479話 不思議の海のおっさん少女
海の潮の匂いがして、なんとなく落ち着かない。風も海からのものなので髪がゴワゴワになってしまうかもと思いながら、ヘルメットを小脇に抱えてハッチに足をかけてキメ顔で周りを見渡していた。
前にはシスも同じようにヘルメットを脱いで周りを見渡す姿が見える。なので、むふふと悪戯そうな笑みで言う。
「私たち、なにかのアニメとかの主人公みたいですよね。こういうの憧れていたんです。第一声は何にしますか?」
「自分もこんなシチュエーションに憧れていました。なんと言えば良いのでしょうか? 四国の皆さん助けに来ました?」
「ありがちですね。もう少し捻って宇宙からやってきたとかが良いんじゃないでしょうか?」
二人でひそひそとアホなことを話し合う。さすがシリアルなおっさん少女であるので、軍人少女もそれにつられてしまう。
なんて言おうかとひそひそと話していたら、艦長っぽいのが多少の驚きを表情に表しながら声をかけてくる。その表情はこんなに簡単に機動兵器から降りてくるとは考えていなかったのだと思われる。
「ようこそ、ノアシップ180番艦に。君たちを歓迎しよう」
その言葉に、うん? と遥とシスは疑問顔でお互いの顔を見合わす。ノアシップ180番艦? なんかSFっぽい名前が出てきたよと。
しかして、幼げな少女はそれぐらいでは動揺しないのだ。平坦な胸を反らして、えっへんと得意気な顔になる。
「私は大樹国本部直属20024隊の隊長朝倉レキです。こんにちは」
相手に対抗して、勝手に部隊名を考えるアホの娘がここにいた。シスがえぇ~、水増ししすぎでしょうという顔をしてくるがスルー。こういうのは負けたらいけないのです。
「自分は大樹国特務部隊の水戸シスです。ええっと何番の隊でしたっけ?」
「忘れました。勢いで言ったので」
キリッとした顔でやっぱりあほな娘であることを証明してしまうのであった。
「あ〜、君たちが軍人であるのは了解した……本当は軍人じゃないよな? その機動兵器はなんだね?」
レモネ艦長は軍人だと信じてくれなかった。当たり前である、この状況で軍人と言われても信じることはないに違いない。
子供の玩具なのかと疑問を浮かべているが、それにしては本格的すぎる機体なので判断に迷うところなのだろう。
信じなければ、それはそれでいいやとエビフリート艦から、んしょと降りようとする。足が届かないので、えっちらおっちらと可愛く降りようとする少女である。降りるのが大変そうだねと周りの人が助けに来たりしちゃう。
シスはボタンを押すとタラップが出てくるので、普通に降りる。そんなのあったの? と驚くアホな少女の視線はスルー。乗るときも降りるときも、ひょいとジャンプで乗っていたのでおっさん少女は知らなかったのだった。
二人が降りると、ダッシュで近づいてくる少女が青色の髪をなびかせて聞いてきた。
「これ、玩具なの? こんな凄そうな乗り物なのに?」
遥の肩を掴んできて、口元を引き攣らせながら聞いてくるその必死な様子に首を傾げてしまう。なにかこの機体が問題なのだろうか?
「私が見つけたから一割ちょうだい!」
なにやら意味不明な言葉を口にしてきた。どういう意味かわからないので戸惑っちゃう。おっさん少女でも戸惑う展開なのは珍しい。
「だめだ、水波。彼女らが乗っていたんだから、報酬はなしだ。サルベージ代を用意しておくんだな」
すぐそばにいた汚れた作業服を着た体格の良い男性が少女へと告げるので、それを聞いた少女は天国から地獄へと住んでいる場所が変わったとばかりの絶望的な表情へと変わる。
「ちょっと待ってよ! サルベージ代は私が払う訳?」
噛みつきそうな表情で食いかかる少女へと、男性は可哀想だがと肩をすくめて残酷な内容を告げていた。
「俺たちはお前の依頼でサルベージしたんだ。本来なら報酬の中にサルベージ代は入っていたわけなんだが、今回は人が乗っていたしな。勝手にサルベージしたんだ、彼女らに請求するのも筋違いだろう?」
「そ、そんな……。なんとかならない?」
「ならないな。請求金額は10万水晶だ、後で支払いお願いな」
え〜っと、膝をついて顔を俯けて絶望する少女。見ていて哀れすぎる様子である。
むぅ、と遥はその様子に気まずく思う。だって可愛らしい少女だし、しかも髪の色が青だよ、青。現実ではあり得ない色だ。ツヴァイが青色だけど、それはドロイドなので。
「あの……そのお金って、私が立て替えられます? 助けて貰ったみたいですし、その代わりにこの船の案内と、ここはどこだか教えて欲しいのですが」
少女は助けないとねと、おっさんは思うのだ。男ならばギャンブルは負けることもあるさと放置するけど。
希望の光を見つけたように、少女はがパッと顔をあげて立ち上がり、遥の肩を掴んで笑みを浮かべる。
「ありがとうね! えっと、私の名前は水波舞! 貴女はええっと、朝波レイだっけ?」
「私の名前は朝倉レキです。すぐに死んじゃう幸薄い少女ではなく、幸厚い少女ですね」
「そうそう、レキちゃんね。よろしく! 換金はなんでもできるよ、案内するね。その兵器の駐車代も払わないといけないだろうし」
なぬっ? 駐車代? そんなのはいりませんとアイテムポーチに仕舞おうと、ちっこいおててを掲げる遥にシスが焦って制止してきた。
「駄目でありますよ、普通でいきましょう、普通で」
そんな力を見せたら警戒されてしまうでしょと普通にいこうと伝えてくるので、たしかに面白そうだし仕方ないかとやめておく。
「わかりました。普通でいきましょう、普通で」
コクリと可愛らしく頷いて、おっさん少女は普通でいこうと決意する。おっさん少女の普通の基準はどのようなものかは不明ではあるが。
「レモネ艦長、私が案内するから良いよね? ねっねっねっ?」
舞は熱心にレモネ艦長へとお願いをする。なにしろこの機会を逃せば大金を支払わないといけないので必死だ。それはレモネ艦長も理解していたので苦笑混じりに了承をする。
それじゃこっちだよと、おててを掴んで案内してくる舞に遥もシスも大人しくついていくのであった。
その様子をレモネ艦長は見送って、肩をすくめる。
「子供だな。不用心にハッチを開けていくとは」
「ここがどこだかわかっていないんだろ? きっと地球のどこかだと思っているに違いない」
隣の作業員が哀れな少女たちを見送りながらそう呟く。
「だろうな。大使館にいけば良いと思っているのかもしれん。金持ちの娘っぽいしな。まぁ、説明を受けたらこの海老を売らないと生活できないと気づくだろうし、放置しておけ」
そう言って、レモネ艦長もブリッジへと歩き去るのであった。
遥たちは舞の案内で換金所とやらへと案内されていた。通り道は雑然として人々が行き交い、舞には細道が近道と言われて進んでいる。床の感触は明らかに金属であり、周りの壁とかもかなり汚れているが金属でできている。錆びてはいないのが、この金属が特殊であるとわかる。
窓枠には洗濯物が万国旗のようにはためいて、人々が汚れた格好はしているものの元気におしゃべりをしていた。栄養失調の人もいなさそうで不思議な光景だ。避難民じゃないの? と遥は首を傾げてしまう。
「ねぇ、ここの概念はなんなの? ここはいったいどこなのかな?」
モニター越しにサクヤへと話しかけようとするが、おかしなことに気づく。いつもはクリアな画面が空中に映し出されるのに、今日はノイズが酷くてまったくなにが映っているかわからない。
ザーザーと砂嵐の音がしてくるのみで、サクヤの返事はなかった。即ち、絶対に通信が切れることはないはずのメイドネットワークが切れていることになる。
「波長を合わせろってことか……面倒くさいから後で良いや」
たぶんメイドネットワークの波長が乱れていると理解する。その場合に何をすればよいか、おっさんはすぐに思いついたが、面倒くさいので後にしておく。おっさん+8は伊達ではないのだが、怠惰なおっさんなので仕方ない。
そしてネットワークが切れる原因もわかっている。そしてその原因から、この場所がなんなのかも理解する。
「もぉ〜! ご主人様! ちょっとは慌ててくださいよ! 世界一大事なメイドと連絡がとれないよ〜。これなら大事なあれをあげておけばよかった。クスンクスンと泣く場面では?」
「あっという間に通信を回復させたね? なんで空気を読まないの? 夜とかにこの世界はもしかしたら………とか、私はクールに呟くつもりだったのに!」
ノイズだらけのモニターはすぐにクリアされて、唇を尖らせて文句を言う銀髪メイドが映し出されてきた。文句を言うためにネットワークを回復させた模様。あと、寂しかったのではないかとも予想している。
「ご主人様が今いる場所はかつての夢のあとですね。空気を読んで説明はしておきませんけど。概念はありませんし空間拡張でもありません。少しだけ注意してくださいね」
「かつての夢のあととは意味深だなぁ、了解したよ」
少しだけ寂しそうな表情となり、サクヤは注意を促すとモニターは消えてしまう。ふむ、と頷いて疑問は後で聞こうと、舞へとついていくのであった。
雑然としたら細道を進むと大きな店が目に入る。どうやら艦に最初から設置された店でないようで、バラックみたいにボロいパッチワークの壁に囲まれた店だ。
中ではメガネをかけたごうつくそうなお婆さんがいて、ゴミなのか商品なのか判断の難しい色々な物が適当に並べられている。値札が書かれているが、文字は見たことのないものだ。しかしなぜか理解できてしまう。そのことに気づくと同時に舞も日本語で話してはいないと理解したが、それでも理解できるので、なにかしらの力があると推測する。
全ての文字も言葉も違うのに理解できる。おかしな状況ではあったが、推察は後でにしておこうっと。
どうせバベルの塔が建設される前とかというオチだろうけどさ。
難しいことを考えるのは苦手なのだ。そう思っている中で、へへんと舞は得意気にお婆さんへと話しかける。
その隙に遥はシスへとリュックを渡す。手ぶらで来たことに気づいたので隠蔽スキルでコソッと。もちろん自分も背負っておく。
「ばっちゃん、お客を連れてきたよ! たぶん神隠しに会った人たち!」
店棚に乗り出してフンフンと鼻息荒くお婆さんへと声をかける舞。そのセリフに神隠し? と新たな疑問ワードが浮かぶがとりあえず尋ねることはやめておこうとシスへと視線を向ける。
シスも微かに頷き、てこてことお婆さんに近づく。
「はぁ〜ん? 神隠しの奴らだって? そりゃ珍しいが金目の物を持っているのかい?」
「た、たぶん大丈夫だと思う。ねっねっ?」
持っててほしいと希望的観測をしてくる舞へとニコリと微笑んで遥はお婆さんの前へと立ち、ペコリと頭を下げる。
「こんにちは、私はワンダー大樹ランドに遊びに来た朝倉レキと言います。ここはどこですか?」
いつの間にか設定を変えたおっさん少女である。都合の良さそうな設定にする柔軟な頭を持っているのだ。柔軟ではなくて、いきあたりばったりではという噂はスルーでお願いします。
じろりとこちらを見てくるお婆さんの瞳には僅かに同情が混ざっていた。神隠しワードになにかがあるに違いない。
「ここはタクリの店だ。あたしの名前は忘れても店の名前は忘れるんじゃないよっ! これから使う店なんだしね」
はぁいと、素直に頷き返す。なかなかセンスのある店名であるからして。鑑定とかもしてくれるのだろうか。
「金目の物を持ってるなら水晶と交換だ。高いのは金属類、植物類、食料類だね。ここがどこかは……そこのケチ娘に聞きな」
舞へと指さして答えるお婆さんの態度を見て、口を尖らせて不満を顕にする水兵娘だが、特に抗議はしなかった。自覚があるみたい。
まぁ、いっかとリュックの中身を取り出す。ガラガラと取り出されるのは、以前に使った空気シリーズ缶詰である。
「富士山の空気、富山の空気、雪山の空気とかどうですか?」
ふざけてんのかと、怒鳴ってくるかなと、からかう気満々な悪戯美少女はお婆さんの様子をわくわくとした表情で眺める。だが、予想外に怒ることはせずに缶詰を手にとってジロジロと見始めた。
「ふぅ〜ん、空気ねぇ。お嬢ちゃん随分と良い性格をしているじゃないか」
「そうですか? よく言われるんです。レキは世界一可愛いねッて」
じろりと凄むように睨んでくるお婆さんへ、テヘへと頭をポリポリとかいて照れる詐欺少女。嫌味を華麗に受け流すその様子に舌打ちして、再度お婆さんは缶詰を掲げて尋ねてくる。
「で、これはなんなんだい? 空気以外にはなにが入っているのか真面目に答えないと買い取りしないからねっ」
このお婆さんはなかなかやるなぁと、遥は感心する。いつだか北海道では、けんもほろろに買い取りされずに追い出されたというのに、このお婆さんは用心深く確認をしてくる。
なかなか頭が切れそうである。たぶん私と同じぐらいには頭が良さそうだ。
おっさんと同じぐらいだと、かなり頭が悪いことになるのだが、遥は自覚がないので仕方ない。
「その中身はふんだんに空気を入れた蒸しパンです。甘くてふわふわで美味しいですよ。一個食べてみましょう、味見ということで」
パカリと蓋を開けると、中から黄色のフワフワ蒸しパンが飛び出すので、お婆さんや舞、シスへと千切って渡す。
パクリと食べて、舞はおぉっと驚いた。お婆さんも多少目を見開き、口元を歪める。シスは食べたことがあるので驚かない。
「おぉ〜、美味しいね、これ! 結構甘いし、黒ずんだ混ざり物のない綺麗な小麦の色をしているし」
「ふん、美味いじゃないか。地球産ということもあって高く売れるだろうね、何個あるんだい?」
その問いにシスと一緒にガラガラと缶詰を取り出す。計100個、リュックにはそれしか入っていません。なぜならば、換金バージョンリュックなので。
探索用リュック、戦闘用リュック、換金用リュックなど色々なバージョンを暇なのでアイテムポーチに入れておいたのだ。怠惰な人間はくだらないことしかしない証明であった。
目の前にどっさりと缶詰を積まれたお婆さんはニヤリと笑って、ぱんぱんと手を叩く。その音を聞いてガタイの良い用心棒らしき男が出てきた。
「全部倉庫に運んでおきな! あと、地球産の食いもんを仕入れたって、そこらのガキにお駄賃を渡して噂を広めさせな」
「へい、わかりましたオーナー」
男が頷いて缶詰を持ってきた箱に入れると裏に回っていく。
その様子を見送ったお婆さんはこちらへと顔を向けて、引き出しからなにかを取り出して、番台に置く。チャリンチャリンと、綺麗な澄んだ音がしてくるので、なんだろう?
舞は目をキラキラとその様子をみていていた。興奮気味にお婆さんへと問いかける。
「こんなに、良いわけ? 後で返さないわよ?」
「問題ないさね。これらは高く売れるはずだからね。だからレキだっけか? 計100万1110水晶で買い取るよ」
水晶が通貨なのだろう。金色、銀色、青色、黒色とある。六角形でてきている小さな水晶でゲームとかで、ルピーとか言われそうなアイテムだ。
ふぅむと珍しいので、手にとって眺める遥の腕を掴んで
「やった! これでサルベージ代借金はなくなったね! お礼にこの世界のことを教えてあげるよっ! 食堂で話そう? あ、奢りでお願いします」
快活にお願いをしてくる舞をみて、わかりましたとしっかり者の少女へ苦笑を返して、おっさん少女たちは案内されていくのであった。
色々と今のやり取りだけでわかることがある。少なくともこの人たちは避難民ではないと、僅かに目を鋭くさせながら。




