46話 おっさん少女は商売をする。
新市庁舎。それは人々がまた税金使って豪華なビル建てやがってと愚痴られていた高層ビルである。建てられたときは、窓ガラスはキラキラと輝いて、玄関ロビーもホテルもかくやという立派なものだった。聳え立つその姿は人々がイラッとするほど立派であった。
その高層ビルは、今や見る影もなく変貌していた。下層の窓ガラスはガムテープが貼られており、玄関ロビーは車が何台も突っ込んでおりバリケードが作られている。
出入り不可能なその姿は玄関ロビーとしての跡はない。中層から人々は梯子をかけており、そこから老若男女が出入りをしている。
中を見れば元はオフィスだった部屋も小さな資料部屋も、看板が立て掛けられている。何の看板かと見てみれば人々の家々をしめす看板であった。看板だと思われたのは表札であったのだ。
中にはそれぞれの家族がマットを敷いて寝ている。大きな会議室やオフィス部屋はカーテンの仕切りが置かれており、仮設の部屋として複数の人々が暮らしている。
完成当初は誰が想像しただろうか? 今や新市庁舎は集合団地となっていた。
そして人々を守る象徴として聳え立っている。
少し前は、人々の話し声もどこか小声でヒソヒソと会話しており、子供の声は泣き声しか聞こえなかった絶望感溢れる新市庁舎であった。
今は玄関前周辺にバリケードを築いており、玄関前は人々の明るい声や子供の遊ぶ笑い声が聞こえている。人々はある出来事により復興の足音を、希望を持ち始めたのだった。
その大きな希望を与えてくれる人間が今訪問していた。
どでかいトラックに物資を満タンに乗せてやってきた。プシューとエアブレーキが止まった音を聞いて人々は行商人を名乗る少女たちの訪れを知るのだった。
最初に訪問してから2週間は経ったのであろうか? 今日は水は足りているので物資だけ持ってきてくれと言われ、新しく軍用輸送トラックを作成し持ってきた遥である。
まぁ、これからは商売時に使うかもと考えたのだ。
ワイワイと人々が集まってくるのでサクヤが操るアインが接客をしている。トラックにはできたての野菜がたくさん積まれている。これを下さい、あれも下さいと人々は久しぶりの大量の新鮮な野菜をスーパーが開店したかのように集まって買い求めていた。
遥は売れている野菜たちをぼんやりと眺める。ショートカットの黒髪黒目の眠そうな眼をしている子猫を思わせる小柄な美少女レキぼでぃである。ただぼんやりとしているだけでも庇護欲を感じさせられる。
おっさんなら、何かヤバさを感じて人々は遠回りに通り過ぎていくのみであろう。美少女とおっさんの格差である。
何故ぼんやりと見ていたのかと言うと、おっさん脳が働きを止めたわけではない。買われていく野菜を見て考えていたのだ。
奥さん、そのジャガイモは7日で収穫できるまで育ったんだよ。そのトウモロコシは10日で育ち3日毎に収穫できるんだよ。そこのお子様よ、食べたそうにしているイチゴもたった5日でできたんだ。
全てマイベースで異様な早さで育成された野菜たちである。拠点拡張時に作られたツヴァイたちが育てたのだ。ツヴァイはアイン量産型である。
現実なら量産型のほうが性能が良いはずだが、白い悪魔のようにオンリーワンな試作型の方が性能は良かった。まぁゲーム仕様なのだ。仕方ない。
そんなツヴァイは器用度以外は全てアインの能力の半分である。装甲も簡易外骨格装甲という、いかにも量産型です装備であった。勿論防御力も半分である。顔には常に細いスリットが入ったバイザー装備だ。どこかのアニメによく出てくる感じがする。
そんな量産型であるが能力に見合わぬ性能である。スキルが搭載されているため、恐らくレキぼでぃ以外の人間が行うより作業は効率的かつ早い。
日中は休まずどんどん野菜を育てたり、装備作成スキルから日用品を作ったりと八面六臂の活躍であった。
拠点聖域化が働く維持コストゼロなマイベースは、なんと畑に肥料も要らず、連作障害もない、育成速度も不気味なほど早いゲーム仕様というチートな畑であったのだ。なので山ほど、野菜は存在する。腐らないようにこれまたチートな劣化無効な倉庫にどんどこ入れているのであった。
装備作成もマテリアルを使わずに、放置されている車や家々を解体して作成している優秀なマシンドロイドである。家々が無くなっていて呆然とする人々が出てくるかもしれないが知らぬ存ぜぬを貫き通す予定のおっさんであった。
多分ミュータントが食べたんでしょうと、とぼける予定のおっさん脳である。
ツヴァイは休む必要も無いが、一応夜間は防衛兵は交代制、育成組は待機状態にしており、週休2日制をとっている。もしも自我が芽生えたら、奴隷扱いしやがってと反乱が発生するのを恐れた映画や小説を見過ぎなおっさんであった。
何故かこれを提案した時、メイドたちは呆れる風もなくニコニコ顔だったのが印象的ではあったが。
でも防衛兵はいらないと思う遥であった。ナインが必要無くても様式美としてベースには必要ですと、体をグイグイ押しつけて涙を溜めたお目々をしながら迫ってきたので、うんうん、勿論様式美は大切さと小柄なナインは温かくて柔らかいなぁと感激しながら頭をナデナデしたおっさんである。
乙女の涙に弱いおっさんであった。でも普通の人も弱いかもしれない。
さすがに今のところは、乳製品や卵や肉は無いのでマテリアルで補充をしている遥であるが、人々にはそんな裏事情は関係ない。喜び勇んで買っている。
この物資はどこから発生していると人々は思っているのかと遥はぼんやりしながら考えていた。
「このチョコレートケーキをくださいな!」
と遥に、声をかけてくるお客がいた。今回遥は人々は疲れているのだからケーキでしょうと謎理論でクーラーボックスに入れて持ってきてたのだ。
見るとお馴染みのナナであった。包装紙に包まれたチョコレートケーキを持って、いつもの人懐こそうなニコニコ笑顔で立っていた。
「はい。お買い上げありがとうございます。千円です」
意外と高いが、こんな世の中だ。ケーキは戦後間もなくと同じように特別感を出したかったので、高めに設定した。
それでも人々は笑顔で嬉しそうに買っていくのが印象的ではある。二度と食べることは無いと思っていたのだろうか。
勿論、生活必需品は安めに設定している。高いのは嗜好品だけだ。
ナナはここで食べていくらしい。小さなテーブルを遥は設置していたが、そこにケーキを置こうとするので嘆息して遥はお皿とフォークを用意してあげた。せっかく買ったケーキである。大事に食べてほしい。
先端から少し切り取って、パクリと口の中にチョコレートケーキを放り込むナナ。う〜ん、甘くて美味しい!ちょっと苦味があってアクセントのナッツもカリッとしていて良いね!と料理評論家のようなことを言ってくる。
そしてこちらを見ながら
「レキちゃん、何をぼんやり考え込んでいたの?」
と聞いてきた。なかなか鋭い目をしているなと遥は思った。レキぼでぃは基本眠たそうな可愛い目をしている。ぼんやりしている時とあんまり表情は変わっていないはずだ。
おっさんなら確実に気づかれないだろう。いつもぼんやりしているので。
レキぼでぃの表情に、よく気づきましたねと出たんだろう。ナナは得意気に胸を張って言ってくる。
「ふふん、レキちゃんのことはよく見ているからね。わかるんだよ」
少し嬉しいことを言ってくれると遥が思った時にウィンドウから声をかけられた。
「勿論、私はいつも見てますので何を考えているのか、お見通しですよ、マスター」
ニコリと笑顔でそう主張してくるナインである。もう本当にこの子は可愛いなぁとほんわかする遥。
「勿論、私も起床から就寝まで全て撮影しております。但しレキ様の時に限りますが」
キリッとした顔でサクヤが、主張してくる。もう本当にこのメイドは変態だなあ、ゲンコツの刑にしたいなぁと苦笑する遥。苦笑ですむぶん、慣れてきたのかもしれない。
「え〜とですね、この周辺は安全になってきましたし、商売もうまくいくようになってきたので、次は何をしようかなぁと思ってまして」
ゲーム脳なおっさんである。最近は平和になってきたので新しい刺激が欲しくなってきたのだ。ただ、目的もなく未知の場所に行くのは嫌なのでどうしようかと迷っていたのだ。
自由にしてねと言われると何もできない現代っ子なおっさんであった。
「なるほどね〜。私はレキちゃんに危険なことをあんまりしてほしくないから、これで良いと思うけど」
ナナが、う〜んと悩んだ顔で返答してくる。まぁ、ナナならそういうだろうとは思っていた。
周りでチラホラと立ち聞きしていた人たちも、そうだよ、レキちゃんがいなくなると困るよと言ってくる。一部からは復興計画の新たな指示がくるのを待っていたほうが良いんじゃない? とも言っている。何か遥は誰かの指示で動いていると思われているらしい。
う〜ん、う〜んと悩んでいると後ろから声をかけられた。
「ならばお願いがあるのだが、聞いてもらえないだろうか?」
警察署拠点にいるはずの、自衛隊隊長がそこにいるのだった。
新たなミッションの予感がし始める遥であった。