467話 女武器商人とサマナー少女
甲府の地、周りを見ると人が住んでいない廃墟が植物に覆われて、自然溢れる平原や森林となっている。ちらほらとウサギや狸がこちらを窺うように草むらから覗いていたりもした。
もはや人が住む場所ではないですよと、野生動物がそのつぶらな瞳で語っているようであった。
その自然溢れる山裾にて、幻想サマナーである佐々木鈴は髪の先を弄りながら設置されたテントの中で休んでいた。
「日差しが強いよ〜。乙女が真夏の中で歩いちゃ駄目だよね? 日焼け止めクリームを塗っても、日焼けするのは止められないんじゃないかな」
「カッカッカッ。我が主君は日焼けなどを気にするのか。夏は日焼けをするのは当然の摂理であろう?」
目の前に座る羽織袴を着込んだ中年の男性がおかしいことを聞いたと高笑いをする。腰には刀を挿して侍ですと全力でアピールしている男、顔つきも鋭い刀のような威圧感を与える侍の名は泉ノブ、元剣聖上泉信綱である。この真夏の中でも汗一つかかずにいる変態だ。
修練が違うのだとノブは言っていたが、鈴的には耐性強化されているのではと疑っている。たしか英雄のスキルには全耐性小というものがあったはず。英雄は無効系はスキルにはないが各種の便利なスキルが揃っていたので重宝していたとスティーブンの記憶には残っていた。
スティーブンの記憶……黒歴史であった。しゅー君には悪いがスティーブンになっていた時の記憶を全て消しておいてほしかった。ぼんやりとだが幻想の知識や戦い方は記憶にある。なぜか人々を苦しめていた記憶はないので、これが良心の欠片と一緒に残った物なのだろうとは予測している。
鈴の髪の毛に埋もれるようにいた手のひらサイズの妖精がちょこんと顔を出して、ペチペチと頭を撫でてくる。たぶん慰めているつもりなのだろう。
「慰めてくれてありがとうディア。私の仲魔は君だけだよ」
ピクシーのディア。私がグリモアから呼び出した小妖精だ。ノブさんは厳密に言うともう私の仲魔ではなく仲間だ。なので昔と違ってからかってくることが多い。過去にいた本物の剣聖もこんな性格であったのだろうか。
「仲魔ねぇ、ねぇ、その妖精さんは倒されても復活可能なのかしら?」
「はい、復活は可能ですけど倒されたらクール時間が一週間は必要です。グリモアのやられた仲魔のページが真っ白になるので」
机を挟んで椅子に座る女性が妖しく笑って尋ねてくるので答える。優雅に足を組んでモデルのような美女だ。パイプ椅子に座っているのに、そこだけ違う世界のように見える。普通の私では無理な世界。
というか、モデルのようなではなく、妖しい女スパイだね、どう見ても。
うんうんと一人頷いて、ジト目で甲府山中へと私を誘った女性、名前は五野静香さんを見つめて言う。
「本当にここに生存者がいるんですか? ちょっと疑わしいと思うんですけどっ?」
深いスリットの入った真っ赤なチャイナ服みたいな服装の人は大樹本部の武器部門のお偉いさんらしい。どう見ても主人公の手にした宝物を最後に妖しく笑いながら奪っていく女スパイにしか見えないけど。たぶん自分でもそれをわかっていて、真っ赤な服を着ているんじゃなかろうか。
即ち、コスプレが趣味な残念美女だ。
そんな残念美女は肩をすくめて微かに笑いながら手をひらひらと振ってきた。
「私の勘よ。乙女の勘というところね」
「え、まだ乙女なんですか? その歳で?」
真顔でツッコんでしまったら、その瞬間、素早く静香さんは腕を振りかぶり、私は頭にチョップを受けた。
「いだっ!」
「なかなか面白いことを言うから、ツッコミ返しをしてあげたのよ」
笑いながらも怒りのオーラを漂わせてくる静香さん。
「だってもう20代後半なのに乙女とか、いだっ、痛いです!」
さらにツッコミを入れてしまった私へとベシベシと容赦なくチョップを入れてきた。
「ねぇ、貴方は周りの友人から一言多いとか言われたことない? ねぇ? それに私は20代前半だからね」
「あうっ、たまに言われたかな? でも滅多にないですよ。自然に口走っちゃうんです。ごめんなさい〜」
たしかにツッコミが容赦ないと言われたことがあるかも。
「まったく、仕方ない娘ね」
はぁ、とため息を吐いてから静香さんは目の前に広がる森林へと手を振って見せる。
「大樹本部は大型の支配級しか倒してこなかったわ。その影に隠れていたしょぼい力しかないダンジョンは気づかなかったのよ。だから、今各地にダンジョンがあることが判明したから、攻略していく予定なわけ。酷いところだと駅毎にあったりするしね。トイレの入口がダンジョンの入り口になっていたりするのよ?」
「そういうの軍に任せておけば良いんじゃないですか? 危険な仕事は軍の仕事ですよね?」
「もちろん軍も攻略に向かうわ。でもダンジョンの数は無数にあるの、到底軍では手が回らないから危険なところを優先していっているわ。そこで私たちダンジョンギルドの出番な訳」
ふふっ、と妖しく笑う静香さんだが、ちょっと聞き慣れない名前が出てきた。
「私が作ったのは生存者救助会社です。勝手にダンジョンギルドとか名称を変えないでください」
照魔鏡を売ったお金と、ナナシさんの支援で作ったのだ。あと、なぜかこの人の支援も入っているらしい。他にも市井松さんとかも。そしてなぜかダンジョンを攻略する仕事も入っているらしい。なぜなのだろうか。
「あら、そうだったかしら? それはごめんなさいね。でもダンジョンギルドのほうが通り名は良いと思うわよ。なにせ駅前ダンジョンとか、公園ダンジョンとか山程あるから」
「儲けなんかないですよね? ゲームと違うんですから」
「それが違うのよね。ダンジョンといっても不気味なダンジョンは殆どないわ。そしてダンジョンには物資がある時があるの。ボスが不自然に財宝を集めていたり、なぜか宝石店があったり、貴金属店があったりね」
フンフンと鼻息荒く興奮気味に語ってくるので、さらにジト目となってしまう。
「私は財宝を集める予定はありませんよ? あるならそれはそれで貰いますけど。生存者が優先です」
「ダンジョンには生存者が少ない数生きている。いくつか攻略した際に、判明したことよ。ダンジョンの中には環境によってだけど、食べ物が回収できる場所もあるから、そこに住んでいる生存者もいる。そういう環境だと水もあるからね。ダンジョンから出れば復興が始まっていると気づくけど、崩壊した世界が外には広がっていると信じて未だにダンジョンの中にいる人も多いのよ」
「う〜ん、それじゃなんで誰もダンジョン攻略会社を作らなかったんですか?」
おかしいよねと私が尋ねるとニヤリと笑って静香さんはこちらを指差す。私ではなくその上に。
「軍の装備を一般に配布することもできないでしょう? 弱い探索者が死んで貰ったら困るから。生存者は貴重なのよ? サルベージギルドの護衛程度なら危険は少ないから良いけどダンジョン攻略は危険度が違うから、死なないと確信できる超能力者が必要な訳」
私のピクシーを指差しながらの説明に納得してしまう。なるほど、私なら戦える。超能力を使う敵相手に、攻略の為に猟銃を使っても死ぬ可能性が一般人には多くなるから、今まで作ってこなかったのだろう。
「現在、ダンジョンギルドの加入メンバーは貴女と泉さん、お嬢様に大上さんとリィズちゃんに水無月姉妹。それと、もちろん私」
ふふっ、と妖しく笑いながら自らをおどけるように指さす静香さん。
「はぁ、びっくりするほど少ない人数ですよね。あと知らない人がいるんですけど、今度紹介お願いします」
「まぁ、メンバーはナナシが決めたしね。貴女が知らないのは無理ないわ。今度お嬢様にお願いしなさいな」
「静香さんが紹介はしてくれないんですね。まずはお嬢様という人を探さないといけないんですか」
「お嬢様は貴女も知っている娘よ。最強の少女ね」
あぁ、とその言葉に思い浮かぶ少女が一人いたので納得する。今度会いに行こうと記憶のメモに書いておく。
「さて、それはおいておいて」
「はい、おいておいて?」
横に話を置くように手をひらひらとさせて、静香さんは話を戻す。
「この甲府の隠し金山ダンジョン………ここは自然環境がそのままダンジョンになっているから生存者がいる可能性は高いわ。だから率先して私が来たわけ。早く金塊を採掘しないとね」
「最後が本音になっていますよ。なるほど、ここは金山なんですか」
「あら、生存者がいる可能性は大よ。きっといるわ、多分ね。そうしたら貴女に任せるわ。私は金塊を保護するから」
堂々たる態度で言ってくるので呆れが先行するが、それでも私の望みどおりだ。贖罪という訳ではないが、生存者を助けるためにできることをしたい。そして私にはその力があると信じているのだから。
「独身の人はそうやってお金にこだわることが多くなるんですね。大変そうなので了解しました、生存者は私に任せてくだぴゃい、いたたた」
親切心で伝えたのに、なぜか静香さんは私の頬を餅と間違えているのか、むにょーんと引っ張ってくるので痛かった。
なにはともあれ、そうして私の初めての生存者救助活動は始まったのであった。
草木の匂いがモワッとした真夏の暑さの中でしてくる。呼吸するたびに暑い空気と草木の匂いが肺に入ってきて、地味に体力を削ってくる。
「うぅ、か弱い乙女にはこの山道は辛いですよ。ふへぇ〜」
「貴女は体力無さすぎね。これぐらいで辛いとか言ってたら先が辛いわよ」
「ゲームのプレイヤーならスタミナなんかないのに、うぅ、乙女な私には辛いですよ」
「乙女乙女ってわざと繰り返しているのかしら? というか最近のゲームはスタミナ表記があるやつが多いでしょ」
肩をすくめて呆れたようにこちらを見る静香さんへと、口を尖らせて反論をする。
「剣を数回振るだけで無くなるスタミナなんか本物のスタミナじゃないですよ。数秒でそのスタミナも回復する驚きの仕様ですし」
「たしかにゲームの主人公はひ弱すぎるとは思うけどね。でも貴女もそんな貧弱でよくダンジョンに来る気になったわね?」
「無理矢理誘われた記憶があるんですが、気のせいでしょうか」
答えながらも、身体を鍛えないとなぁとは思う。こんなんじゃ救助される側になっちゃう。
でも、山道ともいえない山道。獣道といっても過言ではない道は木の根っこやら、小石があって、道も凸凹で歩き難いことこの上ないのだ。たまにある跨がないといけない道を塞ぐ倒木や、高い段差が地味に体力を削ってくるし。持ち物はナナシさんに貰ったバングルに仕舞えるので助かっているけれど。50キロまで仕舞えるらしい。
汗が滝のように流れて、腰につけた水筒から水を飲む。ゴキュゴキュと飲んでいるとノブさんが苦笑しながら忠告してくる。
「あまり飲むなよ、我が主君よ。先が辛くなるぞ」
「は〜い。あんまり飲まないでおくよ」
喉に垂れた水を拭い、名残惜しいけれども水筒の蓋をして、素直に忠告を聞いておく。まだダンジョンにも入っていないのだからして。
私を心配するようにディアが周りをフヨフヨと飛び回るので、大丈夫だよと笑顔を浮かべると、その様子を見ていた静香さんが不思議そうな表情で問いかけてきた。
「そのピクシーって、変よね? なんでその格好なの?」
「これはしゅー君の趣味なんです。変更不可ですが可愛らしいし良いと思いますよ」
私の周りを飛び回るディアは魔法使いが被る三角帽子と黒いローブを着込んでいた。背中にトンボのような羽根が生えていなければ、小さい手のひらサイズの魔法使いの少女にしか見えなくなる。
「ふ〜ん、まぁ、良いわ。この先の戦いに役に立つのよね? いえ、ピクシーだから当然役に立つのね」
自分で問いかけて、自分で解決する静香さんは、うんうんと頷いて納得した模様。ゲームをしていればピクシーが役に立つのは知っているはずなので、当然の帰結だ。
「もしかして鍛えまくったピクシー? 最強系?」
「あぁ、そういうのありましたよね。私もピクシーを強くしたことありますよ。でも彼女はデフォルトですので」
「回復はどうするの? 一度仕舞うのかしら?」
「えっと、LP30を与えて3時間程休憩すれば回復しますよ。あと維持費が一日30かかります」
推測するに、たぶん幻想のレベルが回復に必要なLPだと思う。呼び出すには3000も必要だけど。ちなみにピクシーのレベルは3である。あんまり強くはない。
そう……なぜかゲームっぽくグリモアにはレベル表記が以前と違いされていた。使えるスキルも書いてある。ちなみに私にステータスはない、ステータスオープンと呟いても出てこなかった。サマナーが使えるスキルはグリモアを通じてわかってはいるけれども。
ふ〜ん、と頷いて静香さんは手を顎につけて確認してくる。
「今のLPはどれぐらいあるのかしら? まさか空っぽじゃないわよね?」
「えっと、ゾンビ斬り侍が数日間ゾンビを倒しまくったから、18000ちょっとあります。敵によって召喚する幻想を変える予定です」
サマナーの強み、敵の弱点に合わせてメンバーを揃えることができるのだ。えっへん。
「ゾンビ斬り侍とは拙者のことか……。地味に酷い主君だな」
ノブさんが苦笑いをしてくるが、ちょっとナナシさんに貰った刀の試し斬りをしてくると私を連れて危険地域に行ったのは記憶に新しい。まぁ、そこでLPを稼げたから良かったんだけど。それでもゾンビに囲まれて死ぬかと思ったのだ。
「ゾンビを一体倒して1しか手に入らなかったよね〜。ポイント稼ぎは誰かを助けたりした方が効率が良いです。この間、死にそうな軍人さんを助けたら1500もポイント貰えましたし。荷物が重くて困っているお婆さんを手伝ったり、畑を手伝ったりしても500貰えました!」
人々の喜びが力になる。ナナシさんの言っていた意味がその時に理解できた。どうやら人助けがポイントへと還元されるみたい。
「まるでゲームみたい。なるほどね、悪用し続けると使えなくなるというナナシの言葉が理解できたわ。それなら貴女の能力は安全なのね」
「えへへ、そりゃもう私の彼氏の忘れ形見ですから」
ふむふむと私の話を聞いて、ナナシさんから話を聞いていだろう内容を理解した静香さんが褒めてくれるので、照れながら頭をかく。
「それじゃ、貴女の戦闘能力が本当に合格点に達しているかを次に見るわ」
こちらを見定めるような鋭い眼光に思わず後退り怯む。どうやら適当に連れてこられた訳ではないみたい。
私が静香さんの眼光に怯えて後退りしたことを、薄く笑ってくる。
「カッカッカッ、どうやら主君よ、我等は力を見せないといけないようだ。そうしないとダンジョンギルドとやらは潰されるんだろう」
泰然とした態度で静香さんの言葉に驚きを見せないノブさんなので、こうなると予想していた様子。私はまったく気づかなかったので悔しく思う。なるほど、たしかに誰にも私たちの力を見せたことはない。なので試験は当たり前の話であった。
試験がないことのほうを考えるべきであったので迂闊でもあった。我ながら間抜けなことだ。
「本当はもっと早く試験をする予定だったんだけど、面倒くさくてね。ダンジョン探索のついでに実地試験で問題ないわよね?」
あっけらかんと言ってくるので呆れてしまう。前言撤回、私より酷い人がいたみたい。
だが、チャンスではあるし、実地試験どんとこいだ。
「問題ありません。幻想サマナーの力をとくとご覧あれ」
多少なりとも演技っぽく人差し指をたてて微笑む。
「ふふっ、期待しているわ。私は後ろで危険な時以外は手を出さないからよろしくね」
あんまり強そうに見えない人なので、こちらが守らないといけないんじゃないかなと考えていたら、ノブさんが目が細められて刀の柄に手をかけた。
「あの者たちは静香殿のお仲間かな?」
警戒が滲んでいるその声音に、ふふっと妖しく笑って静香さんは腕を組む。
「そうよ、私の頼もしいガーディアン、ガンアベルとガンカインね」
その言葉通りにズシンズシンと重い足音が響いてきた。そうして草木を踏み潰して現れたのは5メートル程の騎士みたいなロボット二体。それぞれが姿を表すと口を開く。
「お待ちしていましたぞ、我が主殿」
「おせーぜ、待ちくたびれて入り口前の敵は掃討しちまったぜ」
重装甲の騎士のようなロボットと軽装甲の騎士のようなロボットを見て、その装備を眺めて若き幻想サマナーはなるほど静香さんを守る必要はないのかと納得するのであった。




