような子供が一番の敵だと気づいたゴウダは抑えにかかるので、ワーイと奢って貰うのであった。
一息ついて、話を続けるゴウダなので、遥はなかなかの強靭な意思を持っているねと散々自分で妨害しながら感心しちゃう。
「バトルグラウンドとはこのルキドの街で1番流行っているスポーツだ。もちろん賭けはするがな。」
なんとか怪しげな雰囲気をだそうと、シリアスなハードボイルドな世界にしようと無駄な抵抗をするゴウダ。
「バトルグラウンドは危険なスポーツなんだよ。自分の持ち込んだ機動兵器に乗って、このルキドの街の地下へと潜るんだ。化物が蠢く地下でどこまで深く潜ったかと、なにか高価な遺物を手に入れたかで得点が決まって、高得点をとった人が優勝するんだ」
雪子が口を挟むが。その表情は暗い。なんだろうね、やっぱりあんまり私が語った内容と変わらないような気がするんだけどと遥は眠そうな目で眺める。
「もちろん危険だ。化物が蠢く地下深くだからな。だが、化物は高価な水晶持ちだし、優勝者はかなりの大金が手に入る。自分にももちろん賭けられるから、地球人ならオッズも低くて大金稼げるぜ?」
フフンと親指をたてて自分を指し示してゴウダはドヤ顔になり
「もちろん優秀なマネージャーがいなければ、バトルグラウンドに参加も不可能だがな」
「やめておけ、昔戦車ごとこの世界に来た奴がいたそうだが、自信たっぷりに地下へと向かって、ガス欠でスタッフに助けられたらしい」
店主のユキノブが重々しく助言をしてくるが、全然怖さを感じないんだけど。そこは死んでしまったとかじゃないの? ガス欠って、凄い情けないよね?
「海老ならかなりの地下にいけて入賞しちゃうかもだけど……危険だからね?」
舞もこちらを窺うように警告してくるので、ふむふむと遥はかなりの危険な場所なんだねと考えてゴウダへと向け直り
「参加します。開始はいつですか?」
危険な場所ならば行くしかないよねと、花咲くような笑顔で了承するのであった。
ニ日後だと聞かされて解散した遥はノアシップに戻っていた。既に太陽は落ちて暗闇が支配しており、ルキドの街中に上陸している人がほとんどなので格納庫は静寂に包まれていた。
その中でランプを横において、その仄かな灯りのもとで遥はエビフリート艦を改修していた。
カチャカチャと機械を組み立てる音がしていたが、よくよく見ると部品は少女の周りを漂っており、改修する場所に視線を向けるだけで恐ろしい速さで組み立て上げられていく。
「マスター、そこまで改修しなくても良いのでは? エビフリート艦はその力を十全にだせると思いますが?」
「クラフトサポートのナインにしては消極的な発言だね? ここはあんまり好きじゃないのかな」
穏やかな表情で遥はエビフリート艦に本来は必要ない繊細な操作ができるようにしていた。海老料理は繊細さが必要なのだ。少し違うかもしれない。
いつの間にか隣に来ていたナインへといたわるように微笑む。ナインは空中からポットとカップを取り出して、コポコポとカフェオレを淹れてくれる。特に遥の言葉に反応することはなく、むぅと不満そうに頬を膨らませていた。
「この聖人が作ったと呼ばれる神域には大勢の人間が生きている。死せし聖人の作りし世界と言うやつだよね?」
漫画とかではありがちなパターンだよね、神なき世界。相変わらず元ネタは漫画や小説からなのだが、推測に間違いはないだろう。いつもならば。
「この世界は人間に極めて優しく創られた物のようですね。本来はもっと優しい世界だったようです」
静かな声音で答えるナインの表情は不満そうにしているだけで、特に他の感情はなさそうなので、こっそりと安心しちゃう。嫉妬深いおっさんなので。
「優しい世界ねぇ。面白みがないよね、どうせすべてを自分が請け負って、人々は遊んで暮らしていたんでしょう?」
パチリと部品をエビフリート艦に嵌めながら予想を口にする。水晶はたぶんもっと簡単に採れたのだろう。養殖した魚とかに入っていたのでは?
今は厳しい世界に思えるが、そもそも艦の上で暮らしていくなんてことを数万年も続けてきたなんて、絶対に無理だ。200年シェルターに閉じ籠るだけで崩壊するのが人間のコミュニティ。ある程度の広い土地は必要なのである。
生きていけるのは、不自然な生態を持つ生命体と、沈まない巨大艦、そして島々が中核にあるからだ。
今でも至れり尽くせりな環境だ。洪水前はもっと楽だったはず。それこそ
「楽園と人間は呼んでいたようです。働かなくても聖人が創りだした機械群や、おとなしい生命体に囲まれて怠惰に暮らしていたようです」
「怠惰はいけないよね、怠惰は。やっぱり人間働かないと」
一番怠惰なおっさんは悪びれずにそんなことを言う。もちろん自身を顧みることなんかしません。
「暇な人たちはいつの間にか階級制度を作り、まったく暮らすのに問題はないはずなのに貧富の差ができました。おかしいですよね?」
遥の隣に座って語るナイン。その顔はランプの光に照らされて神秘的で美しかった。
「おかしくはないよ? それが人間というものなんだ。なにもおかしいことはないと思う」
よしよしとナインの金髪をそっと撫でながら、遥は穏やかな優しい微笑みを浮かべるのであった。人間は善人だって悪人だって環境によりコロコロ変わるし、人が三人集まれば派閥ができるぐらいなのだから。おかしいことはない。少なくとも私はそう考えているのだ。
「ふふっ、だからこそ私の愛するマスターです」
頭を撫でられて、気持ち良さそうに目を瞑りながら可憐な笑顔になるナインであった。




