47話 おっさん少女はミッションを選択する
テクテクとレキぼでぃは新市庁舎の中層を歩いていた。通路を見ると以前とは様変わりしている様子が見てとれた。
泥で汚れていた床はきちんと掃除してありピカピカだ。部屋にも表札が作られており、各家庭毎に部屋が割り振られているらしい。ちらりと見えた部屋の中も以前の汚れたベッドに放置されたボトルといった物は無くなり、綺麗なベッドに折り畳まれた服などが見えた。
実に日本人らしい几帳面さだと遥が感心していたところに、前を歩いていたゴリラ自衛隊隊長がこちらを見て話しかけてきた。
「この風景は君が行った成果によるものだ。誇っていい」
実に男前に笑いながら、そんなことを言ってきた。さすがゴリラ。主人公体質だねぇと、別の部分で感心する遥。私は男前に笑えないと妬みもしているおっさん少女である。
レキぼでぃで男前に笑ったら、ほほえま〜と言われながら頭でも撫でられてしまうだろう。おっさんなら、そもそも男前でないから無理である。きっと行動を選ぶ選択肢があるとしたら、小物らしくおっさんは笑う。とかありそうである。
リーダーになる人は器が違うのだろうか?しかしサラリーマン時代は私もプロジェクトリーダーを何回もやっていたぞと、無駄に対抗心を燃やしてしまう。
相変わらずの阿呆なことを遥が思っていたところ、ようやく大会議室に到着である。
「ようこそ歓迎するよ。朝倉レキ殿」
中に入った遥に声がかけられた。偉そうな爺さんが会議室の人々の中心にいたのである。
「君が噂の救世主、朝倉レキ殿だな? 俺は百地信太郎だ。よろしくな」
どこぞの時代劇に出てきそうな、どこの豪族かな? という190センチはありそうな背丈の体が筋肉の鎧で覆われている感じの厳しそうな顔をした頭ははげており、ごま塩髭の爺さんである。多分60歳は超えているだろう。新たなるゴリラであった。
「一応、蝶野や仙崎を纏めている感じの爺だ」
ニヤリと笑う姿が益々豪族に見えるので、遥は豪族と心の中で渾名をつけた。あと、蝶野と仙崎って誰だろうとも思ったが、どうせ周りのゴリラの誰かだろう、ゴリラの名前は覚えなくても良いやと、気にしないことにした。
「豪族さんが何の用でしょうか?」
首を可愛く傾げて尋ねる遥。やべぇ、つい豪族と言っちゃった、レキぼでぃちゃん補佐してよと、無茶ぶりをするおっさん少女。そろそろレキぼでぃは反乱を起こしても良いかもしれない。
豪族と言われて百地はキョトンとした顔になった。周りが、プッと笑った声もする。
自分が言われたと分かったのだろう。ガハハと豪快に笑い始めた。
「豪族か!それは俺に相応しい渾名だ!」
これからはそう呼んでくれと、あっさり遥を許してくれる。
良い渾名でしょと、遥も百地が笑い始めたときに怒られるかとビクッとしたが、寛大な爺さんらしいので調子にのった。
「それじゃあ、豪族らしく検討してほしいことをお姫様に奏上するぜ。これからのことについてだ」
お姫様と呼ばれるようになったおっさん少女である。ついてきていたナナもレキ姫様、とか小声で笑いを含んだ感じて言っている。
見事にやり返されたが仕方ないなぁと、遥は諦めの溜息をした。
「これからの行動の指針を決めたい」
ナナがコーヒーです。どうぞどうぞと配っている中、豪族が話しかけてくる。
「指針ですか?」
遥はナナにミルク多めでお願いしますと頼みながら聞き返す。
「そうだ。姫様のお陰でこの周辺の生存者は大体集められたと思う」
そうなのとナナに視線を向けると頷いて教えてくれた。
「百地さんは消防署に立て籠もっていたグループなんだ」
消防署? もう何回も消防署には商売に行ったが、豪族を見た覚えはない。
「お姫様が物資を補充してくれたからな。俺は周辺の生存者を探し歩いていたんだ」
補充じゃないよ、商売だよと遥は思ったが黙って続きを聞く。
「黙って補充を待つだけなら、案山子で充分だ。俺はその時間を生存者捜索にまわしていたのさ」
また、ガハハと笑う豪族爺さん。
なるほどねぇと、生存者を捜索するのと、行商人に顔を繋ぐのはどちらが大切かと言われれば難しいところだが、豪快そうな正義感の強そうな豪族だ。じっとしていられなかったのだろう。
まぁ、こういう人は周りに頼りにされたりするよね。爺さんだし年の功で安心感もあるのだろうと遥は考えた。
おっさんには絶対に無理である。歳を重ねても老害になるだけかもしれない。
「でだ、話を戻すがいくつか復旧したい施設と確認したい場所がある」
会議用のテーブルの上に置いてある東京都の地図にいくつか赤い丸がしてある。そこの一つ一つを豪族は指し示す。
「まず、発電所だ。電気が復旧すればだいぶ楽になると思う。次に浄水場だ、飲み水を安定的に確保したい。ダムまで行きたいが無理だろう。近場の浄水場でなんとかなればと思っている。それと警視庁だ。まだ、生存者がいるかわからないが、いればだいぶ戦力になる」
鋭い眼光でこちらをみてくる豪族。
「お姫様のコミュニティからも部隊を出してくれれば、行ける場所がいくつかあるんじゃないかと思っている。助けちゃくれないかね?」
ふんふんとうなずいて、遥は豪族をレキぼでぃのいつもの眠たそうな可愛い目で見返す。
「うちの部隊は動きません。現在は足元を固めるのが限界です。出せる戦力はありませんね」
出せる戦力はこの間作成した。しかし、冷たいようだが、ツヴァイは出せない。壊される可能性が高いと思われるレベルの高い敵の地帯には投入したくないと遥は考えた。
はぁ~と溜息をつく豪族。返答を予想していたのだろう。それほど落胆はしていなかった。ならばと次の提案を遥にしてくる。
「まぁ、そちらの状況はわからんが復興を目指すとなると、物資が潤沢にあるそちらは部隊を出す理由はないわな。ならば、悪いが車両を1台でももらえんか? もしくは確認時だけのレンタルでも良い。金は払うぞ」
車両かぁ、トラック入れても2台しかありませんよと、心の中で答える遥だが、勿論馬鹿正直には答えない。それにその辺の車両を直すかガソリンを補給するかすればいいのではないだろうか? 疑問はすぐ聞くに限ると、おっさん少女は聞いてみる。
「車両ならば、そこらへんにある車か自衛隊の車両を使えばいいのでは? ガソリンが無いんですか?」
ガソリンならば補給できますよと、疑問の表情をだすレキぼでぃ。
ふむと、なにやら周りとアイコンタクトする豪族。何か使えない理由があるらしい。
「姫様は仲間に聞いていないのか。車両は使えない。通信もあわせて使えないのだ」
腕を組んで重々しく遥に伝える豪族。その答えに驚くおっさん少女。
「使えない? 故障ですか? 全部?」
そんなことはあり得るはずがない。私のは現に動いているよ? あれ、でもこの人たちは誰も車両を使っていなかったなと、今更ながらに思い出すいつも迂闊なおっさん脳。
「わからん。故障もしていないしガソリンも入っている。電気自動車も故障もしていない。しかしエンジンが動かんのだ。訳がわからん! 車から外して動かすとエンジンは動くのだ!」
お手上げだと強めにそう言ってくる豪族。周りのゴリラ軍団もうんうんとうなずいている。
なんでだ? とウィンドウを横目でみる遥。
「ご主人様、車両や通信はオリジナルのパッシブスキルで封じられているのです。そういうスキルなのでしょう。恐らく車両にも強い暗い恨みがあったのだろうと推測します」
その視線を見て、サクヤが答えてくれる。あぁ、車両も邪魔だと思う時が多いよね。渋滞時だと車を乗り越えて移動したいと思うよね。それ以外にも車に苦い思い出がある人は多いだろう。と遥は納得する。続けて小声でサクヤに聞いてみる。
「でも、オリジナル一人で、東京全体を封じられるの? いや、日本全体?」
「一人ではありません。多数のオリジナルがデフォルトで取得しているスキルの可能性があります。広範囲かつ解放しにくいパターンですね。ただし、その効果は弱いのでライトマテリアルで作成されたご主人様の車両には影響はしないのです」
なるほどねぇ。大体のオリジナルが取得しているのかぁ。それなら、それは弱くても恐ろしくきつい効果だ。この日本で車両が使えないのはきつい。いや世界全体なのだとしたら致命的だ。恐らくは電車も同じなのだろう。戦車や装甲車が使えなければ、自衛隊や軍隊も役には立つまい。ヘリも飛行機もそうなのだろうか? 飛んでいるところをみないと、エンジンで動く移動機械に反応するスキルなのだろうかと遥は推測する。
「姫様は仲間から情報を与えられていないのか?」
疑問顔の豪族。まぁ、当たり前である。崩壊時からそんなことは皆知っていないといけない内容である。
「目覚めたのはつい最近なんです。その際に与えられた車両は動いたので、気にしたことはありませんでした」
謎の強化人間を装うおっさん少女。それを聞いた周りもコソコソとやはり政府が秘密裏に作っていたとか、緊急時のためにカプセルから目覚めさせたんだとか言っている。なんだカプセルって。サイボーグかな? 秘密の超人設定かな? と遥は思い、心の中で残念、平凡なおっさんでした。と答えていた。
「なるほど、私に車両を与えた人は試験品なので壊さないようにと口を酸っぱくして言ってましたがそれが理由だったんですね」
うんうんと厨二的設定を考えつつ答えるおっさん少女。勿論、カメラドローンは動いている。
「やはり試作だったか。そちらのコミュニティの科学者は大分有能だと思われる。この短期間で対応策を考えるとはな。しかし、それならば数も少ないか。レンタルは無理か?」
難しそうな表情で聞いてくる豪族。
「ご主人様、たった今ミッションが解放されました。発電所ダンジョンを攻略せよ。exp50000、アイテム報酬? 浄水場エリアを解放せよ。exp10000、アイテム報酬スキルコア、警視庁ダンジョンを攻略せよ。exp15000、アイテム報酬スキルコア、となります」
キリッとした表情をしながら、たった今アンロックされたミッション内容を遥に伝えてくるサクヤ。発電所ダンジョンはやばそうだ。経験値報酬がおかしいレベルである。
しかし、待望のミッション発動である。乗るしかあるまいと遥は喜ぶ。
「そうですね。では私からも提案を」
ニコリと笑って、自分の提案を言うのであった。