471話 常識人なサマナー少女
次の日。まだ朝早いが夏の日差しは段々と強くなって暑さが増してくるだろうと予想できる中で、鈴は坑道の広間に隠れ住む人々を集めてもらった。
毛皮の獣臭い臭いがして、松明の音がパチパチとして火の粉が地面に落ちる。毛皮を敷いた広場の上座ともいえる奥に昨日と同じくお爺さんたちが気難しそうな表情を浮かべて、座っている。その視線は楽観的に見ても好意的には見えず鋭く睨むようにしており、周囲にいる集まっている人たちもひそひそと話し合っていた。
周囲の人たちはきっとなにがあるんだろうと思っているのだ。その表情には期待感も薄らと見えているので、昨日一方的に自分たちのリーダーが救助を断ったにもかかわらず、なにか良い話があるのではという希望も持っているに違いない。
現代人が3年近くこの坑道に隠れ住んでいたのだから、それは当たり前だろう。衣食住がそろっておりこれが50年とか経過した後ならば坑道に住むのは当たり前となり、崩壊前の暮らしはお伽話ともなるだろうが、今は昔の生活を覚えている人たちばかりだ。
身勝手なことだとは思うが、それが普通。奴隷にされるかもとリーダーに言われれば、安全が確証できない今は反論は難しい。なにより今まで暮らしてこれたのだ、それは苦難の道であったろう。狩人が弓を持って獣を狩るなんて日本人には無理なのではと考えるし、化け物たちに襲われてどれぐらいの命が失われたか想像もつかない。なにより化け物たちから逃れてようやく手に入れた安住の地ならば、怪しい旅人が誘ってくる内容に乗ることも難しい。
坑道に住むのは100人といったところか、子供も少ないがちらほらと見えるので。
はぁ、と鈴は息を吸い込み昨日考えた内容を反芻する。私の考えに間違いはないはずだ。この提案はきっと上手くいく。
鈴の後ろには目を瞑り腕を組み護衛として佇むノブさんと穏やかな笑みを崩さないエンジェル、どのような提案をするのか口元を微かに笑みへと変えて眺めている静香さん。そして私の足元にある段ボール箱が私がどのような行動に出るのか待っていた。
髪の毛の間にはむにゃむにゃと眠そうなディアがいるが、唯一この集まりに興味を持っていないようだ。………なんか変なのが混ざっていたような………気のせいかな。
「それで佐々木殿、朝とはいえ我らには仕事があるのだ。忙しい中で時間をとっているのだからな。さっさと話すがよい」
昨日、苛烈に断りをいれてきたお爺さんがこちらを睨むようにして口を開いて用件を聞いてくるので、息を吸い込んで目力を強くしてその視線に対抗する。
「昨日の今日で私の言葉を聞いていただきありがとうございます。そして私の話に実は興味津々であることもわかっています」
ありがとうございますと鈴はぺこりと頭を下げて謝意を示す。だが、私の言葉にピクリとお爺さんたちは反応する。
「興味津々なのはわかっているんです。だって普通に私たちを泊めてくれましたし。外から訪れた私たちが、この暮らしから逃れる光明なのは間違いない。でも不安の方が全然多いんですよね。わかります。何しろ私は幻想を連れて、護衛はお侍。監視するように女スパイさんがいるんだものね。予想をするに、これはまずいと考えても正直全然おかしくないです」
女スパイって、私のこと? と静香さんが苦笑をするが、それ以外に誰がいると言うのか。昨日客観的に考えたところで、簡単に思いつくのはサマナーが変なことをしないように監視がついていると思われているのではということだ。静香さんはその役柄にぴったりだし、そうなると監視役をつけるような集団がまともであるはずがないという結論に至る。
「………その通りだ、佐々木殿。断りを入れた儂らの考えに思い至っていただき感謝する。儂らはこの集団を守らなければならない。控えめにいってそなたたちは怪しすぎる」
ふぅ~と疲れたようにお爺さんは息を吐き、肩の力を僅かに落とす。なんだかんだ言ってもエンジェルたちを連れている私たちが怖かったに違いない。怖がられるということも想像するべきであったのに、私は幻想を隠しもしなかった。まるでゲームのチルドレンのように生存者たちにその力を見せつけて悦に入る馬鹿なキャラみたいに。
こくんとお爺さんの言葉に頷いて、すぅと息を吸うと提案を口にする。
「私たちが信用できないのは当たり前です、なので簡単な提案をします」
その言葉に空気が再び緊張で包まれ、熊村さんが身じろぎをして警戒をするように地面に置いてある槍へと無意識に手を伸ばす。
その様子を見て、私は手をひらひらと振って、会心の提案を皆に聞こえるように大声で言う。
「軍にここに生存者がいますよって連絡してきます。そうしたらちゃんとした救助隊が来ますので」
えっへんと胸を張りそう告げると、シーンと一瞬静寂が覆い
「おいおい、嬢ちゃん。それは………。なんというか、えっと」
予想と全然違う提案に熊村さんが呆れたように苦笑交じりに声をかけてくるが、私は動じずに言う。
「小説や漫画なら、ここで主人公が貴方たちから信頼を得るために色々お手伝いをしたり、熱意ある行動をします。でもここは現実なんです。私は生存者を探すお仕事を選びましたが、国にとっては善意の通報者です。ここに生存者がいます~って連絡をすればすっ飛んできてくれるはずです。大樹は優しい国なので」
いるかどうかもわからない生存者を探すために軍を貼り付けることはできない。だが実際に生存者がいたとなるとどうか? 大樹は生存者たちを救助するのに軍を派遣してくれるだろう。即ち、なにかがあるかもという予測には付き合わないが、実際にいるとなると行動をしてくれるわけだ。
当たり前の話である。街中でも、あの人はこれから危険に見舞われるので護衛についてくださいと警官にお願いしても来てはくれない。だが、実際に犯罪者などに襲われて危険ならば、通報すれば来てくれるのだから。
常識人なサマナー少女がここにいた。
盛り上がりもなく、当たり前の行動を取るサマナー少女であったりした。
「はぁ………。そういやそうだよな………。もう俺たちの住む場所はばれているんだし、拒否しても同じってことだ。なんというか俺たちも小説やドラマに影響されていたか。常識で考えれば当たり前の話だよな」
拍子抜けの表情を浮かべて、熊村さんが頷き周りのお爺さんたちも
「そういやそうじゃの」
「儂は最初からそう考えていたぞ」
「う~む………。少し大人として恥ずかしいな」
とワイワイと話し始めて、お爺さんは気まずそうに頭をかきながらこららへと言う。
「そうじゃな、信用できんと言って悪かった。信頼できる大人、警官などを連れてきてくれと伝えれば良いのじゃったな。どちらにしても儂らに選択肢はない。この坑道を捨てて一から住処を作るのは不可能じゃし、お嬢ちゃんが怪しい人物なら、連れてくる者たちを前に一戦するだけじゃからの」
「ですよね。もう住処が判明している時点で通報すればOKだったんです。私だけで助けるよりも安全確実ですし」
ちらりと静香さんを見ると、腹を抱えて笑っていた。ノブさんは失笑をしているし、少し恥ずかしい感じもする。だって主人公が取るべき行動では全然ない。しゅー君ならば絶対にとらない選択肢。当たり前で普通過ぎて面白味のない選択肢だ。
「たしかに昨日は大国と小国と言ってしまったが、国に住む臣下として助けを呼ぶのは当たり前だな。ククク、我が主君は面白味がない」
「ぷぷっ。そうね面白味は全くないけれど今回は合格ね。でも生存者が少ない場合はどうするのかしら? しかも彼らが危険の中にありすぐに避難させないといけない。軍を待つ時間はないとなったら、それでも拒否してきた場合は?」
静香さんの言葉に、その場合どのような行動をとるのか考えを口にする。
「えっと、やっぱり物資を運ぶ荷役人や、避難民を守る護衛の人も必要ですので、これから準備をしっかりとしていきます。生存者を守れるぐらいに」
そこで私は昨日嫌がっていたことも考えを変えたと伝える。これは必要なことなのだと。
「ダンジョンギルドにて物資を回収し、ダンジョンを攻略します。ダンジョン攻略時の報奨金を大樹には用意をしてもらうようにお願いをします。そのお金で今言ったことをしていきたいと思います」
「あら、ダンジョンギルドって呼ばれるのは嫌だったんじゃないの?」
私をからかうように言ってくる静香さんの目は真剣であった。その問いにかぶりを振りながら返答をする。私が間違っていたんだと。
「最初からナナシさんはわかっていたんですね。ダンジョンに生存者が生き残っている可能性が高いと。そうですよね。ヘリを飛ばせばダンジョン外にいる生存者は政府が復活したと移動を開始します。気づかないのはダンジョンだけ。そしてこれからは多くのお金がかかるでしょう。ボランティア活動では、私のお金はあっという間に無くなります。お金を稼げるような仕事にしないといけなかったんですね………」
しょんぼりとしてしまう。昨日は実際にその考えが思いついてかなりめげたものだ。私のお金は生存者たちを救うには少なすぎる。個人では金持ちでも、会社を設立したとなると少なすぎる資金なのだった。
化け物たちが隠れ住むダンジョンを攻略して、少しでも地域を安全にしていく。そして、生存者たちを救っていく。そこまで考えて、ダンジョンギルドと名付けられたのだ。それがナナシさんも静香さんも他の出資者は理解していた。私だけが子供だった訳。
「そうね。それじゃ、これからはもう一度ダンジョンギルドのきちんとした規則などを作らないといけないわ。大樹の交渉役と折衝をしないとね。貴女の生存者を救うという考えは尊いものなのだから」
ふふっと、労わるように優しい笑みを静香さんは見せてくれるのであった。
緩和された空気の中で熊村さんが、こちらへと話に加わる。なんだか私たちだけで話したので気まずそうにしているのが少し可笑しい。
「あっと、それなら軍を連れてくるのか? 通信機でもあるのか?」
「あ、いったん下山します。通信機はないのでって、いたっ」
下山をして軍へと通報する気だった私の足元に段ボール箱がゴンゴンとぶつかってきていた。地味に痛いよ。
というか、この段ボール箱は何かな? ここの子供が中に入って遊んでいるのかな?
段ボール箱の下からちっこい子供のおててがでてくる。その手には
「紙コップ? ん? 糸がついているね」
なぜか紙コップがあった。これ、糸電話?
「なにかな? 遊んで欲しいのかな? 今私は少し忙しいから、またあとでって、いたっ、痛いって」
断ろうとしたところで、ゴンゴンとまたぶつかってくる段ボール箱。どうしても遊んで欲しいらしい。
目の前に座るお爺さんたちはなんだなんだと段ボール箱を見ているが、きっと悪戯っ子なんだね。仕方ないから、耳に糸電話をそえて一度だけ遊んであげることにする。
「じりりりん、じりりりん。もう黒電話はないからじりりりんって音は古いですよね。こちらは大樹生存者を救っちゃおう係です。どうなさいましたか~?」
その可愛らしい声と言われた内容に少し驚く。なんだかおしゃまなそうな子供の女の子の声であった。あと、どことなくアホっぽい。
「えっと、隠し金山ダンジョンに生存者を100名ほど見つけたんです。救助隊の申請をお願いしまーす」
その遊びに付き合ってあげようと、下山して呼ぶつもりの内容を伝えると
「わかりました! では、世界一可愛らしい大樹のエージェントを先行させます。その段ボール箱の蓋されているガムテープを剝がしてください」
「えっと、このガムテープを剝がせばいいんだね?」
段ボール箱は下の部分がない、被っているだけなのだが、様式美というやつなのだろう。その可愛らしい提案に口元を綻ばせながらガムテープを剥がしてあげる。
そうしたら、蓋が開いて子供が勢いよく飛び出してきた。ぷぷっ、子供って可愛らしいね。
「じゃじゃーん! 大樹のエージェント、謎のウニ使い朝倉レキ、ここに見参! 見参って実は謙譲語だからこういう時には使い方間違っているらしいですけど」
とやっ、と飛び出してきたのは記憶にある少女だった。元気よく喜色満面の笑顔を浮かべてやんちゃな子供みたいにポーズをとっている。すっごい楽しそうな笑顔なので、こちらもなんとなく楽しくなりそうな笑顔が可愛らしい少女であった。
というか、この娘は大樹の最強の娘だ!
レキちゃんはこちらを笑顔を浮かべながら見てきて、優しい目つきで言ってくる。
「スタンドアローンな主人公ではなく、一般の脇役兵士のような行動をした鈴さんに称賛を。貴女の提案は意外であり、そして納得できる内容でした。当たり前の行動に見えますが、当たり前の行動を力に自信があるものはとらないものなんですよ」
その称賛は心の底から言ってくれていると感じて、むずがゆい感じがして照れてしまった。この娘の笑顔、凄い可愛いよ。照れ隠しの為に手をぶんぶんと振って謙遜をする。
「そんなことはないの。私は弱いし、選べる選択肢は少ないしね」
「選んだ選択肢は正解です。次からは通信機つきのバングルを渡されるでしょう。生存者を救うべく行動した内容は合格です」
「あ、ありがとうございます」
ペコリと頭を下げる私。周りの人たちはぽかんと口を開けて話についていけてない。静香さんだけは予想をしていたのか平然としているけど。
「では次は貴女の戦闘力を見せてもらいましょう。安全に暮らす生存者たちだけではありません。危機にあり軍が間に合わない場合、どうしても戦闘が必要な場合があるのです。ここのダンジョンをクリアすることが合格条件です」
「うん! 任せてよ、私にはノブさんも仲魔もいるしね」
どんと胸を叩いて、自信ありげに答えると
「えぇぇぇ! 後数カ月はダンジョン攻略に時間をかけないといけないわよ?」
静香さんがダンジョン攻略をするという言葉に、非難するように口を挟む。その顔は驚愕で歪んでいて、珍しいなと思う。
「駄目ですよ。数日以内でクリアして、ここの金山は大樹の直轄領にしま。むぐむぐ」
レキちゃんは静香さんに頭を抑えられて、再び段ボール箱に仕舞われる。そして凄い速さでガムテープでぐるぐる巻きにされてしまう。
「はいはい。お嬢様は空気を読んでね? 駄目よ、鈴ちゃんのお仕事の邪魔をしたら」
「静香さんが金山を掘り尽くしたいだけですよね? もう解析は終わっていますが数日で終わる量じゃないですから! 諦めてください!」
「人間は諦めたらおしまいなのよ。お嬢様も社会勉強をしないとね」
ギャアギャアと静香さんとレキちゃんがアホな言い合いをしてくるので、一気に空気が弛緩する。えっと私の試験はどうなったのかな?
「あ~、すまん佐々木殿………。これはいったい?」
忍法段ボール箱抜けとかジタバタ暴れる段ボール箱をさらにガムテープでぐるぐる巻きにしようとしている静香さんというカオスな空気を見て私は嘆息する。
「とりあえず、大丈夫です。あの騒ぎが終わったら話しますね」
全然大丈夫じゃないかもと内心で思いつつ、にっこりと笑うサマナー少女であった。




