466話 おっさんは政治が嫌いである
昨日は楽しかったなぁと、おっさんぼでぃの朝倉遥はプールのことを思い起こす。思い起こしながら、現実逃避をしようとしていたりもする。そしてあれはレキが遊んでいたのでおっさんの記憶ではないのではなかろうか。たぶん、人々に尋ねれば全員、おっさんはボケたんですね、それか記憶の捏造ですねと答えてくれるはずだ。
そして、なぜ現実逃避をしようというと、おっさんがいる場所がおかしいのです。なぜ、私は若木シティの議会場にいるのかな。
だって、凄い議会場に自分がいるのは場違いだと思っているので。おっさんはテレビ中継で眺めていれば良いと思います。崩壊前でもテレビ中継で国会の様子を見たことなんてほとんどないけど。
そんな若木シティ議会場は今までとは違う議員がいる。自称なんだけどね。
椅子にはしっかりとした服装の人々が難しそうな表情でそれぞれ座っている。いつの間にか、名前が書かれている文鎮みたいのが机に置かれているし、以前より議会っぽくなっているんだけど、これは木野の仕込みかしらん。
机には中空に映るモニターがあり、中央の壇上で一所懸命に話している人の資料が目の前で見れるし声も届く。崩壊前よりもハイテクな議会場である。
そして、木野へとすべての仕事を振った筈なのにおっさんがここに座っている理由は、この間京都行きがバレたからだ。
豪族は京都府に潜入する時間があるぐらいに暇なら会議にも出れるよな? と強面の顔を引き攣らせて凄んできたので、小心者のおっさんは頷く以外に選択肢はなかった。選択肢が、はいと、わかりましたと、イエスしかないので、この世界は選択肢がバグっているよと世界のせいにするおっさんである。
なので来年度の予算会議とか言うのに出席しています。予算会議なんかいらないと思うんだけど。風のふくまま、気の向くままにじゃぶじゃぶお金を投入すればいいんじゃない?
まぁ、本当はそんなことをしたらインフレになるので無理だろうけどさ。今はまだまだ出回る通貨も少ないし、仕事はたくさんあるが人口がそれに追いついてきていないんだけど。
滅びた国を復興させるというのは、お金もマンパワーも足りないのだ。おっさん少女ならシムな感覚で作れる?もちろん作れるけど、そうしたら人間はいらないことになってしまう。
働くからこそ、お給料が発生して、お金が手に入るからこそ人々は物を自由に買い、経済の流れを作るのだ。おっさん少女が大幅に介入したら、人々は餌を貰う雛へと変わってしまう。ピヨピヨ。
卵が先か鶏が先か。一見したら無からお金を供給しているように見える大樹の政策であるが、それを見逃さない人たちが現れた。
誰かと言えば、もちろん京都にて救助した元日本の議員さんたち。しかも崩壊時にダークミュータント化しなかった善寄りの人たちだった。即ち、まともな政治家である。日本では奇跡的存在ではなかろうか。
「彼らは表には出ないはずではなかったのか?」
つまらなそうな表情で隣に座る四季へと小声で聞くと、金色のヘアピンをピカピカと機嫌良さそうにして、しれないがと一緒なのでご機嫌な様子で遥へと四季は顔を向ける。
「彼らはオブザーバーとして出席しています。最初からガバガバの議員選出方法であったので、その人たちについている感じですね。主に雇っているのは、木野と百地です」
「だから気合を入れた表情で風来さんが豪族の隣にいるのね、納得したよ」
全ての情報を握っている四季があっさりと教えてくれるので、肩をすくめる。
はぁ、とため息を吐いちゃう。なんだって政治家を入れるんだ、いや、当然か……素人軍団だったしね。
ちらりと百地へと視線を向けると横にいる風来が百地と熱心に話し込んでいる様子が見えた。
「素人軍団で良いのに。ベリーイージーモードでシムな開発をしていくから、お金の出処なんて気にしなくても良いのにね」
不満や要望を言うNPCみたいな感じで良かった。お金は足りてるかなんてゲームでは要望を言うNPCは気遣ってくれなかったが、それの方が断然楽だったよと、ゲーム脳なおっさんは苦笑しちゃうのであった。
百地は風来と一緒に資料を見ながら会話をしていた。ナナシとは今日は席を離している。光井や荒須たちにもお願いしてナナシから席を離しており、大樹本部の面々と距離をとっていた。仕方ない理由があったので。
「百地総督、今までは本当に本部からの資金で全ての復興をしていたのですね」
呆れたようにため息を吐く風来が百地へと聞いてくるので、理由はもちろんあるんだと不満げに頷く。
「風来さん、悪いが俺たちは無一文に近かった。物資も金もなにもかも無く、それでいて避難民は日々増えていくんだ。とてもじゃないが、大樹の支援がなかったらこんなに平和な街にはなっていないぜ」
風来とある程度仲良くなって、百地は砕けた口調になっていた。慣れるのが早い爺さんである。
そして大樹に頼りきりなのも仕方ないとも教える。最初から選択肢は無かった、お姫様が給水車で立て籠もっていたビルに来た日から。
風来も顎を撫でながら、そうだろうとは当然思っていた。勾玉を持っていた京都府でも限界の生活をしていたのだ。いわんや、普通の人々にとってはその生活は大樹に頼らなければ地獄であったろうことは考え難くない。
街を歩く人々は忙しくはしている。だが、大樹に対しての愚痴を言っている者は見なかった。居酒屋などならば、政治の不満を口にする人もいるだろうに、それすらもあまり耳にしなかった。しかも愚痴が次の祭りはいつしてくれるんだとか言う呆れた内容でもあった。
正直、京都府で苦難の生活を二年間続けてきた者たちにとっては驚く内容ばかりだった。ポツポツと京都府の避難民からは壁を早く壊していれば良かったとの話も出ているぐらいだ。
当然だろう、通信機器が無くモールのような大型店の展開をあまり許さない大樹の政策のために、昭和始めの頃のような、活気があり粗野な感じもするが、それでも普通の生活を若木シティの人々はしていたのだから。
そんな生活を大樹は復興の名の元で提供していたのだ。いまさら止めることもできないし、そもそも大樹国の一地区なのだから断る理由もない。だが、それとこれとは別であると風来は大樹の政策で気づいたことがある。
「来年からは税が発生して、地区の割合により分配される予算が決まると那由多代表は仰っていたでしょう?」
「あぁ、それがどうかしたんですかな?」
百地さんがキョトンとした表情で、税が発生すると国民の不満が出ますなと、気楽そうに言うので苦笑をしてしまう。後ろで会議の様子を見ている日位さんはその言葉に含まれる意味に気づいて苦笑いをしているのが目に入ってきた。彼女は気づいていたのだろう。
「分配金をもらうのには、絶対に予算申請が必要になります。ある程度の余裕はあるかもしれません。軍、警察関連の費用は全て大樹本部持ちですしね。ですが、役人の人件費に、これからの公共事業、将来の日本地区がどのような地区へと育つかは金が必要です。それを成すにはこちらがいくらの金が必要か予算を計上しないとまずいですぞ」
「はぁ、なるほど……そういった金関連はナナシか、ナナシの部下、それに木野がやっていましたからなぁ」
その呑気さにこの人は本当に軍人なのだと確信した。財布にいくらあるかを確認しないで行動する悪いタイプだ。今までは大樹本部が金を出していたから気にしなくても良かったが、来年から始まる税金でやっていくことになれば途端に厳しいことになる可能性があった。
風来は強く決心した。この男に政治のなんたるかを教え込まないといけないと。そうしなければ……。
ちらりとナナシさんの方へと視線を移す。あの男はつまらなそうな表情で来年からの予算について話す議員を見ながら、隣の腹心とも言える女性と話し合っていた。
反対側に座る木野さんも、口元を曲げて薄く笑いを浮かべながら周りと会話をしている。
あの本部付けの人たちに好き放題されてしまうのは確実であった。彼らは政治家として悪辣すぎる者たちだ。基本的に本部の利益を考えて行動するので、日本地区は二の次とされるだろう。
その場合に日本地区に暮らす人々を守るのは百地さんたちなのだ。この者たちが防波堤とならないといけないのだからして。
「京都府及び大阪の復興資金を今の若木シティが全部出すのは無理ですわ。ある程度は本部のお金に期待しないと、東日本でも開発しないといけない場所はいくらでもありますし、仮設住宅に住む人たちの支援も行わないといけませんしね。既にその概算はこの会議で計上していますわ」
日位が腕を組みながら話に加わる。モデルのようなスタイルのこの女性がすると、かなり格好良くて似合っていた。そして、やり手の銀行幹部だけあって頼りにもなる。
「四季はナナシと話す際に近寄りすぎじゃないかしら? ちょっと顔を近づけすぎよね。私はそろそろあちらの椅子に移動してもいいかしらっ?」
光井社長がムスッとした表情で婚約者を見て愚痴を言っているので、この少女はやり手の会社社長だが、まったく頼りにならないと確信する。というか、この娘は公共事業への寄付だけをしてくれれば良いだろう。大金持ちであるので、それが一番助かる。公共事業への寄付は大樹が政策の中で決めた珍しい制度であったが、この崩壊した世界では効果的である。
「百地総督、国を、いや今は地区となりましたが、政策をするのに金はいくらあっても足りることはありません。それに企業国家の大樹にあって、一番今までとは違うところがあるんですよ」
「ん? そんなのがありましたか? 俺はあまり変わっていないと思うんですが」
「大樹は企業国家なんです。予算を分配されたら増やすこともできるんですよ。本部を経由しての物資の交易、復興した際に売れる土地の費用に手数料も入れることができると法律には書いてあります」
そんな内容があったのかと百地は驚く。全然読んでいなかった、というかナナシたちにその辺りは全て任せていたりした。面倒くさいので。
おっさんと同レベルの政治能力であった百地である。きっと、ゲームでいうと能力値は武力95、内政能力30とかになるのかもしれない。
「国家百年の計とも言いますが、最初が肝心ですぞ。まずは日本地区に入る物資の交易権の確保、恐らくは全ては譲ってはくれないでしょうが、それは交渉次第です。それと復興計画に加わることです。復興計画に加わることで動く金もありますからな。将来を見据えないといけません」
「税金が発生するということは、そういうのも発生するんですな……なるほど、企業国家という意味がわかります。しかしながら……」
はぁ〜、と深く疲れたように百地は息を吐く。
「相手はナナシや木野だからなぁ。これは大変そうですな。いや、絶対に苦労しますぞ」
「日本地区の銀行を任されているので、わたくしはこちら側で政策時はお手伝いしますわ。ナナシ頭取もその点は理解していますし。反対にナナシ頭取の側に行ってしまったら、失望されてしまいますわ」
日位がふふっと艶やかに笑みを浮かべながら、自身がなにをしなくてはいけないのかを完全に理解した様子で語る。その言葉に腰をあげて、ナナシの側に行こうとしていた光井がギクリと顔を強張らせて、ストンと椅子に座り直す。どうやら失望されると話を聞いて思った様子。
ナナシはつまらなそうな表情で会議を眺めていたが、こちらを見て肩をすくめてみせた。どうやらこちらの考えはお見通しらしい。恐らくはようやく来年からの政策に気づいたかと笑っているのだろう。
「百地総督。これから頑張りましょう、不肖風来も手伝いますので」
「お願いします。俺はその点でさっぱりですからなぁ」
百地はこれからのことを考えて、大変な仕事になるだろうと肩を落とすのであった。
遥は豪族たちを見て、肩をすくめた。
「ねぇ、あっちはなんかたくさんおしゃべりしているよ? なんか楽しそうだよね」
私もあっちに混ざりたい。う〜ん、レキならば突入できるのになぁ。皆がいないと寂しいんだけど、特にこういった会議では集団の影に隠れたいおっさんなので。あ、叶得がこっちに来ようとした。あれ、やめちゃった、来れば良いのにね。美少女が側にいるのは褐色少女でも大歓迎です。
「あちらは恐らくは来年の話をしているんですよ。聴覚の感度をあげないんですか、司令?」
四季が豪族たちを見ながら薄く笑う。そしてなんで話を盗み聞きしないのかと疑問をぶつけてくるので
「当たり前だよ。盗み聞きして、私の蔭口だったらどうするの? 聞かなかったフリをするより、最初から聞いていない方が良いよね」
小心者で周りに嫌われるのは嫌なおっさんなので盗み聞きはこういった会議ではしない。絶対に私の悪口を言う人間がいると思っているので。豪族たちに陰口を叩かれていたらショックを受けちゃうよ。まぁ、ナナシならば陰口を叩かれても仕方ないけれどもさ。それでもショックを受けちゃうのだ。ガラスの精神なので。
ガラスでは無くダイヤモンドの精神でしょうとかいうツッコミはいりません。
「なるほど、さすがは司令です。情報を集めなくても司令ならば踏み潰せますものね」
なにか違う勘違いをして、ウンウンと頷く四季である。まぁ、別にいいけどねと適当に肯き返して、さっきから気になっていることを尋ねる。
「ねぇ、ナナさんが存在感を消して豪族の後ろで居眠りしているのは別にいいんだけど、静香さんは? あの人がいないのはおかしくない? サボり?」
ナナはグースカ寝ていた。なんだか最近のナナさんは金融関連の仕事では駄目な娘になっているかもと少し心配をしちゃう。まぁ、ナナさんには政策関連は合っていないから仕方ないかな。
それより気になっているのが静香さんだ。あの人はどこかな? いないと凄い気になるんだけど。碌なことをしない女性なので。
「あぁ、静香は甲府の秘境へと向かいました。ダークミュータントの反応が薄い隠された場所を最近発見したのですが、それをどこからか聞きつけた静香は飛び出して行きました。きっと生存者がいるから早く助けないとと叫んで」
四季が報告を忘れていましたとポンと手を打って教えてくれる。いや、いつも報告を忘れているよね?報告をわざとしていないよねと内心で思う遥。仲間はずれにするとそろそろ拗ねるよと中年のくたびれたおっさんは考えるが、おっさんなのでいくら拗ねてもスルーで良いと思う。
「ってか、大丈夫なん? 強い支配級とかいないかなぁ? レキの出番じゃない? こんな会議にいる余裕は無くない?」
良い言い訳ができたと遥は喜んで口にするが、目の前の腹心はニッコリととても可愛らしい微笑みを浮かべた。
「大丈夫です、司令。狭い地域ですし静香どころか、他の面々でも大丈夫なダンジョンのはずですので。それよりもこの会議、そろそろ百地が交易関連について要望を出すと思われますので、それに対応致しましょう。私もお手伝いしますので」
逃しませんよと、裾をぎゅっと握られる。なんということでしょう、美少女に裾を握られるなんて感動しちゃう。世界の男性がいつか美少女にやってほしいベストテンの一つだ。
なので、嘆息しながら仕方ないかと会議が進むのをつまらなそうな目で眺める。だってつまらないんだもの。
良いなぁ、ダンジョンかぁ。私も行きたかったよと、おっさんは百地が挙手するのをため息混じりに眺めるのであった。




