481話 漁師になるおっさん少女
暗い夜の海原で波間からカジキマグロが飛び出してきた。カジキって、あんなに鋭そうな角を持ってたっけ?
角は白銀の煌きを持っていて、三メートルぐらいの魚体のカジキマグロは飛び魚よりも高くジャンプをして甲板へと飛び込んでくる。甲板までは50メートルは海面からあるにもかかわらず。
「ちょっと釣りにしては魚が自分から突撃してきていますよ? え? 最近の釣りってこういう感じでしたっけっ?」
さすがにツッコミを入れてしまうおっさん少女。無数の群れが甲板へと飛び込んでくるのを、見過ごすことがさすがにできないので。
しかも、驚愕の状況が目に入ってきたりもする。
「隊長殿! 魚が空を泳いでいるであります?」
シスも驚きで表情を変えて、空を泳ぐ魚の群れを指差す。まるで水の中にいるように泳ぎながら、カジキマグロは角を閃かせて突撃してくるのだから当たり前だ。甲板でピチピチと跳ねて動けなくなると思いきや、全然そんなことはなかった。
「ぼーっとしてると危ないよ! 柱かなにかの影に隠れていて、甲板に落としたレイピアカジキをそこらへんの棒で叩き殺して!」
舞が平然とそんなことを言ってくるので、呆れてしまう。マジですか、ちょっとハードなスタートすぎるよ? これが遥たちでなければ、泣いちゃうよ? 幼い少女はクスンクスンと泣いちゃうよ?
シスも口をぽかんと開けて唖然としている中で、周りの釣り人たちの釣り大会と称する戦いは始まった。絶対に釣り大会は嘘でしょ。
舞は眉をひそめて真剣な表情でナイフを掲げて、超常の力を発動させる。
「アイスブラスト!」
ナイフから小さな氷の弾丸が生み出されて、レイピアカジキとかいう魚に高速で撃ち出される。ギュルリと回転をしながらライフル弾のように飛んでいき、レイピアカジキは躱すことができずに身体を穿かれて、その痛みに空を泳ぐ力を無くしたのか甲板へと落ちていく。
「こいつらは空中も泳げるけど、痛みを感じると力を無くして床に落ちるの! それを狙って倒して!」
舞がそう言いながら、次々と突撃してくるレイピアカジキへと攻撃を繰り出す。周りの人々も槍から火炎放射を、弓からは緑の矢を撃ち出して倒していき、落ちた魚へと棒を持った者たちが群がり叩き殺す。ふぁんたじーな光景がそこにはあった。
「釣り大会? なんだか釣り大会ではなくて、別のものに見えるよ?」
「どうしますか? 自分たちも戦いに加わるでありますか?」
小首を傾げて冷や汗をかく遥は、おりゃあと棒を持ってレイピアカジキを叩く人々の姿にドン引きである。叩いて捕まえるのは釣りじゃないからね? 棒たたき漁法とでもいうつもりなのかな。
シスはどうしますかと尋ねながら棒を既に確保していた。やる気満々じゃん。
「そうですね、神隠しのことについては後で聞くことにして、お金を稼ぐには必要でしょうから、私たちも加わりましょう。でも、これは子供の教育に悪くない?」
甲板に叩き落とされたレイピアカジキに襲いかかる棒を持った集団には子供の姿も見えるが、良いのだろうか? 良いんだろうなぁ、そういう文化なのだろう。
レイピアカジキも無抵抗という訳ではなく、レイピアみたいな金属質の角を振り回してくるので、人々も無傷とはいかない。
超常の力を使う人々は慣れている様子だが、それでも接近されて傷つく人もいる。ザクッと斬られてしまうと血が流れて、レイピアのような角は驚くことにその血を吸収する。
「カジキマグロは角から私たちの精神力を吸い取るの! 人の肉は食べないから安心だよ! ただ斬られたり穿かれたりすると、そのまま死ぬこともあるけど」
レイピアカジキが猛然と迫るのを、ふわりと横に逸れて躱しながらナイフでその魚体を舞は傷つけていく。
なかなかの体捌きであり、少しでも傷つくとレイピアカジキは力を無くして甲板に墜ちるので、たしかに空中を泳ぐのは集中が必要なのだろう。
「全然安心できませんよね? 食べられないだけで死ぬことはありますよね? 肉食ではないのは全然安心できないですよ?」
ふんふんと面白そうに鼻息荒くツッコミを入れちゃう。だって、こんなにツッコミ側になるのはおっさん少女にとっては珍しいので。
「この人たち、身体能力が高いでありますよ、圧倒的という訳ではありませんが」
「身体能力を超能力で強化しているんですよ、たしかに見ればわかるレベルではありますが。ステータスぷらす1でも、一般人を超えますから。それよりも私たちも叩きに行きましょう。とや~」
てってこと、そこらに放置されていた棒を持って、カジキマグロを叩きにいく。ていていとその小鳥の鳴き声のような可愛らしい声で叫んで叩くが、あんまりダメージを与えられない。ひ弱な少女なので。
とや~っ、とシスも棒を振るうが、ヘロヘロな振りなので隣の人へと当たりそうになり頭を下げて、すいません、すいませんとペコペコ謝っていたりもした。兵器に乗らないと運動音痴なシスなので仕方ない。
仕方ないので、無邪気な笑顔をシスに向けて提案する。
「もふもふ変身の時間かもしれませんよ?」
「ないです」
「三号の力を見せる時で」
「変身ベルトを忘れました」
頑なに遥の提案を拒否する冷淡なるシス。ウリュウリュと幼女みたいな可愛らしい少女がおめめに涙を溜めて、シスを見つめてもその心は揺るがない模様。
しょうがないなぁと、ペシペシとカジキマグロを詐欺な美少女は小柄な身体を懸命に動かして叩きまくったのであった。
しばらくたってから周りは魚臭くピチピチと跳ねるカジキマグロか、動かないカジキマグロだらけになり、その様子を人々は満足げに見渡して笑顔になる。
「大漁だな、これだけ大漁なのも久しぶりだぞ」
「報酬も期待できるな」
「マグロで一杯だな」
ワハハと人々が笑いながら戦果を確かめている時であった。ザバンと激しい波音がしたかと思うと、大きな魚影が空を覆う。
「な! チャリオットカジキマグロだ!」
誰かが驚きながら叫ぶ。チャリオットカジキマグロは三本の角を生やしており、その魚体は20メートル程はある。皮は銀色に輝いており、その銀色は魚の鱗の光ではなくて、分厚い金属の装甲のように見えた。
今までのレイピアカジキが雑魚に見えるその魚影は人々へと落ちるように空気を震わしながら迫りくる。
「ファイアブレス!」
「ウィンドアロー!」
「アイスブラスト!」
対抗してすぐに人々が持つ武器から色とりどりの攻撃を受ける。火炎放射がチャリオットカジキを覆い、風の矢と氷の弾丸が胴体に命中するが、まったく効いている様子はなく炎を弾けさせて、風の矢も氷の弾丸もその皮を貫かせることはなく突撃してきた。
「嘘っ!」
運の悪いことに、舞がチャリオットカジキの通り道に立っており、その巨大な魚を見て身体を恐怖で震わす。
三本の槍のような角、チャリオットカジキマグロの攻撃は簡単に人間を貫き斬り裂きバラバラにするのを舞は過去に出会ったことがあるので知っていた。もう八年も前のことだろうか、その時は大勢の人が死んで大騒ぎになったと、恐怖から記憶していた。
この突撃で自分もそうなるのかと、死の匂いを感じながらスローモーションのように角が迫るのを眺める。避けようとしても角から逃れる程度で、その激しく動く尾びれに当たり、体の骨という骨が砕かれてしまうに違いない。絶望的な状況にもう駄目だと涙が目に浮かぶ中で
「ウニーッ」
可愛らしい声と共に横あいから飛来してきた黒い光弾がチャリオットカジキに命中して、ガンと鱗にあるまじき大きな金属音をたてる。
その攻撃は意外にも強力でチャリオットカジキは体をよろけさせて泳ぐ軌道を変えて、ふらふらりと空へと浮き上がっていく。
「な、なに、今の?」
驚く舞が飛んできた方向へと急いで顔を向けると、神隠しに会ったと思われる少女の一人、子供だと思うけど、物凄い可愛らしい少女レキがウニを片手に持って振りかぶっていた。
「てんてーんてててん、いくよ、私の攻撃! ウニーッ」
わざわざ擬音を口にしてなぜか芝居でもするように、飛び上がったり身体を回転させたりと無駄な動きをしたあとに、ポイポイとウニを投げるレキ。
山なりに投げられるその黒い塊は先程の光弾のような速さは無く、子供がいかにも投げそうな弱々しい姿であった。懸命にウニを投げるその姿に、私を助けようとしているんだと、舞は知り合ったばかりなのにとウルッときてしまう。先程の攻撃はまぐれであったのだろう。
まぐれでもあの巨大な身体をよろけさせる程の力は普通の少女には絶対に出せないと思われるが、残念なことに暗闇の中でランプの光りのみなので、いまいちその凄さがわからなかった舞たちは気づかなかった。
酷い雑な誤魔化しをするおっさん少女であった。
だが、チャリオットカジキが一旦高空に逃れたことにより、余裕ができた釣り人たちは助けを呼ぶ。釣り竿を持っていない人々を釣り人と呼ぶのは抵抗があるが。
「ラザニアを使え! あいつは超能力じゃ倒せないぞ!」
「おっしゃ、任せろ!」
すぐに壁横にぞんざいに置かれていた饅頭に手足が生えたような五メートル程度の高さを持つロボットに乗り込む人々。三体のラザニアと呼ばれたロボットのカメラアイが黄色く点灯して動き始める。
ガションガションと金属音をたてて、甲板を移動するラザニアは武装は両肩にガトリング砲が搭載されており、その武装を高空をスイスイと泳ぐチャリオットカジキへと向ける。
「撃てーっ!」
パイロットの叫びと同時にガトリング砲から無数の弾丸が発射されて、弾丸のシャワーがチャリオットカジキに命中しようとするが、高速で動くその魚には数発が当たるのみ。
ダララララとうるさい騒音をたてながら、三体のラザニアのガトリング砲は高速で動くチャリオットカジキを追尾していく。
追尾して命中をする弾丸ではあるが、チャリオットカジキは、その名前に相応しく鱗の一枚も剥がさせることはなくビクともしない。
「ちくしょー、あいつは以前のやつより硬いぞ! 船長呼んでこい! 光学兵器が必要だぞ!」
パイロットの一人がその頑健な身体を見て、舌打ちをしながら倒すことを諦める。あれはガトリング砲の弾丸では倒せないと理解してしまったのだ。
時折出てくる変異体。通常よりも強いその個体は超能力も物理弾も効くことはない程に強い。あのチャリオットカジキもその変異体だと推測したのだ。
なので、光学兵器の使用許可を貰うように仲間に指示を出したのだが、その指示は遅かった。
敵の攻撃が自分を傷つけることができないと理解したチャリオットカジキは三本の角を閃かして高空からダイブするようにラザニアへと飛び込んできた。
元々作業用と戦闘兼用であるラザニアはノロノロとしか動けない。高速で泳ぎ近寄ってくる巨大魚へと、ガトリング砲を撃ちながらアームを突き出して防ぐしか方法はない。
「うおぉ!」
チャリオットカジキの突撃がラザニアに当たる。防ごうと突き出したアームは僅かな時間もその突撃を防ぐことはなく、思い切り食らって、金属が裂けるギギキと嫌な音が辺りに響いて右腕のアームがもぎ取られて吹き飛ばさせれてしまう。
壁に叩きつけられて、欠損した右腕のアームから火花が散り、一機が動きを止める。
「マズいぞ! 離れろ、皆は離れるんだ!」
吹き飛ばされて、あっさりと仲間がやられるのを見た他のパイロットが警告の叫びをあげて、このままでは甚大な被害がでてしまうと推測して苦渋の表情を浮かべた。
光学兵器も無敵ではない、相手の動きを止めないといけないのだが、それまでにどれぐらいの被害がでるか……。
考えている間にも、もう一機が吹き飛ばされてしまうのが目に入る。
「くそったれー!」
パイロットはレバーの引き金を握りつぶさんとばかりに弾いて、ガトリング砲を撃ち続けるが、チャリオットカジキは余裕綽々とばかりに弾丸をその身に受けながら、最後の一機へと向け直り突撃してきた。
無駄ではあるが、それでもアームを突き出して衝撃を緩和しようとするが、目の前に肉薄してくるその恐ろしい姿に思わず目を強く瞑り衝撃がいつくるかと身構えて。
「うん? なんだ?」
いつまでも来ない衝撃に、不思議に思い目をそっと開けると、驚きの光景があった。
「え、海老……なのか?」
目に映るのは、チャリオットカジキを横からハサミで掴んでいる巨大な赤い海老であった。
エビフリート艦のハサミ攻撃でチャリオットカジキの胴体を掴み、ラザニアが破壊されるのを防いだシスはコックピットの中で安堵の息を吐いた。間に合わないかもと思ったのだ。
「ぎりぎりで助けるとはなかなか空気を読みますね、さすがはシスさん」
ふんふんと鼻息荒く遥はシスを褒めて、パチパチとちっこいおててで拍手をしてあげる。空気を読んだつもりでないですとシスはプクリと頬を膨らませるので、後部座席から身を乗り出して、エイッと人差し指でつついちゃう。
プシューと、口で擬音を口にするノリの良いシスだが、ヘルメットを被り、レバーを握る。
「一気に倒しますよ!」
「チャリオットの装甲が剥がれたら速度アップ、角も奥の手とか言って飛ばしてくる可能性があるので気をつけてください」
「あれは亀が使う技だから、大丈夫だと思いますよ。いえ、最後に亀になったんでしたっけ」
軽口を叩きながらシスがチャリオットカジキの胴体を掴むハサミを強く握りしめる。
なんとかハサミから逃げようと、身体をくねらせるチャリオットカジキ。それは小魚を掴んだエビが今から捕食する姿に周りは見えた。
「うぐぐぐ、なかなか硬いでありますよ、この魚」
シスがヘルメットの中で辛そうに顔を歪めながら、レバーを引き絞って遥へと伝えてくるので、うーんと悩んでしまう。
たしかになかなかの強さだ。エビフリート艦の力は伊達ではない。オスクネーレベルならあっさりと輪切りにできる力を持っているのだからして。
しかして、おっさん少女の悩みはそこではない。もっと大事なことだった。
バッタンバッタンと暴れるチャリオットカジキを抑えるのが限界そうなので、シスは助けを求める。
「援護をお願いするでありますよ、隊長殿!」
「援護ですか、援護ね……はいはい、援護ですね」
そ~っと、ハサミで掴むレバーに手をかける。そっと、そ~っと。
ちょこんとちっこいおててがレバーを僅かに引くと
チョッキンと、あっさりとチャリオットカジキは輪切りになって魚屋に置かれる切り身みたいにぽてぽてと甲板に落ちるのであった。
え〜っと、これから自分の格好いい出番だったのにと、非難の目で後ろへとシスが振り向くので、嘆息混じりに答えてあげる。
「こうなると思っていました……。なんというかこの機動兵器だと私の力はオーバースペックなんですよね」
「パイロットの方がオーバースペックとは初耳ですが………さすがは隊長殿ですね」
呆れ半分、感心半分で頷くシスを見て、仕方ないのだと内心で弁解する遥。機械操作に運転スキルはレベル9、この補正は三輪車でも戦車を轢き潰すことができる程の補正を与えるのだ。手加減もできるが、それにはこのエビフリート艦は性能不足であった。繊細な動きをできる程の性能は無いので。
大きな海老だけに大味な性能なのである。大きな海老だけに。
なにはともあれ、まったく盛り上がる戦いにならずに、おっさん少女たちは釣り大会を終えるのであった。
周りではチャリオットカジキを倒したので人々は歓声をあげていた。
 




