473話 中層で戦うサマナー少女
道を進んで行く。道と言っても渇いた土でできており、大昔に戻ったような感じがする。その中をてこてこと真夏の暑い中で歩いていくサマナー少女一行は太陽が真上に登り、昼になろうかという時間に村へと辿り着いた。
今まで森林ばかりであったのが、ようやく文明があると確信できるような広々とした広場に藁葺き屋根の古いお屋敷が何軒も建っており、二メートル位の背の低い木々が塀のように聳えている。
「ここに10体位の反応があるみたい。全部足軽スケルトンかな?」
「ここは中層だな。藁葺き屋根の家の中には木の板の居間に囲炉裏があったりする。食い物はないが、木は役に立つからな。足軽スケルトンたちを撃破して、ここを拠点にしようと昔は考えたんだが……」
熊村さんは駄目だったとかぶりを振る。無限湧きに近ければ不意を打たれて殺される人も出るので納得するが、今回は問題はない。
「私たちなら楽々に殲滅できますよね。それで奥に向かう拠点としましょうか」
足軽スケルトンなど相手にならない。なにしろこちらのパーティーは強いのだ。
「槍使い、侍、ガンナー、サマナー、エンジェルにピクシー。それに……魔法少女?」
最後が自信なげに小声となる。なにしろ、最強と言われるレキちゃんは巫女服姿で魔法少女のステッキを持って歩いているからだった。
幼気な子供が、ふんふんと可愛らしい鼻歌を歌いながら、楽しそうに魔法のステッキを振りながら歩いているのは凄い愛らしい。写真に撮っておきたいぐらいだ。
でも、物凄く場違いでもある。緊張感があっという間に消えていくし。
鈴の迷うような言葉にレキは反応して、顔を向けて満面の笑みで口を開く。
「私は錬金術師です。昨今は可愛らしい服の錬金術師が多いんですよ。戦い方はウニ」
アホなことをごっこ遊びをしているかのように告げてくる外見詐欺な少女であった。
「あんまり頼りにしちゃいけないのね。まぁ、いっか。この先にスケルトンが四体いるよ」
ため息を吐きながら、レキちゃんの頭を撫でて周りへと注意をする鈴。撫でちゃうのはこんなに可愛らしいので仕方ない。可愛らしいは正義なので。
「よし、俺が一番槍をとろう!」
ズカズカと足音荒く熊村さんが飛び出して、先に進む。家々が立ち並ぶ中で木でできた塀の間を走り抜けて角を曲がると足軽スケルトンが槍を肩に担いで四体徘徊しているのが目に入る。
「どりゃあ!」
豪放な武人っぽく、勢いよく槍を振りかぶり一体の頭を叩き壊す。足軽スケルトンの頭蓋骨は乾いた軽石の如く、簡単に砕かれて倒れ伏すが、他の奴らは動揺を見せずにすぐに担いでいた槍を振りかぶり、熊村さんの頭へと猛然と攻撃をしてきた。
「フンッ!」
だが熊村さんは振り下ろした槍をすぐさま斜めに振り上げて対抗して、スケルトンたちが振り下ろす槍を一纏めに振り払う。カンカンと槍が弾かれて敵の体が骨だけで軽いこともあり、よろよろと後退る中で、はちきれんばかりの腕の筋肉を膨張させて、横薙ぎをして、もう一体を胴鎧ごと弾く。
吹き飛ばされた足軽スケルトンは地面へと叩きつけられてバラバラになるのであった。
「見たか、侍! これこそが剣聖上泉信綱に皆伝を貰いし武田槍術よ!」
ニヤリと熊のように笑う熊村さんの横を前傾姿勢で狼のように飛びだしたノブさんが残りの足軽スケルトンの懐に入り込んで刀を疾風のように振るう。
あっという間に上下に斬り裂かれてしまうスケルトンを確認したあとにノブさんは熊村さんへと面白そうに視線を向ける。
「やるじゃねぇか。皆伝とやらは怪しいものだがな」
「フッフッフッ、後ほど再戦といこうじゃないか」
石突をドシンと地面に叩かせて、ギラリとした目でノブさんへと戦いを挑むので、昨日はかなり悔しかった様子である。
「カッカッカッ。良いだろう、しかしまずはここのボスを倒さねばな」
ノブさんが刀を仕舞いながら鈴を見てくるので、その意味を理解してコクリと頷く。
「ゴブリンマップによると、この先に5体いるよ。この勢いなら数時間でこの拠点は殲滅できるね」
そうしたら坑道の探索かなと私が考えていると、ぴょこんと顔を私の前にレキちゃんが突き出してきた。
「にゃふふ、本当にそうなんでしょうか? ゲームみたいだとは説明しましたけど、ここは現実、あくまでもゲームっぽい敵なだけなんですよ」
「うん? それってどういう意味?」
小首を傾げて嫌な予感をしながらも尋ねると、くるくると身体を回転させながら、妖精のような可愛らしい笑みで周りへと手を振って言う。
「なんで家々を囲うのが石や柵じゃないんでしょうか? 木々って変じゃないですか?」
「え? それはゲームっぽくて……!」
不思議な少女のようにレキちゃんの伝える内容にすぐピンとくる。ゲームでもあり得るシチュエーションだからだ。
「ノブさん、熊村さん! 木々に気をつけて!」
あからさまでしょうと、声を鋭くして二人へと注意を促すと、すぐさまその声に従い身構える。戦い慣れている二人は訳がわかなくても疑問を抱いていても、すぐに警戒をする戦闘センスを持っているとわかる。
「どうした、主君?」
「なにがあったってんだ?」
周りを見渡すが静かなもので、遠くからゼミの鳴き声が聞こえるだけだ。だが私はディアへと指示を出す。指差すは家々を囲む木々。二メートル程の背丈の木々。
「ディア、雷だよ!」
忠実に従うピクシーは小さな小さなおててを掲げて力を発動させる。
「雷」
雷光と共に木々へと雷が矢のように飛んでいき、命中する。木々が焼け焦げる音がして、ミシミシと木に亀裂が入り
「ぎしゃー!」
木々と思われし物が断末魔をあげると同時にスケルトン兵へと姿が変わっていく。
「なんと! 化生であったか!」
「マジかよ、今までと同じ風景だったぞ」
驚く二人。やっぱり敵が化けていたんだと焦る私はレキちゃんも静香さんも落ち着いているのが目に入る。二人共気づいていたのに黙っていたのだと気づく。ううん、レキちゃんはかなり村の中深くまで入ってからだけど教えてくれたけど、静香さんはまったく伝える様子はなかった。
これが試験なのだと苦笑する私。そんなことを考える中でも周りの柵代わりになっていた木々がスケルトンへと姿を変えていく。
しかも槍の他に刀や弓を持つ多様なスケルトンたち。
こちらを攻撃せずにジリジリと囲む足軽スケルトンたちを警戒しながら身構える私たちだったが
「静かなること林の如く」
少し離れた家から聞いただけで心が押し潰されそうな威圧のある声が響いてきて、何者かが歩み出てきた。
その姿は立派な武者鎧に顔は白い髭に覆われた侍であった。というか白い髭ではなくて兜から白い毛が生えている。しかも片手には軍配、立派な意匠の赤い刀を腰に挿してもいた。だが、その風貌は肉はなく、骨だけの存在であった。
「ぎゃー!」
威圧に心が負けたのか、恐怖の悲鳴をあげる静香さん。ムンクの叫ぶ人みたいに両手を頬にあてて叫んでいた。
「ぎゃあー! ボスよ! こいつボスだわ! こいつを倒したらダンジョンが崩壊しちゃうわ! どうしてこんなに早く現れる訳! 空気を読んでよ! まだ金を掘りきっていないのよ!」
恐怖の悲鳴じゃなかった。ある意味恐怖の悲鳴だけど。欲望に塗れた悲鳴であった。
「儂の名は武田信玄也。汝らは我が手の内にある」
静香さんの叫び声を気にもせずに、暗い眼光を光らせて軍配を掲げる信玄。掲げたと同時に家々から骨の馬に乗った赤い意匠の鎧武者たちがけたたましい音をたてて現れる。
「ゲームと違って、ボスが現れることがあるんですね」
「そうね、木々に扮して森林にもいくらかスケルトンたちが隠れていたしね」
憎々しげに信玄を睨みながら、全てを見抜いていたらしい静香さんは平然となぜ罠が仕掛けられていたかを教えてくるので苦笑してしまう。試験官役は伊達ではないらしい。
「ふむ……信玄とはな……。名を貰った者が亡霊となりしは哀れなり。介錯をして進ぜよう」
スラリと刀を信玄へと向けてのノブさんが告げる。たしか信綱は信の字を信玄に貰ったんだっけ?
「待て待て、こいつら数百はいるぞ! 信玄を倒すどころじゃねえぞ!」
熊村さんが周りを見て慌てて
「おーりおり、おーりおり」
地面に座って、折り紙をなぜか始めるレキちゃん。
「ウニ以外の攻撃は禁止だからね、お嬢様? わかってる? わかってるわよね? ここはそこのサマナー娘が死ぬ寸前まで助けるのは無しよ?」
レキちゃんを説得する静香さん。なんだろう、この高レベルプレイヤーが低レベルプレイヤーを前に余裕を見せているような雰囲気は。
私たちは周りのスケルトンや信玄を
「亡霊信玄と名付けました!」
どこからか声がしてきた、亡霊信玄……なるほど。
亡霊信玄たちを警戒しているのに、まったく相手にしていないようである。たぶん実際に楽々で倒せるのではないのだろうか。
「大丈夫ですよ。売ろうと思って非売品になってダブついた折り紙を消耗しないといけないので、ウニ以外を使う予定はありませんから! でも、そろそろウニ以外も使えるかとも思いますが」
むふふと自信ありげに静香さんへと伝えるレキちゃんの手元には懸命に折り紙をしたあとがある。なぜか黒いトゲトゲになっているけどね……全部。
「信じているからね。それじゃ私はあっちで多少の援護をしながら見ているから」
そう言って、静香さんは懐から銃を取り出して離れた家の屋根へと向けて引き金を弾く。勢いよく発射されたのは、ワイヤーであり屋根へと突き刺さると、重さを感じさせない勢いで、ふわりと静香さんはワイヤーを引き戻して空を飛んでいくのであった。
なんという女スパイっぷり!
「相変わらずですねぇ。あのワイヤーガンはいつ見てもカッコ良すぎます」
「それよりも来るぞ!」
のんびりとした口調でレキちゃんが静香さんを見送って、対称的に熊村さんが焦りながら声をかけてくる。
「侵略すること火の如し」
軍配を再び掛け声と共に振るうと、周りの足軽スケルトンたちが一斉に見構えて襲いかかってくる。弓隊が弦を引き絞り、槍衾を作り、刀を持って突撃をしてきて、騎馬隊がけたたましい音をたてて槍を振りかざす。
「カッカッカッ! 戦にて相手をしよう!」
ノブさんが、飛来する矢を一閃で振り払い、刀持ちをいなしながら叩き斬る。土を蹴散らしながら突撃してきた騎馬隊の突き出してきた槍を反対に掴み取り、武者スケルトンを引き摺り下ろし、その頭を蹴り飛ばす。
圧倒的な力を示しながら、余裕綽々で戦うノブさん。あれで人間に近い力しか持っていないのは信じられない。さすがは元剣聖。
それにしても、あの亡霊はおかしすぎる!
「風林火山の使い方が違うよっ! なに、このなんちゃって亡霊信玄っ! エンジェル、浄化を亡霊信玄に使用してっ!」
風林火山は戦いの心得で、戦いで掛け声代わりに使うものじゃないっ!
なんちゃって信玄を倒してボス撃破で終わりにしておこうと、さらに指示を出す。
エンジェルが祈りを捧げるために腕を組むと亡霊信玄を神々しい光が覆うが、僅かに身体を震わすのみ。
「動かざること山の如し」
亡霊信玄の呟きが聞こえて青白い不吉な炎が信玄を覆い守ったのがわかった。
「おぉ〜、防御スキルっぽいですね」
感心したようにレキちゃんがのんびりと見ているが、こちらはそれどころではない。
「ボスキャラらしくターンアンデットは効かないのね」
焦る私を睥睨しながら亡霊信玄は刀を抜く。
「疾きこと風の如く」
一瞬刀を持つ手がぶれたと思ったら、刀を振り抜いたのだろう亡霊信玄の手前の空間が斬られて、滲み出るようにゴブリンが縦に斬られて光の粒子に変わっていく。
「げげ、隠れ身からの不意打ちだったのに見抜かれていた」
密かに信玄へと近づけていたゴブリンをあっさりと倒されてさらに焦ってしまう。やっぱりレベル7だと無理だったか。
「まずは周りを倒さないとまずいぞ!」
熊村さんが槍を振るい牽制しながら、必死な様子で叫ぶ。死を感じる程の勢いで迫り来る敵に怯んでいる。私も怯んでいます。ディアとエンジェルだけだと倒しきれない。
この大群だと厳しい。死ぬ可能性がある。これがレキちゃんと静香さんがいない場合でもあり得る可能性だ。
「というか、詰んでない? 退却するべき?」
「大丈夫です。ウニがありますよ、ウニ」
はい、どうぞとウニを勧めてくるレキちゃん。後ろから襲いかかる足軽たちへと、手のスナップだけでウニを飛ばす。
「ウニーッ」
「え?」
可愛らしい声がした瞬間には、近寄ってきたスケルトンたちがバラバラになっていた。なんということでしょう、レベル差が酷すぎます、私はいつの間にバーチャルリアリティゲームに入ったのかな?
今のはウニの威力じゃなかったよ……。私の知っているゲームアイテムの威力ではなかった。なにか黒い光弾にしか見えなかった。
「だめよ、お嬢様! ピピー、反則です、レッドアラート!」
静香さんがレキちゃんへと警告するが、どちらの味方なんだろう。金の味方だったか。あの人はもう信用しない、絶対に。
緊張感がどんどん失われていきます。熊村さんだけ死にそうだけど。
ノブさんは一騎当千といった感じで敵を倒しまくっているし、私はエアープロテクションで矢は効かないし、近寄る敵はウニでレキちゃんが敵を倒していく。
だが、ウニを投げる手を止めて悩むように動きを止めるレキちゃん。
「ちょっとやりすぎですか。ウニってこんなに強くなかったですか。それじゃ私は攻撃をやめますね」
「えぇ〜っ! ちょっと困るよ! 私たち死んじゃうよ?」
その言葉に焦る私の言葉を聞いて、レキちゃんはウンウンとなぜか頷く。
「う〜ん、仕方ないですね。奥の手にして次からは選択肢にしてくださいね」
ん? と首を傾げて不思議に思う。なんの選択肢?
スチャッとどこからか取り出したサングラスをつけて、むふふと笑うレキちゃん。
「よく来たな、サマナー。ライトマテリアル屋ヘようこそ。今日のレートは1LP100マターだ」
「あ、はい」
知ってる展開だった。というか高すぎます。いや、ゲームでも同じぐらいか。
呆れるけれども、それが打開できる選択肢だと理解できるので苦笑をしながらも、どれぐらい買うか考える。
周りには数百の敵に無傷の信玄。ディアの雷とエンジェルの浄化だけでは極めて厳しい。
ちらりと見ると、離れた場所から散発的に銃を放つやる気のない女スパイ。ディアとエンジェルが近寄ってくるスケルトンを倒しているが、それも力が尽きるまでだ。
「わかったよ。それじゃライトマテリアル屋さん」
「はい。どれくらい買うんだい?」
お店ごっこをするレキちゃんへと
「20万LPを買います」
そう告げて不敵に笑いを浮かべるサマナー少女。
打開? 私の財布は豊かなのだ。打開じゃなくて殲滅でいこう。ポイントさえあればサマナーは無敵なのだと知らしめよう。




